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第2部3章 テストと新たな刺客

01 死にキャラはハーレム形成してます

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 研修が終われば、いつもの日常が戻ってくる。


「殿下せんぱーい、頼まれた通り席とっておきましたよ。ほら、この通り」
「俺は、頼んでなどいない」


 食堂で六人席を確保し、先に座っていたフィリップが立ち上がり会釈をする。その仕草は、とても愛らしくて美しいもので、何かのショーが始まるような感覚がした。
 食事ののったトレーを持った俺たちは、その予約席に座るよう促されるが、セシルはフィリップの用意周到性……じゃなくて、わかりやすい媚にため息をはいているようだった。しかし、その席に座らないという選択肢をとらないところを見ると、セシルと後輩二人との距離も縮まったらしい。

 先に座っていたのは、フィリップだけではなく、アイネもだった。
 アイネとフィリップは互いに正面に来るよう座り、アイネの隣にセシル、そして端に俺。俺の向かいにはアルチュールと、その隣にゼラフという席順だ。セシルが俺を端に追いやるのは、誰も俺の隣に座らせないためだと思う。その何気ない独占欲というか、俺を囲う感じがセシルらしくて、好きだなあ、なんて思ってしまう。俺も相当、セシルのことで頭が埋め尽くされている。


「そんなこと言って、座っちゃうんですから。殿下先輩、オレのことかわいい後輩って思ってくれてるって証拠ですよね」
「……はあ、ツァーンラート。あまりグイグイ来られるのは俺は好きじゃない。そのフッ軽さはお前の武器だろうが、他の人間にはやっていないだろな? 重役や、頭の固い貴族にはかえって逆効果だ」
「へぇ~心配してくれるんですね。大丈夫ですって、オレ容量いいんで」
「どうなっても俺は知らない」


 いいカモを見つけたような、フィリップの表情に、俺は苦笑いしつつも、それなりにかまってあげるセシルが珍しくも思えた。なんか平和だなあ、と俺は食事に手を付ける。
 秋ということもあってメニューはがらりと変わった。かぼちゃの冷静スープに、石窯パン、サーモンのカルパッチョとブルーベリースムージーをつけた。ちなみに、スムージーは、セシルの瞳と似ていたから……と、これは内緒だ。

 また、量が少ないとセシルにも、ゼラフにも言われ、俺はむすっと俺よりも高い二人を睨みつけた。ゼラフはいつものようにニンジンを俺の皿に投げてきて、「食え」と、食いたくないからよこしてきたものを横暴にそういう。二十歳にもなってスキキライするなよ、と思いながらも、ニンジンに罪はないので、俺はそれから食べることにする。
 アルチュールも、俺と似ていて量的には少ないが、バランスはとれているし、俺よりも品数が多い。セシルに関してはかなり多いし、逆にゼラフはサンドイッチなど気軽に食べられるものが多い。ちなみに、ゼラフのは食堂じゃなくて購買で買っている。食堂は基本的に単品かセットかしかないので、サンドイッチなどの軽食類は購買に行ったほうがいい。それと、食堂のほうが人気なので、昼時は購買に行く人は少ないし。


「ニル、あれから何ともないか?」
「そうですよ。ニーくん。さすがに、魔力は戻ったと思うのですが、心配です」
「あはは、心配させちゃって悪いね。でも、大丈夫。ゼラフのおかげだし、アルチュールのおかけでもあるし。すっかり良くなったよ」


 心配する二人に笑顔を向けてやれば、顔を見合わせてふっと笑う。

 ヒルの魔物に吸われて、一時期また、魔力が乱れていたが、数日も経てば治ったし、一日で確かに魔力漏れは起こさなくなった。しかし、元から心臓のほうでいろいろあったので、未だに指先は冷たいままだ。起きたとき、頬が凍っていることもあってこれはまずいのではないかとさえ思っている。
 さらに体が弱っている、なんて考えたくもないけれど。


(一度、母に見てもらったほうがいいかな。同じ魔法だっていうし……)


 全然母に会いに行っていない。別邸にいるということもあるし、忙しかったということもあった。それは、言い訳になるのかもだが、そろそろ会いに行きたいというか。


「ニル、どうした? 食欲ないか?」
「え? ああ、ううん。そういうわけじゃなくて。ちょっと、考え事?」
「……何かあったら、すぐいえ」
「はいはい、セシルは俺のこと大好きだねえ、ほんと」


 からかうな、と怒られてしまったが、俺は皿の上に転がっているニンジンを噛んでセシルの攻撃をひらりとかわす。
 いえることと、言えないことの境界線は俺だってはっきりしている。


(にしても、何このハーレム……)


 俺は、死にキャラだったはずなのに、気づけば周りに多くの人がいる。攻略キャラがほとんどとはいえ、俺に感情をいだいてくれている人が全員じゃないとはいえ、この何とも言えない空気にいまだ慣れることはできなかった。もちろん、少しずつ慣れていってはいるが、何で俺の周りに? というのは、未だに受け入れられない。
 アイネの周りに、じゃなくて、アイネも俺の周りに、だから。
 まあ、何でもいいけど、と俺は黙々と食べ進めていると、俺たちのクラスの担任がこちらに近づいてき、俺の目の前で立ち止まった。


「エヴィヘット、騎士団長が……ごほん、エヴィヘット公爵がきている」
「え、父上が何で?」
「要件は、お前に渡すものがあるからだそうだ。食事中悪いが、席を外せるか?」
「ああ、はい。大丈夫です」


 俺は、セシルのほうを見る。行ってこいと、目で教えてくれ、俺はうなずいて、担任についていくことにする。セシルの隣を離れるのは抵抗があったが、あの面子で、セシルに何かしでかそうとする輩はいないだろうと思う。逆にハチの巣にされてかわいそうなことになりそうだし。
 担任は、端的に物事を伝え、廊下を歩き、そして学園の中にある応接間に連れて行った。
 トントンと部屋をノックした後、扉を開ける。その中には、確かに父の姿があり、帝国騎士団の制服を着ている。渡すものがあるとは言ったものの、まだ仕事中に思えるのだが。仕事を抜けてきたのだろうか。


「お久しぶりです、父上」
「おお、ニル。早かったな」
「仕事中ですか? 何だったら、郵送でもよかったのに」
「そういうわけにもいかないと思ってな。ああ、仕事中だが気にするな。俺の優秀な部下たちが、俺の穴埋めをしてくれるだろうからな」


 と、父は誇らしそうに言う。確かに、父の周りには父を慕う優秀な騎士たちがたくさんいる。父ほどではなくとも、父の穴をどうにかカバーできるくらいには強い人たちだろう。何人か会ったこともあるし。

 メンシス副団長も、今日は非番じゃないだろうから。
 父と会ったのは研修終わりの休暇だったので、そこまで久しぶりという感じはしない。だが、学園で生活している以上、毎日顔を合わせるわけではないので、久しぶりでなくとも感覚的には久しぶりに思えてしまうのだ。
 それで、そんな父が仕事を抜け出してきて俺に、何を渡したいのだろうか。


「まあ、座ってくれ」
「いきなり訪ねてきたので、びっくりしました。急用ですか? それとも、メンシス副団長の?」
「いやあ? あいつのことではない。それにまつわることでもないな。そんなに気を詰めるな、ニル。いずれ分かるだろう」
「……はい」


 リューゲのことが頭から出ていってくれない。メンシス副団長のこともよくわからない。この何とも言えない気持ち悪さは、いつになったら抜けていってくれるのだろうか。解決しない限りは絶対にこのもやが晴れることはない。
 しかしながら、そればかりを考えてもいられないし、今だって――
 父はごそごそと胸ポケットをまさぐり、俺の前に黒い手袋を差し出した。かすかに魔力を感じ、それが魔法生物の糸が編み込まれている特注品であることに気づいた。しかも、俺の家の家紋が刺繍してある。生地もそれなりの厚さがあるが、冬の日に手を温めるような手袋ではなく、普段使いできそうな分厚さだ。


「これは?」
「メリッサが……ああ、お前の母がな。珍しく帝都に来ていて、それでニルにと」
「母上が?」


 メリッサというのは母の名前だ。

 メリッサ・エヴィヘット。若くして父と結婚して、俺を生んだ母親。俺と同じ、黒髪に真冬の空のような美しい青を瞳に宿した女性。俺とは母と息子という関係でそれなりに年が離れているはずなのに若くて、息子の俺がいうのもなんだがとても美人だ。俺の容姿は、確実に母からすべて遺伝している。
 母との記憶はそれなりにあって、優しくしてもらったことも、魔法を教えてもらったことも、絵本を読んでもらったこともあった。大きくなって、帝都のほうで暮らし始めてからは、母にめったにあわなくなったが、今でもたまに手紙をくれる。そんな、俺にとって大切で大好きな母親。なら、会いにいけよと言われそうだが、こっちもいろいろ事情がある。

 父と喧嘩して別邸のほうにいる母が、何故帝都に? と、俺は首を傾げた。

 喧嘩の理由はわからないが、母は北の別邸のほうで今はひっそりと暮らしているらしい。父は、喧嘩の理由を教えてくれないし、どちらかというと、自分が悪い、というような態度をとっている。元から、尻に敷かれるタイプではあったが、弱々しい父を見るのは初めてだったので今でもあの日の衝撃が忘れられない。


「少し立ち寄っただけだと、すぐに帰るというのだ。こっちにいればいいのに……ニルの顔を見ていくかといったんだが、『ニルは学生でしょうし、大好きなお友達と一緒にいさせてあげたいから』と。ニルも、会いたいだろう?」
「そりゃ、まあ……でも、母上の気遣いもよくわかるというか」


 母は、セシルにも優しくしてくれた。
 セシルが初めて母に会ったのは八歳か、九歳くらいだったが、一目で俺が変わった原因であることを見抜いて、セシルのことをそれはたいそうにもてなした。俺は、母にも教育係のせいで笑わなくなった、感情を抑える子どもになってしまったと嘆かれていたからだ。それで、六歳の時セシルと会って、それから変わった俺を見て、母はとても嬉しそうな表情をしていた。
 俺が笑うと、母も笑ってくれる。それが何とも嬉しくて、俺はか弱い母の笑顔をこれからも守ろうと誓った。


(まあ、会いたいけど、あっちの気持ちも尊重したいし……セシルと一緒にいなよっていう、気遣いだよな)


 手紙でやりとりしていたとき、毎回のようにセシルの話を聞かせてくれと書いてあった。母からしてもセシルはとても好印象な子供だったみたいで、俺の次に息子のように可愛がっていた。まあ、十歳までというか、それからはあっていないのでセシルとの接触はないけど。


「ニル。そこで相談なんだが、ウィンターホリデーに、一度別邸のほうに行かないか。皇太子殿下が一緒でもいいが、家族水入らずで」
「そう、ですね。母上にも久しぶりに会いたいですし、俺も聞きたいことがあるので」
「……心臓のことか、魔力の」
「え? はい。何で」


 わかるだろう、みたいな感じで父は大きな手を額に当てる。
 俺の一番の悩みの種といってもいいし、父も気付いているということは、やはり何かあるのではないかと感くぐってしまう。これは絶対に、ウィンターホリデーに別邸に行かなければならない。そんな使命感さえ感じる。
 セシルを連れていくのは考えるとしても、俺は俺の身体のことをもっと自覚的にならないといけないと思うというか。

 とりあえず、俺は父から手袋を受け取ってはめてみる。すると、指先から温められ、不思議と体が軽くなったような気がした。魔力の循環がよくなって、身体の冷えが引いていく。


「お前の身体を気遣った、メリッサからのプレゼントだそうだ。特注品だ。大切に使ってくれ」
「は、はい。母上に手紙を書いて感謝を伝えておきます。本当は直接言いたいんですけど……それと、父上、勝手に母上に俺のこと言いましたね?」


 なんで、母が俺の不調のことを知っているか疑問だった。問い詰めれば、父はあからさまに視線を逸らす。まあ、別にいいけど。俺の身体のことだし、親だから気にする権利も、気にかける権利もあるけど。
 遠くにいる親まで心配させたくなかったんだけどな、というこっちの気持ちも少しはわかってほしい。


「ニルのことは逐一メリッサに報告している。報告はしろと言われているんだ、な? ニル、わかってくれるだろ」
「父上が、母上の尻に敷かれていることはよく知ってますけど。父上も、母上も過保護すぎます。俺は、もう成人ですし、何でも一人で決められます。自分の身体のことも……あれは、俺の不注意でしたけど、俺の……」


 俺がそういうと、父は立ち上がって、俺の横のに座り、わしゃわしゃと頭を撫でた。わっ、と俺が驚いてもやめてはくれず、愛おしむような目で俺を見下ろしてくる。父とは全然似ていない。でも、父も、その周りも俺の剣の才能は父から譲り受けたものだといってくれる。血縁関係もちゃんと証明されているし、俺は正真正銘父マグナ・エヴィヘットの息子だ。


(じゃあ、何でメンシス副団長は?)


 考えたくもない。あれは見間違いだと、頭の隅に追いやる。
 それで、過保護な両親を俺はちょっと鬱陶しくも思いつつ、この年になっても気にかけてくれる両親に感謝と、愛を抱いている。それもまた事実。


「俺たちにとっては、何年たってもお前は大切な息子で、子供だ。甘やかしたいし、過保護にもなる。お前には幸せになってほしいと、そう願ってお前をここまで育ててきたんだ。ああ、甘やかすといってもあれだぞ? 何もないのに褒めたりはしない。ただ、お前の行動を享受するという意味だ」
「え、ああ、えっと……なんか照れくさくて、なんて返せばいいか」


 大切な息子とそう言ってもらえるのが嬉しくて、ストレートにもらったその言葉を俺は受け止めきれなくて、手からこぼしてしまいそうだった。
 俺はいい家庭に生まれたとつくづく思う。だから、親孝行はしたい。
 遠くに離れている母もそう思ってくれるのが何よりも嬉しかった。


「精進します。それで、返していきたいです」
「おおっ、大きく出たな。ニル。期待しているぞ」
「はい。その期待にも、お心遣いにも、すべてに応えられるようになります。俺は、二人の息子ニル・エヴィヘットですから」


 照れくさくて、早口になる。改めて言うことでもないし、ここに母はいないけど。いる前提で、俺ははっきりといった。
 父は、よりいっそ誇らしそうに胸を張って、再度俺の頭を撫でてくれた。指先も体も、すっかり温まって、心もとても穏やかで、幸せに満ち溢れていた。


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