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第1部4章 親友であって親友じゃない
05 学園創立記念パーティー当日
しおりを挟む外部から、学園設立に携わった名のある貴族を呼び、ありがたい学園の歴史を聞きながら午前中は何事もなくプログラムが終了した。
学園創立記念パーティーは、夜に行われ、今は前座のような、とはいっても大切なプログラムを終えたところだった。
学園ははじめこそ、平民は入れなかったが、開かれた学問ということで平民も一定の基準を超えることができたものは入学することができ、またお金を収めたものも入学することができるようになった。とはいえ、まだまだ平民には高い壁であり、さらにその壁と仕切りを低くして、有能な平民を学園に入学させたいと学園長は語っていた。そうなればいいが、周りを見ても貴族が多いため、そうなるのはまた何十年も先だろうと思った。
それから、学園の校歌や、記念品贈呈などが終わり、学園の中庭で大道芸が行われるなど貴族も平民も楽しめるイベントが目まぐるしく行われていた。
「にぎやかだな。いつもより活気があって、見ているだけでも面白い」
「そうだね。でも確か、学園祭……収穫祭の時期にあるから、そのときのほうがもっと盛り上がると思うけど。今日のはどっちかっていったら、お堅い……あと、貴族中心って感じが否めないから」
「そうだな。学園長がいっていたように、平民にももっと開かれたものとして、この学園が育っていけばいいが」
セシルはそう言いながらうーんと背伸びをする。今日はいつもと違い、正装で装飾が多くきちっとした服に身を包んでいるため、肩がこるのだろう。真っ白な服に金の装飾はとても映える。
俺も騎士服に着替えて、相棒の剣を携え、彼の護衛をしている。それはいつも通りなのに、制服とはまた違った重みがあり、彼の護衛ということを周りにアピールしているみたいだった。一生徒ではあるものの、皇太子とその護衛という関係で今この場にいる。なんだか不思議な気分だった。それが当たり前の光景なのにもかかわらず。
まだ、半日しか経っておらず、ここからが本番である。
夜のパーティーの前に、学園設立にかかわった皇族の血筋としてセシルが挨拶をすることになっている。文章は基本用意されたものだが、書かなければならない部分もあり、こういった文章を書くのが得意ではないセシルは、夜な夜な悩んで、唸って書いていた。寝不足じゃないか、大丈夫かと思ったが、それは大丈夫らしい。だが、胃のあたりを触っているところを見ると、かなり緊張しているようだった。珍しい。
「まあ、そうだな。収穫祭のとき、学生らしく楽しめばいいか」
「そうだよ。今日は、一応式典って感じだし。パーティーとかいっても、貴族とかの交流の場になっちゃうだろうから。それと、将来の話とか」
「頭が痛いな」
「胃薬飲む?」
「頭がと言っているんだが?」
冗談、冗談といって笑えばセシルの表情が少しだけ明るくなる。
収穫祭は秋に行われる国を挙げた祭りで、隣国二か国も参加できる大型の祭りだ。他国の交流が盛んになる時期ということもあり、こちらのほうが警備が手厚くなる。父が、一番忙しい時期でもある。
「何年経っても慣れないものは慣れないな。襟も締まっているし、緩めたい」
「あとで休憩時にボタン外してあげるね?」
「……っ、いや、自分で外せる……やはり、頼む」
「もう、どっちだよ。まあ、それまでは頑張って」
「そうだな、それを褒美に頑張るか」
と、セシルは言いながらため息を吐く。
俺はそんなセシルを見ながら、彼は覚えているだろうかと目の前にそびえたつ時計塔を見ていた。学園設立当初からある大きな時計塔で、学園設立記念パーティーの日は特別に登れるようになっている。すでに上に登っている人がいるようで賑わしい。こういうときに限って、時計塔で告白する人が多く出現するのだ。まあ、学生らしくて俺は好きだが。
(今日……だよな。忘れてない……よな?)
セシルが俺に告白しなおしてくれる日。そして、俺を抱く日……
セシルはそれどころじゃないくらい、今後のスケジュールを気にしていたのだが、俺もそれどころじゃなかった。もちろん、これが大事な式であることには変わりないし、俺もそっちの騎士としての脳は健在である。オンとオフは分けているつもりだ。
それでも意識してしまう。寝付けないくらいには。
昨日黙って風呂場で後ろを準備したことは、隠しておいて……でも、それくらい緊張しているし、楽しみでもあったのだ。その表現が正しいかはわからないが、待っていた。
「どうした、ニル。俺の顔に何かついているか?」
「いーや、何も。緊張しすぎだって、セシル。ほら、手にこうやって文字を書いて飲み込んだら、緊張ほぐれるから」
悟られぬようにと、さりげなくセシルの手に文字を書いて、飲んでと促す。セシルは戸惑いつつも、俺が文字を書いたほうの手を見つめ口をつける。
「ほんとだな、少し緊張がほぐれた気がする」
「でしょ?」
「……フッ」
「な、なに? なんで笑うの?」
緊張がすっかりほぐれたらしいセシルは、口元に手を当てて笑うと、どことなく嬉しそうに笑って、俺のほうを見た。
何がおかしいのかさっぱりわからず、見つめていれば、セシルがグッと俺の手を引いた。彼の口が、自分の耳元に来て、ゾクゾクッと背筋が粟立つ。
そうして、自分の匂いを擦り付けるように頭を摺り寄せてから、吐息をたっぷりと含んだ声でセシルが俺の耳元で言うのだ。
「――今夜、お前を抱く。お前が緊張していること、バレているからな? ニル」
「ひっ……あ、あ、セシル!」
「すまない。あまりにもかわいかったから、つい」
「ついじゃない……って」
耳が茹ってしまいそうだった。というか、何かを孕んだかもしれない。
セシルの声をこんなに近くで聞くのは初めてのことのようで、ききなれた声が、脳にピリピリと伝わってくる感覚が何とも言えなかった。身体全体が性感帯になったような感覚に、まだ身体がピクンピクンと動いている気がする。
いたずらっ子のように、くすくすと笑うセシルが憎たらしかった。自分の緊張は、周りにバレていないようにふるまっていたくせに、自分自身すら緊張していることにそこまで気づけていなかったくせに。俺の緊張は何で気付くんだろうか。
俺は耳を抑えながら、真っ赤になった顔でセシルを見る。
「その様子だと、覚えてくれているようで……よかった」
「全然よくない! セシルのせいで、醜態さらした!」
「いいだろ、俺の前だけなら。そういう、ニルもたまらなく愛しい」
「……~~~~っ! だから! なんで今日は、そんな恥ずかしいセリフばっかり言うんだよ!」
セシルがセシルじゃないみたいだ。
だが、誰かが変装したとか、セシルに誰かが憑依したとかそういう気配はしない。だから、それはセシル本人の言葉なんだと、俺はわかってしまった。わかってしまったから恥ずかしいし、これ以上言わないでほしかった。
さらに緊張が高まって、本番で何かやらかしてしまいそうだ。
(セシルも、浮かれてるのかな……俺にみたいに)
先ほどまで緊張していたくせに、俺が緊張していることに気が付くと目の色が変わった。夜色の瞳がまっすぐとこちらを見据え、愛おしいものを見るように優しく微笑んでいる。そんなまわりからしたら腑抜けただらしない表情も、俺の目を通してみれば、それこそ愛おしい、大好きな人の顔だと思ってしまうのだ。自分にしか見せないそんな顔。
親友の俺にしか見せなかったあの笑顔ともまた違う、恋人になったようなそんな笑顔を。
(ああ、もう、雑念! とりあえず、この間は気を抜かない!)
外部から人がきている状況で気は抜けない。セシルから片時も離れず、彼を彼の護衛として守る任務が俺にはあるのだ。それが終わってやっと、俺はただのニルに戻ることができる。彼の恋人になったニルに。
改めて告白をしてくれるみたいだし、何を言われるか、それも楽しみではあった。
「俺も浮かれているんだ。柄にもなく」
「そうだね、柄にもない。でも、そういうセシルも、嫌いじゃないから」
「そうか? それならいいが。一人舞い上がっていると、バカみたいだと思われたらどうしようかと思っていた。なら、心配ないな」
セシルは嬉しそうに目を細める。やはりというか、彼も俺に拒絶されるのではないか、呆れられるのではないかと心配していたらしい。
そんな心配いらないというのに。でも、同じ立場だからこそ、俺も思ってしまう。この気持ちを抱いているのは、自分だけじゃないかと。何だろうか、不安定で、落ち着かない。
「ニルの意識の中に、俺がいることが何よりも嬉しい。俺でいっぱいにしてほしい、お前の中を」
「なっ、な、セシル!」
「何だ、慌てて」
「いや、ごめ……違う意味に、聞こえた。俺が悪い」
「もちろん、二重の意味でだが?」
と、セシルは今まで見せたことのないような意地悪な笑みでそういった。
俺はそれを聞いた途端ぶわっと体中の熱が沸騰する。
俺の主人が、エッチになっちゃった。
落ち着け、と心の中で小さな俺がいうが、同じように、キスぐらいしちゃえよと、悪魔の俺がいう。そんなバカみたいな思考をかき消して「よくないと思う」と俺は口にする。「想像したのだから、そっちもだろ? ニル」と言われてしまったので、ぐうの音も出ない。俺も悪い。でも、セシルも悪い。
「もう、わかった、わかったから。パーティーが終わるまでは、そういう恥ずかしいセリフ言わないって約束しろよ?」
「お前の前でしか言わない」
「そうして、絶対だからね」
俺がそういうと、善処するといってまた笑うのだ。
(ああ、もう、幸せそうな顔しやがって! 腹立つ、バカセシル)
腹が立つほどいい笑顔だった。そんなセシルを見ていると、自分だけが振り回されている気がしてならない。彼を振り回したいと思うが、それもまた後でだ。この借りはきっちり返すことにしよう。
「次のプログラムで、セシルが挨拶するんだよね。早めに行っておいたほうがいいから、移動しよう」
「ああ、そうだな。さすがは、ニルだ。スケジュール管理がしっかりしているな」
「当然。さ、いこう。セシル」
セシルにあっちだと、俺は案内しながら歩く。すると、次の曲がり角から見慣れたフワフワとした髪の少年が現れた。
「あっ、ニル先輩!」
「アイネ?」
出てきたのは魔法科の制服をきっちりときたアイネで、俺を見つけるなり子犬のように駆け寄ってきた。
「よかった、今日は会えないかと思っていて。ああ、もちろん、お仕事の邪魔をしたいわけじゃないんですけど。その、会えてよかったです」
「そう。俺も、君の元気な姿をみれてよかった、かな?」
恋するかわいい後輩、といったオーラを出しながら、アイネは可愛らしい笑みを浮かべている。俺なんかと会っただけでこんな顔になるんだ。他の人にもこのような笑顔を振りまいているとしたら、それこそ魔性の男だな、と思う。
まあ、主人公だからというのもあるだろうが。
アイネは俺の仕事のことを考えてくれているのか、あまり長引かないようにと、話をそこで区切ろうとした。
「アイネは今からどこに?」
「ルームメイトと待ち合わせしていて。案内してくれるっていうんですよ。どこに何があるか全部把握済みって」
「へえ、いいルームメイトじゃん。大切にしてあげなよ」
「はい。もちろんです」
と、アイネは嬉しそうにまた笑う。
アイネのルームメイトも確か攻略キャラだったはず。俺なんかじゃなくて、そのルームメイトと恋に発展すればいいのに、なんて酷いことを考えながら、俺はアイネを見送った。今日は何事にも巻き込まれなければいいが、ルームメイトと合流すれば問題ないだろうと、俺は彼の背中を見る。
「心配か?」
「え? ああ、いや……ううん、そうだね。この間のこともあったから」
「何故刺客がアイネを襲ったかはまだ分からないが、警戒しておいたほうがいいのかもしれないな」
「そうだね……」
この間の大会でアイネを襲った人物は、尋問を受けたが情報を吐くことはなかった。その後、牢に入れられたが、牢の中で自決。結局何も情報を得られぬまま、誰が何のために襲わせたのかわからないまま、闇に葬られてしまった。だが、あれで終わりではない気がして、ならない。まだ何か、動いているようなそんな気がするのだ。
今になって、この間皇宮のほうに帰ったとき、メンシス副団長に言われた言葉を思い出す。あれが、フラグのように頭の中でぐるぐると回るのだ。忠告なのか、それとも――
(考えても仕方ない……)
警備はこの間以上に厳重になっている。外から人がくるのはもちろん、警戒しなければならないのだが、あの事件の後一層強化されたのだ。だから何もないと信じたいが……
「……セシル、いこう。考えても仕方ないから」
「ああ、そうだな……ニル」
「何?」
「…………いや、何でもない。無理はするなよ」
「え? うん、しないよ。無理なんて」
どういった意味で言ったかわからなかったが、一瞬だけセシルの顔が曇った気がしたのだ。それが見間違いではないように、セシルは少し寂しい背中を俺に向けて歩き出す。俺はその背中を追って少し歩幅を大きく駆け出した。
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