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第1部3章 学園生活のイベントにはトラブルがつきもの

07 いやこれ以上ファンはいりません

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 獣の匂いがツンと鼻をさす。
 ぼやけた視界がクリアになるころには、転移魔法によって飛ばされた場所が学園内の馬小屋であることに気づいた。やはりあの短時間では、学園より外に俺たちを出すことはできなかったらしい。簡易的に場所を移動させて、そこで待っている仲間と合流する算段か。


「アイネ、大丈夫?」
「はい、何とか……でも、ちょっと気持ち悪いです」
「無理ないよ。もしかしたら、転移酔いしやすいタイプなのかもね」


 魔導士であっても、魔法酔いする人間はいる。繊細な人間ほど、魔法酔いする可能性は高いし、例にもれずアイネもそうなのだろう。
 うぷっ、と口元を抑えながら、アイネは気持ち悪そうに顔色を悪くしていた。もし、長距離の移動だったらどうなっていたか。考えるも恐ろしい。俺は少し耐性があるからいいものの、アイネは気絶してしまっていたかもしれないと。
 馬小屋にいる馬たちは、俺たちのことを不思議そうに見つめていたが、彼らが転移してきたことによりその顔を一斉にそちらに向けた。
 黒衣の男たちは、五人おり、先ほどいなかった小柄な男を合わせると六人いた。その男だけ明らかにまとう雰囲気が違い、指示薬はその男だとすぐに気付くことができた。


「相当な大人数で。俺たちをどうしようっていうのさ」


 こちらが不安に駆り立てられていることに気づけば、その隙を狙ってやつらは攻めてくるだろう。だから、俺は少しでも気を大きく、やつらの動向を探ろうと思った。誰かが助けに来てくれるなんていう都合のいい展開は起こらない。これは、ゲームにないシナリオだった。この間の春みたいに、騎士団が駆け付けてくれるわけでもない。
 そもそも、そんなものに頼っていては、騎士失格なのだ。
 俺の言葉に男たちはピクリと肩を動かしたが、小柄な男だけはこちらをまっすぐと見つめて微動だにしない。目深にかぶったフードの奥から見える瞳は、殺意と憎しみに染まっているようにも思えた。


(他の五人はどうにかできそうだけど、あの一人は厄介だな……)


 目的はアイネなのだろうが、俺まで巻き添えで転移させられた。あちらからしても、それは誤算だったのだろう。俺を連れていく必要はないから始末したいはずだ。となると、俺がとるべき行動はアイネだけを逃がすことである。しかし、それを簡単にはさせてくれないだろう。


「目的は、あの魔法科の服を着た男のほうだ。そっちの男は必要ない」


 と、小柄な男は指をさす。男たちは、その小柄な男の指示を受け、懐からナイフを取り出した。五人のうち二人は魔導士らしく、詠唱を唱え始めたのだ。小柄な男が応戦したら……と思ったが、その男は身をひるがえすと、どこかに消えてしまった。ただの指示役だったか。だが、それにしてはただならぬオーラを放っていた気がするのだ。しかし、こちらからしたらそれは幸運なことで、あの男とを相手しないのであれば話は簡単になる。


「アイネ、後ろに下がってて。防御魔法で流れ弾は防いでほしいのと、絶対に今いる場所から動かないで」
「は、はい。でも、ニル先輩は?」
「大丈夫。俺はこれくらいの相手ならどうってことないから」


 俺は、アイネを安心させるように微笑むと、その視線をすぐに男たちに向けた。
 男たちは、自分たちが舐められていると悟ったのか、一斉に俺に襲い掛かってきた。沸点が低くて助かる。これくらいの煽りで血管を浮きだたせているんじゃ、刺客には向いていないだろう。
 俺は、相棒の剣を鞘から引き抜き、構えた。詠唱によって生成された魔法陣は明らかに攻撃魔法のものだった。


「ニル先輩!」


 アイネが叫ぶのと同時に、詠唱を唱え終わった二人の魔導士は俺に向かって魔法を放つ。飛んできたのは青い火球だった。


(なるほど。魔法のレベルは高い……か)


 一つをよけ、俺はもう一つを斬撃で消し飛ばした。
 魔法は切れないわけじゃない。だが、そんな芸当できる人間は多くない。まあ、俺は死に物狂いでこの技術を身に着けたわけだが。何よりも父がそれを得意としていたから、それくらいできなければと思ったのだ。今だって、百パーセントまで精度が上がっているわけじゃない。よくて、九十九パーセントくらいだろう。
 男たちは、俺が魔法を斬撃で消し飛ばしたことに驚いているようだった。どうやら、俺のことを舐めていたようで、目つきが変わる。焦りの色が見えた。
 だてに、皇太子の護衛を何年もやっているわけではない。

 身に着けた技術は、全部セシルを守るためのもの。春に痛感した、自分の弱さや、弱点を鍛え上げて、さらに長所を伸ばすことに徹底した。休日に戻っては、父に稽古をつけてもらい、ヘロヘロの状態で学校に通うなんてことはざらにあった。でも、その疲労をセシルの前では見せなかった。弱い姿をセシルに見せることはしたくなかったから。それだけじゃなくて、彼の隣に並んでも誇れる自分でいたかったから。
 セシルのためなら、俺は自分の限界を越えられる。それくらい、守りたい人なのだ、セシルは。

 男たちの隙をついて、俺は一気にやつらとの距離を縮める。刺客だから、それ相応の痛みは受けてもらうつもりだが、情報を吐かせなければならない。殺しだって本当はしたくない。俺は、気絶程度に収めようと、男たちに剣をふるう。しかし、その攻撃はすれにかわされた。


「……っ!」
「ニル先輩!」


 アイネの叫び声がする。俺は、背後からの気配に気づいて、すぐに避ける。間一髪のところで避けることができたが、はらりと自分の髪が宙を舞う。どうやら連携技にはたけているらしい。
 鬱陶しいほどに素早くて、そして連携の取れた相手をアイネを守りながら一人。舐めていたのはこっちだったかもしれないと、強く剣を握りなおす。だからといって、このままアイネを連れ去られるわけにも、負けるわけにもいかなかった。

 もう少しで、次の試合が始まる。そしてその次に俺はセシルと当たるのだ。体力のない状態でセシルと戦いたくない。そのための体力を残しておかなければならない。セシルとは本気で戦いたいから。


(俺の願望は二の次……今は、ただこの場を)


 そんな少し未来の願望よりも目先のことに集中しようと思った。それが今、俺が騎士としてすべきことだから。
 間違っていない。自分のエゴを押し殺してでも、騎士としてすべきことをなせと。


「大丈夫、これくらい。ただ、ちょっと鬱陶しいなあ……誰に頼まれてきたか知らないけど、巻き込まないでほしいよね」


 自分でも驚くくらい低い声が出る。怒りににじんだ地響くような声。
 アイネは巻き込まれ体質だから、主人公だから、守ってあげなくちゃいけない存在だから。でも、俺は彼の攻略キャラじゃないし、守る必要はない。でも、上級生として、騎士としてそれは自分の流儀にかける。騎士魂というべきか。彼は俺の本来の主人じゃないけれど、それは関係ない。弱きものを助けるのもまた騎士だ。

 男たちは、俺の変化に気づいたらしく低く体制をとった。いつ飛び出してきてもおかしくない状況。
 そして、俺は一つ彼らの弱点に気づいた。弱点というよりかは、俺を舐めている一つの指標となるものに気づいたのだ。


(ああ、もう使いたくなかったんだけどさあ……!)


 それでも捨てきれない、セシルとの試合。エゴを捨てろとはよく言ったもの、全然捨てきれていないのも事実。
 去年の悔しさ、そしてセシルと最高の舞台で戦える楽しみ。いろんな気持ちは混ざり合って、気持ちを高ぶらせて。本来であれば、とっくに会場入りしててもおかしくない。

 時間をかければかけるほど、俺はその舞台に立てなくなる確率が高まっていく。だからといって、次の試合に響くようなことをすれば、それこそ本末転倒だ。だからこそ、奥の手は取っておきたかったが、試合に出られないほうがつらいので、使わざるを得なかった。

 ふぅ……と息を吐けば、周りの空気が凍てつく。ピキパキと、周りの空気が目に見える形で結晶化していく。初夏に近づいているのに、氷点下ほどの寒さが俺を包んでいく。
 男たちは、まずいと思ったのか、俺が何をしようとしているのか考えずに突っ込んでくる。
 訂正――やはり、あいつらは戦闘に慣れていない。技術だけの三流。


「ニル先輩危ない!」


 心配には及ばない。
 アイネの声を背で受けながら、俺は地面に剣を思いっきり突き刺した。刹那、空色とも青色ともいえるような魔法陣から氷が生成され、とびかかってきた男たちを包み込む。氷の柱となって地面を伝いその範囲を広げ襲い掛かる。魔法陣から飛び出した氷の柱に少しでも当たれば、そこから凍ってしまうのだ。
 男たちは目を開けたまま氷漬けになった。何かを思うその時間さえ与えられず、静かに氷漬けになったのだ。もはや、動くことも何かを思って口を動かすことすらできない。
 残った氷はパラパラと霧雨のように降り注ぐ。ダイヤモンドダストのような美しい氷が雫となって解けていくのだ。
 芸術品として飾れないような刺客の氷漬け。俺の身体は、冷え固まって、頬に少し氷が張り付いている。久しぶりに使ったが、やはり自分にかえってくるものが多いようだ。この奥の手を使った反動はすぐにも自分に返ってきた。指先の感覚がない。心臓が冷たいものに圧迫されているようだ。

 あっけにとられたようにアイネは口を開いていた。そして、はじかれたように意識が戻ると、俺のほうに近づいてきたのだ。


「あ、あのニル先輩……!」
「ん? ああ、大丈夫……って、どうしたの?」


 アイネのほうに体を向ければ、彼は震えながらこちらに近づいてきて、そっと俺の手を取った。うるんだ瞳を見ていると、どのルートだったか忘れたが、あるスチルを思い出す。攻略キャラだったら、かわいい、とか庇護欲に駆られてコロッと落ちるかもしれない。でも、俺はただ、彼を守れたことに安堵していた。


「ニル先輩、魔法……ですか」
「え、ああ、うん。そうだね。魔法……そっか、俺が魔法使えるって知らなかったのか。いや、使えるんだけどね、騎士科だから、普段は使わないから……あー、うん。あまり得意じゃないけど」
「すごいです……あんな広範囲の攻撃魔法」


 と、アイネはさらに俺の手を包み込んだ。冷たくなった俺の手は、アイネの体温によって温められていく。なんだか不思議な感覚だな、と思いながら俺は解けていく氷を見つめていた。

 騎士科だから、あまり魔法は使わない。
 だからといって、魔法を使わずに生活しているわけでもないし、どちらも均等に使えたほうがいいに決まっているのだ。俺は、そのバランスがとれていて、自分でもいうのは何だが、魔法科に入学していたとしてもそれなりの成績は収められたと思う。
 ただ、先ほど使った魔法は、自分の身体さえも凍らせてしまう代償ありきのもので、奥の手として普段は使わない。早く終わらせたかったというのもあるが、今だって、アイネに温められているとはいえ、指先の感覚がほとんどない。
 攻撃魔法の中でも殺傷能力と拘束力を持つ氷魔法。それをここまで使いこなせる人間はそうそういないだろう、とアイネの見解ではそうなのだろう。自分でもわかっている。


(寒い……痛い……痛い、痛い、痛い)


 本当は倒れそうなくらい寒かったし、痛かった。

 いつだっただろうか。まだ魔法が発現してすぐのころ、セシルが襲われて、その際に付け焼刃の魔法で刺客を撃退したことがあった。けれど、先ほど使った魔法は、子供の身体には有害すぎるもので、そのときも何日か寝込んだ気がするのだ。で、セシルに怒られた記憶がある。あの時も「死ぬな!」とめちゃくちゃに頬を叩かれた記憶が残っていた。
 今思えば、いつも死に際にいるのが俺で、死にキャラと言われているも納得がいく。それは、ゲームの説明にはなかったはずだが。
 体は冷たくて、何よりも心臓に氷を当てられているようで激痛が走っている。立っているのもやっとだが、ここで倒れたらアイネを心配させると、俺は自分を奮い立たせた。せめて、倒れるなら人のいないところで倒れなければ。騎士の名折れだ。
 ふぅ、と吐く息はまだ白かった。けれど、慣れたポーカーフェイスでアイネのほうを見て微笑む。ポッとアイネの顔が赤くなるのが分かった。


「まあ、ね。アイネは怪我無かった?」
「は、はい。ニル先輩が守ってくれたので……ニル先輩、手、冷たいですね」
「魔法の反動だよ。もう少ししたらいつも通りの体温に戻ると思う」
「術者にもダメージがいってしまう魔法ですか? それって、危険なんじゃ」
「うん。まあ、でも気にしないで。アイネが無事ならそれで……」
「……でも、ニル先輩……ありがとうございます。僕のために」


 心配させないために動かない手を動かそうとすると、視界の端にアイネのキラキラと輝く表情を見てしまった。顔を紅潮させ、見惚れているようなそんな顔で――
 ピコン、と聞きなれない機械音とともに俺の目の前にシステムウィンドウのようなものが現れる。この間までは”貴方は攻略キャラではありません”だの書いてあったのに、手のひらをくるくると返したように、その文字は俺に残酷な言葉を突きつける。


『ニル・エヴィヘット 攻略キャラとして新たに加わりました』


(は、はああああああ!?)


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