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第1部2章 死亡フラグを回避し学園生活に戻りました
02 それだと、違う物語が始まってしまうだろ!
しおりを挟む歩いていたら到底間に合わない距離にあるモントフォーゼンカレッジ。
キルシュさんはさすが宮中メイドといえるだけのスペック、空間転移の魔法が使えた。彼女のおかげもあってモントフォーゼンカレッジには数分も経たないうちにつくことができた。しかし、校内は広く、人がいないところを見ると始業式が始まっているらしかった。人っ子一人いない。
(クソ……無断欠席になるじゃんかあ……)
全部セシルのせいだ。今度会ったら一発なぐってやる。そう心に決めるが、彼の傷付いたような顔が頭に浮かぶ。そんな彼の顔を殴れるかと言ったらなぐれない。
もっと説明があれば納得したかもしれないが、それでも、あのまま軟禁生活はごめんだった。もう傷のほうも完治したし、この間の腕の傷だって痕が残ったぐらいで問題はない。
主人であり親友を守って目が覚めたら軟禁されていたとか意味が分からない。いつからセシルは文武両道の癖にポンコツ属性皇子から、ヤンデレにシフトチェンジしたのだろうか。セシルに俺を鎖でつなぐという発想があったのが何よりも恐ろしかった。
学園の構造は理解できていたが、講堂で始業式が行われているだろうとわかっていても、そこまでたどり着くのに時間がかかった。始業式と入学式が同じ日に行われる。入学式は午後から行われる予定だ。その入学式で――そこから、主人公の物語が始まるのだ。
(そうだった、そうだった。セシルにばっかり気をとられていたけど、主人公も)
きっと、コミカライズされたときと同じ容姿をしているのだろう。亜麻色のちょっとくせっけな髪に、平凡とはいいがたいエメラルドグリーンの瞳を持っている背の低い男の子。庇護欲にかられるというか、コミカライズではよく食べるハムスターみたいと表現もされていた。
まさか、ここまで自分が生き残れるとは思ってもいなかったので、今後ストーリー通りに進むとしても、セシルがどう主人公と関わるか予想がつかなかった。本来であれば、セシルは俺が死んだ悲しみに暮れて一匹狼にジョブチェンしており、そんなすさんだ心を主人公がとかしていく……という流れなのだが。今のセシルは、ヤンデレにジョブチェンしてるし、俺が生きているから、俺が死んだ悲しいエピソードは持っていないわけで。それでも、セシルが主人公と関わることで変わっていくというのなら、それもまた仕方ないとは思う。だって、主人公は俺じゃないから。
俺は、死んでみんなの心の傷になるはずだった死にキャラでしかない。番外編の脇役だ。
とはいえ、主人公がセシルルートに入ると決まったわけじゃないし、もしかしたらハーレムエンドかもしれない。コミカライズでは明らかに、ハーレムエンドよりのセシルルート、主人公総受け、溺愛ハッピー! という構成になっているのだが。どうなるかは、今のところ予想できない。
とりあえず、始業式には出ようと駆け足で曲がり角を曲がるとちょうどその曲がり角から出てきた誰かとぶつかってしまった。倒れはしなかったものの、後ろによろけ、壁に手をつく。始業式は終わったのだろうか。先ほどまで人の気配が全くしなかったし、焦っていたこともあって、人の気配に気づかなかった。俺は、ぶつかったこっちに非があるだろうと頭を下げる。
「すみません……! 前を見ていなくて」
俺はバッと頭を下げたが、俺の前に現れたはずの誰かは一言もしゃべらなかった。謝罪だけでは済まないのだろうか。そう思って恐る恐る顔を上げると、まず目に飛び込んできたのは黒い制服――魔法科の制服だった。胸元に赤と金色で縁取られた勲章がついているから間違いないだろう。
俺と学科は違う……そう思って、上を見ると、セシルより少し背の高い男がそこにはいた。燃えるような鮮やかな赤い髪をハーフアップにした男。ローズクォーツの瞳は神秘的で、まつ毛が長い、目鼻立ちが整った男。また、そんな美形一度見たら忘れるはずがなく、BLゲームの世界だからみんなイケメンばかりなんだ! という設定もきかない。なぜなら俺は彼に見覚えがあったから。
「よく見たら、皇太子殿下の腰ぎんちゃくじゃねえか」
「……ゼラフ・ヴィルベルヴィント」
腰ぎんちゃくって、もう少しいい言い方があったんじゃないだろうか。初対面で、人のことを腰ぎんちゃく扱いして。意味的にはあっているけれど、もっと皇太子の護衛とかかっこよく言ってほしいものだ……と思ったのは飲み込んでなかったことにしよう。
名前を呼ばれ、自分のことを知っているとわかると、目の前の男、ゼラフはどこか楽しそうに口角を上げた。
ゼラフ・ヴィルベルヴィント公爵子息――『薔薇の学園の特待生』の中でも一二を争う人気の攻略キャラ。一言でいえば俺様で、ツンデレ気質。主人公と初対面時、よくあるおもしれえ女あらため、主人公をおもしれえ男認定した男だ。経緯は忘れたが、セシルとはまた違ったタイプの孤独を好む男であり、人を寄せ付けないことで有名。だが、その魔法の腕は確かなもので、学内の大会では彼の横に並ぶものはいないとされている。ちなみに、一年留年して俺たちと同じ学年である。理由は、授業がつまらなかったから単位を落としたと最悪な留年理由だった。そういう設定もあって、おもしれえ俺様公子としてファンの間では、留年確定イラストが描かれていた。
(……苦手、なんだよな。いや、いるけどさ。留年した年上の同級生って)
それにこいつは、セシルと仲が悪かった。自由に生きてきたゼラフと、皇太子という身分に縛られるセシルでは何もかもが正反対で、たまにどころか、頻繁に意見が衝突する。
(こいつとは関わりたくない!!)
「……ふーん、騎士科でも俺のことは知ってんのか」
「はは、有名ですからね」
そんな俺の思いも露知らず、ゼラフは興味を持ったように俺の顔を覗き込んでくる。耳にかかっていた赤髪がはらりと前に落ちてくるその様子は、色気があると思ったが、彼の持つ美貌と内側のちょっと荒々しい、オラオラとした俺様は合わないというか。そこにギャップを感じるんだろうが、俺は苦手なタイプだった。
目をつけられませんようにと、それとなく微笑んで、その場を去ろうとしたが、ドン、と壁際まで追い詰められてしまい逃げることはかなわなくなった。
「始業式出たいんですけど」
「敬語は堅苦しいだろ? 俺のこと知ってんなら、敬語は外せ。お前と同じ学年だ」
「……はあ、とはいえ、学科が違うでしょ」
逃げようと、再度試してみたが、逃がす気はないらしい。
主人公とのファーストシーンを思い出す。 乙女ゲームも顔負けな壁ドンシーンがスチルとして、ゲーム内にはあった。
ゲームをやっていたときは、定番の壁ドンだ! とかなりテンションが上がったが、現実、いいものではない。
(こっわああああ!!)
命の危険を感じた。
俺よりも十五センチほど背が高いだけなのに、その十五センチ以上というのは威圧感がすごかった。ゼラフは俺様だし、初対面で人を腰ぎんちゃく呼ばわりする男ではあるのだが、顔だけはよかった。だが、壁ドンは、壁ドンでも足でドンなんてやるとは思えないだろう。俺の耳元でパラパラと壁が砕けて落ちる音が聞こえた。長い足に、高そうな黒い靴。そんな男に壁際に追い詰められるとか恐怖でしかない。
これで今気分がいいみたいだが、もし機嫌を損ねたらどうなるのだろうか。試すような度胸はないし、考えたくもなかったが、とにかく俺を逃がす気はないというオーラがひしひしと伝わってくる。
「始業式……」
「あんなものの何が楽しいんだ。今からいったって席はねえよ。お前もサボりだ」
「はあ!? 君と一緒にされたくないんだけど!?」
ゼラフがここにいるということは、大方予想はついていたが、やはりサボりだったらしい。ああいう堅苦しい行事ごとが嫌いなゼラフのことだ。抜け出してきたか、そもそも初めから出席していなかったのかもしれない。
だが、俺まで巻き添えでサボり扱いされるのは心外である。この道を通らなければよかったとか、あとからいろいろとこうすればよかったというものが浮かんでくるが、もうどうしようもないことだった。
俺が文句を垂れると、ゼラフは壁についていた足を下ろした。興味をなくしてくれればいい、だが機嫌を損ねない範囲で。そう思いながら、俺はぐっと我慢して口を閉じた。だが、俺の願いは届かず、ゼラフは再び顔を近づけてくると今度は吐息混じりにこう囁いた。
「お前さァ……怖いもの知らずだな。俺が誰だかわかって、喧嘩うってんのか?」
「……誰って、さっきわかってるっていったじゃん。それに、俺に手を出したら、せ、セシルが黙ってないと思うけど?」
ごめん、セシル! と、俺は心の中で謝ってゼラフに挑発的な笑みを見せつける。ひるんだら負けだと思ってしまったのだ。それが、功を奏したのか、ゼラフはハッと笑うと俺から離れた。
「ピンチになったらご主人様の名前を出すとか、お前、護衛として恥ずかしくないのか?」
「はは、別に……セシルはとっても過保護だから。自分の護衛のこと、ちゃんとみていたいんだよ。まあ、だからと言って、俺も舐められるわけにはいかないけど……ッ!」
「……ッ!」
ゼラフの一瞬の隙をついて俺は剣の柄に手をかける。ゼラフは、俺が剣を引き抜くと思ったらしく飛びのいて魔法で受け止めようとしたが、俺の狙いはそうじゃない。
「逃げろ――ッ!」
情けないとか、かっこ悪いとかどうでもよかった。ゼラフが勘違いして俺から離れてくれたおかげで、俺はゼラフから逃げることができたのだから。あのままずっと拘束されたらどうしようと思ったが、案外すんなりと逃げることができた。大したやつじゃないな、と思いながらも、もう二度と会うことはないだろうと俺は全力で走る。全学科が取れる科目が被らなければ。
「何だ、あいつ……おもしれえな」
そんな、ゼラフの楽しそうな声が聞こえたのはきっと気のせいだろう。
(さいっあくだ。これじゃ、絶対間に合わない!)
もう誰ともぶつかりませんようにと思いながら俺は廊下を走ったが、遠くからぞろぞろと人が出てくるのが見え、終わった、と足を止めてしまった。遠くから「入学式の準備を手伝ってください」という声も聞こえ、ああ、サボってしまったな、と力なく手をブランと横に下げるしかなかった。
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