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第1部4章
02 真実の愛と心中
しおりを挟む「――今、なんて」
「俺は、公女となら心中しても構わないと言った」
「……冗談でも、冗談でもやめてください!」
殿下の手を払いのけて、膝の上に置いた拳をギュッと握る。殿下がくれたドレスに皺が寄ったとかそんなことを考えている余裕は私にはなかった。
殿下は今何を言ったのか。冗談だったらいい、いや、冗談でも言って欲しくない。
(心中でも構わない? 何それ……心中なんて)
仮にも彼は皇族で、帝国の太陽で、この小説のヒーローなんだ。私達の間に愛が芽生えない以上、結局私は悪役の立場を脱却できず、殿下を救うことさえできなかった。彼が、そんな悪役と死ぬと言い出した。そんなの、ありえない、あってはならないことだ。
(なんで、私はこんなに焦っているの? 物語を変えてしまったから? 私が悪役だから? 違う、違う、そうじゃなくて)
彼は死を恐れない。そんな男だ。そんなことは知っている。でも、私がそれを許せなかったのだ。軽く自分の命について語るこの男が、どれほど愚かなことをしようとしているのか、自分の身体だからいいのか、そうじゃない。
今になって、彼の感情が自分の中に流れ込んでくるのが分かった。番契約をしているから、番である彼の感情が流れ込んでくるのだ。本気で言っていることも、それで大体分かった。でも、分かりたくない。
「公女……」
「そんなこと言わないで下さい。何で、心中なんか」
「呪いが解けない以上はそう言うことだろう。今から新しい番を見つけようとしている奴らもいる。だが、俺はこれ以上番を作ろうとは思わない。新しい番を作るということは、公女を殺す事になるからな」
「……っ」
「それは嫌だ」
「何故?」
「何故? 公女はおかしいことを聞くな。それとも、俺に新しい番を作れと言いたいのか」
ギシ、と私の座っている椅子が軋む。壊れるほど彼は背もたれを掴み、私に顔を近づけてきた。真紅の髪のカーテンはまるで怒っているようで、その夕焼けの瞳も私を灼け殺そうと冷たく、怒りに燃えている。彼が怒る要素がどこにあったのだろうか。確かに、皇太子がいなくなるということは、時期皇帝候補がいなくなるということで、帝国の未来は暗いだろう。それだけではなく、現在敵国の動向が怪しいと聞く。そんな時皇太子が死んだと敵国側に知られれば、きっと帝国に攻め入ってくるに違いない。彼らも彼らで帝国に恨みがあるからだ。
新しい番を作って、愛し合わせようと思う上の気持ちも分かる。しかし、それで間に合うと思っているのだろうか。愛という感情はすぐに芽生えるわけではない。
「彼奴らは、俺とイーリスを番にさせようとしている」
「聖女様とですか、それは賢明な――」
「公女は!」
「ん?」
「公女は……それでいいのか。俺と番であることに、苦痛でも感じているのか……」
と、殿下は消えそうな声で言った。彼が焦っているのはタイムリミットが迫っているからではないのだろうか。何故彼は私にそこまで迫ってくるのか分からなかった。番だからか、でも番にはそんな相手を好き好きになる補正はない。あるのなら、もうとっくに呪いは解けているだろう。まあ、そんな番になったから芽生えた愛というのが果たして、真実の愛なのか分からない。殿下の呪いを解くためには、真実の愛を見つけなければならないのだ。
仮に殿下が私を好きだと思ってくれていたとしても、それが真実の愛ではない、と呪いがそれを証明している。それに、私は一度も殿下に好きだと、愛していると言われたことがない。
(……ない、はず…………殿下が、そんなこと口にするはずがないもの)
「殿下は、何に対して怒っているのですか」
「俺も、何故公女がそこまで冷静でいられるのか分からない」
「私も、殿下の事分かりません。そもそも殿下は、真実の愛とか、恋とかくだらないと仰っていましたよね。私達の呪いが解けていないことがその証明なのでは?」
「……だから、分からないんだ。何故、解けない」
「……」
「もしかすると、愛し合わなければならないのかも知れないな。俺だけでは解けない呪いか……」
「殿下先ほどから何を――」
立ち上がろうとすれば、押さえつけられ、殿下は私の肩を掴んだ。ミシミシと骨が軋む音がする。痕になるんじゃないかと思うくらい酷く捕まれ、私は苦痛に顔を歪める。彼の顔は、長い髪で隠れて見えなかった。
「痛い、痛いです。殿下」
「公女は俺の事を愛しているか」
「は?」
「……愛しているわけがないな。確か公女は、俺に運命の人が現われると言っていた。そして呪いを解いてくれると……また、家のために嫌々番になったとも言っていたな」
「い、いつの話ですか」
「では、今は違うというのか」
殿下は、目を伏せる。それは答えを言っているようなものだった。今の彼の顔はいつものへらへらした顔にも見えるし、どこか悲しそうな感じにも見えた。そんな顔で見つめられると何も言えなくなる。
いつの話を持ってくるんだ、と思ったが、もしかしてそのいい方、私の間違えでなければ殿下も――?
殿下の手も震えていて、その振動が身体に伝わってくる。彼は、そう、愛を知らない人なんだ。愛し方もきっと分からない。可哀相な人。
「殿下は、私のこと愛しているんですか」
「俺は――」
もし、もしも殿下が、愛していると、ただその一言だけいってくれるのなら、変わるかも知れない。
臆病で、申し訳ないと思いつつ、確証が持てなければ、この気持ちを伝えても無意味だと思った。だから、彼が言ってくれるのなら私も喜んでその心を明け渡そう。
私は顔を上げて殿下の言葉を待った。彼の夕焼けの瞳は揺れていて、唇は、何度も開かれては閉じられる。迷っているのか、言うのが恥ずかしいのか。でも、殿下の性格だったら言ってくれるはずだ、と私はその瞬間を待ち望んでいた。
肩にキュッと力が込められ、ああこのタイミングで言われるんだな、と私は覚悟を決め、もう一度殿下の方を見る。殿下は、意を決したように口を開いた。
「公女、俺は――」
「殿下、お取り込み中すみません!」
バンッ、と扉が開かれ、入ってきたのはマルティンだった。彼は、私達の姿を見ると、顔を少し赤らめた後、すぐに我に返ると、襟を正し、殿下の方を見た。ノックをしずにはいってきたところを見ると、急用らしい。もしかして、敵国に動きがあったのだろうか。そう思っていれば、マルティンは私に申し訳なさそうなかおをした後、私にも聞える声で張り上げた。
「聖女様が、殿下の呪いを解く方法を発見したそうです」
「え……?」
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