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第1部1章

05 お茶会の茶番劇

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「皇太子殿下との番契約は無事すんだようですね。ロルベーア嬢」
「私達とのお茶会に参加できるっていうことは、そこまで殿下に興味を持たれていないんじゃなくって?」
「…………お茶が美味しいですね。クラウト・シュテルン侯爵子息、ミステル・トラバント伯爵令嬢」
「ロルベーア嬢、会わない間に何かありましたか?」


 黄色い薔薇が咲き乱れる庭は、シュテルン侯爵家の家紋でもある。丸いテーブルを囲むようにして、私、この家の子息、クラウト・シュテルン侯爵子息、その婚約者ミステル・トラバント伯爵令嬢が座っていた。二人は席が近く、私に見せつけるように肩を寄せ合っている。
 我が家の政敵である二つの家は、婚約関係になる事で手を結び公爵家を潰そうと目論んでいる。それに巻き込まれて、私は後ろ盾をと、皇族……すなわち、殿下と番契約を結ぶことになったのだけど。婚約関係よりも、番関係の方が重いため、私と殿下が将来結ばれるのは確定だと帝国中に広まっているのだろう。私達が生きていれば、の話だが。
 優しい笑みを浮べつつも何処か私を馬鹿にしているクラウトは、何かを探るようなサファイアの瞳で私を見てきて、耳に黒い髪をかけ直す。ロルベーアの記憶から、彼は直接手は出してこないものの、ロルベーアの行く先々にあらわれたという。婚約者をいながら他の女性を付きまとっていたということになるが、きっとそれは私の監視のためだろう。
 そして、その隣に座っているミステルは、優雅にお茶を飲みながら、藍色の髪に巷で人気のアクセサリーをつけ、女としての魅力をアピールしていた。私に見せつけるように何度も足を組み直しているあたりが可愛らしいとはいえないのだが。


「本当に何もないの?」
「何もとは何のことでしょうか」
「……貴方の家もよくやるわ。私達が婚約関係になったっていったら、すぐに行動しちゃって。あの皇太子殿下と番契約だなんて。でも、ロルベーア様にとってはよかったのかも知れませんわね。高貴な方と番になれて。でも、その代り、寿命が一年になっちゃったなんて可哀相に」


 フフフ、とわざとらしく笑うと、ミステルは紅茶に口をつける。まるで自分の方が幸せだと、そうアピールしてきているようだった。その隣で、クラウトも先ほどよりも口角を上げて笑っている。
 ロルベーアはきっとこの二人に日頃からこんな風な嫌がらせを受けていたんだろう。私ですら、腹立たしいのに、無償に身体が帰ろううと、立ち上がろうとしていたのだ。
 三家は均衡を保ってきたはず。けれど、今は違う。互いの家をつぶさんと躍起になっているのだ。
 ミステルとクラウトは上手くいっているかも知れない。でも、ロルベーアは? 周りから見れば、愛も涙も何もない皇太子の番にさせられて、一年の間に愛が育まれなければ死亡するそんな状況下に立たされて。自分の父親には、道具として利用されて……ロルベーアは何を思っていたのだろうか。だから、殿下に縋るしかなかったのだろうか。何としてでも彼の気を引いて……いや、愛されようとしていたのかも知れない。


(くだらない……)


 ロルベーアは賢かったはずなのだ。だから、もっとやり方があった。番契約を結ぶ前に逃げることだってできた。でもそれをしなかったのは、彼女にプライドがあったからだろう。皇太子の番になるということは前々から告知されて、噂として広まっていたはずだ。それを拒絶することはできなかった。
 私は、紅茶にうつる自分の顔を見つめていた。アメジストの瞳に、プラチナブロンドの髪。誰もが羨む美貌を持ちながら何も手に入らなかった少女……


「いいえ。殿下は私に興味を持っていますから、安心して下さい」
「なっ」


 カチャンと、ソーサーにコップが当たる音がする。動揺したのはミステルの方だった。ロルベーアよりも位が二つも下な彼女は、クラウトを味方につけないと、ロルベーアに突っかかってこれない。今でこそ、婚約者がいる幸せな令嬢として振る舞えるが、クラウトがいなければ、周りに人がいなければ彼女は何も出来ないはずなのだ。こういう女は自分に味方をつけなければ強がれない悲しい人間だから。
 ロルベーアはこんな女に腹を立てていたのか。そして癇癪を起こしてあたり散らかして、それが悪い風に社交界に広がっていったんだろう。でも私は違う。


「それと、変な噂を流すのはやめてくださるかしら。殿下が、私は他の男性と肉体関係を持っているのではないかと疑ってきて……まあ、そのおかげで、殿下と熱い夜を過ごせたんですけど。感謝しますよ、ミステル嬢」
「な、なあっ!?」


 顔を真っ赤にしたミステルは、持っていたコップを落とした。パリンと、音が響く。しまった、とミステルは割れたコップを見たが、クラウトが大丈夫だと彼女を宥め、席に座らせた。貴族令嬢がこれくらいで取り乱していてはみっともないからだ。教養はあるはずだが、そのレベルが違うのだろう。
 ミステルはぷるぷると震えながら、私の方を睨み付けてきた。ターコイズブルーの瞳には少し涙がたまっているように見える。クラウトとはまだそういう関係ではないのだろう。まあ、分かっていてその話をしたのだけど。自分はそういう知識がありますよ、という雰囲気を醸し出しながらも実際はそんなことなく、彼女は男性の身体すら見慣れていないのだ。しかし、後々、クラウトとそういう関係になっていく。婚約者だから当たり前といえば、当たり前なのかも知れないけれど。
 そんなミステルをよそに、クラウトは顔を赤らめながらも咳払いして私の方を見た。


「あの皇太子殿下がですか?」
「あの、とは、どの、かは分かりませんが。ええ、そうですよ。それが何か?」
「……皇太子殿下は、血も涙もないようなお方です。ここでしか言えませんが……でも、帝国民は皆そう思っているはずです。殿下は、女性になど興味がない。番になった女性が、これまでにどれだけ命を落してきたと」
「単純に相性が悪かっただけじゃないでしょうか。そんなに驚くことですか?」
「……ロルベーア嬢」


 何故、クラウトがそこまで突っかかってくるのか分からなかった。けれど、彼には関係無いことだろう。それとも、私と殿下にそういうことがあっちゃ不味いというのだろうか。まあ、私と殿下が結ばれれば、伯爵家と婚約を結んだ意味があまりなくなってしまう……というのは分かるが。
 クラウトは、拳を振るわせながら何故か悔しそうに私を睨んでくる。私が喧嘩を売っているように見えたのかも知れない。けれど、私にだってそれは一理あるのだ。


「何? クラウト子息」
「……ロルベーア嬢のことを思って言っているのです。殿下は貴方を弄んでいるだけ。き、きっとそこに愛などないです」
「知ってるわよ」
「え?」


 彼は間抜けな顔で私を見た。
 私のことを心配している? 婚約者がいる前でそれをいったら、婚約者が妬くんじゃない? と、私はミステルの方を見た。ミステルは、これでもかというくらい顔を赤くして、私を睨んでいた。そういうこと、と私はクラウトを再度見て立ち上がった。


「ろ、ロルベーア嬢!」
「お茶が美味しくないから帰るわ。ごきげんよう」


 後ろからミステルのすすり泣く声や、それを宥めるクラウトの声が聞えたが私は無視をして歩き続けた。ロルベーアは、あんな取るに足りない二人に苦しめられていたのだろうか。いや、あれは一つの要因に過ぎないだろう。
 あんな茶番をみせられて心底呆れていたのかも知れない。


「……愛なんてないことくらい、知ってるのよ」


 あの真紅の彼が頭をよぎる。馬鹿みたいに、印象的で、頭からちっとも離れてくれない。けれど、思えば思うだけ無駄なのだ、と私はクラウトの言葉を思い出し、馬車に乗り込んだ。


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