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第2部1章 死にキャラは学園生活を満喫します

09 わがままで、否定してほしくて

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「ほ~ら、言わんこっちゃない」
「ニーくん、大丈夫ですか? 僕のムニエル食べますか?」
「ううん、いい。食欲ない……でも、二人とも、ごめん……ありがとう」


 ランチタイム。

 いつもの席にセシルがいない。それでも、周りにはゼラフとアルチュールがいて、ふらふらと魂の抜けた俺を確保し、席に座らせてくれた。俺の前には何もない。セシルもいない。
 アルチュールに背中を撫でられながら、俺は顔を上げられずずっとうめいていた。弱音ばかりが口から出るから、口にチャックが欲しい。

 朝起きたらセシルがいなかった。あの後、セシルを追いかけていったが、見失ってしまい校内を駆け回った。それでもいなくて、夕方くらいに部屋に帰ったらセシルがいて。でも、すぐに寝てしまったから何も話すことができなかった。というか、話さないのが今回の薬の場合正解なのだが、どうしても伝えたいことがあったのだ。
 俺は、嫌で拒絶したわけじゃないし、俺のせいで傷つけたことも謝罪したかった。けれど、それすらも聞きたくないというような態度をとられてしまい、俺も少し傷ついた。

 今日の朝、セシルは授業には出ていたのだが、俺が隣に行くと席を移動するし、教室内で孤立していた。そして、今日は、ゼラフともアルチュールとも授業が重なっていないので、二人に相談できたのはこのランチタイムと。

 二人は、俺たちの間に何があったかすぐに察し俺を慰めてくれていた。本当に申し訳ない。


「聞いてればよかった、ちゃんと。二人は忠告してくれたのに」
「ニーくんが悪いわけじゃないですよ。二人とも、わかっていたうえで二人でいたと思っていたので。まあ、そうですよね。仲がいいのに、会話無しで一日過ごすなんて耐えられませんもんね」
「ハッ、どーせあの皇太子が撤回しようとして、言葉裏返ったんだろ。それで、すれ違って破局って感じか」
「破局してないし。セシルのこと悪く言うな……ゼラフ、嫌い」
「きら……おい、ニル。俺が悪かったって」
「ニーくん、大丈夫ですからね」


 ゼラフの言葉は相変わらずとげとげしいが的を得ている。だから、それをすべて否定することはできなかった。もちろん、セシルへの暴言とも取れるそれは怒ったが、今は突っかかる気力すらない。
 ぐぅ、と腹は減っているのに食べる気になれなかった。
 今、セシルはどこにいるんだろうか。そればかりが頭の中グルグルと回って仕方ない。俺は、セシルの護衛でもあるのに。セシルのそば、片時も離れないって約束したのに。


(やば、泣けてきた……)


 朝は、どうにか持ちこたえた。それでも、隣に行こうとしたら席を立たれるし、俺とは違う人と話していた。もう薬の効果は切れているのだろうが、だからってあからさまに俺を避けすぎじゃないだろうか。俺が、昨日手を叩いたから? それにたいして、もう愛想をつかしているとか?
 泣いているのがバレたくなくて、顔を上げることができなかった。ぼろ泣きじゃないけど、こんな姿、二人に見られたくない。
 たった一人の大切な人の嘘に傷ついている俺が情けなくて。


「つっても、ほんと皇太子殿下もやり方が下手だよな~ニルは絶対に皇太子殿下のこと嫌いにならねえってわかってんのに、離れるって選択肢とんだろ? 自責の念に駆られてるにしたって、それが余計にニルを追い詰めるってなんでわかんねえかな」
「……セシルは、昔から、そうだから」
「ハッ、昔はどうだが知らねえが、だったら変わらねえとまずいだろ。子供のままじゃいられねえぞ? これが最適だって一人で答えだして突っ走って、周りを巻き込むのはガキのすることだ」
「……ゼラフ」
「会話は口だけでするもんじゃねえぞ?」


 と、ゼラフにしてはいいことを言う。

 全くその通りで、返す言葉もない。だが、ここまできてしまったらどうすればいいかわからないのだ。こんな事初めてだから。
 アルチュールは、桃のジュースをジュッと飲みながら「魔力の痕跡をたどったら、この学園の時計塔にいたと思います」と俺に話しかけてきた。というか、それを言い出したタイミングが謎で、俺は咄嗟に顔を上げてしまう。二人はぎょっと目を向いて、目、と俺に指摘した。
 ヤバい、と俺は顔を隠そうとしたが、アルチュールに止められ、ゼラフは身体を乗り出して俺の顔を覗き込んでいた。


「ちょ、っと……やめて、二人とも。恥ずかしいから」
「……やっば。ニル今までで一番そそる顔してんぞ」
「ニーくん破壊力がヤバすぎます……」
「い、いい加減にして、二人とも! 俺の顔、そんな安くないから!」


 何とかアルチュールを振りほどいて、全力で机に突っ伏せば、ガチャンと机の上に乗っていたものが激しい音を立てる。
 二人は、悪いと謝ってきたが、本気こっちは悩んでいるのに、と顔を上げる気にはなれなかった。というか、このハーレムはいつまで続くのか教えてほしい。今日は、アイネは来ないし……
 まあ、それもどうでもいいんだけど。


「それで、アルチュール」
「はい、何ですか。ニーくん」
「……セシルが、時計塔いったって本当?」
「ええ。魔力の痕跡をたどって……ああ、僕、こういうの得意なので。離れていても、魔力を見つけるのと言いますか。妨害されなければ」
「へえ、さすがは他国の王子様……そう、セシルが時計塔に」


 なんでまたあそこに? と思う気持ちと。また、細工して勝手に登ったなあの皇太子……という気持ちがぶつかり合う。あそこは、特別な時にしか登れないように魔法で施錠されているし、それを勝手に解析して解いちゃうのは大問題だ。そんなことがバレたら、よくて停学だ。さすがに、未来の皇帝様がそんなことになったりしたら、貴族から大ブーイングが起きるだろう。
 気が進まないけど、セシルを連れ戻しに行くしかない。


(でも、それでもセシルに拒まれたら?)


 そんな未来はあってほしくないけど、可能性として捨てきれない。何を弱気になっているんだろうか、俺は。
 俺が傷つけたからというのが大きいし、何よりも、こういったことは生まれて初めてなので、どう対処すればいいかわからない。
 セシルのことわかっていたはずだったんだけど、また何もわかっていないと、振出しに戻る。


「まあ、行ってこいよ。当たって砕けとけ。んで、フラれたら俺のとここりゃいいだけの話だろ?」
「そうですね。ニーくんがくよくよしているのは見たくありませんし。また、笑顔になってほしいので。ですから、微力ながら応援しますよ」
「……なんだよ、二人とも」


 負い目を感じているようで、絶妙に気を使ってくれているみたいだった。その何気ない優しさは、嬉しい。
 俺にはこうやって頼れる相手らしき人ができたけど、セシルはどうだろうか。セシルが頼れる人物はいるのだろうか。でなければ、すべて自分で抱え込んで解決まで一人で……そう思うと、やっぱりセシルには、セシルが頼れる第三者がいてくれたほうがいいと俺は思う。


「ありがとう、二人とも。少し元気出たかも、いってくる」
「へいへい、そりゃよかった。ニル、昼飯はどうすんだ?」
「んーセシルを呼び戻せてから食べることにするよ。あ、ゼラフ。ニンジン残しちゃだめだからね」
「ニーくん、お気をつけて」
「ありがとう、アルチュールも。二人とも、ランチタイム邪魔してごめん。じゃあ」


 二人に元気をもらい、俺は立ち上がった。
 目指すは時計塔。しかし、一つだけ懸念点があった。
 昼休みということもあって、廊下にも中には荷もまばらに人がいる。だが、時計塔の近くの廊下は人が少ない。なぜなら、時計塔に行く以外、その廊下は使わないからだ。だけど、別にその廊下まで閉鎖されているわけじゃない。わざわざ何もなくて静かだからと、人がいたりもする。
 しかし、今日は運がよく誰もいなかった。遠くからでもわかる時計塔。見上げれば、見慣れた銀色を見つけ、俺はさらに走った。時計塔の真下までいき、ドアを開けてみようとするが、やはり開かない。当然だ。普段はしっかりと施錠してあるから。じゃあ、どうやってセシルは上ったか、方法は一つしかない。


「魔法、か……」


 セシルが下りてくるまで待ってもいい。だが、そんなことしていたら時間がもったいない。それに、時計塔ほど逃げ場のない場所はない。確実に、セシルを捕まえられる。
 上る方法など一つしかないのだが、それをやってもいいものだろうかと少し立ち止まった。魔法を使うことになるからだ。けれど、そんな迷いは一瞬にして過ぎ去って、俺は詠唱を唱える。足元に空色の魔法陣が浮かび、自陣の身体を包み込んでいく。魔力は魔法陣を介しゆっくりと外に出ていく。しかし、やはりといっていいか魔法を使ったと同時に心臓がひどく傷んだ。血を送ることを拒むように、きゅっと縮こまって止まるような、圧迫感。
 顔を歪めつつも、俺は詠唱を唱え終わり、魔法で時計塔の上まで一気に上がった。
 シュン、と音を立てゆっくりと俺は地面に足をつける。トッと軽い靴音が鳴り、その足音に相手も気付いたようだった。


「ニル?」
「……っ、は、ふうぅ……やっと見つけた、セシル」
「何故ニルがここに…………お前、あれほど使うなといったのに」


 驚いたのもつかの間、セシルの顔は優しい怒りに包まれる。俺をいたわって、心配して怒っている。
 魔法を使ったことに対して苦言を呈したい。そんな文句ありありといった顔で俺を睨んでいる。
 自分がなぜ、俺から離れていたのかその理由すら忘れて、こちらに近づいてくる。俺のことになると周りが見えなくなるのは健在のようだ。


「ニル…………っ!?」
「捕まえた。もう、逃げられないから」
「……放せ」
「それは本音だね。うん、もう薬の効果は抜けてる」
「何をバカなことを」


 バカはどっちだろうか。
 放せというのが裏返った言葉じゃないことはすぐにわかった。本気で放してほしそうに顔で訴えかけてきている。だが、俺は放すつもりなんてない。だって、放したら絶対に逃げるってわかっているから。
 何年一緒にいると思っている。
 そして負けず嫌いなところもまたセシルらしいというか。
 目をそらしたくてたまらないのに、いま目をそらしたら負ける、みたいなオーラがひしひしと伝わってくる。俺から逃げたいだろうにそれをしないのは、少なくともそれが俺を拒絶することになるからだと思っているからなのかもしれない。


「朝起きて、俺がいなかったセシルはどう思う?」
「そんなの、死ぬほど悲しいに決まっているだろう。俺のことを嫌いになったんじゃないかって――っ、ニル」
「そうだよ、俺はその気持ちだったんだよ。わかる? …………って、俺がいえる立場じゃないけど」


 我ながら酷い言い方だと思った。でも、セシルにすべての責任を擦り付けるつもりはない。あくまで、そこだけは理解してほしかった。セシルもやられて傷つくであろうことを、彼は俺自身にしたのだから。
 セシルは、いたたまれない表情で視線を落とし、すまない、と蚊の鳴くような声で言った。


「俺も悪かったと思ってるよ。というか、今回は全部俺に非がある。薬を被ったのも、セシルの本音が裏返ってるってわかってたのに、拒絶されたって勝手に怒って、八つ当たりして。今回は全部俺が悪い」
「ニルは、悪くない」
「……俺のせいにしてよ。じゃなきゃ、俺自身が許せない」


 君はそうやって、俺を甘やかすから、許された気分になる。
 でも、それじゃいけない。
 風が強く吹き付け、俺とセシルの髪を揺らす。制服についている装飾もバサバサと揺れちぎれそうだ。ただ、俺はそんな強風の中でもしっかりとセシルの目を見て、彼の手を離さなかった。


「ごめんセシル、怒鳴ったりして。セシルのこと、嫌いになったわけじゃないから……本当にごめん」
「ニル、いい、俺は、別に」
「全部、わかってたんだよ。でも、君に嫌いって、セシルの口から、セシルの声で言われたことが耐えられなかった。いつか、言われるかもしれない言葉、かも、だけど。でも、今は君と恋人になって、思いが通じ合って。まだそんなに経ってないから。幸せから突き落とされた気がして、怖くなって、つらくて……」


 わがままなことばっかり言っている。その自覚はあった。俺のほうこそ、今すぐ口を縫い付けたいのに。
 セシルは、何も言わず聞いてくれた。何か言いたげに口を開いては閉じて、俺の言葉を飲み込んでくれている。結局甘えていて、俺はダメだなと思う。ただ、仲直りしに来ただけなのに。自分の思いを伝えて謝罪しに来ただけなのに。
 それでも、昨日のセシルに言われた『嫌い』という言葉が頭の中をめぐっていく。彼本人に否定してほしい、言わせたくなってしまう。それはとってもかっこ悪いことだ。


「セシル、俺はセシルが好きだよ。好きだから、好き。好き……ごめ、ん、セシル、わがままだけど、好きって言ってほしい。言ってくれなきゃ、やっぱりあの嫌いって言葉、俺のみ込んじゃいそうになる」


 声がかすかすだった。泣きそうなのをこらえてるの、バレてしまう。
 言わせるみたいで、悪いなと思った。無理して言わなくていい。心のこもっていないそれは、言われても響かないから。
 それも、わがままなんだろうけど。

 けれど、セシルは俺が泣きそうなことに触れず、黙って見過ごしてくれた。そして、まっすぐとその夜色の瞳で俺を射抜く。安心させるように、そして真剣に。


「――ニル、好きだ」


 セシル、と彼の名前を無意識に口にする。
 心のこもったそれに、言わせたんじゃなくて、言ってくれたそれに、俺の胸は高鳴った。バカみたいに、掌がクルクルとかえっちゃうみたいな……
 でも、その言葉は、何度聞いても俺の胸に突き刺さって、安心させてくれる。彼の言葉で生かされる実感に、俺は心地よさを感じ、癖になっていた。彼の言葉と、彼無しじゃ生きていけないのだと、俺はセシルに抱き着いた。


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