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第2部3章 テストと新たな刺客

05 テスト終わり

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 教室には、ピリリとした緊張が走っている。

 配られた答案用紙と問題用紙を前に、皆手を膝の上に置いて睨んでいる。テスト当日。コンディションはまずまずといった感じだった。ちゃんと復習できたし、練習問題も何度か解き直したつもりだ。それでも、いくらやってもぬぐい切れない不安というのはあった。やったところは出たとしても、本番で百%の力が出せるとは限らない。
 試験監督のはじめ! という言葉とともに一斉に問題用紙が開かれる。万年質を手に取って、問題文を読み解く。初めの方はすらすらと解け、最後の方は少し苦戦した。しかし、ベストはつくせたと思う。

 テストは、三日間続き、満足に眠れない夜を過ごした。結果が出るのは、来週。そして、俺は、最後の教科をやり終え、セシルと合流した。


「どうだった?」
「まずまずだったな。ニルが教えてくれたところが出たから驚いた」
「傾向と対策はあってたみたいでよかった。あとは、結果だね。今日は、この後授業もないし、寮でのんびり過ごすか、剣の素振りでも」
「ああ、そうだな。まず、昼食を食べるか」


 セシルの方も、まずまずといった感じで、ベストを尽くしたらしい。
 俺も、セシルに教えてもらったところが出たので、あの日の教え合いは悪くなかったと今になって思った。互いにベストを尽くしたし、後は結果を待つのみ。どうあがいても、今から直せるわけじゃないのだから、いったん頭から抜いてもいいだろう。
 俺は、セシルに連れられ、食堂へと足を運ぶ。
 食堂にはすでに人であふれており、皆テストから解放されて気が抜けているようだった。しかし「赤点だ……」、「落第だ……」など呟いている学生もいて、今回のテストが難しかったことがうかがえる。
 俺たちは、いつものように今日の特別ランチを買って席に着く。魔法科のテストは長引いているのか、ゼラフやアルチュール、アイネやフィリップの姿は見当たらない。
 二人でランチなんていつぶりだろうか。


「静かでいいな」
「いつもがうるさいみたいにね。まあ、うるさいけど、実際」
「二人の方が気が楽だ。別に、あいつらのことが嫌いというわけじゃないが」
「あっ、珍しい。さては、セシルあの二人のことも、後輩のことも好きになったんでしょ」


 俺が揶揄うように言えば、セシルは「あいつらが絡んでくるから仕方なくだ」と答えた。素直じゃないんだから、と俺はコーンスープをひとさじすくい上げる。
 三年生になってもう三分の二が終わろうとするが、この数か月、セシルはいろんな人と関わったと思う。入学当時の、騎士科の歓迎パーティーでやらかしてから、俺たちは孤立していたけど、ようやく今になって、周りに人が集まり始めたというか。
 セシルが理想としていた学園生活がそこにある気がして、俺は嬉しかった。
 なんだかんだ言って、セシルはみんなの事好きなんだろうなって伝わってくるし、心を許していることも分かる。ずっと隣にいたんだから、セシルの変化に気づけて当然だ。
 まあ、ゼラフとは喧嘩するけど、喧嘩するほど仲がいいっていうし、いざとなった二人共闘できるくらいには、いいコンビだと思っている。


「それでも、俺はニルといるときが一番気楽でいい。お前さえいてくれれば、構わない」
「そういうところだよ、セシル。俺はそういってもらえるの嬉しいけど。セシルが他の人と仲良くしているところを見るのもほっこりするからね?」
「……俺は嫌だけどな」
「ええ~いいじゃん。俺も、他の人と仲良くしたいよ」


 ゼラフは、俺もちょっと苦手だけど根は悪い人じゃないし。あとは、数か月後に自国に帰っちゃうアルチュールとか。


(というか、アルチュールは大丈夫かな。自国の方が大変だって言っていたし……)


 権力争いというか、貴族の反乱というか。
 アルチュールは、顔には出さないようにしているみたいだったが、かなり心配している様子だった。留学している場合ではないのでは? と、本人も思っているらしいが、追い出されるように留学を進められたこともあって、簡単には戻れないのだとか。それでも、この収穫祭の時期には一度戻って自国でいろいろとやらねばならぬことを片付けてくるとか。
 俺たちは、今回収穫祭で何か大きな役割を担っているわけではないので気楽でいいが。


「もうすぐで、収穫祭だな」
「えっ、俺の考えてたことバレてる?」
「ん? いや、そうなのか。収穫祭が近いと思っていただけだが……同じことを考えていたとは。まあ、時期も時期だからな」


 別に俺の心を読んだわけじゃなかったようだ。早とちりしつつも、俺は今度はパンをちぎって口に帆織り込む。今日はクロワッサン。バターの香りが口の中に広がっていく。
 収穫祭は、毎年あるが、この時期の治安はかなり悪化するし、警備は大変になるだろう。酔っ払いも増加するし、すりも増加する。楽しい、賑やかな裏にはそういった恐ろしいことが起きていたりもするのだ。


「ニル、忘れていないだろうな?」
「テストで勝った方が、相手の言うことを一つ聞くっていうやつでしょ? 忘れてないよ。セシル、その顔は、もう俺に何をお願いするか決まってるんでしょ。まだ、勝ったわけじゃないのに」
「……そうだが。だが! 絶対に勝つ。勝って叶えたいことがあるんだ」
「俺は、セシルの願いだったらなんでもかなえてあげたいって思うんだけどね」


 俺がそういって、セシルの肩にとんと頭をぶつければ、分かりやすく体がはねた。久しぶりのスキンシップにドキドキしたのは、俺だけじゃないようだ。
 自分からぶつかりに行きながら、ちょっと恥ずかしいかも、と思ったのは口にしない。


「テストも終わったから、な。触っていいか?」
「こんな人がいるところで?」
「ああ……いや、ダメか」


 と、セシルは俺の頭を優しくなでる。誰も見てないし、俺たちを見て飛び火するのは嫌だと思っている人が大半だろう。

 皇太子とそのおつき。そんな二人に話しかけられる人間はやっぱり少ない。
 あの四人が異常なだけで、他は正常だ。やはり、いくら同じ学生とはいえ、身分差というものをみんな感じるのだと。
 セシルの手が俺の腰へと添えられる。ダメか、といったくせにちゃっかりそこに手を回すのは、さすがだと思った。無意識だったらたちが悪いけど、俺の事独占したいんだって気持ちが伝わってくるのは嬉しい。


「ちょっと恥ずかしいかも。それと、ご飯さめちゃう」
「どっちなんだ、ニルは……部屋に帰ったらいいか?」
「どうしよっかっなあ……ちょっと、昼寝したい気もするけど」
「うっ……添い寝なら」


 セシルは、苦虫をかみ潰したようにそういって、歯をぎちっと鳴らした。
 一週間シていないだけなのに、そんなに溜まっているの? と、俺はくすくすと笑う。セシルは、意図が読み取れたように「笑うな、仕方ないだろう」と返してきた。確かに、エッチは解禁されたんだからシてもいいけど、いろいろとやりたいことがあるのも事実だった。
 でも、優先順位としてはセシルの方が高い。


「冗談。素振りはしたいし、手合わせもちょっと。それと、母上へ手紙書きたいかも。昼寝は除外かな?」
「かなり、お預けを食らっているな」
「あ、明日は休みだし……その、ね?」
「いや、やりたいことをやってくれ。俺がニルを拘束するのは間違っているしな」
「えっ、セシル。今のは酷いと思う」
「なぜだ?」


 朝までコースでもいいけど? という、俺のお誘いを、ひらりとかわして、セシルは首をかしげる。
 まあ、言葉足らずだったけど、伝わると思って俺はいった……が、セシルには意図が伝わらなかったようだ。これでも精いっぱいのお誘いというか、渾身の返しだったのに。
 変なところで、鈍感にならなくていい。


(いや、元から鈍感だったけど……)


 もう、と俺が肩を落とせば「すまない」と謝られた。
 その口元は少し上がっている。


「もっと、分かりやすく言ってくれないか?」
「…………ねえ、セシル。わかってていってる?」
「さあな。フッ、朝までがいいというなら、それでもいいが」
「やっぱり、分かってんじゃん。もう、シない。また禁止する」


 俺がそういうと、悪かったと笑いながら俺の背中を叩いた。
 また、振り回された。今回は俺が搔き乱したと思っていたのに……もしかして、俺、セシルの解像度更新しなきゃダメな感じ? と、肩を落とす。
 そりゃ、ずっと同じままではいられないだろう。ゼラフの言うように、変わっていかなくちゃいけないとは思う。ずっと子供のころのままとか、それは、成長していない証というか。変わらないことが悪いわけじゃないけれど、変わっていく部分はなきゃいけないと。
 そんなふうに思っていればコトン、と目の前の席にトレーが置かれる。誰だろうと、顔を上げれば、そこに赤い髪が映りこんだ。


「ゼラフ」
「久しぶりだな、ニル。いつもの相席、いいだろ?」
「うん。相席……相席だね、確かに」
「じゃあ、僕もいいですか?」


 と、ゼラフに続いてアルチュールも、斜め前に腰を下ろす。二人とも、テストが終わったようで、顔がすっきりしている気がした。

 テスト期間中は合わなかったこともあって、なんだか新鮮だし、久しぶりという感じがする。
 隣で、セシルの舌打ちが聞こえたのは、聞かなかったことにして、俺はゼラフとアルチュールの顔を交互に見る。おなじみのメンバーに俺の頬は緩んでしまった。俺もなんだかんだ言って、好きだし、この光景に慣れてからは、このメンツじゃないと落ち着かなくなってきた。野外研修のときに助けてもらった二人だから、俺から彼らへの好感度はかなり上がっている。


「ゼラフは、テストちゃんと受けたの?」
「なあ、俺がさぼるのが当たり前だろって顔で見るのやめろよ。進級できなかったら卒業できねえんだから、テストは受けるだろ」
「でも、ちゃんと勉強していなさそう」
「ひでえな、ニル。俺が傷つかない生き物だと思ってひでえこと言って。これでも、かなり傷ついてんだぞ? お前に言われたら、百倍」


 それは、普段からさぼっているからそうみられるんでしょ、と俺は白い目を向けてやる。
 しかし、ゼラフは痛くもかゆくもないといった感じで、笑っていた。ゼラフが勉強している姿なんて見たことがない。容量は良さそうだが、勉強と結びつかないというか。失礼なことを思っている自覚はあったが、卒業を考えているというのは好印象だった。俺の言葉が効いているみたいで何より。


「アルチュールの方はテストどうだったの?」
「僕の方は、問題ありませんよ。留学生ですが、受けるテストはそこまで変わりませんし。それに、勉強は好きなタイプなので」
「だってさ、ゼラフ見習いなよ?」
「だから、俺はちゃんと勉強してんだよ。お前らより、点数高いかもな」


 と、ゼラフは鼻で笑う。馬鹿にされたようで嫌だなあ、と感じながらも、あながち言っていることが間違っていないようで反論できそうにない。

 セシルはそんなゼラフをずっと睨んでいたけど、否定はしなかった。内心何を思っているかは分からないけど。
 アイネやフィリップの姿は見つけられなかったが、目の前にはいつもの光景が広がっている。それだけで、やっぱりなごむのだ。普通の学園生活を送っている気がして。


「じゃあ、今日はテスト終わりってことで。俺がジュースでもおごろっかな」


 俺は立ち上がってポケットに入っていた財布をまさぐった。三人は、自分で出すといったが、俺はなんとなくおごりたい気分だった。結果はどうあれ、頑張ったのだからちょっとした祝賀ということで。俺は、いってくると長い列へと並ぶ。
 後から、三人にして大丈夫かなと思ったのはここだけの話だ。とくに、セシルとゼラフはまずかったかも、と俺はアルチュールの意を心配しながら、四つそれぞれ違うジュースを買って席へと戻ることにした。


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