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第2部2章 フラグが次々立つ野外研修
02 青い君は王子として
しおりを挟む木漏れ日のカーテンが揺れる、静かな森に似つかわしくない男たちの怒号が飛び交う。
「テントを立てる。邪魔をするな、ヴィルベルヴィント」
「邪魔してんのはそっちじゃねえか。皇太子さまよぉ!」
相変わらずギスギスしてる、セシルとゼラフ。
あの大会で、少しはいい関係になったと思ったのだが全く関係は深まっていなかった。むしろ悪化している。
研修初日、俺たちは支給されたテントをもって決められた区域内で拠点を構え、まずはテントを立てることになったのだが、開始早々これだ。
二つテントを立てる必要があり、その周りに、柵を。できるのであれば、魔法で防御結界を張ることから始める。策も防御結界もアルチュールがすべて魔法でやってくれ、キレイな正方形の柵に囲まれた拠点ができた。そして、石で囲って、薪を持ってこれば火がつけられる状態になり今から、手分けして今日の食料や、薪を調達しに行くのだが……
テントを立てる作業になったとたん、二人が喧嘩し始め全く話が進まなくなった。
「やめなよ。二人とも……はあ、だから嫌なんだよ、もう」
相性は最悪中の最悪。
二人にするのはどうも気が引けるというか、危険すぎてしたくない。だが、らちが明かないので俺とアルチュールは他の作業に移るか、と目配せする。
正直、ここに二人を置いていきたくない気持ちがめちゃくちゃ強い。喧嘩なんておっぱじめたら、誰がとめるというのだろうか。
「ニーくん、僕たちは薪でも取ってきましょうよ。難航しそうですし」
「……そうだね。はあ、二人とも、俺たちが帰ってくるまでに全部終わらせておいてよ」
聞いていない。もういいや、と俺はアルチュールと薪をとりに行くことにした。ついでに食べられそうな山菜もとってこようと、俺たちは歩き出す。
「あの二人、仲がいいんですね」
「いや、どう見たら仲が良く見えるの。アルチュール……もう」
ふふふ、となんだか楽しそうに笑うアルチュールに、俺はなんて反応を返せばいいかわからなかった。
セシルとゼラフの関係を見て仲がいいなんて言った人は初めてだ。どう考えても、犬猿の仲にしか見えないだろう。それを笑って済ませるアルチュールはやはり大物だ。攻略キャラだからだろうか。
セシルのように、アルチュールは俺の歩幅に合わせてくれる。本来であれば、俺がアルチュールに合わせるべきなのだが、隣を歩いていくれる彼のリズムは心地よかった。セシルとはまた違うタイプの王子様で、俺はとてもタイプというか、好感を抱いている。
「僕と、兄は仲が良くないので。ああやって、微笑ましい喧嘩をするくらいならいいんですけど……」
「兄って、アルチュールの……第一王子殿下?」
はい、と言ってアルチュールは歩くスピードを緩めた。だが、すぐに同じ速さになって俺のほうを向かずに続ける。
「兄は、父と使用人の間に生まれた子供です。そのせいで、王位継承権がはじめはなく。今は、いろいろあって、第二位と持ってはいるのですが、次期王は僕だとみんながいうのです。まあ、それもあって仲が良くないといいますか。そもそも、僕たちは別々のところで育てられて。兄と会う機会はあまりありませんでした」
「……それ、俺に話して大丈夫?」
「ん? はい。ニーくんなので」
「いや、でも、それは他国の事情じゃ」
仲がいいと思ってくれるのはありがたいが、そんな情報をほいほいと他国の人間にいってもいいものなのだろうか。しかも俺は、皇太子の護衛で。俺がセシルに言わないとは限らない。それを弱みに、俺たちの国が、アルチュールたちの国を脅さないとかは限らないし。
俺が心配していれば、アルチュールは変わらぬ笑顔でこう続けた。
「ニーくんは、セッシーの側近ですし、口の堅さはとても信頼しています。それに、もし話そうとするものなら……」
「……っ」
スッとアルチュールは僕のこめかみに指をあてる。剣を引き抜いてしまい、その剣先はアルチュールの喉元に。
ごめん、と謝ろうとしたが、アルチュールはにこりと笑って手を下ろした。
「いい反応です。さすが、ニーくん」
「……からかった?」
「いえ。いつでも殺せるということです。まあ、そんなことしませんけど。それと、ニーくんとやりあったら、負けるかもしれませんし」
「そんな卑下しなくても。俺は強いとは自負してるけど、俺よりも強いやつはいっぱいいるよ。セシルとも互角だし。俺はもっと強くならなきゃ……アルチュールだって、あのセシルにあれだけ押してたんだから、俺なんて隙をつけば殺せると思う」
口封じはいつでもできる。それがアルチュールがいいたかったことだろう。
まったく感じなかった殺気。けれど、指をこめかみにあてられた瞬間、また死を感じた。アルチュールはそういう気配を消すのがうまいのだろう。感情を、本当に相手に向けた一瞬だけ見せるというか。
さすがは他国の王太子。そういう教育もちゃんとされているな、と俺は感心する。
「ニーくんは、僕を買いかぶりすぎですよ。それに、自身の能力を見誤っているのはニーくんのほうでは?」
「俺?」
「はい。ニーくんは、多分……今回の班のメンバーの中で一番強いです」
「まさか。セシルもいるし、魔法で言えばゼラフも」
「――いえ」
と、アルチュールは言葉を重ねるように言った。あまりにも、俺の言葉を遮るように言ったので、一瞬びくっと体が震える。
アルチュールはいつもの笑顔なのに、一瞬感情が顔からはがれたみたいだった。
耳から落ちてきた髪をまた、耳に引っ掛けて、アルチュールはふふっと微笑む。
「ニーくんは、優しいですね。その優しさを取っ払ったら、一番君がこの中で危険だ。この間の試合も見せてもらいましたが、君はあまりにも自分を抑えすぎている。それと、あの剣……努力だけじゃどうしようもない才能をみました。ニーくんは、剣術の天才です。愛されているといってもいい」
「いや、アルチュールどうしたの? 俺はそんな……」
わからない。
否定するつもりで口を開いたのに、なぜかすべてを否定できなかった。優しさが枷となっているのはなんとなく理解できたというか。もっといけると思っていても、どこかで自分を制御してしまう癖があるのは事実だ。だからといって、セシルとの手合わせで手を抜いているとか、そんなんじゃない。それはあまりに不誠実だ。
だけど、まだいける、この先を……と思ったことがないとは言えない。今はこれくらい、これからもっと強くなる、みたいな、どこか俺は自分を下に見ていたかもしれない。父には、強いと自分がいわなければ誰がいうのだと教わってきたから、自分は弱いとか、謙遜はしてないはずなんだけど。
「ニーくんは、それだけじゃないんですけどね」
「何が?」
「いえ、何でもありませんよ」
また、笑って取り繕う。
なにをいいたかったのか、とても気になったが、とてもじゃないが俺は聞く勇気がなかった。
それからは、和気あいあいとした日常会話が続いた。何が好きとか、自国のおすすめスポットとか。本当に異文化交流という感じで楽しかったし、セシルとはまた違う、ゼラフともまた違う会話ができた気がする。素でいられるのは、これで二人目か。素なのか、本当に友人としてのかかわりか、その境目はあいまいだが。
「少しだけ、話を戻していいですか?」
「いいけど、何?」
「僕の国のことです。僕の国は、今二つの勢力に分かれようとしています。一つは、僕を次の王にする王太子派閥と、兄を王にする第一王子派閥。この第一王子派閥は他国との交流を進める今の政権に不満を持つ人たちの集まりです。言ってしまえば、戦争によって領地を拡大しようとしている人、奴隷制度撤廃に反対する人……そういう、私利私欲に塗れた人たちです」
「……戦争」
はい、とアルチュールはいって、持っていた薪を持ち直した。
ここ数十年、大きな戦争はない。紛争や、ちょっとした国境境のいざこざはあったけど、国同士がぶつかるような大戦はなかったと記憶している。それは、隣国、ここを含めた三か国が同盟を結び、外交をうまく行っていたからだ。貿易も順調で、むしろ順調すぎるくらいで。調和を乱さないことを暗黙の了解としているようだった。
確かに、それに不満を持つ人間はいるだろう。昔からの戦争によって領地を広げることを目の当たりにしてきた人間であれば、今の平和ボケが気持ち悪くて仕方ないのだろうと。支配下に置きたい、支配領域を広げたい、血がみたいと……そう、疼いているのではないだろうか。
それが、アルチュールの国――アルカンシエル王国では起きていると。
「僕は一刻も早く王にならなければなりません。兄が王になる可能性は限りなく低いですが、僕が王になった後も、その外交に不満を抱く者たちの鎮圧をしなければならなくて。それと、兄は生まれこそあれですが良心的で……でも、世間知らずで。そういった自分の利益しか考えていない人たちに利用され、王にのし上げられようとしているのです」
「それは、その……兄を助けたいと?」
「それもありますね。かかわりは薄いですが、半分でも血がつながっている兄弟なので。他人に利用されてすり減っていく姿は見たくないと思うのです」
「アルチュールこそ、優しいでしょ。俺なんかより」
俺は、自分を淡白な人間だと思っている。今の話を聞いて同情はするが、こちらの国に損がなければ内輪でもめてくれと思ってしまった。けれど、アルチュールの悲痛な思いは伝わってきたし、それは相談に乗ってあげたいと思った。他国の人間である俺が何かできるかと言われたら、何もできないけど。
セシルなら――
「じゃあ、セシルと仲良くしたらいいよ。セシルも、そういうのを嫌っているだろうし。同じように、弟がいる。その弟が政治に、他人に利用されようとしていると知ったら、きっとアルチュールのように怒りを覚えると思うから」
「そうですね。セッシーも優しいですからね」
「そうだよ……ありがとう、話してくれて」
「え? いえ。僕こそ、聞いてもらって……ニーくん?」
どこの国も一緒だ。
自分の手を汚さずに、誰かを利用し、その人がすり減らした液体を甘い蜜をすすって生きる。汚い生き方をする奴はどこにでもいる。きっとこの国も探せばいるだろう。
比較的皆、平和的思想を持っている。皇帝陛下も、セシルも。メンシス副団長のように、地位をお金で買う人もいるし、うちわでもめること、やっぱり階級社会で、実力社会だと起きうる妬みや蔑み。それはなくならない。
けど、それから目をそらしていい面ばかり見ていたらきっと足をすくわれる。
(セシルが皇帝になったら、きっとそういう世の中の悪意にさらされる。少なくとも、貴族たちの監視の目からは逃げられない)
そうなったとき、俺はどの立場でセシルを支えればいいのだろうか。隣にいることは約束した。それが、護衛なのか、それとも伴侶なのか……考えると頭が痛いが、いずれ遠くない未来にそれを決めなければならない時が来る。
俺の覚悟は、未来の覚悟ではなく、限りなく近い現在の覚悟だった。
持っていた山菜が熱でへにゃりと下を向く。これは食べられそうにないかも、と俺は手を離し、落ちていくその様を見届けた。
「アルチュールの役に立つかはわからないけど、この留学で、たくさん得てほしいなと思う。この国の文化でも、この国の人の生き方でも、何でも。君の役に立つなら、すべて奪っていっていいと思う」
「すごいこと言いますね、ニーくんは。ありがたく、そうさせてもらいます。やっぱり、ここに来てよかったて、今そう思いました」
ふわりと花が咲くように笑う。
彼の周りにだけ温かな風が吹いて、彼の青色の髪を揺らしていく。本当に、根っからの王子様だなあ……と、絵画にしたいその笑みに俺は見惚れてしまう。口が半開きになっていれば、ちょんと、いつの間にか距離を詰めていたアルチュールに指でしめられる。
「ご、ごめっ」
「ニーくんの、かわいい顔をみれて僕は嬉しいですよ。僕に見惚れてました?」
「え、ああ……そう、うん。ごめん」
「謝らないでください。いいですよ、僕に惚れても」
「あ、アルチュール!」
冗談だろうか。くすくすと笑うアルチュールを見ていると、本気なのか、冗談なのかわからなくなる。王子様タイプではあるけど、つかみどころがないというか。そこが魅力的でいいんだけど。
(すごい秘密聞いちゃったし、これからどうするかな……)
まあ、できることなんてないんだけど。
それでも、その心の内を打ち明けてくれた彼に何かしらしてあげたいと思う。友人として、クラスメイトとして。
「とりあえず帰りましょうか。テントが立っているといいんですけど」
「そうだった、忘れてた、あの二人……」
帰るのが怖いなあ、なんて思いながら、アルチュールの後をついていく。この人の後ろをついていけば安心だと思える背中に、俺はふっと笑みがこぼれた。
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