上 下
43 / 128
番外編SS

俺の番が可愛すぎる ~アインザームside~

しおりを挟む

「――俺の番が可愛すぎる」
「殿下、頼みますから、仕事をして下さい。それはもう何度も聞きましたから」
「いや、マルティンは知らないだろう。いや、教えたくもない。公女のあの顔は、俺にしか向けられない、特別なものだからな」
「はあ……」


 俺の補佐官であるマルティンは頭が痛いとでもいわんばかりにため息をついた。目の前に積み上げられた資料の山など、手につかないくらい俺の番……公女、ロルベーア・メルクールは愛らしいのだ。
 すれ違いをかさね、そうしてようやくつかみ取った幸せ。公女の呪いも解け、俺達は番として、人生のパートナーとして歩むことになった。俺達は愛を確かめ合い、愛し合い、愛を囁き合った。それでも、俺は足りないと思っている。公女は、恥ずかしがって「やめてください」というが、それすらも愛おしく、もっといって欲しいんだなと勝手に解釈している。
 そして、このザマだ。


「殿下頼みます! この資料の山今日中に片付けて貰わないと……」
「敵国の視察もだったな……ッチ。公女との時間が取れない。公女は今何をしている?」
「ロルベーア様は、公爵家に戻っていますが」
「何故皇宮の方にいない」
「わたしに当たられても、そんな……」
「チッ……」
「殿下、魔法石を持ち出すのやめて貰っていいでしょうか。その魔法石で、公爵邸にいくなど――」


 マルティンは泣きわめくように、俺の手にしがみついてくる。不敬罪で解雇してやってもいいが、こうみえて、マルティンは優秀な部下だ。俺との時間も長く、俺の事を理解している。だからこそ、解雇するには惜しい人材なのだ。それに、番と一緒で、こいつの代りを探すのもきっと手間がかかる。そう思うと、むやみやたらに解雇するのはリスキーすぎる。それに、公女もマルティンと仲がよかったしな……


(気にくわないな……)


 公女のあの美しいアメジストの瞳に映るのは俺だけでいい。俺以外の男を映したら、その瞳をえぐり取ってしまいそうだ。だが、公女は暴力を嫌う。あくまで平和的に物事を解決しなければならないのだ。
 権力を振りかざすことも、公女は嫌っている。我儘だとまわりにいわれればそれまでだが、俺はそれは許容範囲だと思っている。周りがそれを理解できない時点で、公女に気がない証拠なのだ。しかし、公女を悪く言うような輩がいれば、そいつらの首を絞めたくなる。
 目の前の資料の山と、そして手に持っている魔法石。書類仕事は性に合わない。マルティンが終わらせてくれれば良いものの……
 これまで、戦場にいすぎたせいで、これらの資料などただの紙くずにしか見えなかった。だが、これも大事な――


「いや、やめた。三〇分で戻ってくる」
「殿下――!」


 マルティンの制止を無視し、俺は詠唱を唱えた。勿論、公女の場所に――



「よっ、公女。昨日振りだな」
「で、殿下!?」


 座標はあっていたらしい。そして、ちょうどそこに公女がいた。
 転移した場所は、公女の私室で、どうやら刺繍をしている最中だったらしい。手に持っていた針を落とし、公女は慌てたように立ち上がると、俺を見て三度瞬きをした。


「な、何故殿下が……いきなりくるのはやめてくださいとあれ程……」
「いいだろう。番なんだから……それとも、俺がきたらいけない理由でもあるのか?」
「ない、ですけど……いや、あります! 私が着替えている最中だったらどうするんですか」
「最高だな」
「へ、変態!」


 そういうと公女は、自分の胸元を手で隠した。公女の胸は、大きい部類でも小さい部類でもなく、美胸と呼ばれる類いのものだろう。形もはりもいい。大きさもちょうど、だが揉みごたえはしっかりとあり、主張してくるようなピンクの蕾も愛らしい。考えるだけで、下半身に熱が集まるので、それ以上はやめた。また、けだものだと公女に接近禁止令を出されたらたまったものじゃないからだ。
 公女はぷるぷると震えながら、俺を睨み付けてくるが、全く怖くもなかった。寧ろ愛らしい。
 あの日から、いや、出会った日から公女に惹かれ、思いが通じ合ったことで、俺はどうやらたがが外れてしまったらしい。公女に対する愛を抑えきれなくなった。所謂、溺愛というヤツだろう。
 公女は俺の豹変ぶりに最初は戸惑っていたが、今では普通に受け入れてくれるまでになった。公女の適応能力は本当に素晴らしい。


「それで、殿下何のようですか。殿下のいったとおり、昨日振りですが」
「公女の顔が見たくなった」
「は、はい!?」
「仕事を放り出して、公女の顔が見たくなった」
「聞かなかったことにします。仕事をしてください」
「何故だ。公女に会えなくて死にそうだったというのに。こんなに頑張っている番を慰めてはくれないのか」
「はい。全く慰める気にもなれません」
「公女は相変わらずシャイなんだな」
「だから何故シャイということになるんですか。どうせ、またマルティンさんを困らせたんでしょう」


と、公女は今度は怒りで震えているようだった。

 気にくわない。俺といるのに、他の男の名前を出すなど。
 公女に対しては自分の考えは少々、いや大分過激だと思う。これまでの癖もあって、暴力で解決しそうになるところをどうにか抑え、それでも、気にくわなくて止められず、俺は公女の顔を掴み、そのまま唇を押しつけた。驚き、彼女が口を開いたところで、下を潜り込ませ、歯茎をなぞり、上あごを舌で刺激してやれば、公女の抵抗は弱くなる。俺の舌に合わせるようにたどたどしく動く姿が本当に愛おしい。口の端から零れる公女の唾液さえも、残らず飲み込んでしまいたい。


「はあ……あ……はあ……殿下、本当に何のつもりですか」
「吸っているんだ」
「す……なんて?」
「ほら、公女が教えてくれただろう。疲れたらネコを吸うだったか?」
「あれは、動物です。私は動物ではありません」
「分かっている。だが、公女を充電しなければやっていけない。どうだ、公女これから俺と――」
「仕事をしてきてください」


 押せばいけると思ったが、気高く、それなりに強い俺の番様は流されてくれなかった。ちょうどそこに俺達が交われそうなソファがあるというのに。無理矢理押し倒したらまた何か言われそうだったため、俺は頷くことしかできなかった。
 公女はそのアメジストの目にも、仕事をしろ、という文字を浮べ俺を見ていた。多分、今は機嫌が悪い。


「フッ……そうか、では戻るとしよう。マルティンには三〇分だと伝えたからな」
「仕事、頑張ってくださいね」
「公女がやってくれてもいいんだぞ? それか、分担すればすぐ終わる――」
「アイン」


 魔法石を取りだし、詠唱を唱えようとすれば、公女が俺の名前を呼んだ。
 その手には、ハンカチが握られており、先ほど刺繍していたものだろう。


「殿下の……帝国の紋章が刻まれているヤツです。よければ」
「プレゼントか。全く、公女は素直じゃないな……」
「素直じゃないって何にたいしてですか」
「いや」
「それと――」


 公女は何か思い詰めたような顔をした後、一歩近付いてきたかと思うと、背伸びをした。次の瞬間には、フニッと柔らかい感触が俺の頬に伝わった。
 何をされたのかと思い頬をなぞれば、目の前の公女は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。ああ、理解した――


「頑張ったら、いいですよ。私も……いや、昨日振りですけど、その……アインと」
「ハハッ」
「……っ」
「そうだな。頑張って仕事を片付けてくることにしよう。そしたら、今夜……また会いに来る。ロルベーア。その時は、お前をまた愛させてくれ」
「いい方が、キザっぽくて嫌です」


 拒否しなかったということは同意と取っていいだろう。
 俺は、詠唱を唱え、魔法石でその場を後にすることにした。正直名残惜しいし、その場で公女を抱いてしまいたい欲求に駆られた。しかし、約束は約束だ。


「殿下!」
「マルティン聞いてくれ、俺の番が可愛すぎる」
「戻ってきて開口一番それですか」
「ああ……仕方ない、この資料の山を片付けるぞ」


 俺が資料を一枚取れば、感激したように、マルティンは顔を明るくした。こんな資料の山、公女との一夜がご褒美にあると考えれば安いものだった。
 俺は、夕方ごろまで資料の山と向き合い、宣言通り終わらせ、また公爵邸に飛んでいった。だが、その時運悪く公女が風呂に入っており、その場に出くわしてしまったことで、彼女に叩かれたのはまた別の話だ。

 やはり、公女は愛らしい。俺の一番の番だ。
 そう思えるようになり、俺の日々は充実している。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...