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第2部3章 テストと新たな刺客

04 教えるのはルール違反じゃないでしょ

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 セシルの暴走から数日たち、テストまであと三日となった。

 追い込みということで、俺たちは部屋の各々机に向かいテスト勉強に励んでいた。俺が苦手なのは、魔法薬学の座学分野。薬品の名前が覚えられず、なおかつ配合も苦労して覚える感じでかなり時間がかかっている。こちらも、かなり範囲が広くて難解だ。

 魔法科のテストは、魔法科のテストで別で順位が出る。ちなみに、順位と点数は張り出されるので、最下位になりたくないと躍起になる人もいる。それでも気にしないが。
 食堂でも、テスト勉強に励んでいる人がいてみんな必死だなあ、と少しうれしくなる。もちろん、勝負はセシルとだけど、他の人も切磋琢磨しあえるというのは本当にいいことだと思うから。
 それと、赤点だと落第の可能性があるので、みんな必死になっているのだろう。補充で済めばいいが、すまない場合は留年。もちろん、出席で留年している誰かさんはいるが、テストでの赤点はかなり内心に響く。親から勘当されたなんて人も聞いたし、テストは命がかかっていると言っていいい。学生としての本分を忘れず、勉学に励むのが一番正しいとは思うのだが。


(アルチュールに教えてもらおうかな……魔法薬学得意って言ってたし……)


 なかなか覚えられず、俺は息を吐く。わからないわけじゃないが、理論的にどうとか、実験を頭で思い出してみるが、分量はどういう割合だったとか曖昧になってきている。もう三日しかないのにこのままでは、セシルに勝てない。


「……んー」


 と、横を見ればセシルのほうも唸って額に手を当てていた。

 彼は歴史の教科書を広げていて、なにやら困っているようだった。今回の範囲は広いし、予習分のところを広げているところを見ると、授業無しでそこを覚えるのは難しいらしい。俺は、その範囲は一通りやって覚えたので、自分の苦手分野をやっていたのだが。


「どこが分からないの?」
「ニル……いや、いい。自分で考える」
「わかんないらな聞けばいいじゃん。それとも、俺に教えられるのは不服?」
「違う。お前の時間をとるのが申し訳ないと思ったんだ。お前も、苦戦しているんだろ?」


 セシルは、大丈夫だ、と頑なにいってノートに視線を移す。それでも、ぐるぐると目を回すようにうなるので、俺はここ、と指をさした。


「セシルは暗記系ちょっと苦手だもんね。効率のいいやり方しなきゃ、覚えられないよ?」
「分かっているが……」
「三か国の成り立ちについてでしょ? サテリート帝国、アルカンシエル王国、ファルファラ王国がどのようにして三つに分かれたのか、また国に封印されている竜についての説明」


 セシルが詰まっているところはだいたいわかった。

 元は、俺たちが住むサテリート帝国と、アルチュールの住むアルカンシエル王国、そしてファルファラ王国は一つの国だった。しかし、大陸内で神が生み出した竜が争いあったことによって、大陸が沈没の危機にさらされたと。
 三つの竜を引きはがして鎮めようと画策した結果、国が分裂、分割されたと言われている。


(まあ、ここら辺は難しいよね。現実味がないし……)


 ちなみにこの話は神話とされている。現実ベースに物事を考えるセシルにとっては、神話と言う読み物のような、空想のような部分は理解もイメージもしにくいのだろう。

 歴史で神話を習うというのは、ファンタジーな読み物として楽しめるが、実際に竜が生きた証というのは残っているし、各国の地下深くに封印されているとされている。あながち、神話の世界だが、空想のものとは言い切れない。証拠はあるが、竜が眠っている場所を探し当てられた人はいない。
 また、どのように封印したかはわからないが、古い書物にのっているとか。

 それで、この三つの竜というのは、氷を司る竜――通称氷帝、名をフリーレン、雷を司る竜――通称雷帝、名をトネール、炎を司る竜――通称炎帝、名をフィアンマといって、国を一体で滅ぼせる力を持っている。
 そんな竜はもともと仲が良かったが、ある日を境に喧嘩し、大陸にすむすべての生命を脅かした。竜が歩けば地震が起き、津波が起き、竜が飛べば雷や嵐が吹き荒れる。多くの死者を出し、困った人間は竜たちをとにかく離れ離れにさせたと。それでも、暴れまわったので、もう封印するしかないと人間たちは結託して竜の封印に至ったと。
 それが、三か国に分かれた始まりである。


「名前が覚えにくいな」
「そこ? ああ、でも確かに通称じゃなくて名前で書きましょうだったら嫌だね。それも、二体の竜はこっちの言語じゃないっぽいしね」
「そこにプラスして、フォンターナ帝国の神話についてもだ。何故、自国の歴史だけじゃなく他国も……」
「外国のことを知るのも歴史でしょ。俺たちが今どうしてこんなふうに生活できているとか、歴史が積み上がって、今があるって考えるんだよ。それで、他に疑問点は?」


 セシルにそういうと、ますます嫌そうな顔をされた。
 確かに、歴史は範囲が広いし暗記科目だし、かといってその歴史について説明しましょうって書かされるところもあるし。自国の歴史ならともかく、他の国の歴史は覚えるのが難しい。
 あとは、論じなさいとか、意見を書きなさいとかもあるし。


(氷帝なんてかっこいいけどなあ……)


 神話とされているが、もしそんな竜がいたら絶対にかっこいいとは思う。冒険心と言うか、好奇心をくすぐられるし、竜という単語だけではしゃいでしまうのだ。
 けれど、その竜は甚大な被害を及ぼし、人を殺した。神が生み出した存在だと言われたが、神がどういった理由で竜を生み出したのかは謎である。それこそ、神話の話過ぎて何も……


「その竜について研究している機関が魔塔だが、この魔塔の歴史も……」
「そうえいば、そうだったね。この手の話はゼラフが得意かもね」
「……そうだな。あいつの叔父が魔塔の管理人だ。ヴィルベルヴィント公爵の弟であり、魔塔の管理者。一度、あってみたいな」
「そっか、あったことはないんだっけ」


 魔塔は普通の人間は立ち入れない場所になっている。申請はいるし研究機関でもあるため、情報が漏れないよう魔塔で働く人間は、外部との接触をたっていることが多い。親族であっても、謎な部分があるとか。だから、ゼラフが知っているかどうかは別だ。彼が、そこへ就職しようと考えているのであればまた別だが。
 魔塔の人間は分からないことが多い。かといって、すべてが分からないわけでもなく、国の会議には出席しているし、定期的に、魔法の研究について論文を発表している。基本的には、国にとって利益のあることを研究している機関であり、魔法の歴史について保管しているのも魔塔だ。
 セシルなら、どうにか頼み込んで魔塔へ行くことも可能だろうけど……


(というか、ゼラフにもメンシス副団長にも魔塔にはいくなっていわれてるんだけど)


 メンシス副団長に関しては、魔塔の管理者には気をつけろと言われただけだけど、ゼラフは行くなと言っていた。
 俺の魔力が特殊であるなら、研究対象にされるかもしれないから危険だ、という忠告だろうけど。魔塔の人間は変人が多いと聞くし。
 俺は、耳から落ちてきた髪の毛を引っかけて、セシルの顔を見た。
 セシルは、少し理解した、と言うようにふぅ、と息を吐いてこちらを見る。夜色の瞳は、キラキラと輝いていて幻想的だ。


「だいたい、理解はできた。後は覚えるだけだな。ニルは、分からないところはないか?」
「俺? 俺は……そうだね。配分、かな? 薬品の」
「ああ、そこか。教科書を開いてくれ、教える」
「セシルも優しいね」
「フェアじゃなきゃな。教えるのはルール違反じゃないからな」


 と、セシルは言うと、椅子を引きずって俺の机までやってきた。二人並ぶと、机は狭く感じる。それに、近いとセシルの匂いにあてられて、頭がくらくらしてしまう。

 肩がトンとぶつかって、彼のキレイな銀髪が目の前でさらりと落ちて。セシルの横顔がそこにある。真剣な表情に、血管の浮き出た手。万年筆を持つその手が美しくて、見惚れてしまう。
 すべて善意からの行動であると分かっていても、意識しずにはいられない。だって、もう好きだって俺は気づいているから。そういうフィルターを通してみてしまうから。


「ここをだな……聞いているか? ニル」
「えっ、ああ、うん。聞いてる」
「本当か? 何か、また他事でも考えていたのか?」
「……違うよ、いや、違わないけど」


 セシルが近くてドキドキしたって正直に言ったほうがいいだろうか。でも、恥ずかしくて、集中していないっていわれるのも嫌で俺は唇を結ぶ。
 セシルは、どうした? というように、俺を見る。やっぱり近い。俺が近づいたら、近いとかいって頬を赤らめるくせに、自分から距離を縮めたとき、その距離感に気づいていない天然。だからたちが悪いし、心臓に悪い。
 俺がサッと顔をそらせば、悲しそうに眉を下げるから、どう反応すればいいかわからない。
 伸びてきた長い指に、俺はきゅっと目を瞑る。キス、されるのかな……とちょっと期待してしまうが、彼は俺の目の下をなぞっただけだった。


「まつ毛ついてたぞ」
「えっ、あ、ありがとう……」


 目を開けば、ちょうど、セシルの指が俺から離れていくところだった。まだ、俺に触れていてほしい、一秒でも長く、その手で――と、俺は無意識にその手を伸ばしていた。だが、少したって気付き、引っ込めようとしたとき、セシルの手が俺の手を掴んだ。


「熱烈、だな……」
「せし……っ、放してよ」
「お前から、俺を捕まえようとしたくせに」


 と、セシルは言うとフッと笑った。

 わかっていたんなら、止めてほしいというか、さっきのはフェイントだったのだろうか。小癪な手を……と、俺は自らセシルを求めていたことに恥ずかしくなった。

 禁欲中。テストが終わるまではシないって決めた。キスもしない。

 その約束は先ほどまで頭にあったが、セシルと距離が近くなったせいで頭からすっぱ抜けてしまった。あの日は、俺はシないって、我慢できるって啖呵を切ったけど、やっぱりセシルに触れてほしくなる。ずっと、手をつないできたのに、触れられてきたのに、性行為なしに一緒に寝たこともあったのに。それでも、一度知った熱と、セシルの新たな一面に、最近はずっとドキドキしっぱなしで。
 どんどんと、セシルに引きずり出されるようで、俺は俺が少し怖くなった。
 醜態をさらしていないか、とか。無様じゃないか、とか。

 どんな俺でもセシルは受け入れてくれるって分かっていても、少し怖くなる。どこまで、セシルは俺の無様を許容してくれるかって。俺が、俺をつなぎとめている感じもするけど。騎士としての自分を、セシルの騎士としてのニル・エヴィヘットを。

 俺は、まだ素直になり切れていないのかもしれない。


「うるさいな……これだけ、近かったら、嫌でもセシルを感じるよ。だって、セシル、近いんだもん」
「それは、こっちのセリフだ。ニル、お前もさっき近かったぞ」
「じゃあ、お互い様ってことで」
「勝手に話を切り上げるな。すぐに、ニルはそうやってうやむやにしようとする」


 どっちが仕掛けたかわかんないなら、お互い様だろう。
 意識しずにはいられない。触れてほしいし、隣にいてほしい。もちろん、ただ隣にいるだけでも満足だ。
 けれど、テストはあるし、そっちに集中しなければならないのも事実としてあって。だから、お互いに抑えている。


「触れるくらいはいいだろう。キスはしないが」
「キスはしないんだ」
「抑えが効かなくなるだろ。お前の顔を見るだけでも、その唇に触れたくなって、その先を望んでしまう……ニルを、流すことも押し倒すこともできるが」
「俺は、そんな隙だらけじゃないよ?」


 どうだか、とセシルは言って、俺の頬を撫でた。やっぱり、温かくてやけどしそうになる。俺が冷たいから余計に、その熱が俺の身体に染みる。
 セシルは、忍耐強いし律儀で、誠実だ。ちょっと、抜けているところはあるし、天然だけど、それでも彼はかっこいい。やると決めたこと、自分が宣言したことは必ず成し遂げる。
 キスをしたくても、しないと約束したらそれを守る男。


「とにかく、今はしない。テスト終わりまでご褒美にとっておく」
「それが、俺との勝負に勝った後の条件?」
「いや、これはご褒美だ。ニルがいやなら、いいが」
「嫌って言ってないでしょ。キスしたいよ、今だって……でも、俺も我慢する。俺のほうが、我慢強いから」
「よくいう……ニル、温かくして寝るんだぞ」


 と、セシルは、俺の頬を包むように手を当てて額をこつんとぶつけた。

 それだけでも、体温が上昇する。熱いくらいに。

 離れていくのは名残惜しかったが、これ以上は俺も抑えが効かなくなるだろう。俺は、もう一度セシルが教えてくれるところを復唱した。声に出すといいかもしれない。だが、セシルがいる手前、それで邪魔するのはダメだろうと、俺は口を閉じる。
 その後、俺は復習したうえでベッドに入った。お休み、と二段ベッドの上から声が聞こえる。俺はそんなセシルの声に返事して、目を閉じた。

 あと二日。勝負には絶対勝ちたいし、俺からセシルにお願いすることでも決めておくか、と考える。何がいいかな、と俺は思っているうちに夢の中へと落ちた。
 夢の中にセシルは出てきた。しかし、夢の中なのにセシルはキスをしてくれなくって、少し寂しかった。でも、夢の中でもセシルはセシルだ、と思うと笑えて来て、俺は夢の中のセシルに微笑む。テスト後のご褒美にキスをする。これは決定事項だ。


(……楽しみかも。そのために頑張るけど)


 負けられない。俺は、少し早起きして机に向かった。しかし、後から起きてきたセシルに、抜け駆けだ! と早朝から怒られたのだった。


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