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第1部2章 死亡フラグを回避し学園生活に戻りました

04 なぜ逃げ出してきた

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(なんだよ……そんな、俺がここにいちゃいけないみたいな顔して)


 そう感じてしまうくらい、彼は驚いて、そして怒りに震えていた。ザクザクと、芝生を踏んでこちらに来てぴたりと足を止める。多分、ゼラフの存在がそこに来てようやく目に入ったのだろう。ゼラフは表情を変えずセシルを見ていたが、セシルは氷のように冷たい表情でゼラフを見た後、俺の腕を掴んでいる彼の手に視線を落とした。


「はは、なんだ。お前ら喧嘩してんのか? 修羅場ってやつか」
「ゼラフ少し黙ってくれないかな」


 ニル、と俺の名前をセシルが呼ぶ。今までに聞いたことがない冷たい声だった。背筋に冷たいものが走る。後ろから剣を突きつけられているような感覚だ。あの傷がズグンと痛む。
 ゼラフはこの状況を勝手に想像し、俺たちが喧嘩したというようにとらえたようだったが、もしかするとそれは半分あっているのかもしれない。でも、喧嘩というより一方的に軟禁されて俺が抜け出してきたわけだが。怒る権利はセシルにはなくて、俺のほうにあるのではないかとすら思う。だが、セシルは俺がここにいることが気に食わないようだった。


「ゼラフ・ヴィルベルヴィント。貴様のことを魔法科の学科長が探していたぞ。歓迎パーティーの打ち合わせをしたいのだそうだ」
「ハッ、興味ないね。別に、皇太子殿下に言われていかなきゃいけない理由はないんで。それに、俺がいなくても、繰り上げで、学科で俺の次に優秀なやつが俺の代わりをやるだろう」
「成績優秀者として、公爵家の跡取りとしてその責任を果たしたらどうだ。一度サボればそれが癖になる。そうなれば、堕落していくだけだ」


 と、セシルはゼラフに強い口調で言った。別に、歓迎パーティーは恒例ではあるが、必ずしも出席しなければならないものではない。ゼラフからしてみれば、そんなものに出席する意味を見出せないのだろう。だが、そういう恒例行事には厳しいセシルからしてみれば、責任を果たせと思うのだ。

 セシルはこれまで、皇族のそういった行事に出席していたから。
 セシルもそれが嫌で嫌で仕方なく、小さい頃は癇癪を起していた。だが、人前に出ればそれらを感じさせない皇族然とした態度で行事を済ませて。セシルにとって責任のあることは遂行しなければならい絶対ごとなのだろう。だから、上に立つものとしての責任のない人間にたいし、あたりが強い。
 対して、ゼラフは自由に生きるをモットーにしており、魔法で何でもできるためか、基本はのらりくらりとしている。行事ごともしたくなければ逃げるし、殺気みたいに始業式も面白くないからという理由で欠席するような男だ。ゼラフは自分の思うように生きるし、選択をする。
 そのため、セシルとゼラフの相性は最悪に悪い。


「ゼラフ、俺もいったほうがいいと思うけど……」
「はあ~お前まで俺をいじめんのか。二対一じゃ、勝ち目ねえわな」


 ゼラフは、まるで俺たちが悪者みたいにやれやれと肩をすくめる。被害妄想も対外にしろと言いかけたが、ゼラフはパッと俺の手を離したかと思うと、頭を撫で「またな」と、潔く去っていった。セシルの言葉が聞いたのだろうか。それとも。単に俺たちの対応に白けただけだろうか。気分屋の考えることなど分かるわけがない。
 見えなくなってしまった赤色を目で追って、視線を戻すと一気に距離を詰めたセシルがそこに立っていた。


「ニル」
「セシル……」
「何で抜け出してきた。どうやって」
「待って、聞きたいことはいっぱいあるだろうけど、こっちも聞きたいことがいっぱいある。まず、その前に――ッ!」
「いっ!?」


 きっちりと着こなされた服の襟をつかんで俺は思いっきりセシルに頭突きをかました。これは予想できていなかったのか、ゴン! と頭蓋骨に響くような音が響く。もちろん、俺もその痛みは感じているわけで、お互いダメージを負って悶える。


「これ、で、チャラ! チャラにはしたくないけど、軟禁したことに関してはこれで許してあげる」
「……ニル、俺は」
「しかたないからセシルの言い分も聞く。じゃなきゃ、フェアじゃない。ねえ、どうして俺を軟禁したの?」 


 別に不自由はなかった。けれど、セシルにあんな冷たい目を向けられて、閉じ込められていい気にはならなかった。不健康とは言わないが、毎日俺の好きなメニューが出てきて、ほしいものは何でも取り寄せることができて。俺もまだ目覚めたばかりだったから、剣は振るわなかったけれど、不自由のない生活ではあった。それは、セシルがそうするように命じていたからだろう。セシルの端々に感じられる気遣いを感じていたからこそ、何であんなことをしたのかわからなかったのだ。

 本編ではそんなことをしなかったから、予想できなかった? 違う。そうじゃなくても、俺はセシルをずっと近くで見てきたはずなのに、理解できていなかったことが悔しかったのだ。少しの八つ当たりでもあった。
 セシルは弁解しようと、不安そうな顔で俺を見て手を伸ばしていた。だが、その手を下ろして視線を漂わせる。珍しく彼の夜色の瞳に雲がかかっていた。


「俺には言えないようなこと? 親友なのに?」
「しん……誤解だ。いえないようなことじゃない」
「なら言ってよ。セシルらしくない。それに、理由もわからず軟禁された俺の身にもなってよ」
「それは、すまなかった」


 先ほどまでは、それはもうご立腹という感じで怒っていたのに、今では意気消沈と、俺に押されるようにもごもごと口を動かしていた。一時の怒りに任せて行動してしまった口だろうか、そしていつ言い出したらいいかわからなくなったタイプだろうか。
 そう思ったが、セシルの顔は依然として浮かないままだった。何か言いたいし、まだ俺のことを許していないというような色も見てとれる。


「謝罪が欲しいんじゃないよ。理由が聞きたいんだよ。セシルだっていきなりこんなことされたらいやでしょ?」
「いや……だが。だが、お前が」
「俺が何?」
「……お前が、どこかに行ってしまいそうで怖かった」


 と、消えそうな声でセシルは言うと、俺の肩を掴んだ。そこで初めて、セシルの手が震えていることに気づいたのだ。
 彼の怒りは、俺に対してのもので、苦しみも、悲しみもすべてが混ざったような、怒りという一つの感情では表せないものだったのだと思う。彼の顔から感情を読み取ろうとばかりしていたせいで、本質を見失いそうになっていた。彼が何に苦しんで、怒って、悲しんでいるのか。その裏を、行動をもっと俺は見るべきだったのだ。
 とはいえ、俺もまさか自分が助かるなんてと思っていて、いまだに生きている心地がしない。生きてはいるんだろうけれど、それは俺の知らない世界だから。


「俺はどこにもいかないよ。少なくとも君を残しては」
「だが、お前はあのとき、迷わず飛び出しただろ。俺を守るためとはいえ、自分の身を守るような姿勢をとらなかった。まるで、刺されることを知っていたような、自分の命を軽く見ているようにも感じたんだ」
「まさか……じゃないかも。だって、君の命と俺の命だったら君のほうが」
「なわけないだろう。命は平等だ。俺も、お前も天秤にかけたら等しい重さだ。そんなことは二度というな」


 セシルはぐっと俺の肩を掴む。力加減をミスっているようで、ミシミシと骨が軋む。
 命の重さは一緒でも、セシルが生き残ったほうがいいとは思う……ということは口にしなかった。セシルからしたら、セシルが同じ立場だったらもしかしたら一緒のことをしただろうけれど。俺はあれが最適解だと思った。


(知っていたって……知っていたけど、回避できたって思ったんだよ)


 だからあれは俺のミス。

 セシルが前に刺客に襲われたとき、人数を間違えたように、俺も帝国騎士団が来たからもう大丈夫だと思ってしまったのだ。それが、敵に隙を与えた。だから、俺が刺されても文句は言えなかったのだ。
 そんな言い訳も、後からとってつけたような話もセシルには通じないだろうなと思った。彼が俺を一人の人間として、親友として見てくれているからこそ、通じないいわけなのだ。


「わかったよ……でも、生きてる。そういう言い訳が聞きたいんじゃないだろうけど、だからって俺の自由を拘束して、どうするつもりだったの? あれで、俺が幸せになれると思っているの? それとも、それがセシルの幸せ?」
「……最近のお前は見ているだけで消えそうなんだ。自覚はないだろうが、すべてを悟っているような、どこか違うところ見ているような顔で。それが何かわからなくて、でも踏み込めなくて。二度も、お前を危険にさらした。でも、お前はそんなことどうってことないような顔で笑う。自分が消えても、誰も傷つかないって思っているみたいに」
「それは、そんなことは……ないよ」
「俺が――ッ」


 セシルは我慢できないといったように顔を上げる。銀色の髪を振り乱しながら、目をはらして。そこで、彼の目の下に隈があるのに気付いた。ああ、眠れていなかったんだろうな、というのが分かった。それも、多分俺のせい。


「俺がどれだけ心配したと思っている! お前が死んでしまうんじゃないか、お前がどこかに行ってしまうんじゃないかって。怖くて、眠れなかった。お前が、以前、俺を失ってしまう夢をみたといったときのこと、今ならもっと鮮明に、リアルに、痛いくらいわかる……」


 悲痛な叫びだった。本当に、心から俺のことを心配して眠れなかったことがうかがえた。でも、それはセシルに限ったことではなく、俺も同じだった。だからわかる。彼がどれほど俺を大切に思ってくれているか。
 俺がいない世界など考えられないとまで言ったのだ。それほどまでに想ってくれていたのだろうと思うし、その思いはきっと今も変わっていないだろう。だからこそ、俺は彼の前から消えようなんて考えなかったし、この命をかけても守ろうと決意したのだ。その結果が、セシルを苦しめたというか。
 俺は、彼を守ることで精いっぱいだった。もっと強くなれば、セシルは安心するだろうか。そんなことばかり考えてしまう。根本的にずれていると感じた。
 親友だと強くおす彼と、親友であり守るべき主人であると考えている俺が。ただ親友であるとだけ思えればいいのに、そこにフィルターがかかってしまう。


「お前は俺にとって、それくらい大切な存在なんだ。自分を大切にしてほしい、それと同じくらい……わがままでも、すまない、俺のことももっとわかってくれ。お前しかいない……俺のことをこれから先もずっと理解して、隣にいてくれるのはお前だけだ。親友の、お前だけ」


 と、消えそうな声で言うセシルに俺は何を言えたのだろうか。
 ヤンデレにジョブチェンとかあほみたいなことを言っていた自分を殴りたい。それほどまでに、セシルが苦しんで奇行……に及んだことを俺は責めることはできなかった。それでも、軟禁していい理由にはならない。


「もうしないで。君のそばにいるって誓うから」
「……ああ」
「あと、セシルがそういう趣味に目覚めちゃったかと思って心配した」
「なっ、そ、そういう趣味だと!?」
「冗談」

 セシルはガバッと顔を上げる。その顔は泣いて真っ赤になっていて、それに拍車をかけてアホ面で、どうしてそうなるんだといっているようだった。
 俺もつられて泣きそうだったのを、ちょっとユーモアでごまかそうと思った。それにセシルは爆速で切り替えて反応してくれた。


(俺も、セシルのこと大事だよ。ずっと隣にいたいと思うよ、でも……)


 どうなのだろうか。

 少しの不安があるというか。いつか、セシルの隣に違う人が並ぶんじゃないかと思ってしまう。結婚式のスチルが頭に浮かぶ。
 俺だって親友でいようと思っているはずなのに、そのスチルを思い浮かべると胸が痛んだ。親友という言葉でそれらを飲み込んで、俺は今だけは考えないようにした。

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