33 / 128
第1部4章
02 真実の愛と心中
しおりを挟む「――今、なんて」
「俺は、公女となら心中しても構わないと言った」
「……冗談でも、冗談でもやめてください!」
殿下の手を払いのけて、膝の上に置いた拳をギュッと握る。殿下がくれたドレスに皺が寄ったとかそんなことを考えている余裕は私にはなかった。
殿下は今何を言ったのか。冗談だったらいい、いや、冗談でも言って欲しくない。
(心中でも構わない? 何それ……心中なんて)
仮にも彼は皇族で、帝国の太陽で、この小説のヒーローなんだ。私達の間に愛が芽生えない以上、結局私は悪役の立場を脱却できず、殿下を救うことさえできなかった。彼が、そんな悪役と死ぬと言い出した。そんなの、ありえない、あってはならないことだ。
(なんで、私はこんなに焦っているの? 物語を変えてしまったから? 私が悪役だから? 違う、違う、そうじゃなくて)
彼は死を恐れない。そんな男だ。そんなことは知っている。でも、私がそれを許せなかったのだ。軽く自分の命について語るこの男が、どれほど愚かなことをしようとしているのか、自分の身体だからいいのか、そうじゃない。
今になって、彼の感情が自分の中に流れ込んでくるのが分かった。番契約をしているから、番である彼の感情が流れ込んでくるのだ。本気で言っていることも、それで大体分かった。でも、分かりたくない。
「公女……」
「そんなこと言わないで下さい。何で、心中なんか」
「呪いが解けない以上はそう言うことだろう。今から新しい番を見つけようとしている奴らもいる。だが、俺はこれ以上番を作ろうとは思わない。新しい番を作るということは、公女を殺す事になるからな」
「……っ」
「それは嫌だ」
「何故?」
「何故? 公女はおかしいことを聞くな。それとも、俺に新しい番を作れと言いたいのか」
ギシ、と私の座っている椅子が軋む。壊れるほど彼は背もたれを掴み、私に顔を近づけてきた。真紅の髪のカーテンはまるで怒っているようで、その夕焼けの瞳も私を灼け殺そうと冷たく、怒りに燃えている。彼が怒る要素がどこにあったのだろうか。確かに、皇太子がいなくなるということは、時期皇帝候補がいなくなるということで、帝国の未来は暗いだろう。それだけではなく、現在敵国の動向が怪しいと聞く。そんな時皇太子が死んだと敵国側に知られれば、きっと帝国に攻め入ってくるに違いない。彼らも彼らで帝国に恨みがあるからだ。
新しい番を作って、愛し合わせようと思う上の気持ちも分かる。しかし、それで間に合うと思っているのだろうか。愛という感情はすぐに芽生えるわけではない。
「彼奴らは、俺とイーリスを番にさせようとしている」
「聖女様とですか、それは賢明な――」
「公女は!」
「ん?」
「公女は……それでいいのか。俺と番であることに、苦痛でも感じているのか……」
と、殿下は消えそうな声で言った。彼が焦っているのはタイムリミットが迫っているからではないのだろうか。何故彼は私にそこまで迫ってくるのか分からなかった。番だからか、でも番にはそんな相手を好き好きになる補正はない。あるのなら、もうとっくに呪いは解けているだろう。まあ、そんな番になったから芽生えた愛というのが果たして、真実の愛なのか分からない。殿下の呪いを解くためには、真実の愛を見つけなければならないのだ。
仮に殿下が私を好きだと思ってくれていたとしても、それが真実の愛ではない、と呪いがそれを証明している。それに、私は一度も殿下に好きだと、愛していると言われたことがない。
(……ない、はず…………殿下が、そんなこと口にするはずがないもの)
「殿下は、何に対して怒っているのですか」
「俺も、何故公女がそこまで冷静でいられるのか分からない」
「私も、殿下の事分かりません。そもそも殿下は、真実の愛とか、恋とかくだらないと仰っていましたよね。私達の呪いが解けていないことがその証明なのでは?」
「……だから、分からないんだ。何故、解けない」
「……」
「もしかすると、愛し合わなければならないのかも知れないな。俺だけでは解けない呪いか……」
「殿下先ほどから何を――」
立ち上がろうとすれば、押さえつけられ、殿下は私の肩を掴んだ。ミシミシと骨が軋む音がする。痕になるんじゃないかと思うくらい酷く捕まれ、私は苦痛に顔を歪める。彼の顔は、長い髪で隠れて見えなかった。
「痛い、痛いです。殿下」
「公女は俺の事を愛しているか」
「は?」
「……愛しているわけがないな。確か公女は、俺に運命の人が現われると言っていた。そして呪いを解いてくれると……また、家のために嫌々番になったとも言っていたな」
「い、いつの話ですか」
「では、今は違うというのか」
殿下は、目を伏せる。それは答えを言っているようなものだった。今の彼の顔はいつものへらへらした顔にも見えるし、どこか悲しそうな感じにも見えた。そんな顔で見つめられると何も言えなくなる。
いつの話を持ってくるんだ、と思ったが、もしかしてそのいい方、私の間違えでなければ殿下も――?
殿下の手も震えていて、その振動が身体に伝わってくる。彼は、そう、愛を知らない人なんだ。愛し方もきっと分からない。可哀相な人。
「殿下は、私のこと愛しているんですか」
「俺は――」
もし、もしも殿下が、愛していると、ただその一言だけいってくれるのなら、変わるかも知れない。
臆病で、申し訳ないと思いつつ、確証が持てなければ、この気持ちを伝えても無意味だと思った。だから、彼が言ってくれるのなら私も喜んでその心を明け渡そう。
私は顔を上げて殿下の言葉を待った。彼の夕焼けの瞳は揺れていて、唇は、何度も開かれては閉じられる。迷っているのか、言うのが恥ずかしいのか。でも、殿下の性格だったら言ってくれるはずだ、と私はその瞬間を待ち望んでいた。
肩にキュッと力が込められ、ああこのタイミングで言われるんだな、と私は覚悟を決め、もう一度殿下の方を見る。殿下は、意を決したように口を開いた。
「公女、俺は――」
「殿下、お取り込み中すみません!」
バンッ、と扉が開かれ、入ってきたのはマルティンだった。彼は、私達の姿を見ると、顔を少し赤らめた後、すぐに我に返ると、襟を正し、殿下の方を見た。ノックをしずにはいってきたところを見ると、急用らしい。もしかして、敵国に動きがあったのだろうか。そう思っていれば、マルティンは私に申し訳なさそうなかおをした後、私にも聞える声で張り上げた。
「聖女様が、殿下の呪いを解く方法を発見したそうです」
「え……?」
47
お気に入りに追加
951
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私は、あいつから逃げられるの?
神桜
恋愛
5月21日に表示画面変えました
乙女ゲームの悪役令嬢役に転生してしまったことに、小さい頃あいつにあった時に気づいた。あいつのことは、ゲームをしていた時からあまり好きではなかった。しかも、あいつと一緒にいるといつかは家がどん底に落ちてしまう。だから、私は、あいつに関わらないために乙女ゲームの悪役令嬢役とは違うようにやろう!
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
催眠術にかかったフリをしたら、私に無関心だった夫から「俺を愛していると言ってくれ」と命令されました
めぐめぐ
恋愛
子爵令嬢ソフィアは、とある出来事と謎すぎる言い伝えによって、アレクトラ侯爵家の若き当主であるオーバルと結婚することになった。
だがオーバルはソフィアに侯爵夫人以上の役目を求めてない様子。ソフィアも、本来であれば自分よりももっと素晴らしい女性と結婚するはずだったオーバルの人生やアレクトラ家の利益を損ねてしまったと罪悪感を抱き、彼を愛する気持ちを隠しながら、侯爵夫人の役割を果たすために奮闘していた。
そんなある日、義妹で友人のメーナに、催眠術の実験台になって欲しいと頼まれたソフィアは了承する。
催眠術は明らかに失敗だった。しかし失敗を伝え、メーナが落ち込む姿をみたくなかったソフィアは催眠術にかかったフリをする。
このまま催眠術が解ける時間までやり過ごそうとしたのだが、オーバルが突然帰ってきたことで、事態は一変する――
※1話を分割(2000字ぐらい)して公開しています。
※頭からっぽで
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる