上 下
42 / 128
エピローグ

番として未来を歩む

しおりを挟む


「おはよう、公女」
「……ん、おはようございます。殿下」


 目が覚めると、朝日を帯びて、輝く真紅の髪を持つ彼が笑顔で挨拶をしてくれる。彼の腕の中に居る、そんな安心感と多幸感で胸一杯になりながらの目覚めに、私は満足していた。一年前までは、こんな幸せに溢れた目覚め、朝を想像できなかったが、今は私が想像した以上の目覚めを彼が提供してくれている。本当に、長い道のりだったと、感傷に浸りながら彼を見つめていれば、フッと私の視線に気づいたように殿下は微笑んだ。その、綻んだような笑みを見て、胸が一杯になり、それと同時に、恥ずかしくもなって視線を逸らしてしまう。
 ところで、服を着ているが、これは彼が着せてくれたということでいいのだろうか。


「公女が眠っている間に、大方すませておいたぞ。シュテルン侯爵家も、トラバント伯爵家もこれで終わりだな」
「ええっと……殿下、朝から物騒なのですが。私はいつまで眠っていましたか」
「一日ほど眠っていたな。マルティンに怒られたぞ? 呪いが解けたばかりで無理させたと。また、公女が起きなかったらどうしようかと思ったが、その心配はないらしくてな。無理させたことには変わりないが……」


と、殿下は悠々と語ったかと思えば、その視線をどんどん外していった。無理させた自覚あるんだ、と思うと同時に、あれからまた一日眠っていたとなると、かなり身体に負担がかかっていたらしい。だが、今は気持ち悪い感じもしないし、疲れもない。何より、一日経ったといっても、彼が目覚めたら隣にいてくれたことが嬉しかった。

 まあ、本当に色々あったみたいなのは察するが。


「そう、ですか……シュテルン侯爵家も、トラバント伯爵家も……公爵家はどうなったのですか?」
「気になるのか?」
「はい……一応、自分の家門のことは気になります」


 私がそう言うと、そうか、と殿下は言って顎に手を当てた。いいにくいことなのだろうか。爵位を返還、ということにもなっているかも知れない。いや、私が生きていて、殿下も生きているのならお咎めなしかも知れないが。


「落ち込むことはないぞ? 公女。婚約の話を進めていたんだ」
「そうですか……って、婚約!? 待って下さい。本当に一日ですよね!? 私が眠っていたのは!?」
「早いほうがいいだろう。まあ、結論から言えば、公爵家はお咎めなしだ。公爵はそれを聞いても喜んでいなかったがな。よほど公女に負い目を感じているか」
「お父様が……というか、本当に婚約ってどういうことですか」
「俺が話を進めておいた。公女との婚約を、皇太子妃にふさわしいのは公女しかいないとな」


と、殿下は言うと、私の額にキスを落とした。殿下は何だか満足げだが、勝手に話を進められたことに関しては少し怒りを感じていた。

 愛し合えた、だから呪いが解けたとは言え、私を皇太子妃に……と進める人は多くないのではないかと。これまでの悪評もあるし、三つの星がこんな感じで捕まってしまっている今、皇族側も貴族を信じられないんじゃないかと。
 私がそう不安げにしていれば、殿下は安心させるように私の肩をそっと抱いた。


「公女が何を心配しているか分かるぞ」
「番だからですか?」
「そうだな。そうでなくとも、顔を見れば分かる。番契約でついてくる、番特有の機能は俺は全く役に立たないと思っている。いや、あんなもので心を見透かされるのは公女も嫌だろう」
「た、確かにそうですが。それで、助かったときもありましたし……」


 誘拐されたときとか、テレパシーを使えたのは大きいだろう。まあ、番だからという理由をつけて話をするのは私も好きではない。それを、殿下自身が分かってくれていることに対して喜ぶべきなのだろう。しかし、皇太子妃なんてつとまるのか。そういう教育を受けてこなかったわけじゃないが、私は本物のロルベーアじゃない。


(今更、本物も偽物もどうでもいいのかも知れないけれど)


「聖女様は……」
「またイーリスの話か。公女は何を勘違いしているか分からないが婚約をと進めたのはイーリスだ」
「聖女様が?」
「元から、俺たちの関係を気になっていたらしい。互いに思い合っているのに素直になれていないとかいっていたな。いらないお節介だが、今回はまあ、イーリスのおかげもあってだな……勿論、俺は彼奴に一切そう言った感情はない。イーリスの方もだ。何でも、今回俺の呪いを解いたことで、魔法と呪いについてもっと研究したくなったらしくてな。近々、神殿に籠もるそうだ」
「な、なるほど……」


 よかった、と口から出てしまい、殿下にフッと笑われてしまった。
 これで全ての誤解は解けたわけだが、また新たに殿下は難題を突きつけてきた。皇太子妃に……か。いくら、イーリスが進めたところで、私の評価は変わらないわけだし、それでも、番として生き残り、その契約を破棄しない限りは、殿下の隣は私が居座り続ける。私を殺すことができるのは殿下だけで、暗殺したところで帝国にはメリットがない。そこは保証されているのか。
 しかし、敵国との話もまだどうなるか分からないので、暫くは様子見といったところだろう。トラバント伯爵家が繋がっていたといっても、敵国が攻めてくるわけでも無いし、かといって和平交渉も難しいかも知れない。殿下の苦難は続くわけで。


「殿下のこと、これからは隣で支えていってもいい……ということですか」
「改まってどうした? 支える? 何を?」
「敵国のこともあるっていっていたじゃないですか。それに、私達の婚約に賛成しない貴族もいる……と思うので。婚約の話を進めておいた、といいましたが、実際に婚約者になったとしても……反対派の勢力に押し巻けると言うことも考えられるので。これからも、大変だなと思って。でも、私は殿下の隣に立っても恥ずかしくないような番に、女性になりますから」
「今でも十分魅力的なんだがな」


と、殿下は零すと、私の唇を奪った。

 全くの不意打ちに、私は思わず彼の分厚い胸板を押し返してしまう。


「な、何ですか! いきなり」
「可愛かったからついな」
「そ、それでも、こ、心の準備が……」
「嬉しくないのか?」
「いきなりやられるとそうですね、ときめきよりも、驚きが……はい」
「素直じゃないなあ、公女は」


 殿下はくすりと笑う。その笑顔が意地悪っぽくて、私はムスッとした顔で殿下を見る。


「まあ、そういうところが可愛いんだが。惚れた弱みだな……そういえば、公女、またいつも通りに戻っているな」
「いつも通りとは?」
「名前だ。もう、アインと呼んでくれないのか。ベッドの上ではあんなにも――」
「殿下こそ! 私のこと公女って! ろ、ロルベーアと呼んで下さらないのですか」
「ロルベーア」
「不意打ちやめてください」
「公女がいったんだろう。まあ、こっちの方がしっくりくるのはそうだが……そうだな、二人きりの時は呼んでやろう」
「何故上から」
「公女……ロルベーアは?」
「……アイン」
「そうだ、それでいい」


 殿下は私を抱きしめた。トクン、トクンと彼の心臓が脈打つ音が聞える。一年前、一ヶ月前は止るのかも知れないと恐れていた。でも、今はこの心臓が動いているだけでも私は安心するのだ。
 強引で、意地悪で、殿下こそ素直じゃないけれど、私もそういうところに惚れたのだ。お互い様だ。


「アイン、愛しています」
「……っ、珍しいなロルベーア」
「言って下さらないのですか」
「安くないぞ? それに、ロルベーアに受け止めきれるのか?」
「私の方が、重いです。お互い様です」


 そうか、と殿下は言って真紅のカーテンを揺らす。そして、何よりも眩しい夕焼けの瞳を私に向ける。
 ああ、愛しい人がそこにいる。その瞳に私がうつっている。
 お互いの色が溶けた瞳を見つめ合い、私達はキスを交す。優しく、愛を相手に溶かすように。


「ロルベーア、愛している」


 殿下はそういって、もう一度私を強く抱きしめた。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...