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番外編SS

セシルside

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 俺のニルはかわいい、という話をしたい。

 いや、かわいいと俺が熱弁してニルを狙う輩が増えたら困るので、しない。あいつは、無自覚に人をたらす才能があるからな。とくに、今年の春休みからいろいろあり、留年して同級生となった他学科のやつにも目をつけられ尻を追いかけられている。そんなニルを守るのが俺の役割なのだが、ニル自身が俺の護衛であり、俺は幼馴染であり、つい先月まで親友であった現恋人に守られてもいる。
 守り守られているという不思議で幸せな関係であればいい。これから先もずっと。そう思って生きているのだが、やはり、最近のニルはおかしいというか……魅力が増しすぎている。

 俺のベッドで眠る恋人は言葉で言い表せないほどかわいかった。
 熱い夜を共に過ごし、朝を迎える。こんなにも満たされる幸せな朝を迎えられるのは、ニルが俺の腕の中にいるおかげだ。


「……ぅんん」
「…………襲われたいのか、ニルは。俺をどうしたいんだ」


 寝ている恋人を睡姦しようなど思わない。そんなの、紳士のやることではない。だから、ぐっとこらえているのだが、俺に足を絡ませ、口元に何ともあざとく指を持ってきているのもかわいすぎる。長いまつ毛が影を落とすその様子も幻想的で、絵画に収めていたい。
 俺が頬を触れば、ぅん……とかわいく声を漏らす姿もたまらない。

 ああ、何でニルはこんなにかわいいのだろうか。

 本人は自覚がなければ、かわいいといわれても「はいはい、そうですか」と流す。ツンツンとした態度をとるときと、本当に心の底から呆れたような態度をとるときもあるが、それもニルだ。昔からよく見た姿なので、俺も傷ついたりはしない。
 だが、そういいつつも、顔が真っ赤になっているのを俺は知っている。本人は隠しているつもりなのだが、どうやらかわいいということに言われ慣れていなくて、それでいて嬉しいらしいのだ。
 素直になってくれないニルもかわいい。ああ、本当に愛おしい。

 昨晩も無理をさせすぎたせいで、身体のいたるところに俺の付けた痕が残っている。首筋に、鎖骨に、胸に……俺が残した痕はくっきりと残っており、十分すぎるほどの牽制になるだろう。だが、ニル自身はそれを見せたくないだろうし、俺たちの関係は公にしたくないという。俺も、今のところ誰かに言いふらしたりはしない。何かと、そういうのを嫌う人間が一定数いるからだ。
 俺たちの問題はそこだろう。今後一緒にいるために、俺が皇帝になっても、ニルをそばに置くための方法を。子孫を残すにしても、ニル以外と交わる気はないし、かといって、皇帝にならないという選択肢をとるつもりもない。どちらもかなえる。きっと、俺が皇帝にならないといえば、ニルは怒るだろう。押し切ることはできるだろうし、俺の意思は尊重してくれるニルだ。しかし、それは周りの期待を裏切ることになる。


(……となると、だが)


 今は考えたくないので、ゆくゆく考えるとしよう。それに、今のニルには荷が重い。
 俺は、ニルの頬を撫でながら、思わず口角が上がる。子供のころからもちもちな肌は、俺の指に吸い付いてくる。白い肌は、雪のようで、処理しきれていない産毛が生えていてそれもかわいらしい。
 さらりと流れる黒髪も、小さな口も。ずっと見てきたはずなのに、愛おしくてたまらないのだ。


(……本当にいつからだろうな、俺がお前を好きになったのは)


 思えば、ニルとの出会いから、俺は惹かれていたのかもしれない。

 乳兄弟で、未来主従関係が約束されていた俺たちは一緒に育った。しかし、俺は早くに学問に身を投じることとなり、ニルとの時間は、そこまで取れなかったように思う。それが、六年ほど続いて俺はようやく、ニルにおもっていたことがいえた。あいつは、俺の護衛として、上下関係をすでに親や周りから教えられていたようだった。そのせいもあって、俺のことをニルは『殿下』と呼んでいた。ようやく、自分と年の近いものに出会え、心を開けたかもしれないというのに。それすらも、相手に拒まれている気がしてならなかった。
 それに、俺は、押さないニルを見てこいつを守らなければと思ったのだ。もっと言うと、隣にいてほしいと、俺が生涯かけてこの小さな命を抱きしめていたいと思った。
 いや、言い過ぎか……

 それでも、俺は、幼いニルに特別な感情を抱いていた。それが、恋であることに気づいたのはつい最近だが家族よりも、周りの家臣よりも誰よりも、俺はニルのことが大切だった。

 だからこそ、春休みに俺を守って死にかけたときは、俺の心臓はとまってしまいそうだった。


「ん、んん……セシル?」
「おはよう、ニル」
「……ん、おはよ。もう、キス。朝から、キスやめて」
「何故だ? 俺たちは恋人同士だろ?」
「なんかロマンチックすぎるというか、供給多で死んじゃう」


 ニルは時々、変な言葉遣いというか、単語を話すときがある。それが何かはいまいち理解できないが、供給……つまり俺から与えられるものが許容量を超えてしまっていることに対する、混乱、だろうか。

 目覚めたばかりで、まだポヤポヤとしているニルの額にキスを落とす。すると、ニルは恥ずかしそうに顔を赤らめて「やめて」と言って額を抑えた。だが、涙の溜まった瞳に映るのが俺だけだという優越感とその顔に俺はもう一度キスがしたくなる。
 頬に、鼻先にキスを落とし、唇にキスをしようとすれば、さすがに止められてしまう。


「ダメ、ダメ、セシル」
「…………だから、何故だ」
「ダメ。昨日さんざんしたでしょ?」
「足りない」
「怒るよ?」


 一日中体を重ねていていても俺は構わない。だが、俺の隣で食べるニルも、俺と手合わせするニルも、誰かの役に立とうと勤勉なニルも俺は好きだ。ベッドの上だけでしか見せない表情というのも素敵だが、それだけでは足りない。俺は、ニルのいろんな表情がみていたい。

 そのためにも、彼を拘束するのはいけないと思うのだ。

 以前、それに目覚めたし、今でもどこかに行ってしまいそうな徒花の……春の儚い妖精のようなニルを俺は閉じ込めておきたい。その衝動に駆られては、どうにか自分を制御する。感情に飲まれて行動するほど俺は落ちぶれていない。それは、ニルも望まない俺だ。
 俺は、ニルに守られるべき価値のある完璧な男であり続けなければならない。彼の主君として。彼が守りたいと思える人間として。


(……ニル、どこにもいかないでくれ)


 俺は、キスの代わりにニルを抱きしめる。

 春休みに死にかけ、サマーホリデー前に死にかけたニルの心臓は限りなく弱っているという。だからこそ、むちゃはできないし、魔法を使うのも禁止されている。だが、きっと、ニルはいざとなればむちゃをして、またその体を酷使して倒れるだろう。ニルは、たまに俺のいうことを聞いてくれないから。もちろん、縛るつもりがあってそんなことを思っているわけではない。
 ただ、こいつが大切で、代わりの利かない唯一だから。


「セシル、どうしたの? 眉間にしわよってる」
「……何でもない」
「嘘だあ。セシルが嘘下手なの、俺知ってるんだけど……どうせ、俺が目覚めないとか、死んじゃうとか思ってたんじゃないの?」
「バレたか。だが、それもあるが……そうだな。ニルがどこかに行ってしまいそうだった」
「あんだけやっておいてねえ。ほら、俺の身体セシルの痕だらけ」


 自らの鎖骨に指を這わせ、俺が先ほど見ていた俺が残した独占欲をこれ見よがしに見せつけてくる。
 そういうのは恥ずかしくないのか、と反論したかったが、ニヤニヤと笑っているところを見ると、俺をからかいたいらしい。


「俺はまだ足りないと思っているが。もっと、痕をつけて、俺のものだって安心したい」
「セシル、きっとそれは底なし沼だよ。それと、俺の身体、ほんと―に誰にも見せれなくなるからやめて」
「見せる予定などないだろ」
「定期診断で見せるとき! どうしたんですかって……まあ、言われないけど、ぎょっとされるから。俺が恥ずかしくなる」
「それは仕方ないな」


 定期診断で何もないと報告してくれているが、何か隠している気がしてならない。
 元から、こいつの手は冷たいが、それだけじゃない気がするのだ。昨日だって、暗い顔をしていた。それを話してくれないのは、優しさか、ニル自身の弱さか。
 それすらも、俺は包み込んであげたいと思うし、一緒に背負ってやりたいと思うのに。話してくれないんだ。


(バカニル……無理をするなと。俺に、隠し事はなしだといったくせに)


 無理やり聞き出すことはしない。タイミングもあるだろう。それに、俺がそれを聞いて堪えられないんじゃないかって気にしている。だから、俺は聞かない。知らないふりをする。それが、あいつのためになるのならしかたがない。
 俺は、自分の体をペタペタとさわっていたニルの手に自身の手を重ねる。ぴくっと体が動く様子がまた愛らしい。


「何、セシル」
「いや。からかうくせに、俺から触れたら、すぐに真っ赤になるんだなと思ってな」
「……セシルだけだから。こういう反応するの。やめて」
「やめるわけないだろ。ニルが、かわいいのがいけない」
「俺はかわいくない」


 ぷりぷりと怒って。そんなの男を煽るだけだとなぜ気付かないのだろうか。
 俺は、素直じゃないニルをそのまま押し倒し、覆いかぶさる。ニルは、突然のことでいつものキレはなく俺にいとも簡単に押し倒された。
 あ、というような顔で俺を見上げ、その空色の瞳を揺らしていた。怖いのか、それとも期待か。瞳の奥にある感情をさらに引っ張り出したい欲にかられる。
 全て見せろ、俺だけに。


「セシル~? 昨日も、さんざんやったっていったよね。足りないなら、また夜にでも」
「今がいい」
「俺、起きたばっかり。ちょっと、加減して?」
「……む」
「む、じゃないし。別に嫌だって言ってるわけじゃないし、ね、セシル」


 優しく諭して、俺の頬を撫でる。こうすれば、俺が折れるとわかっているのだろう。ああ、そうだ、俺はここで折れる。

 だが――


「冷たい、ニルは」
「え? 態度が?」
「……態度もそう、いや、別に通常通りだが。その、手だ」
「ああ……手の話」


 パッと俺から離れようとしたので、俺はニルの手を握る。ニルは、離してほしそうに俺を見上げたが、離す気はなかった。
 昨日も、定期診断を受けた後ニルは手が冷たかった。こいつの体温は元から冷たいが、明らかに冷たいときがある。今日もその例にもれずだ。

 空色の目を俺からそらす。
 言えないんだな、と圧をかけるが、それに、気づかないふりをして「セシルが温めてくれるからいいじゃん」という文句を言う。


「セシルが温めてくれれば、俺はこの寒さも少しは和らぐと思うから。あまり心配しないで……どーせ、それを心配して眉間にしわ寄せてるんでしょ。昔みたいに」
「昔?」
「俺たちが出会った頃みたいに。あの時ずっと、ムスッとしていて、怒ってるって勘違いしてたもん。でも、怒ってたんじゃなくて、いや、怒ってたんだけどね、セシルは。そのときと、同じ顔してたから」
「……酷い顔か」
「うーん、怖い顔?」


 もう片方の手で俺の眉間をぐりぐりと押さえつけるニル。俺は、痛いな、と思いながらもされるがままになっていた。
 確かに、睨んでいるように見えるとか、怒っているんですかと言われるときはあるが、そんなにだろうか。鏡は自分のありのままを移すから嫌いだ。感情的になっているときに見ると、壊したくなる。俺を映すなとさえ、鏡に八つ当たりしてしまう。
 だが、そんなふうに見えているのであれば改善しなければならないな。ニルは、俺のそんな表情を見たくないだろうから。


「に、る。何をしてる」
「笑顔にさせる練習。セシルは、俺の前では笑ってくれるけど、人前ではずっと堅いしね。ああ、でも、笑って他の人惚れさせちゃったら、俺、嫌かも」


(それは、お互い様だろ……)


 グッと、俺の口の端を持ち上げるニルは、優しく笑っていた。その笑顔を見習って俺も笑えるようになればいいのだが、簡単にいきそうにない。皇太子として、感情を表情を崩すなと最初の教育で叩き込まれてしまったから。今だって、責任というものから逃れられないでいる。それを、投げ出す勇気は俺にはない。
 ニルは「笑顔、ほら、笑顔だって」と、せかすので、俺はどうにか口の端を持ち上げてみた。すると、不細工と笑われてしまい手を離される。ニルの手が俺から離れていくのを寂しく感じながらも、お手本だというようにニルが俺の下で笑ってくれる。


「俺はお前の笑顔に勝てそうにない」
「えっ、これ勝負してるわけじゃないんだけど!? 俺は、セシルの顔が好きだよ」
「顔だけか?」
「……ぜん、ぶ…………です、はい」


 しどろもどろになって消えていくニルは、頭の下に敷いていた枕を引っ張り出して、それで顔を隠す。
 また、照れているんだろうと、俺はその枕をはがそうとしたが、ダメダメと首を横に振りながら抵抗されてしまった。


「ダメ、待って。ダメ、ストップ! 俺、今ダメな顔してる」
「それを、見せろと言っているんだ。俺は、どんなニルの顔でも好きだ」
「…………セシル、酷い」
「酷くない!!」


 一瞬力が緩んだすきに、俺は枕を取り上げた。すると、真っ赤で、寝起き以上に目に涙をためたニルが俺を上目遣いしている。口元に両手を持っていって、わなわなと小さな口を動かして。黒くて薄い眉はハの字に曲がっている。「ダメっていったのに……」と呟いたニルの声を聴いて、もう駄目だった。
 唇を奪うのは一瞬だ。理性が一瞬飛んで、ニルの両手を押さえつけて、貪るようにキスをする。俺の下で、ニルの両足が暴れていたが、俺はお構いなしに、彼の口内をかき回す。ニルの口の端からよだれが垂れ、ニルの空色の瞳がパチパチと瞬いて、ポロリと涙をぼした。


「せ、しぃ……ぅ」
「かわいすぎるだろ、ニル」
「かわいくないもん。せしぅのちゅー、つよすぎ……あたま、バカになる」
「キスに強いも、弱いもあるか……ニル、ここまで来たんだ。続き、いいだろ?」


 我ながら強引だと思う。
 だが、ニルがかわいいのがいけないだろう。無意識に俺を煽って、誘うように見上げて。
 舌足らずに俺の名前を呼ぶニルは、しばらく黙った後、こくりと頷いた。


「だって、ダメっていっても、聞いてくれそうにないもん。いいよ、セシル」
「……ああ。同じ気持ちだったら嬉しい」


 お前のその優しさに甘える俺を許してほしい。ずるくて、お前に夢中な俺を受け入れて。
 今度は、傷つけないようにキスをして、彼の髪を撫でる。幸せそうに、ニルが目を細めたのは、俺は一瞬たりとも見逃さなかった。
 

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