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第1部2章 死亡フラグを回避し学園生活に戻りました
08 ご都合魔法
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「散々なんだけど…………」
「ああ、全くだ。どうして、今日の授業はことごとくあいつと一緒なんだ!」
「セシルが何かされたわけじゃないでしよ? まあ、でも……はは」
乾いた笑いしか漏れない。というか、これは笑っているのだろうか。自分でもわからなかった。
月曜日の授業をすべて終え、寮に戻る際中、今日あった出来事を二人で話しながら歩いていた。だいたいはあの赤髪の奇行ともいえる、ストーカーともいえる行動のヤバさについてだ。
一限だけが一緒かと思いきや、その後の授業もたびたび重なり、計三回。そして、昼休みまで付きまとわれて、俺はずっとセシルとゼラフに挟まれている状態で授業も、食事もとることになった。
これが主人公なら「俺、男にモテてるの!?」みたいな、ハーレム展開なのだろうが、残念ながら俺は主人公でもなんでもない、死ぬはずだった死にキャラ。なのになぜ、セシルはいいとして、ゼラフに目をつけられたのだろうか。その理由はいまだに謎である。
そんなふうにゼラフに付きまとわれ、セシルのイライラも最高潮に達しているところで、やっと放課後。
セシルの怒りが爆発するんじゃないかとヒヤヒヤしたが、その後何もされることはなく、特に変わったことは何も起きずに、ここまでこれた。
被害者はどっちかっていうと俺だけど。
(かといって、セシルを盾にするのもなあ……)
自分で対処くらいしないといけない。
あれしきのこと、日々の鍛錬と比べればただの精神的苦痛だけだし。
それにゼラフは、魔法科だ。
水曜日は専門科目で埋め尽くされるだろうから、その日はあわないだろう。基本的に、棟は違うし、月曜日と火曜日の科目だけ重なる感じだった。
もとはといえば、あの男が留年などしていなければ俺たちは授業が重ならなかったはずなのに。
(あの、サボり魔! 留年やろう! 触りま魔、尻好き魔人め! ……って、いっても)
そんなことをぐちぐちと思っても仕方ないので、俺は切り替えて次のことを考える。
「だが、助かった。ニル」
「もう、それもほんとだよ。セシルが万年筆折っちゃうから、俺がノート取らなきゃいけなくなったじゃん」
「本当にすまなかった。このお礼はいつか」
「冗談、冗談。大丈夫だよ。二倍勉強できたって考えたら得だし、無駄じゃないからね。でも、セシルのバカ力には困っちゃうな。どうしたら、万年筆が折れるんだろう」
あんなにきれいに真っ二つに折れたのは生まれて初めて見た。セシルも驚いていたし、きっと無意識に力を込めてしまったのだろう。
一限目から万年筆が折れたことによって、二限目からは俺がノートをとることになった。
その間もゼラフに絡まれて忙しかったが、俺がノートをとっている間はセシルが俺を守ってくれたし、ノートが悲惨なことになることはなかった。
ただ、セシルの万年筆はお亡くなりになったので、今から寮に戻る途中にある購買に行くつもりだ。セシルが使っていた万年筆はかなりいいものだったので、今度の休みに帝都のほうまでいいものを買いに行こうと思う。二人の成人祝いに、という形でもいいかもしれない。
「ニルが、俺の横顔が……といったから」
「何? 俺がなんて?」
「いや、何でもない。ニル、その大丈夫か? 先ほどからやけに背後を気にしているようだが」
「ああ、え、問題ないよ。はは、うん」
未だにゼラフに尻をもまれているような感覚がする。
あれ一度であればよかったが、俺の隙をついては何度か俺の尻をもんできた。確かゼラフは尻フェチだったか、下半身フェチだったか気がする。
うろ覚えなので、下半身フェチとかいう如何わしい単語になってしまったが、攻略キャラにはどの部分がフェチか明記されていた。
でも、全てをしっかり覚えているわけではない。もっというと、セシルのも覚えていない。最推しだったのにもかかわらず覚えていないのは愛がないのではないかと自分でも思う。時々前世の記憶がおぼろげで曖昧だ。
今度、ゼラフが尻を触ったら電流が流れるような魔法をかけておこうかと思う……が、あのゼラフがそんな初歩的な魔法に引っかかるわけもないので、無駄に魔力を使うのはやめようと早急に考えを捨てた。
「まあ、付きまとわれちゃったのは仕方ないから。これ以上支障が出ないように気をつけなきゃ。気にはなるけど、集中できないって程ではないし」
「だといいが……俺は、今すぐに苦情を言いに行きたいがな」
「セシル、抑えてね……そんな学生同士のいざこざでーって親のほうにいくの嫌でしょ?」
授業妨害ともなれば話は別だが、ただのちょっかいであり、まだそれによって成績が落ちたとかではない。また、そんなことで成績が下がったことを親にいっても「お前の精神が未熟だからだ」と言われるがオチ。
二人で肩を落としながら、購買までもう少し先、というところで俺たちは同じタイミングで一歩足を踏み出した。すると、足元で、カチと何かが起動するような音が聞こえ、足元を見る。そこには見慣れない魔法陣が浮かんでおり、俺たちの体を包みこんだ。
それは有害なものではなかったし、高度なものでもなければ、転移魔法でもないとはわかった。しかし、解除には至らず、その魔法トラップに俺たちは引っかかってしまった。
「……ん、どんな魔法……うっ!?」
「ニル? 大丈夫か……なんだこれは!」
意識を失うわけでもなく、ただ先ほどの光が眩しくて目を閉じている間に、俺たちは見知らぬ空間に閉じ込められていた。いうのであれば、ロッカーのような狭い空間に箱詰めにされていたのだ。
多少なりに動けるスペースはあるものの、本当に微々たるもので、動けば相手の体の一部にぶつかってしまいそうなほど至近距離だった。
同人誌でよく見るあれだ……と思いながら、そういうイベントもあったなとぼんやりとスチルを思い出していた。
(狭い……! いや、狭い!)
絵だから密着いいじゃんになるが、実際に閉じ込められてみると、かなり狭い。
そして、セシルとの身長差はあまりないが、閉じ込められる際にセシルに押し倒されているような姿勢になってしまった。
「ニル……大丈夫か」
俺の体の上に乗っかってしまっているセシルは、心配そうな声色で問いかける。
「う、うん……なんとか」
俺はそう答えながら自分の状態を確認したが、どうやらこの空間は魔法によってつくられているものであり、内側から開けることは無理そうだった。
外から開けられるような親切設計にもなっておらず、この魔法の効力が消えるのを待つしかなかった。幸いにも、そこまで強固なものではなく、数分経ったら解けるようだった。
「多分、一年生の魔法科の授業だね。空間魔法の一種だと思う。それを実践して反応がなかったからって放置していっちゃったんだろうね」
「確かに、そんな授業があった気がするな。他の学年、しかも学科の授業まで把握しているのか?」
「いや、さっき昼休みに聞こえてきたからっていう、推察で。まあ、まだ一年生の魔法だし、放置したままいっちゃったってことはそこまで強固なものじゃないと思うから、気長に待つしかないね。セシル、身体は大丈夫?」
「ああ、だが……」
「ん?」
セシルはふいっと視線をそらした。どうしたのだろうか、と俺は狭い空間で体を動かしてしまい、さらにセシルに密着するような形になってしまう。
上からセシルの吐息が降ってくる。それになにより、セシルの匂いがこんなにも近くに、濃くて。
セシルはどうにか、俺を見ないようにと目まで瞑っていた。だが、これだけ密着していれば、目をあけずとも相手の存在は認知してしまうわけで。離れようにも離れられないこの空間で体をよじることは、かえって密着度をあげてしまう。もう、それはぴっとりと肌と肌がくっつくような感覚だ。
「ちょ、あ……」
俺は恥ずかしさのあまりに間抜けな声を出してしまった。顔が赤くなっているのが自分でもわかるぐらいに熱い。
これはかなりまずいかもしれない。
どう反応していいかわからず、俺はただこの空間が解けるのを待つしかなかった。
座学が多かったが、身体を動かさなかったわけでもないので、汗もかいている。その匂いと、セシルの柔軟剤のにおいが混じって頭がくらくらしてしまう。空調の利かないクソ空間なので、肌に服が張り付いて気持ち悪いし、息も上がる。
セシルは、額に汗を浮かべ、銀色の髪を張り付けていた。動くぞ、といってプチプチと制服の前ボタンを空ける。さらけ出された鎖骨に、俺はごくりとつばを飲んだ。
親友に欲情している、なんてバレたら気味悪がられるかもしれない。同じ部屋で生活は無理だとか。暑さと、セシルの色気にあてられてよくわからない考えがぐるぐると回っていく。わなわなと唇が震えて、表情をコントロールできなくなった。
見れば見るほど、セシルの顔がきれいで、かっこよくて。汗さえも輝いて見えるのだ。
こんなフィルター今すぐ外してほしいのに、流し目が、開かれた美しい夜色の目が俺を射抜くから、俺はずるりと、背後の壁に手を当てて腰が抜けないようにと踏ん張った。
「……っ、ニル。なんて顔をしてるんだ」
「な、んて、顔……いや、セシルだって……ひっ」
ゴリ、と股間より少し上あたりに熱くて硬い何かを感じた。その位置にあるものなんて決まっているし、すぐに理解してしまった。頭が沸騰しそうになる。なんで――
「せし、た、勃って……っ!!」
「ふ、っ、不可抗力だ!」
「そ、あ、そ……! うぅ? ん……抜けてなかったから……ああ、あと、暑いもんね!」
「そうだ!」
セシルは顔を真っ赤にして少し離れようと動いたが、その行動はかえって悪手だった。さらにゴリ、とセシルのそれが俺の股間に押し付けられる。
ゴリッ、という感覚に俺も下半身から背筋にかけて痺れが走ったような変な気持ちになる。腰に走った感覚は、まぎれもなく快感……それに近いものだった。
暑いからってそれは理由になるのだろうか。自分で言っていてもおかしいんじゃないかと思った。それなら、抜けていなかったからとかでいいと思う。
セシルが、勃起……なんて。いや、生理現象だしあるとは思う。
だが、こういうシチュエーションでそうなられると、こっちの気までおかしくなるのだ。
絶対に、死んでも、こんな狭い空間で! とは思うし、これ以上動かないでほしい。こんな、ご都合魔法、BLマンガとか、ゲームとかではよく見るけど、実際たまったもんじゃない。
「セシ……ル、動かないで。お願い」
「だが」
「……当たっちゃうの。う、動かれると、っ、変に」
察しが悪い。
いや、こんな状況になれば誰だってそうかもしれない。セシルだけが悪くない。
だが、この現状をどうにかしようと動けば動くほどそれを擦り付けることになると、理解してほしかった。セシルの熱にあてられ、俺も緩く立ち上がり、おずっと腰が動いてしまう。熱はそのせいかだんだんと上がっていき、さらに変な気持ちになってくる。ズボン越しでもわかるぐらいに二人とも反応していた。最悪だ。
「に、る……」
「何、セシル……」
熱っぽい目が俺を見つめる。うるんだ瞳に、しっとりと濡れた唇がそこにあった。
ああ、キスしたいって、バカみたいに茹った頭がキスをせがむ。そんなふうに見ていたからか、セシルは片手をついて、俺の顎を掴む。
「ニル」
「せし……」
もういいか、別にいいか、と思考が放棄した。
暑さと、匂いと、この空間のせい。
もう二度と、こんな空間に閉じ込められることはないだろうなとか、黒歴史程度には残るんじゃないかなとか。色々思ったけど、どうでもいい。ただ、目の前のことを。
俺は細め、受け入れる準備をした。だって、嫌じゃなかったから。むしろそれを俺は望んで……
そして、もう少しで彼の唇が触れそうなとき、ボン! という音を立ててその空間が崩れた。ドスン、と俺たちは元居た廊下に戻される。その際、俺はセシルに押し倒されてしまった。
また、セシルの精悍な顔がそこにある。はらりと、銀色の髪が耳から落ちる。
「…………っ、は、はは……セシル」
「ごほん、どうやら魔法は解けたようだな」
サッと、恥ずかしそうにセシルは俺から退くと、パンパンと制服を正し俺に手を差し伸べた。手のひらにはぐっしょりと汗がにじんでおり、このまま手を取っていいものかと迷ったが、俺は反射的にその手を取る。
とりあえず今は、この熱をどこかほかのところに移したい、と。ただそれだけ、このいたたまれない空気をどうにかしたかったのだ。
「ああ、全くだ。どうして、今日の授業はことごとくあいつと一緒なんだ!」
「セシルが何かされたわけじゃないでしよ? まあ、でも……はは」
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一限だけが一緒かと思いきや、その後の授業もたびたび重なり、計三回。そして、昼休みまで付きまとわれて、俺はずっとセシルとゼラフに挟まれている状態で授業も、食事もとることになった。
これが主人公なら「俺、男にモテてるの!?」みたいな、ハーレム展開なのだろうが、残念ながら俺は主人公でもなんでもない、死ぬはずだった死にキャラ。なのになぜ、セシルはいいとして、ゼラフに目をつけられたのだろうか。その理由はいまだに謎である。
そんなふうにゼラフに付きまとわれ、セシルのイライラも最高潮に達しているところで、やっと放課後。
セシルの怒りが爆発するんじゃないかとヒヤヒヤしたが、その後何もされることはなく、特に変わったことは何も起きずに、ここまでこれた。
被害者はどっちかっていうと俺だけど。
(かといって、セシルを盾にするのもなあ……)
自分で対処くらいしないといけない。
あれしきのこと、日々の鍛錬と比べればただの精神的苦痛だけだし。
それにゼラフは、魔法科だ。
水曜日は専門科目で埋め尽くされるだろうから、その日はあわないだろう。基本的に、棟は違うし、月曜日と火曜日の科目だけ重なる感じだった。
もとはといえば、あの男が留年などしていなければ俺たちは授業が重ならなかったはずなのに。
(あの、サボり魔! 留年やろう! 触りま魔、尻好き魔人め! ……って、いっても)
そんなことをぐちぐちと思っても仕方ないので、俺は切り替えて次のことを考える。
「だが、助かった。ニル」
「もう、それもほんとだよ。セシルが万年筆折っちゃうから、俺がノート取らなきゃいけなくなったじゃん」
「本当にすまなかった。このお礼はいつか」
「冗談、冗談。大丈夫だよ。二倍勉強できたって考えたら得だし、無駄じゃないからね。でも、セシルのバカ力には困っちゃうな。どうしたら、万年筆が折れるんだろう」
あんなにきれいに真っ二つに折れたのは生まれて初めて見た。セシルも驚いていたし、きっと無意識に力を込めてしまったのだろう。
一限目から万年筆が折れたことによって、二限目からは俺がノートをとることになった。
その間もゼラフに絡まれて忙しかったが、俺がノートをとっている間はセシルが俺を守ってくれたし、ノートが悲惨なことになることはなかった。
ただ、セシルの万年筆はお亡くなりになったので、今から寮に戻る途中にある購買に行くつもりだ。セシルが使っていた万年筆はかなりいいものだったので、今度の休みに帝都のほうまでいいものを買いに行こうと思う。二人の成人祝いに、という形でもいいかもしれない。
「ニルが、俺の横顔が……といったから」
「何? 俺がなんて?」
「いや、何でもない。ニル、その大丈夫か? 先ほどからやけに背後を気にしているようだが」
「ああ、え、問題ないよ。はは、うん」
未だにゼラフに尻をもまれているような感覚がする。
あれ一度であればよかったが、俺の隙をついては何度か俺の尻をもんできた。確かゼラフは尻フェチだったか、下半身フェチだったか気がする。
うろ覚えなので、下半身フェチとかいう如何わしい単語になってしまったが、攻略キャラにはどの部分がフェチか明記されていた。
でも、全てをしっかり覚えているわけではない。もっというと、セシルのも覚えていない。最推しだったのにもかかわらず覚えていないのは愛がないのではないかと自分でも思う。時々前世の記憶がおぼろげで曖昧だ。
今度、ゼラフが尻を触ったら電流が流れるような魔法をかけておこうかと思う……が、あのゼラフがそんな初歩的な魔法に引っかかるわけもないので、無駄に魔力を使うのはやめようと早急に考えを捨てた。
「まあ、付きまとわれちゃったのは仕方ないから。これ以上支障が出ないように気をつけなきゃ。気にはなるけど、集中できないって程ではないし」
「だといいが……俺は、今すぐに苦情を言いに行きたいがな」
「セシル、抑えてね……そんな学生同士のいざこざでーって親のほうにいくの嫌でしょ?」
授業妨害ともなれば話は別だが、ただのちょっかいであり、まだそれによって成績が落ちたとかではない。また、そんなことで成績が下がったことを親にいっても「お前の精神が未熟だからだ」と言われるがオチ。
二人で肩を落としながら、購買までもう少し先、というところで俺たちは同じタイミングで一歩足を踏み出した。すると、足元で、カチと何かが起動するような音が聞こえ、足元を見る。そこには見慣れない魔法陣が浮かんでおり、俺たちの体を包みこんだ。
それは有害なものではなかったし、高度なものでもなければ、転移魔法でもないとはわかった。しかし、解除には至らず、その魔法トラップに俺たちは引っかかってしまった。
「……ん、どんな魔法……うっ!?」
「ニル? 大丈夫か……なんだこれは!」
意識を失うわけでもなく、ただ先ほどの光が眩しくて目を閉じている間に、俺たちは見知らぬ空間に閉じ込められていた。いうのであれば、ロッカーのような狭い空間に箱詰めにされていたのだ。
多少なりに動けるスペースはあるものの、本当に微々たるもので、動けば相手の体の一部にぶつかってしまいそうなほど至近距離だった。
同人誌でよく見るあれだ……と思いながら、そういうイベントもあったなとぼんやりとスチルを思い出していた。
(狭い……! いや、狭い!)
絵だから密着いいじゃんになるが、実際に閉じ込められてみると、かなり狭い。
そして、セシルとの身長差はあまりないが、閉じ込められる際にセシルに押し倒されているような姿勢になってしまった。
「ニル……大丈夫か」
俺の体の上に乗っかってしまっているセシルは、心配そうな声色で問いかける。
「う、うん……なんとか」
俺はそう答えながら自分の状態を確認したが、どうやらこの空間は魔法によってつくられているものであり、内側から開けることは無理そうだった。
外から開けられるような親切設計にもなっておらず、この魔法の効力が消えるのを待つしかなかった。幸いにも、そこまで強固なものではなく、数分経ったら解けるようだった。
「多分、一年生の魔法科の授業だね。空間魔法の一種だと思う。それを実践して反応がなかったからって放置していっちゃったんだろうね」
「確かに、そんな授業があった気がするな。他の学年、しかも学科の授業まで把握しているのか?」
「いや、さっき昼休みに聞こえてきたからっていう、推察で。まあ、まだ一年生の魔法だし、放置したままいっちゃったってことはそこまで強固なものじゃないと思うから、気長に待つしかないね。セシル、身体は大丈夫?」
「ああ、だが……」
「ん?」
セシルはふいっと視線をそらした。どうしたのだろうか、と俺は狭い空間で体を動かしてしまい、さらにセシルに密着するような形になってしまう。
上からセシルの吐息が降ってくる。それになにより、セシルの匂いがこんなにも近くに、濃くて。
セシルはどうにか、俺を見ないようにと目まで瞑っていた。だが、これだけ密着していれば、目をあけずとも相手の存在は認知してしまうわけで。離れようにも離れられないこの空間で体をよじることは、かえって密着度をあげてしまう。もう、それはぴっとりと肌と肌がくっつくような感覚だ。
「ちょ、あ……」
俺は恥ずかしさのあまりに間抜けな声を出してしまった。顔が赤くなっているのが自分でもわかるぐらいに熱い。
これはかなりまずいかもしれない。
どう反応していいかわからず、俺はただこの空間が解けるのを待つしかなかった。
座学が多かったが、身体を動かさなかったわけでもないので、汗もかいている。その匂いと、セシルの柔軟剤のにおいが混じって頭がくらくらしてしまう。空調の利かないクソ空間なので、肌に服が張り付いて気持ち悪いし、息も上がる。
セシルは、額に汗を浮かべ、銀色の髪を張り付けていた。動くぞ、といってプチプチと制服の前ボタンを空ける。さらけ出された鎖骨に、俺はごくりとつばを飲んだ。
親友に欲情している、なんてバレたら気味悪がられるかもしれない。同じ部屋で生活は無理だとか。暑さと、セシルの色気にあてられてよくわからない考えがぐるぐると回っていく。わなわなと唇が震えて、表情をコントロールできなくなった。
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こんなフィルター今すぐ外してほしいのに、流し目が、開かれた美しい夜色の目が俺を射抜くから、俺はずるりと、背後の壁に手を当てて腰が抜けないようにと踏ん張った。
「……っ、ニル。なんて顔をしてるんだ」
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「せし、た、勃って……っ!!」
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「そ、あ、そ……! うぅ? ん……抜けてなかったから……ああ、あと、暑いもんね!」
「そうだ!」
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ゴリッ、という感覚に俺も下半身から背筋にかけて痺れが走ったような変な気持ちになる。腰に走った感覚は、まぎれもなく快感……それに近いものだった。
暑いからってそれは理由になるのだろうか。自分で言っていてもおかしいんじゃないかと思った。それなら、抜けていなかったからとかでいいと思う。
セシルが、勃起……なんて。いや、生理現象だしあるとは思う。
だが、こういうシチュエーションでそうなられると、こっちの気までおかしくなるのだ。
絶対に、死んでも、こんな狭い空間で! とは思うし、これ以上動かないでほしい。こんな、ご都合魔法、BLマンガとか、ゲームとかではよく見るけど、実際たまったもんじゃない。
「セシ……ル、動かないで。お願い」
「だが」
「……当たっちゃうの。う、動かれると、っ、変に」
察しが悪い。
いや、こんな状況になれば誰だってそうかもしれない。セシルだけが悪くない。
だが、この現状をどうにかしようと動けば動くほどそれを擦り付けることになると、理解してほしかった。セシルの熱にあてられ、俺も緩く立ち上がり、おずっと腰が動いてしまう。熱はそのせいかだんだんと上がっていき、さらに変な気持ちになってくる。ズボン越しでもわかるぐらいに二人とも反応していた。最悪だ。
「に、る……」
「何、セシル……」
熱っぽい目が俺を見つめる。うるんだ瞳に、しっとりと濡れた唇がそこにあった。
ああ、キスしたいって、バカみたいに茹った頭がキスをせがむ。そんなふうに見ていたからか、セシルは片手をついて、俺の顎を掴む。
「ニル」
「せし……」
もういいか、別にいいか、と思考が放棄した。
暑さと、匂いと、この空間のせい。
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俺は細め、受け入れる準備をした。だって、嫌じゃなかったから。むしろそれを俺は望んで……
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また、セシルの精悍な顔がそこにある。はらりと、銀色の髪が耳から落ちる。
「…………っ、は、はは……セシル」
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サッと、恥ずかしそうにセシルは俺から退くと、パンパンと制服を正し俺に手を差し伸べた。手のひらにはぐっしょりと汗がにじんでおり、このまま手を取っていいものかと迷ったが、俺は反射的にその手を取る。
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