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第1部3章

02 狩猟大会の報酬

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 驚いた。
 狩猟大会なんてとっくに中止になったものだと思っていたが、あの後、一日経って殿下が狩猟大会を続行すると強行したらしく、例年通り最後まで執り行われたのだとか。殿下も酷い目に遭っているのに、相変わらずというか、強引で、でもそんなところが殿下らしいと思った。


(――っていうことは、私三日ほど眠っていたってこと?)


「ああの、殿下つかぬ事をお聞きしますが、殿下の傷は、その……」
「つかぬ事でも別にないだろう。ああ、そういえば公女は俺の肉体が気に入っていたらしいな。触ると良い。先ほども言ったが痛くないからな」
「そ、そういうことではなく!」


 ほれほれと、わざと私が触りやすいように身体を近づけてくる殿下から逃げるように顔を背ける。
 そういうことを言って欲しいわけじゃ無いのだ。結局、傷は残るみたいだし。いや、そうじゃない。私は一度目を伏せてから大きく息を吐いた。そして決心し、口を開こうとすれば殿下が先に言葉を発した。


「まあ、最近傷の治りは遅いがな。痛みは感じないのに、傷は残る。呪いのせいで治りが遅くなっているのかも知れないな」
「それって、その……殿下が受けた、真実の愛を知らないと解けない呪いですか」
「ん? そうだな。真実の愛なんて馬鹿馬鹿しいが」
「そうですよね……」


 そう言っているということは、殿下は別に私に興味がないのではないかと思った。まあ、それは置いておいても、どんなふうに朽ちていくのか。ロルベーアの死に方と、殿下の死に方はまた違うのだろう。痛々しい傷がこれ以上残るところを私は見たくなかった。だったら、殿下にはさっさと呪いを解いて貰って、一年という寿命の縛りから解放されて欲しいと思った。それができるのは自分じゃないからどうしようもないけれど。


(私じゃダメなら、やっぱり、イーリスしかダメなのかしら)


 殿下を救うには、ヒロインとくっつけるほかない。きっとそれが殿下のためにもなると思った。


「公女」
「な、何ですか」
「考え事か? せっかく、狩猟大会での俺の雄志について語ろうと思ったのに、俺の話を聞かないのは感心しないな」
「狩猟大会での雄志……ですか?」
「ああ。俺を貶めようとしていた奴らを逆に貶めたりだな」


と、ニヤリと笑う殿下に私は思わず頭を抱えそうになった。まず、何故それを私に伝えるのかが謎だし、怖いからやめて欲しい。というか、罠は不正ではないのか、と疑問さえ上がってくる。


「罠は不正なのでは?」
「よく覚えていたな、公女。その通りだ。今のは嘘だ」
「嘘なんですか」
「だが、一位を取ったのは嘘じゃない。その証拠に――」


 殿下はそう言うとパチンと指を鳴らし私の手の上に両手のひらにのるくらい小さい白い兎を乗せた。どこから出現したのか分からないが、多分転移魔法を使ったのだろう。皇宮内にいたから簡単に移動させられたとか何とかだろう。そこはいいのだが、私の腕の中でくしくしと、後ろ足で耳をかき、その丸い瞳を私に向けた白兎は、白い毛玉のようで、愛らしく私の心を一発で射止めた。


「可愛い……」
「だろ? 公女が好くと思ってな。ちゃんと生け捕りにしてきただろ?」
「生け捕りって……でも、こんな小さな兎、ポイントになるんですか? その、狩猟大会において」
「ああ、その兎は珍しいからな。身体のサイズもさることながら、見て見ろその瞳を」


と、指さされたので私は兎の目に着目してみる。その瞳はまるで宝石を埋め込んだように美しく、私の瞳の色と同じアメジストで。


「瞳の色?」
「そうだ。この兎の瞳は希少でな。紫の色の瞳を持っている。中にはその兎の目玉だけをくりぬいて売りさばくヤツもいるが……おおっと、公女はこんな話は好きじゃなかったな。まあ、なんだ、公女の瞳の色と同じだったからな……」
「殿下?」


 何だか言い訳しているように感じた。頬も心なしか赤い。しかし、それは兎が可愛いからだろう。そうに違いないと私は一人納得した。
 腕の中では兎が私の手に頬ずりしてきていて、その短くも主張してきている耳をピンと動かしていた。何をしても可愛いなんてずるい、と私は思いながら兎を撫でる。


「……ありがとうございます」
「気に入ってくれたのなら、何よりだ」
「ええ。とても可愛いです」


 正直、生き物は得意じゃなかったけれど、こんなに愛らしく可愛い姿を見せられると、自然と頬が緩む。小さい身体をふるふると揺らし前足を動かす姿が愛らしい。
 大切にしようと心に決め、私はもう一度、殿下にお礼を言った。


「ありがとうございます、殿下。大切にします。それと、狩猟大会一位、おめでとうございます」
「……っ、全く。それが先だろう、公女。だが、公女からの感謝の言葉は素直に受け取るとしよう」
「そうしてください」


 そういって見つめ合えば、自然に同調するように笑えて、何だかいい雰囲気だった。
 けれど、心の中で引っかかるモヤモヤは消えてくれなくて、これは、恋人同士ではなく、もはや友達同士の関係なのでは? と思い始めていた。そんなことないと言いきりたいのに、言い切らせてくれない自分がいる。


「それで、私はどうすればいいんですか?」
「どうすればとは? ああ、そうだな。また公女を狙ってくる可能性もあるわけだ、暫くのうちは皇宮にいるといい。その許可は取ってある」
「殿下を、皇太子を危険な目に遭わせた女なのにですか?」
「だからそこまで気にしていないと言っているだろう。公女はしつこいな……そもそも番は一緒にいるべきものなんだ。つべこべ言わず、ここにいろ」
「……殿下、都合が悪くなると当たるのやめて貰っていいですか。それに、番ってわざわざ言わなくても……」
「公女の癖が移ったんだな。お互い様だ」


と、殿下は笑いながら部屋を出ていった。


「何よ、癖って……」


 番であるから、なんて理由が通じるのは私達だけなのではないかと思った。他の番同士は、一年という寿命の制約がないから、離れていても、繋がっているのだから、みたいな感覚はあるのだろうが、私達は違う。一年と限られた中で愛し合い、愛が生れなければ死ぬ運命。
 番には、愛が不可欠なのだ。なのに私達は、契約上番なだけであって、心から番に慣れたわけではないのだと思う。
 彼が出ていった後の部屋は妙に広く寂しく感じ、私は手の中に収まっている白兎をもう一度優しく撫でた。


「ここにいろっか……」


 まるで、離れて欲しくないみたいな。
 思い込みすぎか、と私は軽く笑って、もう一眠りしようと、白兎を枕元に寝かせてあげた。

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