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第2部4章

08 また……

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「――あ、っれ……? どうやって、場所、突き止めたのかな? というか、魔法遮断と、クラーケンも復活させておいたんだけど……さ」
「そんなの、蹴散らしてきたに決まっているだろ。今すぐ離れなければ、貴様の頭を切り落とすぞ」
「はあー怖いね、野蛮人」


 ググッと、痛そうに顔を歪めながら、背中に刺さった短刀とヴァイスは引き抜くと、少しいらだったように眉間にしわを寄せ、私を助けに来た殿下と対峙した。
 ヴァイスの口ぶりからして、殿下への対策もばっちりだったのだろうが、それすらも潜り抜けて、殿下は助けに来てくれた。魔法遮断、ということは、魔法石も使えないし、この追跡魔法も無力化してあるということなのだろうか。ただのお守り変わりとなってしまった、この大切な指輪は、それでも彼を近くに感じさせる一つの目印にもなっているし、無力化されたとはいえ、愛の力が導いてくれたのではないかと柄にもないことを思ってしまう。


「ああ、三日も捜しまわったさ。クラーケンに関しては、竜人族の男が蹴散らしてくれたな。お礼参りだそうだ」
「……そこは、盲点だったかも。そう……必死だね」
「ロルベーアを返してもらうか。ヴァイス・クルーガー……いや、ヴァイス・ディオスッ!」
「……っ、は、はは……そこまで調べ上げているなんて、びっくりしたよ。ただの、野蛮人じゃないね。さすが、未来の皇帝。帝国を背負うには、それくらい聡明で、賢くなきゃ」


 殿下は腰から剣を引き抜くと、ヴァイスにその剣先を向けた。怒りに塗れて、我を忘れていると思いきや、冷静で、しっかりと相手の方を見て、顎を引いている。焦っていたというのは、彼の荒い息や、額に浮かぶ汗からわかる。
 私が、三日間眠っていたという衝撃の事実よりも、その三日間で、手がかりもない状況から、ここを割り出し、助けに来てくれた殿下の方が衝撃的だった。番契約を結んでいたにしろ、しなかったにしろ、この男はきっと簡単にどうこうできなかったのだろうし……


(また、助けられちゃうのね……)


「減らず口を……切り刻んでくれる!」


 タッ、と地面をけり、殿下はヴァイスに切りかかった。しかし、それを躱し、またするりと抜けてしまったヴァイスを睨みつける殿下の目は、憤怒や恨みが詰まっていて……まるで物語に出てくるような、勇者と魔王の最終決戦のような光景だった。もちろん、魔王はヴァイスで、殿下が勇者だ。
 私は、その戦いを傍で見ることしかできなくて、人質という、殿下にとっての枷から早く外れたかった。しかし、剣で、魔法で応戦する彼らを前に、ここから逃げられるのだろうかという不安にも駆られる。
 殿下の剣さばきは、今までで一番早く、目で追えなかったし、対するヴァイスも、魔法を駆使して殿下の攻撃を受け流しているようだった。どうやら、それなりの戦闘の心得はあるらしい。だが、持久戦になれば、きっと殿下が勝つだろう。だが、その前にヴァイスが何か仕掛けてくるとも考えられる。
 カキン! パリン! と、金属がぶつかる音と、魔法が衝撃で割れる音が壊れた神殿の中に響き両者ともに一歩も引かない攻防だったが、殿下がヴァイスの隙をついた一撃を加えようとした時、パアンッと何かが破裂した音が響き渡り、目を覆ってしまうほどの閃光と熱が私たちを襲った。


「うっ」
「……っ!」


 その衝撃に、私は目を閉じる。そうして、再び目を開いたときには、目の前に、傷だらけの殿下が、膝をつき息を切らしていた。


「アイン!」
「は……情けないな。こんな、姿……ロルベーアに見せたくなかった」
「アイン、アイン、しっかりしてください!」
「かすり傷だ。まあ、今のは少し痛かったが」


 プッ、と口にたまった血を吐き出し、殿下はよろめきながらも剣を構え直す。しかし、何を思いついたのか、私の目の前で、ブンと剣を振ったかと思えば、魔法陣の中心に剣を突き立てた。その瞬間、先ほどよりも大きなガラスが砕け散るような音が響き、私にまとわりついていた触手や、私を縫い付けていた魔法陣が崩壊する。


「その剣……魔法を切る効果でもあるの?」
「知るか。皇帝が、ゲベート聖王国の竜人族の墓場から持ち帰ってきた代物だ。まあ、そういう効果があるんだろうな」
「……どうりで、僕の攻撃があまり通らないわけだ。人質も解放されちゃったし、これ以上君と戦っている理由もなくなったね」
「生かしておくわけにはいかないだろう。ロルベーア、これをもって逃げろ。ゲベート聖王国の中であれば、転移魔法は使えるはずだ。マルティンや、あの男が待っている港まで飛べ」
「で、ですが殿下は!」
「こいつを殺してから帰る」


 そういって、再び地面をけって飛び出した。渡された小さな魔法石は、確かに短い距離しか飛べないものだろう。
 真紅の髪を振り乱し、そして、彼が剣を振りかざし舞うたびに、鮮血の花弁も舞い散る。どれほどの攻撃を受けたのだろうか。立っているのですらやっとだろうに、彼は――


(何か、何か私も……) 


 逃げることもできた。けれど、このまま殿下を置いて逃げたら、二度と会えなくなるようなそんな気がした。
 無力なくせに、残って何になると誰かが私に囁くけれど、それでも、力になりたかった。私はあたりを見わたし、何か武器になるものはないかと探した。すると、ステンドグラスの割れた破片が足元に見え、私はそれを拾い上げた。こんなものでも――


「もう、限界だろうっ。大人しく、見逃してよっ」
「誰が、見逃すか。また、貴様は俺の大切なものに手を出す。そんな男を、俺が生きて帰すわけにはいかないだろう!」
「しつこいなあ……」


 殿下の攻撃をひらりとかわし、ヴァイスは何か呪文を唱えようと口を動かした。
 私は、未だ、と思い、ヴァイスに気づかれないよう背後に回り込み、そのステンドグラスの破片をヴァイスの胸に突き立てた。


「……っ、ろる、べーあ……?」
「アイン、今よっ!」
「ああっ、ロルベーア!」


 ヴァイスに隙が生まれ、殿下が振り上げた剣は、そのままヴァイスの身体を斬り裂いた。
 真っ赤な血が飛び散り、私は目を背ける。それと同じタイミングで、ヴァイスの周りが光りだし、神々しい光で溢れだした。転移魔法の発動だ。


「チッ、逃げられたか……」
「嘘……」


 視線を戻した先には、すでにヴァイスの姿はなく、彼がたっていた場所には白い花が咲いているだけだった。
 ふと、力が抜けそうな身体を後ろから支えるように、ヴァイスの声が聞こえた気がした。


『またね、ロルベーア』


 その声が、幻聴だったか、本物だったか分からなかったけれど、恐怖から解放され、私の身体は、前のめりに倒れそうになる。それを、殿下が受け止めてくれたのだが、彼も限界が近かったのか、そのまま一緒に倒れこむようにして、その場にしゃがみこんだ。


(……血の、臭い……)


 それまで、気にならなかった汗と、血の匂いが一気に鼻孔を刺激し、私は顔をしかめたが、息を切らしながら、私に微笑みかける殿下を見て、私の血でも、ヴァイスの血でもなく殿下の血であることを察し、私は、どうすればいいか分からず、とっさに彼を抱きしめてしまった。


「ロルベーア、痛いぞ。傷口に響く」
「アイン……アイン……」
「泣いているのか? ロルベーア。何、大丈夫だ。少し寝れば……これくらい」
「…………何でここが分かったんですか」
「ロルベーアがいる場所くらい、分かる。それに、どこにいても、誰に妨害されても、お前を見つけに行くよ…………お前がどこにいても、必ず、俺は見つけに行って抱きしめてやる。ロルベーア――」


と、殿下はそこで言葉を区切ると、顔を上げ、まっすぐと私の方を見た。

 傷だらけの顔は、痛みではなく、不安で泣きそうな顔をしていて、私はハッと我に返った。
 怖かったのは私だけじゃない。きっと、一番怖かったのは、不安でいっぱいだったのは殿下だっただろうと。私は気づいた。


「…………すまない、ロルベーア。俺は」


 そう口にし、殿下は片方の目を血濡れた手で押さえ、クッと、唇をかんだ。抑えていない方の瞳から、一筋の涙がこぼれ、殿下は目を赤くし、私の方を再び見ると、こらえていたものが決壊するように、ゆがめ、涙を流した。


「俺は、お前がいないと、どうしようもなく不安になる……情けないくらい、お前がいないと生きていけない」


と、殿下はうわずった声でぽつりと本音をこぼした。

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