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第1部3章 学園生活のイベントにはトラブルがつきもの

01 主人公と攻略キャラと死にキャラの俺

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「Aランチを二つ。あー、パンにつけるジャムはブルーベリーとバターのを。あと、ババロアと今日の一品もつけてくれ」
「よく食べるね、セシル」
「お前が食べなさすぎるだけだ。ニル」


 昼間の食堂は込んでいる。

 授業終わりにダッシュしても行列ができており、特にランチメニューは並んでいても完売するものがあるほど人気だ。今日も運よく並べ、日替わりのAランチを頼むことができた。それにセシルはババロアと今日の一品であるサーモンのカルパッチョサラダを注文していた。一品と言いつつもかなり量があるのでよく食べるなといったのだ。そして、セシルの甘党が注文から伝わってくる。
 俺は、セシルと同じランチに、オレンジジュースをつけてもらっただけで、決して少なくはない。それに、食べてもあまり肉がつかない体質でもあるので、無理に食べてお腹をやるよりはいいだろうと思う。
 父は二メートル近い大男なのだが、俺は母に似たのかスレンダーだ。セシルの筋肉に常に嫉妬しているといっても過言ではない。それに、魔法科のあの赤髪も、魔導士を目指しているはずなのに体格もよくて筋肉もついていた。筋肉がついていないわけじゃないし、筋肉量が少ないわけでもない。ただ、そういう体格差、筋肉量によって扱える剣は変わってくる。そのため、俺は重量のある剣ではなく、軽量で自分の体格、素早さを底上げできる剣を使っているのだ。


(あと、すぐにお腹いっぱいになっちゃうんだよな……)


 俺たちはランチをもらって席を探した。
 かなり席は埋まっており、二人で座れる席は限られていた。だが、ちょうど食べ終わったのか大人数が席を立って去っていく。


「セシル、空いた。あっち行こう」


 俺はトレーの上に乗っている料理がこぼれないようにと席に向かって走る。これも運よく、誰も座る前に席をとることができ、俺はトレーを机の上に置いた。


「そんなに焦らなくてもよかったんじゃないのか?」
「席とれなかったら、俺、セシルと別々に食べなきゃいけないじゃん。だから」
「……っ、そう、だな。俺も一人で食べるのはさみしい」


 そういって、セシルは俺の隣に腰を下ろす。
 目の前は空席だった。誰かが座るかもしれないが皇太子とその護衛の前に座ろうと思う人がどれくらいいるだろうか? こういうとき、セシルは決まって俺をカウントしなければ、ボッチになる。
 同じ学園で過ごす学友であることは確かなのだろうが、やはりセシルは皇太子という身分であり、周りからしたら恐れ多いのだろう。セシルに話しかけるのはハードルが高すぎる。もし、俺が他の生徒の立場だったら絶対にそうする。
 だから二人で座ってしまうと、周りに誰も寄ってこなくなるのだ。
 それも見慣れた光景になり、俺たちはランチが冷めぬうちに食べてしまおうとフォークとナイフを手に取ったときだった。目の前の椅子がひかれ、ガサッと茶色い紙袋が置かれたのは。


「いいよな。席、空いてんだから」
「ぜら……っ」
「ゼラフ・ヴィルベルヴィント!」


 やはり目の前に座ったのは、見間違うことなきゼラフ・ヴィルベルヴィントだった。
 セシルは、嫌いな人が来たときの犬のような反応を見せて威嚇している。そんな威嚇など、この男に通用するわけがなく、フンッとゼラフは鼻を鳴らして頬杖をつく。
 俺は驚きはしたが、意外と落ち着いていた。というか、もう「はいはい、そうですよねー」くらいに受け流すことにしたのだ。いちいち噛みついていてはどうにもならない。最近は、ゼラフは俺だけではなくセシルも巻き込んでちょっかいをかけるのが趣味になったみたいでたちが悪い。セシルもセシルで、過剰に反応するので、それがゼラフの加虐心をくすぐるのだろう。

 しかしながら、この間の睡眠不足のときの恩……ではある、恩はあるので彼を無下にできなくなったのも確かである。


「何しに来た」
「何しにって? ハハッ、ご冗談を、皇太子殿下。ただ昼飯食いに来ただけだぜ? 席が空いてたから座った。だめなのか? 席が空いてたとしても、皇太子とその護衛の前に座っちゃいけないルールっていうのがあんのか?」
「ない……が。お前がいると集中して食べることができない」


 セシルはゼラフに噛み付くように言ったが、完全に口で負けてしまい小さくなっていた。こういうのは、分が悪い。セシルは、口汚く罵るタイプでも、口で負かせるタイプでもない。
 だからゼラフなんて敵にした場合は、決まってセシルが負ける。

 俺はそんな二人に気を遣うことなく食べ進めた。
 ローストビーフに、温かいクルトン入りのコーンスープ、そしてパンにはバターとイチゴジャムをぬる。バターは温かいバケットにジュワッと溶けて、イチゴの果肉も流されるように垂れる。
 食べやすく一口サイズにカットしたローストビーフを口に放り込み、クルトンが舌の上でサクッとはじける。その柔らかい感触と程よい塩っ気を味わいながらコーンスープを口に運ぶ。甘い香りがする温かい液体が体を温めてくれ、ほっと一息ついた。

 そこで、ちらりと二人を見ていると、ようやく言い合いは終わったのか、セシルもゼラフも食事をとり始めた。
 ゼラフが茶色い紙袋から取り出したのはライ麦パンに具がぎっしりと詰まったサンドイッチで、厚切りベーコンにレタス、トマトとモッツァレラチーズがのぞいた。そのベーコンは焼け具合が最高で、肉汁をたっぷりと蓄えている。そこにレタスのシャキシャキ感、トマトとモッツァレラチーズのみずみずしさが合わさり、とても美味しそうである。


「ん? 食べてえのか。物欲しそうな目で見やがって」
「いや、別に……」
「遠慮すんなって。ほら」
「だから、いいって……んんんぐっ!?」


 半開きの口にぐっと押し込まれてしまい、俺は噛むどころか、そのまま飲み込みそうになってしまった。
 隣で、セシルの怒号が聞こえたが、俺は飲み込むことに必死で、セシルを止めることはできなかった。何とか、口からはみ出しつつも噛んで飲み込んで、オレンジジュースを口に含む。オレンジの味でほとんど相殺されてしまったが、サンドイッチの味はとてもみずみずしい野菜と、カリカリのベーコンがマッチしていてとてもよかった。
 ゆっくりと飲み込みながら、顔を上げると先ほど俺が食べたところから口をつけて、豪快に一口食べるゼラフの姿が見えた。あ、と俺がいう暇もなく、ゼラフはぺろりと口の周りを舐めとって、ニヤリと笑う。


「ハッ、間接キスだな」
「ヴィルベルヴィント、貴様――ッ!」
「ちょ、セシル。剣を抜くのはダメだって」

 
 なんとか、間一髪のところで、セシルを止めることができたが、彼の怒りは頂点に達していた。
 なんとなく予想はしていたが、それを回避できなかった俺も俺。ゼラフは、怒り狂うセシルを愉しそうに笑いながら見ていて、時々肩が揺れている。爆笑するのはさすがにこらえているようだった。


「セシル、子供じゃないんだから」
「ニル、だが…………わかった」
「何が分かったの?」

 
 急に落ち着いたと思ったら、セシルは座り直し、スッとスプーンを手に持つ。この状況で食事を再会するの? と思っていると、まだ手を付けていないババロアをスプーンですくうと、俺の前に持ってきた。


「な、なに?」
「…………あーんだ、ニル」
「へっ!?」


 今、なんていった?
 聞き間違いだろうか。いや、斜め前のゼラフも頬杖をつきながらその目を丸くしている。そりゃ、誰だってそうなるだろう。あのセシルが、帝国の未来を背負っている皇太子が「あーん」なんて。それはまるで、恋人に…… 
 差し出された、プルプルとしたババロアを前に、俺は口がパクパクと開閉するしかなかった。
 セシルから「あーん」されている。夢のようなシチュエーション。いや、意味が分からない。


(ぜ、ゼラフも見てるし。恥ずかしい、だろ。さすがに)


 それでも、彼の夜色の瞳の中に燃えていたゼラフへの対抗心をみたら、俺はその「あーん」を受け入れるしかないと思った。それで、セシルの気が済むのなら。
 俺は、落ちてきた髪を耳にかけて、おずっと口を開けて目を瞑る。


「あ、あーん……」
「……っ、ニル」

 自分でも、なんで口にしたかわからない。羞恥心は最高潮に達し、顔が真っ赤で爆発しそうだった。
 口の中に入ったはずのババロアは触感しかわからず味がしない。食堂のスイーツはレベルが高くて俺もよく頼むから、味がしないなんてことはない。
 ごくんと飲み込んで、俺はセシルのほうをゆっくりと見た。セシルも恥ずかしがっているかな? と思っていたが、彼の頬は赤く染まって、へにゃりとした緩みすぎた笑顔がそこにはあった。その顔に、またドクンと心臓がはね、下半身に熱が集まる。


(な、んて顔! 反則過ぎる……!)


 俺が、見惚れているうちに、セシルは自分でババロアをすくって、口に運んでいた。噛む動作は一切なく、ごくんと同じように飲み込んで、スプーンをトレーの上に置く。


「間接キスだ」
「間接キス……って、セシル!」


 真剣な顔で「間接キスだ」なんて言わないでほしい。 いや、耳がちょっと赤くなっているかもしれない。
 そんなことを思っていると、ふはっ、とまた斜め前から噴き出した笑い声が聞こえる。


「はは~ん、ほんと、わかりやすいよなあ。皇太子殿下は。だが、こいつの初めての間接キスは俺。んで、皇太子殿下は二番目。この差は大きいなあ~なあ? ニル」
「……俺を巻きこまないでほしいんだけど」
 

 クククと喉を鳴らして笑うゼラフに、セシルはぴきりと青筋を立てていた。せっかく、機嫌が直ったと思っていたのに、また。
 けど、俺はそんなことよりも、口の中にようやく戻ってきた甘みを舌で感じながら、唇に触れる。ゼラフのはなかったことにして、セシルとの間接キス。しかも、「あーん」なんて。
 思い出すだけで恥ずかしくて、心臓がドキドキと高鳴る。何よりもセシルの顔が、鮮明に頭に残って。


(本当に、セシル……君は、俺のことおかしくさせる)


 俺をどうしたいんだろうか。あれが、無自覚だったらいやだ。これで、親友とかいうのだろうか。
 わからなかった。でも、振り回されて、おかしくなっている自覚はある。俺も、そろそろ限界に近い。
 まだ、セシルはゼラフに噛みついているようで、やめなよ……と制止しようとしたとき、コトン、とゼラフの横にトレーが置かれた。


「あの、ここいいですか?」


 と、凛と鈴が鳴るような声が聞こえ、俺を含め三人の視線はその人物に注がれる。


(……アイネ)


 そこにいたのは主人公で、おずおずっとした感じに座るかどうか迷っている目で俺たちを見ていた。周りもさすがに動揺してざわつき始めた。いくら席が空いているからとはいえ、入学したての一年生が皇太子と公爵子息の間に割って入るのは、という目だった。 いくら田舎から出てきたとはいえ、あまりにも度胸があるというか、世間知らずというか。別に俺は問題ないのだが、アイネは周りの目が気にならないのだろうか。


「ああ、空いているから座るといい。トレーを持ったままうろつかせるのは申し訳ないからな」


 と、先に口を開いたのはセシルで、快くアイネの着席を促していた。外向きの笑顔を張り付けているな、と感じつつ、なぜ許したのかと俺はむすくれてしまう。だが、その理由はすぐにわかった。

 アイネは感謝の言葉を述べながら腰を下ろす。その席はゼラフの隣であり、ゼラフはわかりやすく嫌そうな顔をしていた。セシルもかなり陰湿だ、と俺は頬を引きつらせる。


「ありがとうございます。どこも空いていなかったので……それと、この間ハンカチを拾ってくれた方ですよね」
「ああ。そういえば、そんなことがあったな。制服をしっかり見ていなかったが、魔法科の特待生か。ヴィルベルヴィント、お前のところの生徒じゃないか。仲良くしてやったらどうだ」
「学年がちげえだろ」


 ゼラフは、めんどくさいといわんばかりに口をとがらせて、袋からサラダを取り出してそのふたを開けた。緑の中にトマトやクルトンといったものが混じっており、健康に良さそうな普通のサラダだ。

 アイネはセシルの言葉でゼラフが同じ学科だと気づいたのか、慌てて挨拶をしていたがゼラフは俺の皿にサイコロ状のニンジンを移動させていた。ニンジンが苦手なのかなんて新たな一面を知りつつ、俺は、あーとか、はーとか、口にしているゼラフとセシルを交互に見る。攻略キャラが目の間にいるのにアイネはもくもくと自分の食事を平らげていた。その度胸は、主人公らしい。
 だが、攻略キャラを前にしても動じないし、アクションを起こさないアイネには少し引っ掛かりを覚えた。
 それと、二人も全くアイネに関心がないようで、お互いにらみ合って食べている。そんなふうにご飯を食べてもおいしくないのにと、俺はオレンジジュースの最後の一滴まで飲んで息を吐く。
 

「あーお前、なんていうんだったか。一年坊」
「えっと、アイネ……アイネ・リヒトヤーっていいます。リヒトヤー男爵家の次男で」
「聞いたことねえ家門だな。まあ、いい。一年坊、三年の俺の隣に座る度胸はおもしれえから許してやるとして、そっちの銀髪は皇太子だからな? 無礼あれば、魔法科ともどもつぶれるから気をつけろよ」


 と、そこまで関心のなかったゼラフはアイネにセシルの正体について話した。アイネは田舎から出てきたためか、セシルの顔も、彼が皇太子であることも知らなかったようだ。ゲームでは確か、後からルームメイトに教えてもらって……という形だったはずだが、こんな形でセシルの正体を知ることになるとは。やはり、ゲームのシナリオからずれてきている。

 アイネはは驚いて立ち上がろうとしたが、座り直し、もう一度セシルに頭を下げた。


「すみません。皇太子殿下とは知らなくて……」
「まあ、そういうこともあるのか。だが、気にしなくていい。ここは学校だ。学校にいる間は俺も一人の生徒だ。そこまで気を使わないでくれ」
「で、ですが」


 アイネはまたおどおどとした態度でセシルを見る。セシルのこめかみがピクリと動いて、いらだっているのが見えた。机の下に置いた手が握り込まれているのも見え、これ以上いらだたせてくれるなよと、アイネを見る。しかし、アイネはセシルがいらだっていることには気づいていないようで、目を輝かせていた。
 セシルが、皇太子という身分であるがゆえに気を使われることを嫌っているなんてことは、彼のそばにいる俺くらいしかわからないことだろう。


「きれい……」
「は?」
「皇太子殿下と気付かなかったのは、本当に申し訳ないんですが、聞いて納得しました。その銀色の髪はダイヤモンドをちりばめたように美しいですし、その瞳も夜を閉じ込めたようでとてもきれいです」


 そういってアイネはへへっ、と笑った。
 見覚えのあるセリフに、俺はドキリとする。そして、ふとセシルのほうを見ると魔法にでもかかったようにアイネのほうをじっと見て「そうか」と一言いって結んでいた手を開いた。


(さすが主人公……)


 俺もセシルに何度も言っているはずの言葉をアイネがいっただけなのに。セシルがそんなにも驚いたような反応を見せるなんて思わなかった。見間違いだと思いたかったが、相手が主人公であることを踏まえると、見間違いではない気がしてならない。
 またズキンと胸の奥が痛む。俺は、気を紛らわすためにゼラフがよこしたニンジンをフォークで思い切り刺した。

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