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第1部3章 学園生活のイベントにはトラブルがつきもの
03 大会スタート
しおりを挟む華やかなファンファーレ。闘技場の空には色鮮やかな花火が打ち上げられ、お祭り気分は一気に増す。
会場はまだ始まってもいないのに、開会式の催しパレードだけでもかなりの盛り上がりを見せていた。これも、商業科によるサプライズの一つで、マーチングバンドや、ダンス、そして、魔法を使ったイリュージョンなど、様々なパフォーマンスが披露されている。
伝統行事ではあるが、生徒にとっては祭りの一つでもあるため、露店も闘技場の外に会ったりする。とはいえ、伝統行事であり、ぶつかり合うのは熱い騎士と騎士、清く洗礼された魔導士と魔導士。己の尊厳と、実力を発揮する場であり、真剣勝負。それを賭けごととして扱うのはどうかと思うが、とにかく出場選手たちはみなやる気に満ち溢れていた。その中には緊張のあまり顔が青いものもいたが、年に一度暴れられる人いうこともあって脳筋どもはこれでもかと自慢の筋肉を見せびらかしている。
「今日は寝不足じゃないか?」
「もう、気にしすぎ。大丈夫だよ。こんな日に限って、寝不足だったら、どうしようもないでしょ」
「そうか。俺もぐっすり眠れたぞ」
「知ってる。横になって秒だったもん」
校内の訓練場が使用禁止時間になるぎりぎりまでセシルは剣を振っていた。もちろん、俺もそれに付き合って剣をふるっていたが、彼と手合わせはしなかった。それは準決勝で当たると見越して、あの場で戦うことを楽しみにしてのことだった。
そんなぎりぎりまで剣をふるっていたが、程よい具合につかれて眠ることができたし、緊張や興奮で眠れない、途中で起きるということも全くなかった。健康体だな、と今日はセシルに勝てそうな気もする。
トーナメント表を確認したところ、確かに一年生と当たることにもなっていたが、二年生の中にも知らない名前があり、それがもしかしたらゼラフのいっていた骨のあるやつなのだろう。基本的に、名前だけが書かれており、名前が被っている場合は出席番号が隣に学年と出席番号が書かれている形になっているので、家名まではわからない。これは、家名を見て怖気づかないようにという配慮らしい。とはいえ、セシルはセシルしかいないので、名前を見て震え上がっている生徒は何人かいた。
隣で呼吸を整えている、その恐怖であり最強の象徴であるセシルはそんなこと考えることもしないだろう。
「やる気だね」
「当たり前だ。ニルと戦うためには、勝ち上がらないといけないからな」
「そうだね。あの特待生にいいところみせなきゃだもんね」
「何を言っているんだ?」
と、セシルはきょとんと俺のほうを見る。
ちょっと茶化してやろうと思っていったのに、全く身に覚えがないとでもいうようにセシルは俺の顔を見つめるのだ。いつもよりびしっと決めているのは、アイネが観客席にいるからなんじゃないかと思ったが、どうやら違うらしい。
「え、ほら、じゃないの? 最近仲いいみたいだし」
「別に仲は良くないだろう。あっちが、勝手に俺を見つけて話しかけてくるだけだ」
セシルは迷惑そうにそう言うとため息をついた。
それが取り繕っているように見えなくて、本当にそう言っているようにしか見えず、俺はますます混乱した。大会が始まる前にこんなことで心を乱されていてはいけないのだが、それくらい衝撃的だったのだ。アイネと話しているセシルは俺の目には楽しそうに映っていたから。もし、それが俺の勘違いだったとしたら。
しかし、変な警告表示と、セシルがアイネの相席を許したということもあって、俺はてっきり主人公はセシルルートに突入して、セシルもアイネに気があるものだと思い込んでいた。だが、それがどうやら違うらしいのだ。
俺が一人頭を抱えていると、セシルは優しく俺の手を握った。最初は、騎士科の四年生から入場する。次に三年生と、俺たちの番はすぐに回ってくる。だから、列を乱してはいけないのだが、いきなり触られてしまい、身体がビクンとはねる。咄嗟に彼から離れようと、列からはみだしそうになったが、セシルは俺をぐっと自分側に引っ張った。
「何?」
「もしかして、妬いていたのか?」
「や、焼く? 何を焼くの? 芋?」
「違う。妬くとは……嫉妬だ」
「しっとりとした、芋?」
「芋から離れろ」
セシルはうんざりとした様子でそういうと、握っていた手を一瞬離して、するりと、俺の指の隙間に自分の指を絡ませた。いわゆる恋人つなぎ、俺の心臓はバカみたいに跳ねる。セシルの理解不能な行動に俺はたじろぎながら、どうしてそんなことをするんだと彼の顔を見れば、そこにはまっすぐと俺を見る夜の瞳があった。その瞳に見つめられれば吸い込まれそうになって、抵抗する意思もなくなる。
そこで、ようやく、彼のいう妬く、嫉妬の意味が分かった気がした。
「んん……だから、嫉妬していたのかと聞いている。ニル」
「だ、誰にさ。別に、嫉妬なんて」
「じゃあ、なんだ。この間から変だぞ。あの特待生の話をすると機嫌が悪くなる。そうでなくとも、最近お前は機嫌が悪い」
「機嫌が悪い人間に機嫌が悪いっていうのは酷いと思うよ……はあ、まあ、そう君が思うなら思えばいいよ」
「ニル!」
グッと、力を入れられ、俺は痛みに顔をしかめる。いつもなら気付いて謝ってくれるはずのセシルは、それに気づいていないようで俺を見つめ続けていた。
痛いといったら離してもらえただろうか。だが、怒りたいのはこっちなのに、怒っているセシルを見ていると、こっちもムキになって睨み返してしまう。大会前に、こんな乱れたくなかったのに、全部セシルのせいだ。
「ああ、もう! そうだよ。嫉妬してたんだよ。セシルが、あの特待生と仲良くしてるから!」
「じゃあ、こっちも言わせてもらうが。お前は最近、俺の言葉を無視するし、ヴィルベルヴィントと仲良くしているだろう!」
「あれが、仲良く見えるほうが異常だよ!」
こっちは、ゼラフにセクハラされているっていうのに、それに気づかないセシルもセシルだ。しかし、尻を触られているなんて言ったらセシルがまたゼラフに殴り込みに行きそうで言えなかった。というか、恥ずかしくて言えない。
二人とも息が上がって、睨み合って、冷静さを失う。ここで何を言っても、ヒートアップするだけだと思った。もとはといえば、俺が吹っ掛けたものである。火の後処理をするのは俺の役目だ。
「……いいよ、俺が嫉妬してたってことで。ゼラフのことは関係ない。あっちが勝手に絡んできただけだし。恥ずかしいだろ、嫉妬してたなんて。別に、俺は……」
「嬉しいが」
「うれ……何?」
セシルがとられそうだって、主人公のことを好きになっちゃうんじゃないかって怖かった。そんなこと言えなかったけれど、それを嫉妬だと断定された以上は隠せないと思った。そして、嫉妬した自分の心の狭さを情けなく思ったのだ。
意気消沈としていれば、セシルは、嬉しい、なんて一言言ってぱっと手を離した。聞き間違いかと思って顔を上げると、セシルは自分の口元を覆って視線を漂わせたのち、俺のほうを見た。
「だから、嫉妬してくれたことが嬉しいといっているんだ。俺が他の男にとられそうだったから、妬いていたんだろ? それは、その、喜ぶべきことなんじゃないか?」
「待って、セシルわからない。というか、冷静に何分析してるの?」
意味が分からない。嫉妬されてうれしいなんてそれは、好きな相手にされてうれしいランキング上位に入ることじゃないだろうか。
セシルが、俺が他人に嫉妬して嬉しいなんて。
点と点が線でつながらない感覚だった。どう反応していいものかわからない。ただ、口元を覆っていた手を下ろしたセシルの顔は、それはもう幸せそうに緩んでいた。そんな顔、誰にも見せたことないだろうに。
「嬉しいって、俺が嫉妬して?」
「ああ」
「なんで? 醜いだけじゃん、嫉妬って。それに、そもそも、セシルは俺のことどう思って……」
「どう、思って?」
「いや、忘れて……うん、何でもないから」
「ニル、言ってくれなきゃわからないだろ?」
「言わせようとしてる? ……いいよ、別に、忘れてよ」
答えが聞けるなら聞きたいと、踏み込んでしまった。こんな大事な試合の前に聞くものじゃない。わかっていても、口から出た言葉を撤回するには遅かった。そして、行き過ぎたと結局言い直して。目の前でセシルの眉がグッとはの字に曲がったのを見てしまった。
忘れてって言ったことに、傷ついているように。
(言わなきゃわからないだろって、言わなくてもわかれよ。俺の変化に気づける親友なんだろ、セシルは)
こういうときに、天然を発動しなくていい。察しの悪いふりをしなくていい。ふりじゃなくても、気づいてほしい。俺も相当わがままだな、と笑ってしまう。
「ニルは最近、俺に言わなくなったからな。隠し事が多い気がする」
「そういうセシルは相変わらずだね。別に、それが悪いって言ってないけど……セシルらしいっていうか。だから、セシルっていうか」
「そうか。ニルも変わってないな。俺が好きって」
「…………ええっ!? まって、え、何で好きって」
バレた? いや、そんなはずない、と俺はバクバクうるさい心臓に手を当てる。こんなところで? と、さっきは察してくれとか都合のいいこと言っていた頭が混乱する。
だが、俺が思っているようなことを、セシルが思うはずもなかった。多分。
「だって、ニルは俺のこと好きだろ? ずっと一緒にいて。俺も好きだからな。ニルのことが」
「あ、ああ、そういうこと。その親友として」
あはは、とごまかすために笑って、俺は頬をかく。
早とちりしたな、と思いながらも純粋な『好き』の言葉に違う意味で、心臓がはねる。何にしても、その言葉は特別なのだ。
だから、俺も照れ隠しのつもりで、この流れで『好き』と伝えられたら、と乗じる。だが、その言葉はうまく喉から出てこなかった。
「お、俺も、セシルのこと……」
続いて、三年生の入場です、とアナウンスが鳴る。遮られた言葉。行かなければならないと、皆列を正す。俺も、後ろに睨まれて列に並びなおすが、セシルは俺の隣で、嬉しそうに頬を緩めたままだった。その顔で入場してほしくないものだが。
またモヤモヤとしたものが残ってしまった。アナウンスが入らなかったら言えただろうか。その滝の会話で、セシルから答えはもらえたのだろうか。その答えが、望まないものだったら俺は気持ちが沈んでしまっただろうか。
いろいろと考えては、砂のように消えていく。考えても仕方がない。だって、セシルは俺のことを”親友”だと思っているはずだから。だとしても、先ほどの嫉妬が嬉しいという言葉はその”親友”という関係では出てこないはずなのだ。矛盾点がありすぎる。
(俺も、セシルのこと好きだけど……さ)
主人公が出てきて、不安になった。
それまでは、二人の学園生活だった。俺は前世の記憶が戻った地点で余命一か月だと思っていた。その運命を乗り越えて、本来生きていないはずのこのときを生きている。彼の隣にいられるだけで十分だったはずなのに、いるからこそ彼の心までほしくなる。今の関係で満足できなくなる。積年の思いは、友愛から恋愛感情へと変わってしまった。
この人たらしが、俺を勘違いさせるから。
その『好き』は特別だけど、そういう『好き』じゃないだろうから。
一歩、一歩と進んでいく列を俺は目で追いながら足を進める。気を引き締めなければ、と思いながらもちらりとセシルのほうを見る。すると、セシルはずっとこっちを見ていたのか、彼の瞳とあってしまった。まずい、と目をそらそうとしたものの身体だけが前に進んで、彼から目を離せなかった。そして、セシルはにこりと笑って口を動かした。
「ニル――――」
「……セシル、なんて?」
騎士科入場の拍手はセシルの声をかき消した。屋内から、闘技場の中心へと出れば、その眩しさに目がくらむ。騎士科、魔法科と入場が終わり、開会宣言がされる。
「これより、騎士科、学科別剣魔大会によるを開催する」
開会式のセリフに拍手が起こる。
「ニル」
「何、セシル。開会式中」
「頑張ろうな。準決勝で会おう」
「…………誰に言ってるの。こっちこそ。負けないでよ。セシル」
いつもの関係に落ち着いて、俺たちは周りにばれないようにグータッチする。先ほど何を言ったか、聞くような余裕はなく、すぐにも、大会が幕を開けたのだった。
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