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第2部3章

01 婚約者の仕事

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「皇宮で行われるパーティーね。定期的なものなのかしら?」
「今回は、帝国建国記念パーティーです。ロルベーア様には、殿下の番として……婚約者として出席していただきたく」
「まあ、それはいいのだけど。殿下は?」
「番契約を切る方法が分かったと、その方法を聖女様のもとに聞きに行かれ……」
「ああ、大丈夫よ。もう何も心配していないから」


(まあ、私に言わずに勝手に聞きに行ったことに対しては、ちょっと思うところはあるけれど)


 皇宮の一室を借り、マルティンと私は向かい合うように座っていた。
 なんでも、数週間後に行われる帝国建国記念パーティーについて、普段のパーティーとの変更点などについて、確認をしに来たらしい。ちょうど皇宮の方に泊まっていたこともあり、そこらへんはスムーズに進んだのだが、肝心のパーティーでのパートナーがいない状況に、私は少し不満を抱いていた。
 ヒロインとヒーローその関係に、前は嫉妬や、不安を抱えていたけれど今はもうそんな感情は一切ない……と言えたらよかったが、前よりかはそれらが緩和され、ヒロインであるイーリスは、今や私の強い味方となっている。彼女が研究を進めてくれているからこそ、番契約を切る方法が解明されていっていいるのだ。
 そして、その方法が分かったと先日報告があったのだが、まさか殿下が一人で聞きに行っているとは思わず、その点に関しては、殿下の勝手な行動――と不満を抱かずにはいられなかった。まあ、殿下もせっかちなので、思い立ってすぐに行動した、というだけの話なのだろうが、一言あってもよかったのではないだろうか。心配していないわけでもないんだし。


(まあ、それは本人に直接言うとして……)


 帝国の建国記念パーティーは、それはもう貴族と名のつく血筋のものなら参加できる大きなパーティーだ。そこに参加するということは、帝国の未来の皇帝となる殿下と、その番である私の存在をアピールする場でもあるということ。未だ存在する、私との婚約を否定する派閥の人間もいるし、戦争に関わっていない貴族や、番に推薦されそうだった令嬢からは、殿下の支持率は低い。もっとも、支持が集まっていないのは私の方で、これまでの悪評や、帝国の三つの星二家が破門されたことにより、公爵家の信頼も危うい状況。
 このパーティーですべてが覆るわけではないが、そういった反対派閥を黙らせられる程度には、堂々とその威厳を見せつけろということだろう。


(なるほどね……今までみたいに裏であれこれ……じゃなくて、正式な場で、ということね)


 これまでは、少人数の貴族と、皇宮で働く直属の関係者らが、帝国の三つの星や、聖女に関して、番に関して動いてきた。だからこそ、その全貌や、どういう経緯、また私と殿下が本当に番として仲慎ましいのか知らない人間は多いと。だからこそ、私は殿下の番として今回、初めて、公共の場に出るわけと。
 それも、貴族の大好きなうわさ話が流れに流れ、私と殿下が番を切るという話も広まっているみたいだから、番切れたいま、殿下の婚約者に、など今更名乗り出てくる貴族もいるだろうから、そこも気にしなくちゃいけない。


「ろ、ロルベーア様、顔色がよくないようですが、大丈夫ですか」
「ええ。大丈夫よ。少し、この間の疲れが残っているようね」


 ゲベート聖王国での一件あと、私たちは、帝国に帰りつき、そのまま休む間もなく船から降りれば、港には帝国の騎士たちやイーリスたちが迎えてくれた。なんともまあ大げさな出迎えだと思っていたが、イーリスが自分も行きたいと手を挙げたらしい。でも、すでに帰りの船が出ているということで、それをあきらめ、代わりに私たちが持ってきた土産話や、収穫品をすぐに見たいと港で待っていたらしい。まあ、こちらとしても、早く魔法石について調べてほしかったため、イーリスが近くにいたことはありがたいことだったが、そこから、いろいろあって、公爵家に帰ってこれたのはそれから三日後のことだった。
 そうして、一週間もたたないうちに、こちらに呼び出され今に至る。


(そう思うと、本当に、イーリスは研究熱心よね。もう、番契約を切る方法を解明しちゃうなんて)


 出航前から、もう少しだ、と言っていたが、こんなにも早くその知らせを受けられるとは思わなかった。本当に彼女は研究熱心で、魔法馬鹿だと思う。だからこそ、ヒロインらしい強さというか、愛嬌があるんだと思う。私と違って、自ら行動を起こして、調べたいことは調べつくして。
 それに比べて私はどうだろうか。


(比べる必要はないわ。私は私。それでいいじゃない)


 ただ、番契約を切った後も油断はできない。私が、彼の婚約者という座に就き続ける限りは、また狙われるだろう。その心配だってあるから気は抜けない。まあ、そのために用心棒を雇ったわけだから、何も考えていないわけじゃない。
 まあ、聖女と皇太子が一緒にいるところを多く目撃されれば、番契約を切りたいって言ったのは、殿下のほうだっていう噂が流れるかもしれないけれど。


「忙しくなりますが、ロルベーア様、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。この間は無理言って、連れて行ってもらって。マルティンさん、全然休めていないでしょう?」
「あー……わたしのことはお気になさらず。いつものことなので」
「殿下は何も言っていないかもしれないけれど、貴方の事、とても信頼しているし、助かっているって思っているわよ」
「そうじゃなきゃ困りますよ。全く……」
「あら、珍しい。マルティンさんが、そんな口きくなんて」


 私が笑えば、マルティンは、苦笑いして、肩を落とした。
 本当に、優秀な人だと思う。まあ、そう思うと同時にかわいそうな人でもある。


「殿下の人使いの粗さは、今に始まったことではないので。でも、前よりかは丸くなったと思います。ロルベーア様に出会ってからですね」
「そうなの?」
「はい。ご存じの通り、殿下は多くの戦場を渡り歩いてきました。殿下の歩いた道には多くの死体が積み重なり、それが彼の強さの勲章としても汚点としても有名でしたから。無駄な死体をつくると……聡明な方ではありますが、気性が荒く、ものに当たることもしばしばありました。それを知っているのは、わたしくらいでしょうが、分かる人にはわかる……といった感じで、目についたものを殺戮していく、そんな血濡れの悪魔と言われていました」
「……そう」
「愛も知らないかわいそうな人。そんな人が、あの呪いを解けるはずないと、殿下のもとにつかえていた人は誰もが思っていたでしょう。ロルベーア様に出会うまでは、本当にそうだったんです。番を作っても、見向きもせず。もっとも、その番たちも、殿下を愛してなどいませんでしたから」


と、マルティンは深くため息をついた。

 何も知らない殿下の事。知っている人ですら、かわいそうだとか、恐ろしい人だとか思うのだから、彼の近くにいけばいくほど、それを目の当たりにして逃げていく人が多いのだろう。少なくとも、その過去の番たちは。


「けれど、ロルベーア様は違ったのです。貴方は、殿下を恐れることもなく、むしろ、殿下の幸せを願っていたそうじゃないですか」
「え、私が?」
「ほら、殿下に運命の相手が現れるとか何とか……だから、呪いは解けるでしょうとか」
「あ、ああ、言っていたような、言っていなかったような」
「そういう、周りとは違う、というようなところに殿下はひかれたのではないでしょうか。彼の孤独に、寂しい部分に触れたのではと……わたしは思っているのですが、これは殿下ではないと何とも分からないことでもありますが」
「私は、殿下の事、まだまだ何も知りませんよ。マルティンさんのほうが知っているんじゃないですか?」


 私は、何も知らないと首を横に振ると、そんなに謙遜しないでください、と少し怒りっぽい口調で言われてしまった。


「殿下はずっと一人でしたから。その孤独を分かち合える、理解しあえる人が欲しかったんじゃないでしょうか。そばに寄り添ってくれるような、そんな強い人が」
「私は……」


 私は果たしてそうなのだろうか。
 確かに、ここに来た時、周りに誰も味方がいなかった。父親である公爵からさえも、道具のような扱いを受け、周りには馬鹿にされ、恐れられ。それが、ロルベーア・メルクールだった。私の男運の悪さも相まって、男は信じられない、かといってこの世界の女はロルベーアのしたことによって恨んだり、恐れたりしていて。私には見方がいなかった。孤独だった。
 それは、殿下も同じで、孤独同士……だからこそ、互いの孤独や、寂しさに触れられたのではないだろうかという、そんな話。


(殿下はずっと、一人で……誰かに自分の話を聞いてもらいたかったんじゃないかしら)


 だから、興味を持った私に必要以上に絡んできた。それが初めは愛じゃなくて、好奇心だったのかもしれないけれど、彼の中で、カチッとはまったピースが、色づいて愛に変わったと。
 全く都合のいい話にも思えるが、そう考えられないこともない。
 私も、彼だけは、今何を抜きにしても信じられる唯一の人。私の孤独に寄り添ってくれた人だって声を大にして言える。


(そう、似た者同士なのね)


「マルティンさんありがとう。話してくれて」
「いえいえ。番契約を切ると言ったときは驚きましたが、ロルベーア様なりに、殿下のことを考えてのことだったんですね。はじめのうち、少し疑ってしまいすみませんでした」
「いいのよ。ああそれと、パーティーの件分かったわ。私が、殿下の隣にふさわしい人間だって、皆に見せつけてあげる」


 私は立ち上がって、マルティンに微笑んだ。彼は、隈の濃いめをやんわりとまげて「ぜひ、そうしてください」と言って私を見送った。


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