上 下
101 / 128
第3部2章

03 再攻略

しおりを挟む


「――愛している……か」
「はい。貴方の婚約者は私だけですし、貴方の最後の番だったのも私です。貴方の記憶を取り戻すために私も死力を尽くします」
「……愛しているというのなら。俺がロルベーア嬢を愛していたというのなら、なぜ今俺の胸は何ともないんだ?」
「え?」
「覚えているんじゃないか? 体は……だが、俺はお前を見て、ちっとも心臓が動かない。お前に魅力がないってことだ」
「……っ」
「殿下! ロルベーア様になんてことを!」
「……だ、大丈夫。マルティンさん」


 憎まれ口に、皮肉に、煽り……記憶はなくとも殿下は殿下。そして、二年前も確かにこんな感じだったと、まったくデリカシーのない男だったということを思い出した。どうしてこんな男を好きになったのだろうか、なんて失礼なことを思ったが、初めは嫌いだったけれど徐々に好きになっていったと。私は、過程の中で彼を好きになっていったんだと言い聞かせて気持ちを持ち直す。
 懸念すべき点はあるし、恐ろしい事態だって予見している。けれど、私は彼をあきらめられないのだ。絶対に記憶をとし戻させて見せるし、記憶を取り戻してくれるだろうと。私たちの二年がそんな薄いものだったわけないと、そう思いたいのだ。


(再攻略……ね)


 何とも嫌な響きだけど、言ってしまえば再攻略。攻略した覚えはないから、攻略しようがないかもしれないけれど、でも、それでも――


「絶対に記憶を取り戻して見せます。アイン」
「ハッ、見ものだな。ロルベーア嬢が嘘をついていないのであれば」
「……嘘じゃないですよ。あの二年をなかったことにしたくない」


 それは、殿下に聞こえるか聞こえないかくらい小さな声だった。私の気持ちがうつむいている証拠とも取れる声に、自分でも嫌気がさす。
 この二年……殿下が好きだと伝えてくれる前までは、自分は卑屈で、どうしようもなく彼の愛を愛としてとらえることのできない女だった。そのせいで、擦れぎたい、お互いに傷つき、傷つけあって。私がもっと広い心で彼を受け入れてあげていれば……と思ったことは一度や二度じゃない。だからこそ、今度は彼の些細な変化や愛に気づいて、すぐに彼にこたえられるような自分になりたいと思った。あれ以降、しっかりと伝えるようにしているし、彼の愛を受け止めているつもりだ。それでも、たまにマイナスな気持ちになることだってあるし、信じられない時もある。そんな時支えてくれた彼――今度は私が支えて、愛してあげる番だと。

 この暴君の再攻略を。


「まあ、せいぜい楽しみにしているぞ。ロルベーア嬢。俺は、愛などという不確定なものが嫌いだ。愛しているなど言葉だけではな」


 と、殿下は話は以上だと外へ出ていく。マルティンさんもごめんなさい、と言って席を外した。残ったのは、私とイーリスだけ。彼女は気配を消していてくれたけれど、耐えきれなくなったように「あの……」と声をかけてきた。


「ロルベーア様」
「ごめんなさい。なんか巻き込んじゃったみたいで」
「巻き込んだなんてそんな……でも、ロルベーア様が傷ついているんじゃないかと、そう思って」


 彼女は視線を漂わせながら申し訳なそうに眉を下げ、頭を下げた。
 イーリスは何も悪くない。ただ、彼女が正ヒロインである以上、記憶がなくなった殿下の気持ちが彼女に向かないとは言い切れなかった。私が、殿下を信じられなかった理由の一つが、本物のヒロインがいるのに、私なんか……となってしまっていたことだ。それは今でも怖い。いつか、私じゃなくて、と。そんなことありえないのに。
 けれど、イーリスは今回殿下の少しの本気を感じ取ったようで、ないない、と首を横に振って「私は、今のところ恋愛する予定はないです!」と宣言してくれた。本当に彼女がいい子で私は涙が出そうになる。


「ロルベーア様、元気を出してください。私が言うのもなんですけど、絶対に、アインザーム様はもう一度ロルベーア様に惚れると思いますから!」
「そ、そう。それならいいんだけど……ううん。そうじゃなくても頑張るから。イーリスごめんない。迷惑をかけるかもしれないけれど、よろしくね」
「はい!」


 彼女は元気よく、二つ返事で返してくれた。
 イーリス自身が殿下に手を出さないとして、問題はそこではなく、彼を襲った人物のことだろう。


(ヴァイス・ディオス……彼しかありえないけれど)


 一度去った嵐だった。けれど、それの再来でこんなにも苦しむことになるなんて思っていなかった。本当にあの時仕留めることができていれば、今頃私たちは結婚だけを考えて生きることができていたのだろうか。結婚前に大きな災難が降りかかって、私も混乱がまだ収まっていない。
 ヴァイスに対抗しようとしても、殿下抜きで彼を倒せるかと言われれば微妙で。それに、記憶がいつ取り戻せるかわからないけれど、またむちゃをしてと言われそうで。むちゃをして、殿下を傷つけたいわけじゃないけれど、かといって何もしずに殿下の記憶が待つことなんてできなかった。


「あの、ロルベーア様」
「何? イーリス」
「勘違い、気のせい……だったらごめんなさい。さっき、アインザーム様からかすかな魔力を感じて」


 イーリスは、自信なさげにそういうと私のほうを見てきた。くりくりとした瞳を見て、嘘をついているようには思えず、また、それが気のせいでないことをなんとなく私は感じ取り、座りなおす。
 ヴァイスにつながる手がかりであればいい、そんなことを思いながらイーリスを見ると、非常に言いにくそうに唇をかんでいた。彼女は、ヴァイスに接触したことがないから魔力の持ち主は特定できないかもしれない。でも、彼女がそんな表情を見せる理由は、もしかしたら私が考えているものと違うかもしれないと、少し不穏な空気になりながらも、私は彼女に聞いてみた。


「魔力って何? 犯人につながるもの?」
「はい……だと思います。ですが、その……」
「何?」


 なぜはっきり言わないのだろうか。
 気持ちが焦ってしまい、怒鳴りつけそうになったところをぐっとこらえ、私は微笑みを浮かべ、彼女の手をすっと取った。怖いことはないから私に話してほしいと。もとは彼女に嫉妬や、恐怖を覚えていたけれど、今は友達のように接することができる。それは、彼女から私に心を開いてくれたからだ。
 彼女ほど心強い人間は今いないだろうし、彼女に頼るしかないくらいには追い詰められているのかもしれない。
 イーリスは視線を漂わせつつも、意を決したようにすっと私のほうを向いた。瞳はまだ揺れていたけれど、離さ雨季にはなったようで、そのぷっくりとした桜色の唇を震わせるように動かし言葉を発した。


「アインザーム様から感じた魔力は、高度なものでした。それは、ロルベーア様が知っている人のかもしれません……敵、ですね。ですが、それが問題なのではなくて……アインザーム様の記憶喪失の原因は、その魔力だと思います」
「魔力? 意図的に、記憶喪失にさせているってこと?」


 にわかには信じられない話だった。また、イーリスも、もっと調べなければならないとしたうえで、現状を言い渡す。


「その魔力をとかない限り、どれだけこちらがアクションを起こそうとも記憶を取り戻すことができないかもしれません。100%とは言いませんが、可能性は低いかと」
「そんな……」
「ですが、安心……してください。私が必ず、お二人の力になって見せますから!」


 そういって今度はイーリスが私の手を掴む。
 自分でもわかるくらい手が震えており、まさかの事態に頭が追い付かなかった。記憶喪失は意図的、魔法によるもの。それが、記憶を封じるカギになっていて……


(努力しても無駄だっていうの?)


 心を持ち直し、再攻略、なんて言ってた自分がばかみたいだった。でも、可能性がないわけじゃないんだからやるしかない。そう言い聞かせることしか私にはできず、震える手をイーリスに掴んでもらいながら「そう……」とつぶやいて視線を落とし、うなだれることしかできなかった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

『番』という存在

恋愛
義母とその娘に虐げられているリアリーと狼獣人のカインが番として結ばれる物語。 *基本的に1日1話ずつの投稿です。  (カイン視点だけ2話投稿となります。)  書き終えているお話なのでブクマやしおりなどつけていただければ幸いです。 ***2022.7.9 HOTランキング11位!!はじめての投稿でこんなにたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

処理中です...