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第2部3章

03 お気楽なことで

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「――ゼイ。貴方は、護衛としてではなく、用心棒として我がメルクール公爵家で雇うことになったわけだけど……まあ、いい感じね。服に合ってるわよ」
「用心棒なのに、こんなたいそうな服なあ。てか、護衛じゃねえってどういうこった?」
「貴方に、剣の才能がなかったからよ。まあ、それを抜きにしても、異種族の護衛なんて前例がないからっていう理由もあって、用心棒に。そこは、気にしなくていいわ。私は別に、そういう偏見の目はないから」
「あっそ。で? 用心棒は何すりゃいいわけだよ」
「やることは護衛と一緒よ。私の近くにいて、私を守ってくれればいい。でも、今回のパーティーには連れていけないわ。正式な護衛じゃないから」
「でも、公爵令嬢がパーティーに護衛なしってそりゃ、尊厳? とか威厳的な問題で大丈夫なのかよ」
「そこはまあ、良さそうな騎士を見繕って連れて行くから。貴方はお留守番ね」 


 へいへい、と軽い返事を返しあくびをした。
 本当に、この態度が許されると思っているところが、ゼイの恐ろしいところではあるが、そこを気にしていては、これから先長い付き合いになるのに、やっていけないと気持ちを抑える。
 水色の髪に少し不釣り合いな、公爵家の家紋が入った上等な服に身をつつみ、腰には剣ではなく、短剣が携えられている。ゼイは、身のこなしが素早く、瞬発力にたけていることから、普通の剣ではなく、レイピアか、短剣の方が合うという適性が出たため、この間奇襲時に使っていた短剣よりも少し長めの短剣がゼイの武器となる。
 公爵家の用心棒として雇うことにはなったけれど、やはり品性のへったくれもない。野生に生きて、自由に生きてきたという感じが見て取れる。竜人族の話を聞いたところ、群れで行動するのではなく、単独で行動する方が多いらしく、ゼイもまたその部類なのだとか。


「そういえば、貴方には番はいないの?」
「そもそも、竜人族の人口が少ないし、雌なんて奪い合いだからな。俺は自由に生きて、望む死が手に入ればそれでいい。お嬢みたいな、きれいな令嬢と番えればいいんだが、まあ、お嬢には番がいるわけだし」
「人間とも番えるの?」
「一応な。つっても、そうなってくるとまた別の問題が浮上すんだよ。混血児が生まれるわけだろ? 一族からは煙たがれるし、人間からも嫌われる。あんまり、子供のこと考えると、おすすめはしたくない」
「いや、誰もアンタと番わないわよ……そう」
「ゲベート聖王国のやつらが、番契約を作ったのも、自身の魔力を子供に奪われないためだな」
「何それ?」


 私が、気になって話に耳を傾ければ、ゼイは自慢げに胸を張った。


「竜人族もそうだが、魔力や、力を持った奴は、子供産むと、その力が子供にとられちまうんだよ。子をなすときは、人生やり切った時って感じでさあ。魔導士も一緒で、子供を産むとその魔力は子供に持っていかれる。だから、番契約をして自分の魔力が一人の子供だけに行くようにした。ほら、一夫多妻制なんてしたら、どんだけ魔力があっても足りないだろ?」
「確かにそうね……そういう意味もあって、番契約を編み出したっているのもあるのかもしれない」


 なら、子供を作らなければいい話なのでは? となってくるが、そういうわけにもいかない。
 番契約により、一夫多妻制が排除されたゲベート聖王国は、人口も少なかったのではないだろうか。帝国は、一夫多妻制が認められているわけだし……といっても、あんまり見たことがない。


(一人を愛するので精いっぱいなのに、二人も、三人も妻がいたら困るわよね……)


 いったい、その女性たちはどうやって、夫を譲り合い、奪い合ってきたのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。
 私は、殿下一人で十分だし、今でさえ抱えきれないものを貰っているのに……でも、その愛が他の人に向くなんて考えるのは苦しいし、辛い。腹の底が煮えたぎるような嫉妬に支配されてしまいそうになる。


(私も人のこと言えないわね……)


 殿下が嫉妬してくれると嬉しいと言っていたけれど、嫉妬は醜いからしない、と口では言ってきたけれど、実際何度嫉妬したことか分からない。婚姻前だからと、他の女性に触れられることなんてしばしばだし、番契約を切れば、前まで感じていた異性に触れられた際に起こる不快感もなくなるわけで、ますます、令嬢たちが殿下によりついていくのではないかと。


「お嬢、嫉妬漏れ漏れの顔してるぜ~ほんと、お熱いよな。アンタら」
「嫉妬って、何に嫉妬していると思ってるのよ」
「この世のすべての女性」
「大きすぎるわ……というか、やめて。熱くないわよ、別に」
「いや、稀に見ないほどのバカップルだと思うけど?」


と、ゼイは何を言っているんだと、私がおかしいとでも言わんばかりに目を丸くした。鮮血の瞳を見開いて、その縦長瞳孔がくりくりと動く。ぽかんと開いた口から見える牙は、尖っていて、下を噛んだときいたそうだな、とかしょうもないことを思ってしまう。


「どうでもいい、質問をするけれど。貴方、二百歳……って言っていたわよね。それって、人間でいう何歳なの?」
「二十歳か? 竜人族は五百年はゆうに生きるが、あんま長生きしても、面白くねえって、そのまま眠りにつくように死ぬ奴もいるぜ? 稀に、ねむりについたまま生き埋めになってるやつもいるけどな」
「……それって、飛竜の姿で?」
「当たり前だろ~? そういや、お嬢は俺が飛竜の姿になった時、目を輝かせてたな。もしかして、あっちの方がタイプか?」
「タイプとか、タイプじゃないとかじゃなくて、珍しかっただけよ。竜人族って初めて会ったし。物珍しさに見ていただけ」
「普通、令嬢だった失神するんだけどなあ。目、輝かせてる奴いるなあと思ったら、お嬢だった。やっぱアンタ変わってるよ」
「もう、皆、私が変わり者みたいに……」


 殿下にも言われた。そこがいいと言われたが、本当にそこがいいのだろうか。
 自分の心に素直に生きているところは、確かにいいところだとは思う。実際、あの青く美しいうろこを持つ飛竜を見たとき、目を奪われたのは事実だし。素直にかっこいいと思ったのも事実だ。あんなの、ゲームの世界でしか見たことがなかったから、実際に飛竜が飛び回って、火炎ブレスを履いているところなんてそうそう拝めないだろう。


「んでもまあ、お嬢の所に引き取られてよかったぜ。あいつの所で働かされることになったら、どうなるか分かったもんじゃないからな」
「あいつって……貴方また、殿下のことを」
「だって、俺でも怖かったんぜ!? あんな人間初めてだ。生まれたばかりの竜人だったら、もう絶対失神してたって!」
「……まあ、殿下が睨むと怖いのは分かるけど、その態度……今度殿下に会う前には直してよね? 特別に、公爵家にマナー講師を呼んで叩き直してあげてもいいけど」
「げっ……座学とか、かたっ苦しいもんは嫌いだ。お嬢の元なら、自由にやれると思ったんだがな」
「これでも自由よ? それに、自由の対価は大きいでしょ?」
「それもそうか……ハ~どっちにしろ、やべえ奴に拾われたってことには変わりねえな」
「誰がヤバいやつよ」


 私が、にらみを利かせてゼイを見れば、また目をぱちくりとさせる。わざとやっているのか、それとも無意識なのか。その行動がいちいちイラっと来る。私が主人であることを自覚していないのだろうか。


(駄犬ならぬ、ダメドラゴンね……大丈夫、飼いならせるわ)


 飛竜にリードなんて生ぬるいものはつけられないので、他を考えようと思った。


「ふふふ……」
「うわっ、怖っ! やっぱ、番に行動似るんだな……ほんと、あいつそっくりだぞ。お嬢」
「殿下とそっくり? それは誉め言葉ね」
「やっぱ、バカップルじゃねえか……おっかねえ女」


 ゼイは、はあ~と大きなため息をついて、観念したようにその水色の頭を掻きむしっていた。

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