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第3部2章

03 再攻略

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「――愛している……か」
「はい。貴方の婚約者は私だけですし、貴方の最後の番だったのも私です。貴方の記憶を取り戻すために私も死力を尽くします」
「……愛しているというのなら。俺がロルベーア嬢を愛していたというのなら、なぜ今俺の胸は何ともないんだ?」
「え?」
「覚えているんじゃないか? 体は……だが、俺はお前を見て、ちっとも心臓が動かない。お前に魅力がないってことだ」
「……っ」
「殿下! ロルベーア様になんてことを!」
「……だ、大丈夫。マルティンさん」


 憎まれ口に、皮肉に、煽り……記憶はなくとも殿下は殿下。そして、二年前も確かにこんな感じだったと、まったくデリカシーのない男だったということを思い出した。どうしてこんな男を好きになったのだろうか、なんて失礼なことを思ったが、初めは嫌いだったけれど徐々に好きになっていったと。私は、過程の中で彼を好きになっていったんだと言い聞かせて気持ちを持ち直す。
 懸念すべき点はあるし、恐ろしい事態だって予見している。けれど、私は彼をあきらめられないのだ。絶対に記憶をとし戻させて見せるし、記憶を取り戻してくれるだろうと。私たちの二年がそんな薄いものだったわけないと、そう思いたいのだ。


(再攻略……ね)


 何とも嫌な響きだけど、言ってしまえば再攻略。攻略した覚えはないから、攻略しようがないかもしれないけれど、でも、それでも――


「絶対に記憶を取り戻して見せます。アイン」
「ハッ、見ものだな。ロルベーア嬢が嘘をついていないのであれば」
「……嘘じゃないですよ。あの二年をなかったことにしたくない」


 それは、殿下に聞こえるか聞こえないかくらい小さな声だった。私の気持ちがうつむいている証拠とも取れる声に、自分でも嫌気がさす。
 この二年……殿下が好きだと伝えてくれる前までは、自分は卑屈で、どうしようもなく彼の愛を愛としてとらえることのできない女だった。そのせいで、擦れぎたい、お互いに傷つき、傷つけあって。私がもっと広い心で彼を受け入れてあげていれば……と思ったことは一度や二度じゃない。だからこそ、今度は彼の些細な変化や愛に気づいて、すぐに彼にこたえられるような自分になりたいと思った。あれ以降、しっかりと伝えるようにしているし、彼の愛を受け止めているつもりだ。それでも、たまにマイナスな気持ちになることだってあるし、信じられない時もある。そんな時支えてくれた彼――今度は私が支えて、愛してあげる番だと。

 この暴君の再攻略を。


「まあ、せいぜい楽しみにしているぞ。ロルベーア嬢。俺は、愛などという不確定なものが嫌いだ。愛しているなど言葉だけではな」


 と、殿下は話は以上だと外へ出ていく。マルティンさんもごめんなさい、と言って席を外した。残ったのは、私とイーリスだけ。彼女は気配を消していてくれたけれど、耐えきれなくなったように「あの……」と声をかけてきた。


「ロルベーア様」
「ごめんなさい。なんか巻き込んじゃったみたいで」
「巻き込んだなんてそんな……でも、ロルベーア様が傷ついているんじゃないかと、そう思って」


 彼女は視線を漂わせながら申し訳なそうに眉を下げ、頭を下げた。
 イーリスは何も悪くない。ただ、彼女が正ヒロインである以上、記憶がなくなった殿下の気持ちが彼女に向かないとは言い切れなかった。私が、殿下を信じられなかった理由の一つが、本物のヒロインがいるのに、私なんか……となってしまっていたことだ。それは今でも怖い。いつか、私じゃなくて、と。そんなことありえないのに。
 けれど、イーリスは今回殿下の少しの本気を感じ取ったようで、ないない、と首を横に振って「私は、今のところ恋愛する予定はないです!」と宣言してくれた。本当に彼女がいい子で私は涙が出そうになる。


「ロルベーア様、元気を出してください。私が言うのもなんですけど、絶対に、アインザーム様はもう一度ロルベーア様に惚れると思いますから!」
「そ、そう。それならいいんだけど……ううん。そうじゃなくても頑張るから。イーリスごめんない。迷惑をかけるかもしれないけれど、よろしくね」
「はい!」


 彼女は元気よく、二つ返事で返してくれた。
 イーリス自身が殿下に手を出さないとして、問題はそこではなく、彼を襲った人物のことだろう。


(ヴァイス・ディオス……彼しかありえないけれど)


 一度去った嵐だった。けれど、それの再来でこんなにも苦しむことになるなんて思っていなかった。本当にあの時仕留めることができていれば、今頃私たちは結婚だけを考えて生きることができていたのだろうか。結婚前に大きな災難が降りかかって、私も混乱がまだ収まっていない。
 ヴァイスに対抗しようとしても、殿下抜きで彼を倒せるかと言われれば微妙で。それに、記憶がいつ取り戻せるかわからないけれど、またむちゃをしてと言われそうで。むちゃをして、殿下を傷つけたいわけじゃないけれど、かといって何もしずに殿下の記憶が待つことなんてできなかった。


「あの、ロルベーア様」
「何? イーリス」
「勘違い、気のせい……だったらごめんなさい。さっき、アインザーム様からかすかな魔力を感じて」


 イーリスは、自信なさげにそういうと私のほうを見てきた。くりくりとした瞳を見て、嘘をついているようには思えず、また、それが気のせいでないことをなんとなく私は感じ取り、座りなおす。
 ヴァイスにつながる手がかりであればいい、そんなことを思いながらイーリスを見ると、非常に言いにくそうに唇をかんでいた。彼女は、ヴァイスに接触したことがないから魔力の持ち主は特定できないかもしれない。でも、彼女がそんな表情を見せる理由は、もしかしたら私が考えているものと違うかもしれないと、少し不穏な空気になりながらも、私は彼女に聞いてみた。


「魔力って何? 犯人につながるもの?」
「はい……だと思います。ですが、その……」
「何?」


 なぜはっきり言わないのだろうか。
 気持ちが焦ってしまい、怒鳴りつけそうになったところをぐっとこらえ、私は微笑みを浮かべ、彼女の手をすっと取った。怖いことはないから私に話してほしいと。もとは彼女に嫉妬や、恐怖を覚えていたけれど、今は友達のように接することができる。それは、彼女から私に心を開いてくれたからだ。
 彼女ほど心強い人間は今いないだろうし、彼女に頼るしかないくらいには追い詰められているのかもしれない。
 イーリスは視線を漂わせつつも、意を決したようにすっと私のほうを向いた。瞳はまだ揺れていたけれど、離さ雨季にはなったようで、そのぷっくりとした桜色の唇を震わせるように動かし言葉を発した。


「アインザーム様から感じた魔力は、高度なものでした。それは、ロルベーア様が知っている人のかもしれません……敵、ですね。ですが、それが問題なのではなくて……アインザーム様の記憶喪失の原因は、その魔力だと思います」
「魔力? 意図的に、記憶喪失にさせているってこと?」


 にわかには信じられない話だった。また、イーリスも、もっと調べなければならないとしたうえで、現状を言い渡す。


「その魔力をとかない限り、どれだけこちらがアクションを起こそうとも記憶を取り戻すことができないかもしれません。100%とは言いませんが、可能性は低いかと」
「そんな……」
「ですが、安心……してください。私が必ず、お二人の力になって見せますから!」


 そういって今度はイーリスが私の手を掴む。
 自分でもわかるくらい手が震えており、まさかの事態に頭が追い付かなかった。記憶喪失は意図的、魔法によるもの。それが、記憶を封じるカギになっていて……


(努力しても無駄だっていうの?)


 心を持ち直し、再攻略、なんて言ってた自分がばかみたいだった。でも、可能性がないわけじゃないんだからやるしかない。そう言い聞かせることしか私にはできず、震える手をイーリスに掴んでもらいながら「そう……」とつぶやいて視線を落とし、うなだれることしかできなかった。

 
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