みんなの心の傷になる死にキャラなのに、攻略キャラの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第1部2章 死亡フラグを回避し学園生活に戻りました

01 なぜ軟禁されているのか、説明を求む

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 ――おかしい。


「朝食はここにおいておきますね。ニル様」
「え、ああ……えっと、ありがとうございます」


 状況が理解できていないのは、俺もだが、ミルクティー色の髪の宮中メイド・キルシュもだった。普段は崩さないであろう笑みがぎこちなく、この状況に戸惑いを隠せていないようだった。しかしながら、メイドの与えられた仕事はこなそうと、俺に朝食を運んできてくれた。テーブルの上には、いつもより豪華な食事が並べられ、とても反応に困る。食欲をそそるいいにおいを漂わせているため、お腹はぐぅとなるのだが、食欲が失せるような鎖が目に入ってしまい、俺はため息を吐くしかなかった。


(なんでこうなった……?)


 生きている。いや、キルシュさんと話せているのだから生きているのだろう。俺が幽霊になって、キルシュさんが幽霊をみえる体質で、ということも考えられるがそんなのではない。というか、キルシュさんはすでに三日ほど俺のご飯を運んできてくれている顔なじみだ。
 俺は、あの日運命に逆らうことはできず死んだ――はずだった。だが、俺が懐に忍ばせておいたダガーには、一度だけ急所を外せるような特異な魔法がかかっており、それによって難を逃れたというか。
 それでも、深く体には突き刺さり背中に傷ができた。とにかくは、生きている、運命の夜を乗り越えたのだ。あのダガーがまさかこんな形で俺の命を救うとは思っていなかった。あのときは、使えなさそうとか思って本当に申し訳なかったと、すでに壊れてしまったダガーの残骸を見て頭を下げたのはここだけの話だ。
 応急処置も滞りなく済み、とにかくいろいろと対応が早く、的確だったためとりあえず生きている……のだが。


「セシル……皇太子殿下はどこに?」
「皇太子殿下なら朝早くに、モントフォーゼンカレッジに」
「始業式……か」


 セシルの姿は見当たらない。
 というか、俺は今、皇宮のほうで監禁……軟禁されていた。

 足には力でも、魔法でも壊せない拘束具がはめられており、自由が制限されてしまっていた。もちろん、部屋の中は自由に動き回れるほど鎖は長く、トイレで用を足すにも問題はない。枷がはめてあっても、そこに何かがあるというような違和感を払拭する魔法までかけてあるのか、見れば違和感しかない塊だが、生活するのには不自由はなかった。ただ、この部屋から出られない。そのため、キルシュさんに物を運んできてもらうしかないという生活が三日続いており、ベルを鳴らせばメイドがくるという生活をしていた。


(セシル……何をどうすれば、そんなことになるんだよ)


 俺が目覚めたとき、そこにはセシルがいた。
 もちろん、あの日いた騎士たちや、メンシス副団長、そして父もそこにいた。あの夜のことを思い出させるように、ゆっくりと俺が倒れた後のことを聞かされた。いつの間にか、騎士たちの中に刺客が紛れ込んでおり、気づかないほどの変装魔法と魔力制限によって誰も仲間に扮しているとは思わなかったらしい。刺客は全員殺してしまったため、誰に雇われたものたちなのか、その黒幕は暴けなかったのだとか。
 俺は一通り、宮中医師に診てもらい後遺症はないかや、その他おかしいところはないかと隅々まで調べてもらったが問題ないようだった。本当に奇跡といえるほどの生還だったらしく、皆涙して喜んでいた。
 ただ一人を除いて。


「皇太子殿下は、変わりない……ですかね」
「はい。ニル様、私は宮中で働いているメイドですので、皇太子殿下の護衛であるニル様に敬語を使われる身分ではございません。それに、私の前では、堅苦しく皇太子殿下と呼ばずとも、いつも通り名前で呼んであげてください」
「え、ああ、そう、ですか。そう……セシルは、変わりない、のか」


 本当に?

 目覚めてすぐに、俺はこの部屋に軟禁されてしまった。しかもここは、セシルの部屋だ。あの夜の物的な何かが残っているわけでもなく、窓も壁も元通りだった。あの夜の事件がなかったように。だが、ここにいると、あの夜のことを思い出さずにはいられなかったのだ。
 セシルは、怒っているようにも見えた。生きているのだから、いいだろうと反論すれば黙って部屋を出ていって。何かあれば、ベルを鳴らしてメイドを呼べと、俺が目覚めた日から姿を現さなくなった。それがとても悲しくて、寂しくて。俺としては、万々歳な結果なのに、セシルは気に食わないような顔をしていた。さすがに、俺が死ねばよかったのにとは思っていないだろうが、あまりにも冷たく接されて、部屋に閉じ込められて、セシルの気持ちが分からなかった。ずっと一緒に生きてきた親友なのに、言葉を交わすことさえできなくて。


(なんか、イライラしてきた)


 これは、俺が悪くないんじゃないか。完全にセシルに非があるのではないかと思った。
 なんで俺が反省しないといけないのかもわからないし、謝らないといけないのかもわからない。彼の護衛としてセシルを守ったのだから、褒められてもいいと思うんだが。主人を守って死ぬことは名誉ある死ではないかとも。死にたいわけじゃないけれど。
 イライラはすぐには収まらなかった。腹が立って仕方がない。生きていたら、またセシルと学園でーなんて淡い期待を抱いていた俺がばかみたいだ。学園に戻りたい。
 そうと決まればやることは一つだった。


「キルシュさん、俺の制服と届いたっていう剣、あと針金を持ってきてほしいんだけど。頼めるかな」
「はい、もちろんです」
「え、いいの?」


 あっさり承諾されてしまい、俺はあっけにとられた。俺の世話をしてくれているとはいえ、ここから俺を出すなとセシルに命令されている元ばかり思っていたからだ。だが、キルシュさんはとくにそれが命令違反だとか、お受けできませんとか、そういった顔は一切見せなかった。むしろ、俺がそれを言うだろうということを知っていた落ちうような顔でこちらを見ている。


「あの、一つ確認なんだけど。キルシュさんは、セシルにここから俺を出さないようにっていわれてたんじゃないんです……じゃないの?」
「はい。いわれてはいますが」
「俺を逃がしたって、後からセシルに言われて解雇とか……考えられなくもないけど」


 あまり、セシルがそういうことをするイメージはないので、ぱっとそんな言葉が浮かんだだけだけど。キルシュさんはにこりと微笑んだ。それはもう満面の笑みというか、満足している笑みだった。


「もちろん、ニル様の指示に従い、貴方をここから逃がしたらなんていわれるかわかりません。しかしですね! ニル様が皇太子殿下を思い、皇太子殿下のいる学園に戻りたいとどーしてもとおっしゃるのであれば、私は命令違反をしてでも、貴方をここから逃がしますよ!」


 ずいっと、すごい圧と熱量で言われてしまい、俺はその圧に押されてしまった。少し鼻息荒くて、先ほどの清楚なメイドというイメージはどこかへ吹き飛んでしまう。


「ニル様は命がけで皇太子殿下を守った。その忠義……! 感慨深いものがあります。もちろん、護衛として当たり前のことをしたといわれればそうでしょう。もし、守れていなければ……それを考えるほうが恐ろしいです。ですが、二人はともに育った乳兄弟! ただの主人と護衛という関係ではないように思えるのです。少なくとも私たちの間では、そういう噂が……ごほん、失礼しました。ニル様とて、大切な学園生活を皇太子殿下と送りたいですもんね。よくわかります」


 と、キルシュさんはわざとらしい咳払いしてうまくまとめる……が、ほとんどすべてをはなしてしまったと同じだった。
 つまりは、俺とセシルの仲が、そういう仲であると思われているのだろう。特別な身分を超えた固いきずなであり、愛……しかも、宮中メイドの中でそんな噂をされているということは、誰から見ても俺たちはそんなふうに見えるのだと。
 キルシュさんがいわゆる、腐女子である、というだけかもしれないが、少なくとも、キルシュさんだけが思っていることではないようで、皆、俺とセシルの仲に協力的なようだ。


(そんな、理想の関係じゃないと思うけど……)


 親友であることも、俺たちの間にそれなりの絆や、信頼、愛があることは確かだ。それに名前を付けるなら、本当に親友で、それ以上でもそれ以下でもないと俺は思っている。セシルの目が、そういうふうに俺を見ているとは思えないからだ。まあ、人がどう思おうが勝手なので、俺はそんなキルシュさんや、周りのメイドたちをだます形で巻き込んで脱出し用と思う。
 キルシュさんはすぐに部屋から出ていって秒で俺の制服と、頼んでいたオーダーメイドの剣を持ってきた。受け取るとそれは、確かにそこまで重量がないが、しっかりと剣の形をしており、レイピアのような細身ではなかった。鞘から引き抜くと、息をのむほど美しい剣に俺は見惚れてしまう。光にかざすと、それは透けて見え、キラキラと輝きを放つ。ガラスのようなその剣に、俺はスッと指を置く。


「……魔鉱石でつくられた、剣、か。かすかに魔力も感じるし、この透け具合も納得というか」


 キルシュさんに聞いた話、セシルを命がけで守ったという功績から、父がこの剣の代金をすべて払ってくれたようだった。オーダーメイドとはいったものの、ここまでいいものがくるとは思わず、かなりお金がかかったんだろうなと予想ができた。
 透明な青い剣。その青は、空の青さをほうふつとさせた。
 俺は鞘をベッドの上において、その剣を一振り、二振りと試しに素振りしてみる。ヒュン、ヒュンといい音が鳴り、初めて握るのに、手によくなじんだ。重さも申し分ない。
 新たな俺の相棒に惚れ惚れしながら、俺は自分の足にはめられた魔法の枷を見る。この剣ならもしかしたら切り落とすことができるのかもしれないが、それで折れたら元も子もない。なので、キルシュさんに持ってきてもらった針金を枷にあった鍵穴にいれ、カチャカチャと弄っていれば、思いのほか簡単に外れた。魔法と物理を弾く特注の枷。だが、その外し方は思った以上に簡単で、鍵を差し込むだけだった。

 足が解放され、俺はモントフォーゼン学園の制服に袖を通す。騎士科の制服は誠実さを表す純白だ。他の学科はデザインは一緒でも、学科ごとに色は違う。魔法科だったら黒とか。
 鏡で自分の姿を確認し、腰に先ほどの剣を携える。青と金色の騎士科生であることを示す勲章に手を当てる。心臓も、ドクドクト動いていた。生きていることを実感する。
 でも、鏡に映っていた自分はどことなく不安そうな顔をしていたのだった。


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