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第1部2章 死亡フラグを回避し学園生活に戻りました
05 ファーストスチル
しおりを挟む「セシルのせいで、始業式出られなかったわけだけど」
「すまない……」
「何か、特別なこと言ってた? 制度が変わるとか、入学式のこととか」
「とくにはなにも。毎年恒例の……騎士科の学科長よりも、魔法科の学科長のほうが話が長かったくらいか」
「いつも通りだね。でも、来年は出られるようにしてね。軟禁されるのはもうこりごりだから」
「うっ、わかった……だが、不自由はなかっただろう。俺の親友だから丁重に扱うようにって……」
「それは大丈夫なんだけど。その……さ、枷はやりすぎ。俺が外に出られないくらいにすればいいのに。それも特注の」
軟禁だけならまだしも、枷まではめられたから、セシルがヤンデレになったのかと思った。先ほどの彼の言葉を聞いて、まだいうかと自分に問いかけてみたが、あの枷を思い出すとどうしてもセシルが血迷ったとしか思えなかったのだ。
セシルのほうを見ると、すごい量の汗をかいて目を泳がせていた。
「壊したのか?」
「え、何でそれを気にするのさ。壊してないよ。というか、壊れないようになってたじゃん。物理も魔法もきかないような特注品だった。だけど、初歩的な鍵開けで外すことはできた」
別に壊れても、もう二度と使うことはないだろうからいいじゃないかと思ったが、セシルはほっと胸をなでおろしていた。
「そうか」
「えっ、何がそうかなの!? まさか、また使う気?」
「そう……い、いや、そ、違うぞ。特注品だからな。お金がかかっているからな」
「皇族がお金とか言わないの。まあ、あんなものにお金を使わないでほしいけど。もう少し改良すれば拘束具としてかなり使えると思うよ。あれはなかなか、使い勝手よさそう……って、何その目」
「いや……はは、そうか。ニルはそういうやつだったな」
変なセシル。
魂でも抜けたような顔をして乾いた笑いを漏らすものだから、心配になってしまう。まだ気が動転しているのだろうか。まあ、あの拘束具の使い道は他にもあるだろうと思う。処分してくれとは言っていないので、皇宮に戻ればきっとあるに違いない。俺は二度と見たくないけれど。
「でも、こうして戻ってこれたんだから学園生活楽しもうよ。来年は忙しくなりそうだし。セシルとなら、少しくらいサボってもいいかなと思う、な」
「そうだな……だが、一つだけ気がかりなことがある」
気がかり? と首をかしげると、セシルは俺の手を握って「ゼラフ・ヴィルベルヴィントのことだ」と充血した目で見てきた。それはもう先ほどの迫力と変わらないくらい。
「いつ仲良くなったんだ。あんなにも距離が近くて」
「いや、仲良くなってないんだけど。セシル、目、ついてる? 俺、結構嫌がってたと思うけど」
「嫌がっていた? だったら、蹴っ飛ばすでも何でもすればよかっただろう。そうだ、蹴とばせばよかった。ニルは、足癖が悪いからな。子供のとき、寝床に入ってきた刺客を足で蹴飛ばして成敗したという話も聞くし」
「誰が広めたのその話!?」
「誰でもいいだろう。とにかく、あの男は危険だ。男色家でもあると聞いた。いや、男も女も等しく食べてしまうと! クソみたいな色気も放っていたしな。ニルもドキッとしたんじゃないか? だから、いつものキレがなかった」
「いや、キレって……それに学園で風紀を乱すようなことは……ねえ。てか、ほんと寝ぼけて刺客を撃退なんて身に覚えがないんだけど」
あまりにも身に覚えのないことだった。セシルもそれを信じているようだし、違うのか? という純粋な目で見てくる。心当たりがないので、とても困った。
足癖が悪いのは認めるし、特に何もなくても足元に落ちていた石を蹴ったりもする。だが、その癖があるからといって、人を蹴っていい理由にはならないし、ただ絡まれているだけで正当防衛は適応されないだろう。しかも相手は公爵子息だ。蹴って慰謝料とか言われたらさすがに困る。
セシルは俺以上に怒っていて、手の付けようがなかった。先ほどの悲しみからくる怒りや、涙とはまた違って、ころころと表情を変えるから見ていて飽きない。そんなセシルを微笑ましく見ているとふよふよと、白い物体がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。風に流されてきたその白いものをセシルは木に引っかかる前に取る。
「ハンカチだな……しかも、家紋の刺繍がある」
「誰かが飛ばしたものじゃない? あれだったら、落とし物として、届けて……っ」
見覚えのない家紋だとはじめは思った。だが、身に覚えのあるシチュエーションにドクンと心臓が脈打つ。
セシルは、届けに行くかと立ち上がったが、俺はそんなセシルではなく、こちらに向かって走ってくる亜麻色髪の少年に目を奪われた。
「――すみません」
息をのむ。
前世の記憶がなければ、それはただの知らない光景として片づけられただろう。こんなにも心がざわつくことも、変な汗が出てくることもなかった。
俺たちの前に現れた少しふわっとした亜麻色の髪を持つ少年は、くりくりとしたエメラルドグリーンの瞳を潤ませる。かなり走ってきたのか、その息は上がっており、膝に手をついて呼吸を整えていた。着ている黒い魔法科の制服は着崩れており、他の生徒とは違って、金色のラインが入っていた。それは特待生を示す証だ。
「それ、僕ので……拾ってくださって、ありがとうございます」
「ああ。この家紋……北の奥地にある男爵家のものだな」
「は、はい。ええっと、僕はアイネ・リヒトヤーっていいます。リヒトヤー男爵家の次男で……といっても、養子で。もともとは、孤児院にいた孤児でした」
と、アイネと名乗った少年はこちらが聞いていもいないのに説明を始める。田舎から出てきたためか、それとも男爵家だからか、礼儀がなっていないというか、階級が上のものから挨拶をするまで待たなければならないというのに名乗っていた。しかも、セシルのことを誰だか理解していないようで。
セシルは寛大にもそれについては突っ込まなかったし、そんなアイネに見とれているようにも見えた。確かにまれに見ないかわいい顔をしているし、セシルよりも十五センチ近く小さい。顔も小さくて、庇護欲のそそる小動物のような感じだった。
「そのハンカチは、おにいちゃ……お兄様が縫ってくれたもので。僕が、養子として迎え入れてもらってからすぐにもらったものです。今はその、お兄様は療養中で。とにかくありがとうございました」
ぺこりとアイネは頭を下げた。あまりにも深く下げるものだから、セシルが慌てて頭を上げさせようとした。俺はそれを制止して、セシルに名乗るよう言う。だがセシルは思った以上に呆けているのか、アイネの感謝の言葉を聞くとスッと彼にハンカチを渡してしまった。アイネは一瞬たじろいだが、すぐに顔に花を咲かせ、大事そうにハンカチに頬擦りしていた。確かに小動物み……ハムスターのようだった。
アイネは拾ってくれたお礼にと何かしたいようだったが、遠くから「新入生は並ぶように」と声がかかり、「では」ともう一度頭を下げてその場を去ってしまった。俺は追いかけようとも思ったが、特に話すこともないし引き留めてもな……と去っていく彼の背中を見つめていた。
あれが『薔薇の学園の特待生』の主人公、アイネ・リヒトヤー。
その類稀な魔法の才能を発現させたのは、心優しいリヒトヤー男爵に拾われて、学校に入学する一年ほど前。そして一年のうちにそれなりに魔法をものにしてモントフォーゼンカレッジの特待生に選ばれた。
特待生は毎年、イレギュラーな存在ばかりが選ばれるが、元孤児院育ちで、男爵家に拾われて魔法が開花した……というドラマチックな存在であったからこそ、一目おかれ、また疎ましがられた。時には嫌がらせを受けたりもする……それが、彼がこれから出くわすであろう学園での悲劇だ。しかし、そんな彼を助けてくれるのが攻略キャラ達である。彼が属する魔法科の学生であればゼラフを中心に。同室になった子もたしか攻略キャラだった気がする。
(ファーストスチル……)
スチルだけではなく、アニメーションもあった。
入学式が不安で大切なハンカチを抱きしめて勇気をもらおうとしていたときに、ハンカチが飛んでいってしまう。そのハンカチが流れ着いた先が、セシルの元で。セシルがハンカチを拾って、主人公がその場に駆け付けて二人は出会う。最初はスチル絵だけだったのに、一周年アップデートでそんなアニメーションが追加されていた。そして実際にそれは、アニメーションそのままだった。
アイネは後からセシルの存在に気づくが、セシルはそこからアイネをニルに重ねて……みたいなふうに興味を持っていくのだが。
「セシル!」
「……っ、なんだ。ニル」
「何だじゃないよ。名前を呼んでも返事しないから、魂でも持っていかれちゃったかと思った」
完全に見惚れていたのだろう。
まあ、実際にアイネの顔を見て、男の俺でも可愛いって思ったし無理もないが。
(俺は生きてるから、俺とアイネを重ねるってなんか変なんだよな……)
矛盾点というか。
もしかしたら、ストーリーが修正されて、ただの一目惚れだったのかもしれない。ただ、アイネとセシルの接点はできてしまったわけで、これからどうなっていくか、俺にはわからない。ストーリーどおりかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でもこう焦っている自分の心を客観的に見て、お前はどういう立場なんだと突っ込みを入れたくなる。
親友として、セシルに初恋の人ができることはいいことなんじゃないかと思う。BLゲームの世界だし、もちろん同性婚もできるわけで。子供は血縁者か、二人の魔力を注いで育てた花から生まれるーとかもあったし、どうにでもなる。それまでの障害が多いだけで。
「いや……不思議な男だったなと思って」
「ふーん、見惚れてたんだ。珍しい。セシルはああいうのがタイプ?」
「い、や……っ、ニル、何で怒っているんだ?」
「別に怒ってないけど? 名前を呼んでも無視するからって怒ってないけど?」
「悪かった。ああ、俺たちも寮に戻ってパーティーの準備をしよう。あの赤髪に言った手前で、俺たちができていなかったらいけないからな」
「だから、怒ってないって……」
セシルは慌てたように俺の背中を押した。俺が動かないでいると、俺の正面に回り込んできて手を差し出した。
「……何?」
「いや、こっちのほうがいいと思って」
「はあ……子供じゃないんだけどなあ」
でも、差し出された手を取らずにはいられなかった。
もうすぐ二十歳になるというのに俺たちはこれでいいのだろうかと、時々思う。けれど、この関係が変わらなければいいと思うのもまた事実。
俺は少しちくりとした胸の痛みに気づかないふりをして、手を引いて歩くセシルの背中を追って歩き出した。
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