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第1部3章 学園生活のイベントにはトラブルがつきもの

06 まあ、そりゃ巻き込まれますよね

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 一時でも、護衛していた相手が危険な目に合うなんて、目の前で攫われるなんて、騎士としてあるまじき失態。
 俺はすぐに戻って、鞘から剣を引き抜く。魔法陣にも必ず欠陥があり、そこをつつけば壊れることを俺は知っていた。簡単に破壊できるものではないが、何度か試して壊したことはあるので、できるだろうと剣を思いっきり黒い魔法陣に突き刺す。すると、ガラスが割れるようにパリン、と黒い粒子となって魔法陣が粉々に砕け散ったのだ。うまくいったと、一息ついて、俺は剣を鞘に戻す。


「今のは?」
「空間転移魔法……転移魔法の一種だよ。あのままいたらアイネはどこかに飛ばされていただろうね。おそらく誘拐目的」


 だが、アイネを狙ったというような証拠はない。しかしながら、こんなところにそんな物騒とは言えずとも危険な魔法を放置する生徒がいるはずもない。そもそも空間転移魔法というのは、簡単に習得できるものではなく、それこそ宮廷魔導士や、皇宮で働く者たち、上位貴族たちのわずかが使えるものだ。ちなみにセシルは使えるが、俺は使えない。
 簡単に破壊できたものの、その強度は決してもろかったわけでもなく、壊せたのは奇跡だった。五分五分。それでも何とか破壊できたため、アイネが飛ばされることを阻止できたわけだが、こちらとしてもまだ心臓がバクバクといっている。魔法陣の色は、その人間の魂の色が浮かぶらしい。また、感情に左右されて濁ることもある。だから、黒なんていう色は最悪だった。悪意ある魔法だと、俺は恐ろしくなる。そこまで知識のないアイネは、とにかく誘拐されそうだったという事実におびえているようだった。


(すでに、侵入されているってことか……)


 転移魔法は簡単には使えない。だがそれが使える魔導士が近くにいたとしか思えないのだ。ということは、すでに内部に潜入している可能性が高かった。しかも、この大会を狙って。警備が会場周辺に集中するため、こちらの警備は手薄になる。もちろん、重要書類などが保管されている教室や職員室の施錠はそれはもうきっちりとされている。それは、貴重品が置いてあるであろう寮内も一緒……なのだが、寮の廊下までは手が行き届いていない。それなりの防御魔法や、災害に備えた作りにはなっているが、まさか寮内の廊下にトラップとして転移魔法が仕掛けられるなんて想像しないだろう。


「で、ごめん。これを先に聞くべきだった。大丈夫だった?」
「はい。ニル先輩が助けてくれたので」
「でも、すごいね。ちゃんと防御魔法を唱えていたみたいだし。もしかして、こういう目にあったことある?」


 不謹慎だな、と思いながらも慣れたように魔法を妨害する防御魔法を唱えていたし、ただものじゃないなと思った。主人公だから、こういう目にあうことはしばしば……とは思っていたが、そこに遭遇するとは思わなかった。だが、まだ物語が始まって一か月ちょっとしか経っていない。しかも、攻略キャラがいないときに……


(イベントじゃないなら、本当に命を狙われていたってことか……)


 主人公とはいうものの、特待生でありそして特異な魔法を持っているため他の人間から狙われていた、という描写はゲームの中にあった。なので、例え攻略キャラがいなくとも彼はイベントとしてではなく日常的に命を脅かされているのだと俺は思った。溺愛ひゃっほーなBLゲームではなく、主人公にとっては危険の付きまとうハードモードだと。そう思うと、同情の色が濃くなって、守ってあげたい気分になる。
 そんな、アイネは首を横に振って、これが初めてだといった。田舎の家にいたときもないと。だが、孤児院にいるときに何度か魔導士のような服装の男たちがやってきたといっていたので、そいつらかもしれないといっていた。それが、魔導士の服だったのか、騎士服だったのかあいまいだ、とアイネは言ったうえで、もう一度俺にありがとうと感謝の言葉を述べる。


「やっぱり、二人でいたほうがよさそうだね。君を一人にしておくのはなんか怖い」
「ありがとうございます。ニル先輩がいてくれると心強いです」


 そういったかと思うと、ぎゅっとアイネは俺に抱き着いてきた。二人でいるとは腕を組んで歩くということではないのだが。無意識だろうか。本当に怖くて抱き着いてしまったのか。さすがに引きはがすのもかわいそうだと思い、俺はアイネの頭を撫でた。フワフワとした亜麻色の髪は光を帯びると、まるで天使の輪のような美しい輝きを見せる。


「髪の毛まで綺麗なんだね」
「へ……?」


 と、つい口走ってしまう。すると、アイネはぎょっとした表情を見せてから嬉しそうにえへへと笑った。その顔はまるで恋する乙女だった。ちなみに俺はしょっぱい顔をしていたと思う。そんな言葉を言うつもりはなかったからだ。
 顔はかわいい、まだ幼さが残るあどけない顔立ちで。くりくりとした瞳に、ふわふわとした髪。綿毛のような存在だと思ったのだ。そんな綿毛にかわいいとはおもいつつも、惚れているわけでは決してなかった。だから、俺は攻略キャラじゃないし、対象外だし。主人公が俺に惚れても、俺が好きなのはセシルだし。そう、思わず頭を抱えそうになってしまうが表に出すことはなかった。


「俺の……いや、アイネの部屋に行こう。部屋の中なら安心だろうし」
「そう、ですね。そういえば、ニル先輩は誰と相部屋を?」
「ああ、俺はセシルだよ。俺は、セシルの護衛だし。四六時中ずっといる感じだよね」


 自分の部屋に連れて行こうとしたところを俺は慌てて気づいて言い直した。いくあらアイネが危険に巻き込まれやすいからといって、ここから俺の部屋までは距離があるし、何よりもセシルと二人きりの空間に彼を入れるのはどうしても嫌だったのだ。だが、気づくまではふら~とした気持ちで俺の部屋、と言いかけてしまったため、やはりアイネには主人公として何かもっているものがあるのではないかとすら思う。
 俺は、アイネに腕を絡まされながら、彼の部屋へと歩く。あと、一歩、二歩といったところで、俺はまた違和感に気づいた。部屋に入るのが先か、それとも――


「……ッ、間一髪。アイネ、今すぐ部屋に……!」


 飛んできたナイフを弾くことはできなかったため、アイネの頭を庇いながら俺は彼を押し倒す。間一髪のところで飛んできたナイフを交わすことができ、その投げナイフは、俺の肩すれすれに突き刺さった。
 先ほどまで気配などなかったものたちが、陰から現れる。前と同じ、黒衣に身を包んだ男たちだった。


(セシルを狙ったのと、違う……よね。だって、セシルとアイネは全く関係ないんだから)


 黒い服を着ているのは、闇に紛れるためであり、自分の正体を認知させにくくするためだ。
 男たちは、軽装ではあったもののそのマントの下に何を隠しているかはわからなかったため、俺は油断できないと、アイネに腕を話すよう言って剣を引き抜く。ざっと見た感じ四人。アイネを庇いながら戦うのは少々難しそうだが、守ると決めた手前それを守れなければ騎士として失格だと、俺は自分を奮い立たせる。


「アイネ、俺が守るから……絶対」
「……は、はい!」


 そう言っていればかっこいいが、少し不安はあった。


(セシルなら……)


 セシルが刺客に襲われたときは、必ず彼もいっしょに戦ってくれる。背中を守ってくれる。守るべきはずの相手は、俺と戦ってくれる相棒でもあって。だからこそ、今俺の背中にいるのはただ守るべきか弱い対象。
 俺は、セシルと一緒に戦うことに、背中を預けて戦うことに慣れすぎてしまっていた。だから――


(でも、一人でも……)


 ぐっと剣を握る手に力が入る。透明な青い剣は光を帯びて乱反射する。
 どこからでもかかってこいと、俺は四人を睨みつけたが、四人の内の一人が呪文を唱えると一斉に残りの三人も呪文を唱え始めた。


(魔導士、四人は辛いだろ……!?)


 どんな魔法が放たれるかはだいたい予想はついても、すべてを防ぐのは至難の業だ。アイネに気を使いつつ、魔法を。集中すれば、切れないわけではないが、それでも取り残しが出てきそうだった。やるしかないと、来る衝撃に備え、俺は低く体勢をとる。そして、現れた濁った色の魔法陣から風の魔法が繰り出された。比較的早く詠唱が唱えられて、それなりに殺傷能力のある攻撃魔法だ。何よりも、魔法の形をとらえるのが難しい。
 俺は、見極めて、二つ、三つとそれを相殺するが、もう一つだけは間に合わず、受ける覚悟で剣を構えた。だが、後ろでぼそりと何かをつぶやいたアイネによってその最後の魔法は俺に当たらず、アイネが作った魔法に吸い込まれていく。見えない盾というべきだろうか。防御魔法の一種だろう。


「ニル先輩だけに、負担させませんから!」
「頼りになる、後輩。気に入ったかも」


 次の攻撃が放たれ、俺はアイネが取りこぼした分を防いでくれるのをいいことに、四人目の魔導士の魔法に集中する。あの四人で全員ではないはずだと、俺は考えていて。気配を探る。


「こっちから仕掛けても……」


 思った瞬間だった。カチッと足元で聞きなれた音がした。見ればやはりそこには魔法陣が浮かんでおり、四人のうちの誰かが作ったものだとすぐにわかった。魔法を打っているように見せかけて、その隙に誰かが転移魔法を作ったのだ。俺はそれをすぐに破壊しようとしたが、他の三人がまた一斉に攻撃を仕掛けてきたため、それを一つ、防いで、二つをアイネがふさぐ。そうでもしなければ防ぎきれなかった。そのうちに俺たちの体は魔法陣の光に包まれ転移を始める。どこへ飛ぶのかは全く想像がつかず、してやられたと唇を噛むしかなかった。
 せめてアイネだけでも逃がせればと思ったが、すでに魔法をキャンセルすることはできなかった。
 アイネを見捨てて逃げればよかっただろうか。そう一瞬でも思ったが、これは正しい行動だったんだと俺は思うことにして、忌々しく、そして殺意を込めて俺は黒衣の男たちを睨みつけた。


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