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第1部2章 死亡フラグを回避し学園生活に戻りました

06 同じ部屋

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 久しぶりに帰ってきた寮の二人部屋は、びっくりするほどきれいだった。


「掃除した?」
「ああ。埃をかぶっていたしな……といっても、簡易的にだが。そこまで掃除に時間はかかっていない。いつも、ニルが掃除してくれていたからな。見様見真似というやつだ」
「まあ、セシルに掃除はさせられないよね」


 一度箒をもってはいてもらったとき、なぜだか床に傷がつくほど擦れたし、箒が折れた。
 天がセシルには掃除をさせるなといってきたように思い、それ以降は彼に掃除を任せていない。二人で共同に使う部屋だから、二人で片づけようとはセシルは提案したが、俺はだいたい一人でセシルのベッドも机もきれいにしていた。
 皇太子ということもあってか、部屋に風呂がついていて、トイレまでついている特別な部屋を用意してもらった。防御魔法による結界も他とは比べ物にならないし、部屋は広い。しかし、他の部屋と同じでベッドは大きさは違えど、ベッドの形は、二段ベッドだった。セシルは入学当初、上がいい! と子供のようにはしゃいで陣取ったのを今でも覚えている。
 本当に埃一つないきれいな部屋だった。まるで、俺が帰ってくるのを待っていたように。俺のベッドもきちんとしてある。


(軟禁していたっていっても、また一緒に学園生活を……って、思いがあったんだろうね)


 ずっと軟禁生活を強いるつもりではなかったようで、安心したし、セシルの優しさをまた垣間見た気がした。
 セシルは俺がそんなことを思っているとも露知らず、皇宮のほうに持ち帰っていた本を本棚にしまっていた。


「今年も有望なものたちが入ってきているといいな」
「そりゃ、倍率の高い試験を勝ち進んできた生徒だから、それなりには期待できるんじゃない?」
「それでも、中退率は年々同じぐらいだ」


 確かに、と思いながら俺はベッドに腰かける。

 俺たちは推薦入試で受けたため、一般のほうの試験がどうだったかは知らない。だが、推薦よりも厳しい目で見られると噂に聞く。
 推薦はいわゆる家柄や、素質といったところを見るので、俺は父からの薦めで、セシルも言わずもがな家の推薦でという感じで簡単にはいれた。とはいっても、筆記試験と実技はあったわけで、それは二人とも高水準をたたき出した。
 一般試験はお金のない貴族や平民でも受けられるものになっているので、将来性がなければ落とされるというのはシビアだがあたりまえだった。そして特待生はそれらをすべて無視して、天性の才能があるものが選ばれる特殊枠だ。


「まあ、そのパーティーではあまり怖がらせないようにね。セシルは、皇太子ってだけでもみんなから違う目で見られるんだから」
「そうだが、だからといって甘えさせるわけにはいかないだろう。厳しい洗礼を受けてこそ、今後に身が引き締まる」
「そうだね。それで、今年はやるの? 毎年恒例の成績優秀者であり歓迎の言葉を贈る学科ナンバーワンに挑む大会」
「ああ、そのつもりだ。誰が相手でも手は抜かない」


 騎士科恒例の、新入生がセシルに挑める大会というのを今年もやるのだそうだ。去年は十人を一度に相手したが誰もセシルに一本食らわせることはできなかった。それどころか、まだ着て間もない白い制服が泥だらけになるという新入生からしたら涙目の大会となった。セシルは楽しみだな、と鼻歌を歌っていたが、今年も新入生泣くだろうな……と容易に想像がつく。そして、去年セシルに負けた新入生たちはセシルファンクラブなるものを作って、セシルに抱かれたいなど陰で言っていたらしい。
 セシルは学内で抱かれたい男ナンバーワンだし。

 モテる親友を持つとつらいなーなんて思いながら俺は足をぶらぶらとさせていると、ギシィとスプリングを鳴らしてセシルが俺の横に腰を掛ける。


「なーに、かまってほしいの?」
「いや……もう、機嫌は直ったか?」
「はは、気にしてたんだ。まあ、ぼちぼちね」
「べ、別に俺は見惚れてなんていないからな。ただ、雰囲気がニルに似ていただけで……」
「似ている? 俺が、あの男爵子息と?」
「いや、似てない! 断じて似ていない!」


 と、セシルは大声を出した。

 いきなり立ち上がったので、ベッドが盛大に弾む。ちょっと、と俺が苦言を呈そうとすれば、セシルは重ねるように「かわいい」と口にした。いきなり、かわいいなんていう単語が出てきたものだから、俺は驚いて、脈絡のないかわいいをどうくっつけたものかと首をかしげる。


「かわいいって、何が? 男爵子息?」
「違う! ニルが、かわいいといっているのだ」
「俺が?」


 ますます意味が分からなかった。とうとう狂ってしまったか、と頭が痛くなったが、顔を真っ赤にしていっているセシルを見ていると、なんだこっちまで恥ずかしくなってきた。前後の文章はつながったが、それでもいきなりかわいいと言い出したセシルの心を読むことはできなかった。

 とりあえず、お世辞かな? とありがとうといえば、セシルはまんざらでもないような顔をして「お前はかわいいからな」と再びベッドサイドに腰を掛ける。
 かわいいなんてなんだか勘違いしそうになるから嫌だった。かわいいわけがないし、どう考えてもアイネのほうがかわいかったに決まっている。俺だってそう思ったのだから、セシルも……と思ったが、完成は違うので一概にセシルもかわいいと思っただろう! と決めつけるのはよくないと思うのだ。にしても、初めてかわいいといわれたのでなんだか不思議な気分だった。


「じゃあ、セシルもかわいい」
「俺はかわいくない」
「え、酷くない? 俺のことかわいいっていったのに」
「俺はかわいくないからだ。かわいいよりも、かっこいいといってほしい」


 なんてことだ。俺は、その言葉をそっくりかえしただけなのに拒絶されてしまった。かわいいよりも、かっこいいがいいという文句までつけて。
 じゃあ、俺もかわいいよりかっこいいといわれたいんだが? と、セシルを見ると、捨てられた子犬のような目で俺を見ていた。まるで、かっこいいというまで機嫌を直さないぞという意思が見てとれた。


「……かっこいい…………これでいい?」
「ああ。だが、いわせたみたいで、申し訳ない」
「もう、どっち。かわいいでも、かっこいいでも、セシルはセシルだよ。言葉一つで変わったりしない。君の魅力はそんなものじゃないからね」


 光を帯びてダイヤモンドのように輝く銀色の髪。そして、満天の星空を閉じ込めたような夜の瞳。スッと高く伸びた鼻に、薄い唇、きりりとした眉。指だって太くもなく細くもなく、長くてすらっとしていて、爪の先まで美しい。俺よりも足のサイズが二センチほど高くて、体格もよくて、大して大差ないのに彼のほうが大きく見える。
 もちろん、容姿だけがセシルの魅力ではないが。

 俺は、自分の黒髪を弄りながらため息をつく。そんな俺の顔を横からじっと見つめていたセシルは、何か言いたげにさらに顔を覗いてきた。


「穴が空いちゃうよ。何?」
「俺は、お前の黒髪も、真昼の空を閉じ込めたようなその瞳も好きだぞ」
「きゅ、急に何? 誰かを口説く練習?」


 ドキリとした。俺が、セシルの容姿を心の中で褒めていたから、同じようにとほめたのかと思った。以心伝心というか、シンクロというか。
 いろいろ理由をつけてみようとしたが、ただまっすぐに俺を見つめて目を輝かせていたセシルをみると、考えるほうがばかばかしくなってくる。セシルが、お世辞でそんなことを言うような奴じゃないことを知っているから。さっきの、かわいいは初めてだからノーカンである。
 唇がぴくぴくと動いて、笑顔を保っているのもやっとだった。あまりにもセシルが俺を見つめてくるから心臓が痛い。
 そうして、スッと伸びてきた彼の白い手が俺の頬を撫でる。ピクンと体が動いてしまい、恥ずかしさに顔が熱くなる。


「ちょっと、セシル。触るときは触るって言って」
「触る」
「もう触ってるじゃん」


 何がしたいのかわからなかった。ただ、気が済むまで触らせてやろうと、俺は身をゆだねることにした。
 セシルは、俺の頬を撫でてするりと指で俺の目の下をなぞり、手のひら全体で頬を包んでくる。決して無理やりではなく、肌を滑るように触れてくるのでなんだかくすぐったい。時々色っぽく、はぁ、と息を吐くが、彼はその無意識に気付いていないようだった。また、キレイだ、なんてつぶやくものだから、つつかれるようなくすぐったさを覚える。
 そして、何を思ったか俺の頬から手を離したかと思えばその指は唇にまで伸びてきた。ふにふにと感触を楽しむように唇を触られ、さすがにそれは……と手を掴む。


「……ダメ。それ以上は」
「ニル?」
「ちょっと、おいたが過ぎるなあ。セシル、俺がかわいいのはわかったから。だから離して?」
「お前に触ることに理由なんているのか?」


 え? と、俺は虚を突かれた。
 触れることに理由はいらない、わけではないが、こうもずっと触られていると変な気が起きそうになるのだ。セシルは理解していないのかもしれないが、こういう行為は、普通親友ではやらないのではないかと思う。一線を越えてしまいそうでドキドキしてしまうのだ。それが、嫌というわけではないが、無意識にやられるのが一番立ち悪い。

 すると、何を思ったのか彼は俺の頬を両手で包み込んで自分のほうへと向ける。そしてコツンと自分の額に俺の頭をぶつける。


「生きてるな……」
「何、それを確認したかったの? まだ、セシルは俺が死んでしまう、消えてしまうって思ってる?」
「少しはな。だが、こうして目の前にいて触れることができるんだ。それに、手放す気はない」
「手放すって……俺はずっと、君の騎士だよ。勝手にどこかにいなくなったりはしないから」


 そうだな、という声が耳元をくすぐる。
 俺の顔を触っていたのは、生きているか確かめるためだったんだと、なんだか拍子抜けした。だが、それでいいと思った。セシルが落ち着くのであれば、俺は触られてもかまわない。


(でも、最後のは危なかったなあ……)


 唇に触れて、そのまま――
 緩く自分の息子が立ち上がりそうだったと、セシルにばれないように俺は羞恥心をしまい込んだ。

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