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第2章 君は職務放棄勇者

07 久しぶりの外出

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 アルフレートが学園にやってきて、初めての休日が訪れた。

 そこまで時間は経っていないはずなのに、もうすっかりアルフレートがいる生活にも慣れて、戻ってきて。ずっと隣にいるような感覚にさえなる。それでも、僕たちは長いこと離れ離れだったわけで。その時間はやはり埋めようにも埋まらない。

 休日に何かしたいことはある? と聞いたとき、アルフレートは真っ先に「デート!」といったので、デートという名目で王都のほうまで来ていた。学園からも遠くないし、外出許可書はすぐに受理された。ただ、アルフレートが勇者ということで、門限は設けられてしまった。それに対して、アルフレートは不服を言おうとしたので僕が「デート楽しみだね!」と一言で彼の注意を引いて事なきを得た。
 学校の教師たちも、大変だなあ、とつくづく思う。そして、アルフレートの手綱を握れるのは僕だけだと、若干押し付けられている節もある。


「アルは、あれだね。変装魔法してるんだよね」
「そう。周りには俺が勇者だってバレないようになってるよ。本来であれば、テオにも掛けてあげたいんだけど」
「いや、いいよ、僕は。アルみたいに有名人じゃないしね」


 本当にアルフレートなどんな魔法でも使える。勇者って聞くと、剣のイメージなのに、魔法も武術もなんだって兼ね備えているハイスペックだ。
 そして、アルフレートは自身に変装魔法をかけて、周囲から自分が勇者であるということを隠しているらしい。僕にはそう見えないが、街ゆく人がアルフレートを素通りするところを見るとそうなのだろう。学園内で、アルフレートを見かけたらみんな立ち止まって、呼吸も忘れて注目してしまうし。そういう意味で、誰も注目しないところを見るとちゃんと魔法がかかっていると証明できている。
 アルフレートの人気はよく知っているし、学園内だけでもあれだけ目立つのだから、外に出たらどれほど目立つのだろうか。魔法をいったん解いてみてみたいところだが、彼を困らせたいわけじゃない。僕の好奇心に付き合ってもらうのはまた別である。


「ひゃっ」
「ああ、ごめん。テオ。びっくりした?」
「う、うん、びっくりした。えっと」
「恋人つなぎ。デートの定番でしょ」
「定番、なのかな……?」


 するっと忍ばせられた手は、僕の指の間に滑り込んで、ぎゅっと手をつなぐ。いわゆる恋人つなぎというやつで、アルフレートは嬉しそうに顔を輝かせている。子供のようなその無邪気な目を見ていると、何も言えなくなるし、そんなことで喜んでくれるんだ、とこっちも嬉しくなってくる。
 未だに、アルフレートのことがちょっとわからない。あの頃は何でも分かったはずなのに。
 つながれた手は今日は暖かくて、熱いくらいだった。


「テオ、どこに行きたい?」
「デートなんだよね。あと、アルはこれまで忙しかっただろうし。アルのいきたいところ、いきたいかも」
「テオも、いきたいところあったら言ってね? お金はいくらでもあるから」
「さ、さすが勇者様……ううん、大丈夫。お小遣いはもらってるし」
「こういうのは、俺に出させて。テオに喜んでもらいたいんだもん」


 と、アルフレートは僕の髪の毛をこしょこしょと弄る。本当に、できた恋人だなあと惚れ惚れしてしまう。だから、よりいっそ、僕が彼の隣を独占してもいいのかと思ってしまうのだ。


(ネガティブに考えない。だって、アルがいいって言ってくれてるんだもん。いいに決まってるじゃん)


 くよくよするのはよくないと思った。せっかくのデート、せっかくアルフレートとまた出会えて、こうして一緒にいられるんだから。これは、僕が望んだことじゃないか。
 僕の手を引いてアルフレートは歩き出す。ちゃっかり、車道側を歩いて。馬車が水たまりを走っていくと、水しぶきが飛ばないようにと庇ってくれる。デートになれた感じを出してくるアルフレートは輝いていた。


「アルってモテそうだよね」
「うん? そうなのかな」
「そうだよ。だって、その、かっこいいから」


 本当は、いろいろ言ってみたかったのだが、言葉が思いつかずに単調になってしまう。だが、お気に召したようで、アルフレートは「テオがかっこいいっていった? 俺のこと? 嬉しい」なんてはしゃいでいる。そういうところは、子供っぽいよなあ、なんて思いながら、アルフレートが連れてきたのは、とあるスイーツ専門店だった。
 カランコロンと心地のいいベルが鳴る。いらっしゃいませと、店員が深々と頭を下げ、ゆったりとした音楽が店内に響いている。目の前には、宝石を並べたようなケーキが陳列しているショーケースがあり、アルフレートはそこへ歩いていく。手を引かれているために、強制的に近づくことになったのだが、あまりの美しさに息をのんだ。


「これ、ケーキ?」
「そうだよ。テオって、伯爵家だったよね。こういうの食べたことない?」
「えーっと、ないわけじゃないけど、あまり王都に行かないっていうか。その、ルーカス……弟はよくいってるんだけど」


 別にケーキを食べたことがないわけじゃないし、時々買ってきてもらっている。
 だが、僕はあまり外出しなかった。王都のこともあまりしないし、だいたいは屋敷にこもりっぱなし。後ろめたいというか、やっぱりその血筋であるルーカスが優遇されるべきだという思考から、僕は多くを伯爵に望まなかった。伯爵は僕の気持ちを尊重して、過剰干渉はせず、かといって、ルーカスばかりを大切にしたりはしなかった。平等に。そして、僕とルーカスのしてほしいことをしてくれた。
 そういえば、ルーカスには手紙を送っているけれど、しばらく会っていないなと思い出した。
 アルフレートはその話を聞いて「いいところに養子に行けたんだね」と肯定するように笑ってくれた。


「そういうアルは、どうなの? エルフォルク公爵家の居心地は」
「そうだね。よくしてもらっているけど、それは俺が勇者だからかな。じゃなかったら、俺なんてきっと……こんな暗い話が聞きたいんじゃなかったよね。テオは」
「アル?」


 一瞬見えた、悲しい顔に僕はどう反応すればいいかわからなかった。すぐに戻ってしまった笑顔。
 エルフォルク公爵家の悪いうわさは聞かない。夫妻ともに仲も良好だと聞くし、家業もうまくいっていると聞く。問題を起こしたことなんてないし、王家に忠実で、勇者の支援もしっかりしていると。


(でも、アルにとってしてほしいのはそういうことじゃないんだよね)


 アルフレートがロイファー伯爵家はいいな、といったのはちゃんと家族として扱ってくれるからいいなということなのだろう。逆にアルフレートは、勇者としての自分しか見てくれず、公爵家にいる意味や価値というのはそこにあると思っている。実際にそうなのだろうし、公爵家からしてもだから養子として迎え入れた。

 僕とは違う生活。
 豊かであることは確かだけど、アルフレートが望んだものが手に入らない生活。
 アルフレートは表情を変えて「どれにする? テオ」と僕に聞いてくる。僕が悩んでも仕方がないし、現状が変わるわけじゃないと、僕はショーケースに目を移した。陳列されている、色とりどりのケーキたち。アルフレートも甘党だし、僕も甘党だからここは夢みたいな空間だ。常に甘い匂いが漂っている。


「季節のケーキっていうのがいいんじゃない? イチゴ。真っ赤でおいしそう」
「じゃあ、テオはイチゴのタルトでいい? 俺は、こっちのイチゴのムースケーキにしようかな。あ、あと、これ」


 と、アルフレートが指さしたのは、シュークリームのような、デニッシュのような何かだった。


「それって何?」
「……王都に来て、テオの家の蜂蜜くるみデニッシュに似ているもの探してたんだ。それで、これが一番その味に近くて。でも、別物だよ」


 そういって笑って、注文する。
 店員は快く注文を受けて、僕たちを席に案内した。席はテラス席で、木漏れ日のカーテンがゆらゆらと揺れていた。


「僕の家の味? パン屋の」
「そう。俺、あれがすっごく好きで。テオと食べたらもっとおいしんだけど。まあ、思い出してさ。こっちに来てホームシックになったとき、あの味がまた食べたいって思ったんだよ。それで探し回って、ここのが一番近かった」
「……アルも、寂しかった?」
「ん? そうだね。比較的、すぐに適応できる人間だったから不便はなかったよ。それでも、故郷に置いてきた思い出とか、人とか……そういうのは忘れられなくて、思い出しては泣きそうになった」


 彼はそう言って目を伏せる。まつ毛が影を落とし、黄金色の髪が風で揺れる。絵画のようなその美しさと、哀愁漂うその何とも言えないはかなさに、僕は言葉を失った。
 やっぱり、悲しいっていう思いはあったんだと。彼の口から聞けて納得した。
 今はこんな調子だけど……いや、今だからこんな調子なのだろ。ずっとアルフレートは我慢してきた。勇者だっていきなり選ばれて家族と離れ離れになって。それで、一人でずっと。
 僕には弟ができたけど、アルフレートはどうだっただろか。できたところで、勇者として求められている以上、他事を考えている暇などなかっただろう。彼には責務がある。勇者としての責任。勝手に背負わされた運命。
 彼を理解し、支えてあげられた人はどれだけいただろうか。

 どうぞ、とコトリと目の前にケーキが運ばれる。追加で注文していた季節のハーブティーも目の前に置かれ、湯気が風でたなびいている。


「さっ、食べよっか。テオ。あっ、あーんしていい? してみたかったんだあ」
「い、いいけど。その、アル」
「何? テオ」


 ぱちぱちとその眼を瞬かせて、アルフレートは小首をかしげる。もうすっかり、いつもの調子に戻っているが、彼のことを考えたら、胸が締め付けられる。


「……いいよ、甘えても」
「え? 急にどうしたの、テオ。また、俺が無理させてる?」
「ううん。じゃなくて。アルのこと考えてたら、僕にできることって何かなって……幼馴染だし、恋人だし。甘えてもいいよっていいたかったんだ。ずっと、一人だったんでしょ、アルは。その……」


 旅の仲間はいただろうけど、それまでは一人だったんじゃないかって。
 僕の言葉をどこまで理解してくれたかはわからないけど、アルフレートは優しく上げていた口を少し開いて、消えるように「ありがとう」と呟く。


「テオが優しくて、かわいくて、俺はそれだけでいいよ。満足できる」
「アル……」
「てことで、あーん」


 と、アルフレートは一番おいしい部分であるイチゴをフォークで刺して僕に向ける。僕は周りに見られていないのを確認し、それにぱくっと食いついた。甘酸っぱさと、ムースの滑らかさが絶妙にマッチしてとてもおいしい。舌の上を甘酸っぱさが滑っていく。


「どう、おいしい?」
「うん。アルが食べさせてくれたから、すっごくおいしい」
「テオ……じゃあ、テオも俺にあーんしてくれる?」
「え!?」
「甘えたい気分。あーんしてもらいたい気分なんだよ、俺」


 アルフレートは先ほど言った言葉をいいように使おうとそう言って、トントンと机をたたいた。現金な……と思いながらも、僕は作ッとタルト生地を切って、イチゴを乗せる。そして、前のめりになったアルフレートの顔に近づける。開かれた口に、吸い込まれるようにして一口は消えていった。


「うん、おいしいね。テオに食べさせてもらったから」
「もう、アルは。でも、おいしいね。ほんと」


 そういって笑いあえば、あの日の僕たちと重なる。僕の家のパンを並んで食べて、おいしいねっていいあったあの頃を。
 風が優しく吹き付けて、僕とアルフレートの髪をくすぐる。まだ昼時、デートを続けるのには十分に時間があった。

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