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第2章 君は職務放棄勇者

08 余計な加護

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「う~ん、おいしかった」
「それはよかった。また、来ようね。テオ」
「うん。あの、蜂蜜デニッシュ……確かに、僕の家の味がしたけど、何か足りないなーって思ったら、くるみが足りてないんだ」
「確かに、触感がいまいちというか、物足りなかったもんね。でも、良いところのはちみつ使ってるんだなあっていうのはわかった」
「さすが……舌が肥えてる」
「そんなんじゃないよ。いや、そうかも。おいしいものは、かなり食べさせてもらってるしね」


 店を出て、感想を言い合いつつ、ぶらぶらと歩いていた。デートとはいえ、ノープランなのでどこに行きたいとかはない。それに、王都に何があるかも知らないし、舞台を見るにもチケットが必要だ。勇者の権力をもってすれば、なんだって可能なのだろうが、アルフレートも、僕も目立ちたいわけじゃないのでそういうことはしない。
 先ほどの店で食べた蜂蜜デニッシュは、固形はちみつと、液体状のはちみつの二種類を組み合わせたものでなかなかおいしかった。だが、アルフレートのいうように、何か足りない。それはくるみで、触感が違うのはそれがないからだろうとのこと。もちろん、味はおいしいし、値段もそこそこだったので、良い材料で、最高のものに仕上げているんだろうとは思うけど、やっぱりい家の味がよかった。もう何年も食べていないし、故郷にも帰っていない。帰りたい気持ちはあるのだが、伯爵家からは遠いし、そんな時間はない。今は学業に集中しなきゃいけない時期だし。

 まあ、アルフレートとのデートは別だけど。


「今度、公爵家に招待しよっか?」
「えっ、いいの……いや、でも、僕なんかじゃ」
「そう謙遜しないで、テオ。俺がテオに来てほしいって思っただけだから。無理にきてとは言わないし、別に特別何かがあるわけじゃないし」
「……アルは家が嫌い?」
「ううん。別に嫌いじゃないけどさ」


 と、アルフレートは目をそらす。

 僕は、週末には毎回ロイファー伯爵家には帰っていたし、家族で食事もとっていた。三年に上がってからは忙しくて帰れていないし、ルーカスも着々と勉強や鍛錬を積んで理想の自分に近づいていっている。魔法だってもう十分に使えるし、騎士を目指していたから剣術だって僕なんかよりはるかに。
 アルフレートの今の家に行きたい気持ちはあったが、僕なんかよりもルーカスが行くべきだろうし、アルフレートがそこまで家を好きじゃないのならわざわざ行く必要もないかなと思うのだ。


「えっと、考えておくね。今は、アルと一緒にいれるだけでいいから」
「そう、そうだよね! 俺の家に行くときは、あれだよ、結婚報告」
「けっ……結婚!?」
「だって、俺たち恋人同士じゃん。ああ、家同士で、婚姻の話しなきゃ何だっけ。手続きとか?」


 アルフレートはまたころころと表情を変えて放し始めた。
 結婚なんてまた飛躍した。家同士の挨拶なんて考えてもいなかった。彼の中には、僕との夢のプランがあるのだろう。けど、それは共有していないから、アルフレートの中にしかない。
 待って、と僕は言いつつ「いつか」と約束だけする。じゃないと、また彼に迫られそうな気がしたから。


(……祝福してくれるのかな?)


 一応、家の体裁という面でロイファー伯爵は悩むだろう。それにエルフォルク公爵からしたら僕とアルフレートが結婚するメリットを見いだせないだろう。だって、王女との結婚を進められているのに、こんな子供も産めない僕なんかと。


「楽しみだね。テオ」
「う、うん。そうだね、アル」


 今はそういうしかない。アルフレートを心配させたいわけじゃないし。
 僕は今考えたことは一度しまうことにして、差し出された手をぎゅっと握り返す。手のひらに伝わってくる温度は確かにあるのもので、ドクドクと脈打っているそれもアルフレートの心臓とリンクしている。


「じゃあ、次はどこに行く?」
「どこでもいいよ。アルのおすすめの場所とかある? 僕よりも、王都に詳しいようだし」
「俺もそんなに詳しいわけじゃないんだけど。ああ、それじゃあ! 指輪買いに行かない? テオ」
「ゆ、指輪」
「うん。俺たちの愛の証明」


 うっとりとした顔で言われたので、僕はなんて返せばいいかわからなかった。
 学生で指輪って、重すぎるんじゃないだろうか、と僕は言いたくても口からは出さないようにした。否定はしない。アルフレートのやることは。ただ、ちょっと愛が重いだけ。そう思うことにして、一応こくりと頷いてみる。すると、アルフレートはパッと顔に花を咲かせて、僕を抱きしめた。


「うん、指輪買いにに行こう。そうしよう」
「あ、アル、くる、苦しい……」


 体格差をわかってほしい。真正面から自分より一回り以上大きい男に抱きしめられて、背骨がぽきぽきと悲鳴を上げている。全身で愛を表現してくれるのはありがたいのだが、もうちょっと抑えてほしい。
 そんなアルフレートに抱きしめられて、数十秒か、一分ほど、さすがに周りの人たちも変な目で僕たちを見始めた。
 もし、彼が勇者アルフレートだって気づいたらみんな目の色を変えるだろうけど。


「アル、そろそろ移動しない? 門限はあるわけだし」
「そうだね……」
「どう、したの?」
「……ごめん、テオ。巻き込んじゃうかも」


 と、アルフレートはいきなりわけのわからないことを言い出したかと思うと、スッと僕を片手で抱き上げると、右手を前に突き出した。すると、彼の手に馴染むようにどこからともなく白銀の剣が現れる。アルフレートはそれを握りしめると、ブンと横に振った。

 一体何が? と思っていれば、彼の周りの空気がピリピリと音を鳴らしてスパークする。その気にあてられたのか、空間が歪んで、また何もないところから、黒い影のようなもやのようなものが現れた。それは目に見えるようになると、黒いサルのような形をとる。


「……っ、魔物!?」
「テオは、初めて見るんだっけ。まあ、そうだね。魔物……テオ、絶対に離れちゃだめだからね」


 そんなことを言われても、抱きかかえられているんだから離れようにも、離れられないじゃないか、と僕は思う。だが、何か口にする前に、アルフレートはもう一度剣を横にふるった。ブンと風を切り裂くような音が聞こえたかと思うと、目の前に現れたサルの魔物の身体が真っ二つに裂かれる。ギェエエエエエと悲鳴を上げて、魔物は消える。だが、次々と何もないところから魔物が湧いて出て、僕たちを取り囲んだ。
 街ゆく人も、その異様な空気に気づいたのか、悲鳴を上げる。


「チッ……」
「あ、アル、どうするの?」


 なんで王都に魔物が出現したのか。しかも、何もないところから。
 理解が追い付かず、アルフレートに聞こうとするが、彼は周りの状況を理解し、ここにいてはいけないと走り出す。魔物は、アルフレートにしか興味がないようで、彼の後を追いかけてくる。


「俺が勇者っていうのもあるけど、魔物を引き寄せる加護があるんだよ」
「ええっ、それってめちゃくちゃ不便な加護じゃ」
「でも、他の誰にも被害が及ばない。そう考えたらいいんじゃない?」


 走りながらアルフレートはそう答える。だったとしても、彼が標的になって、全部の攻撃を受けるなんてかわいそうすぎる。
 心優しいのはわかったし、あの場所から離れたのも、周りにいる人たちを巻き込まないためだってわかっていた。僕が巻き込まれるのはいいとしても……
 アルフレートは大通りから狭い通りに場所を移動し、路地裏をかける。闇に同化したサルたちは、壁を蹴ったり、跳ねたりとだんだんと距離を詰めてくる。だが、アルフレートに襲い掛かれば一瞬で真っ二つにその体を裂かれるのだ。目にもとまらぬ速さ。剣をふるったその太刀筋すら目ではおえない。


「あと、言い忘れてたことがあって」
「まだ、何かあるの? というか、喋りながらッて大丈夫? 集中できる?」
「うん。慣れてるからね……それで、本当は巻き込みたくなかったし、こんなことになるとは思ってなかったんだけど。今、魔物の王を倒す旅っていうのを中断してここにきてるんだけど。ちょっと前にやらかしたんだよね。魔物の王の配下との戦いで」
「アルが?」


 こんな最強の勇者がやらかすって、何をやらかすのだろか。
 アルフレートは、行き止まりだ、といった後足を止めて、僕を地面に下した。結界魔法を一瞬で僕の周りに張り巡らせると、剣を構えなおし、魔物と対峙する。先ほどよりも明らかに数が増えているし、大きくなっている気がした。まるでそれは、この路地裏の影をすべて取り込んだような黒色。
 アルフレートが本気で戦っている姿なんて見たことがなかったから、新鮮だった。だけど、命がかかっていることも同時に感じ、身体が震えだす。


「大丈夫、守るから。ごめんね、テオ」
「ううん、僕は大丈夫。アルも、その、気をつけてね」


 うん、と頷くアルフレート。
 話の途中になっちゃって、聞きそびれたことだらけだけど、今は集中させてあげようと思った。
 僕は実際に魔物を見るのが初めてで、あんな姿をしているとは思わなかった。影や、光りの届かないところにいればいるほど強くなる。そして、その輪郭も能力も高まるというのが魔物の習性だ。だから、日のあたるところ、または時間帯にはだいたい姿を現さない。それだけじゃなくて、そもそも王都なんか人のいる場所にはめったに出てこないのだ。
 それは、アルフレートのいっていた引き寄せてしまう加護によって、臭いをかぎつけここまで来たか。何にしても、アルフレートはその加護のせいで休まらないのではないかと思った。
 カチャリと剣が鳴る。低く構えて、一斉に突っ込んできた魔物の動きをゆっくりと目で追うアルフレート。そして、次の瞬間また風を切る音が響き、結界魔法がはられているというのに僕の髪がふわりと揺れた。


「……す、すごい」


 一瞬にして魔物は消え去った。ふっと息を吹きかけると、その場に漂っていた黒い瘴気のようなものが消える。アルフレートは、ぱっと手を離す。持っていた剣はそれにより消失し、彼はふうと息を吐いた。


「テオ、もう大丈夫だからこっちに来て」
「う、うん」


 彼がそういったと同時に、僕の周りに張られていた結界魔法が解ける。僕は、足元に気をつけながらアルフレートのもとに駆け寄った。彼は、僕が駆け寄るなりまたぎゅっと抱きしめて、すりすりと頭を摺り寄せてくる。


「怪我はない? テオ」
「うん。大丈夫だって。それより、アルは?」
「俺は何とも。あれくらいなら……ね。怖い思いさせてごめんね」


 と、アルフレートは謝罪の言葉を口にする。

 僕はとんでもないとかえしたうえで、アルフレートの顔を見た。変わらない、自身に満ち溢れた顔がそこにある。先ほどの襲撃も、もう慣れたようなものだと思っているようで、特に気にしていない。けど、僕にとっては衝撃的なことで、そんな加護もついているのだと驚いた。彼がいかに命の危険のある日々を過ごしてきたんだと、アルフレートの空白の十一年を垣間見た気がした。


「デートがこんなんになっちゃって、はあ……多分、学園のほうが安全だね。テオ、戻る?」
「アルがそういうなら、安全なところに行ったほうがいいかも」


 確かに学園は、魔物対策や、不審者対策がしっかりしている。アルフレートもそう感じているなら、そこに行ったほうがいいだろう。
 デートが台無しになったと、肩を落としている彼の背中をポンと叩いて「またこればいいじゃん」といえば、そうだね、と返してくれる。それでも、積み重なった不安はぬぐい切れない。
 僕とアルフレートは縦になって狭い路地裏を抜けるため歩き出す。しかし、もう一歩で日の当たるところに出られると思った瞬間、足元でカチンと音が鳴ったのだ。


「え……?」
「テオ、離れて!」


 足元を見れば、紫色の魔法陣が僕の身体をちょうど包んでいた。アルフレートはすぐに戻ってきてその光の剣を魔法陣に突き刺すが、ラピスラズリの瞳を見開いた。多分いつもなら、そうやって魔法を無力化させていたのだろう。だが、今回は高度なものだったらしく、簡単にはいかないと。
 僕の身体は魔法陣に包まれると同時に、ぐらりと傾いた。自分より強い魔力に当てられれば、魔力酔いをしてしまう。


「――テオッ!」


 アルフレートが僕に向かって何かを叫んでいる。そう感じながらも、重たい瞼は、そのままスッと閉じられた。意識は、深い闇の中へ落ちていくように、重たく、暗くなっていく。そして、意識を失う直前、こぽこぽと耳の近くで水の音がした。


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