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第1部1章
01 悪役令嬢の至難
しおりを挟むメルクール公爵家の庭園は、綺麗に整備されており、青い薔薇が咲き乱れている。赤い絨毯が引かれた長い廊下を歩き、公爵様、お父様が待つ談話室へと辿り着く。お父様が待つ場所へと行くと、本を読みながら紅茶を飲んでいたお父様が顔を上げた。
「体調は大丈夫か、ロルベーア」
「はい、何ともありませんわ。お父様」
お父様は立ち上がると私を手招きする。私は、お父様と対面するように座った。そして、ふうと息を吐くと公爵様が話し始めた。
「出来したぞ。ロルべーア。皇太子との番契約は無事結ばれたようだな」
「……はい」
ぎこちなくなってしまうのは、お父様を本当の父と認識できないからだろうか。昨日、前世を思い出したばかりで混乱しているのもあって、お父様をお父様と認識できない自分がいた。そもそも、私は父親という存在が苦手だったから。
ギュッと、ドレスの上で手を握って、私は当たり障りのないように笑みを貼り付ける。それを見て、お父様はうむ、と呟いた。
小説の中で、ロルべーアはそれはもう美人で名高い公爵家の令嬢として、社交界でも一目置かれる存在だった。プラチナブロンドの髪に、アメジストの瞳、くびれた腰に、形のいい豊満な胸――だが、その美貌からか近寄りがたい印象があったようで、貴族の子息らが話しかけはくるものの、婚約まではいかず、いつもロルべーアは一人だった。まあ、ロルべーア自身が自分に似合う男じゃなきゃいけないというプライドを持っていたからというのもある。もう本当にどうしようもないほど、ロルべーアはプライドが高くて、気に入らないことがあれば家柄を盾に言い返すような性格で。欠点を言うならそのプライドが高すぎるというところとしか言えないほど、プライドの固まりだ。癇癪は起こさないものの、権力でねじ伏せることは当たり前で、それがよりいっそ彼女に誰も近寄らなくなった理由の一つだろう。権力的には、皇族に続いて帝国最高峰。
そんな風に、自分に見合う男がいないからと、婚約者も探さずにいたロルべーア。それこそ、自分に釣り合うのは皇族ぐらいだと思っていた彼女は、あるとき、お父様の提案を受け入れることになる。
番契約が、婚約者よりも強い関係であることは勿論彼女もよく理解していた。皇太子との番契約。この話が出たのは、つい最近らしく、呪われた皇太子であるアインザーム・メテオリート殿下の呪いを解く方法が見つからないまま、二十二の誕生日を迎えたため、皇宮、いや帝国が慌てて彼と誰かをくっつけて、愛を知って呪いを解こうとしたのが始まりだった。前々から、殿下の番を探していたのだが、番契約を結んでは殿下が女性を邪険に扱うので、殺されかけ、その女性は勿論死刑で、そんなことを二度、三度……四度繰り返した頃には、殿下に番を作るのは無理だと諦めて、皇宮は三年くらい放置していたらしい。
そもそも、なんで殿下が呪われているのかといえば、この帝国が、魔道士が住む小国を滅ぼしたことが始まりである。魔道士が住む小国では、魔道士は魔獣を使役できる唯一の人間として平和に暮らしていた。しかし、その魔獣を使い帝国に攻めてくると考えた皇族はその小国に奇襲を仕掛けて滅ぼしてしまう。その際、現皇帝は魔道士に、人を愛さなければ死んでしまう呪いを掛けたのだとか。皇帝の妻は戦争中、妊娠しており、そして生れたアインザーム殿下にその呪いが発動したと。とにかく、この帝国の皇族は、血の気が盛んで、戦争が大好きな連中。人を殺すことも厭わず、愛を馬鹿にするような人達だった。だからこそ、そんな呪いを掛けられたのだろう。殿下も例外ではなく、六歳のころに皇帝に戦地にほっぽり出されたことを期に、人への興味も愛も失い、今の性格に、暴君なってしまった。
現時点で、四人の令嬢を番契約によって殺しており、学習もしないし、愛も芽生えない、そんな殿下に誰も次の番になろうと声をかけるわけもなかったのだ。それで、私が――
「それで、上手くいっているか」
「上手くって……お父様。まだ一日目ですよ」
「そうだな。だが、この一年の間に、必ず殿下の呪いを解くんだ。そうすれば、皇太子妃の席は確実なものになる。それに、あいつらにも一泡吹かせられる」
お父様は、今から楽しみだといわんばかりに笑っていた。
この無謀な番契約の背景には、私達公爵家と、帝国の三つの星と呼ばれるシュテルン侯爵家、トラバント伯爵家が関わっている。長いこと均衡を保っていた三家だが、公爵家が力をつけたことにより、二家が手を組み、公爵家を潰そうと目論んでいるという噂を聞いた。だが、その噂も流せるものではなく、シュテルン侯爵家と、トラバント伯爵家の子息、令嬢は婚約関係になったと。いよいよ、政治的にも権力的にも不味くなった公爵家は、皇族を頼るしかなく、番を探していた皇太子に私を差し出したというわけだ。いってしまえば、家のいざこざに巻き込まれたと。
取り返しがつかないからもう、どうしようもない。
そして、この家のいざこざも、殿下の呪いも、全て結末を知っているからこそ、余計に頭が痛かった。
私を、家の道具としか見ないお父様と、これ以上顔を合わせたくないと思っていたら、トントンと部屋をノックする音が聞えた。お父様が許可し、部屋に入ってきたのは執事長で、彼は私を見るなりぺこりと頭を下げた。
「ロルべーア様、皇太子殿下がお見えです」
「分かりました。すぐいくとお伝え下さい」
やっぱり来た。
昨日の今日で、よっぽど昨日の言葉が効いているらしい。私としては、関わりたくないのだけど仕方がない。
お父様に挨拶をして、私は部屋を後にした。小説ではどうだったか。ロルべーアからアタックしていたのは確かだった。でも、初めて自分の美貌に目もくれない殿下を見て、ヤケになって、好きになって……転落していく。プライドが高かったのもあって、番になったんだから皇太子妃の席も自分のものだと。
(本当に馬鹿よね……)
そうやって、プライドを傷付けまいとやっていった行動が全部裏目に出て、死を迎える。
私はそうなりたくないからロルべーアが本来持っていたプライドなんて捨てるけど、でも一年後の死は約束されたようなものだし。
「――わざわざ、公爵家まで、来るなんて。皇太子殿下は暇なんですね」
「せっかく、番が来てやったというのに。何だその、顔は。そうか、公女は噂と違ってシャイなんだな」
真紅の彼が来た。
疲れているというのに、この男は私を休ませる気がないらしい。憎たらしい言葉も吐いて、嫌なら来なければいいのに。しかし、皇太子を、番を邪険に扱うことも出来ないので、私は取り敢えず中庭に案内することにした。お父様も逐一介入してこないだろうし。
私は、ついてこいと言葉にはしなかったけれど、彼に背中を向けて歩き出した。関わりたくない、それが私の本音だった。
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