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第1部1章 もうすぐ死ぬキャラに転生しました
10 筋書きどおりの物語
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薔薇の匂いが鼻腔をくすぐる。
冷たい石の上で寝ているという感覚があり、俺はすぐに体を起こして、そこが外であることに気が付いた。空間転移……転移魔法の魔法陣によって、俺たちはどうやら外に放り出されてしまったらしい。そこまで計画していなかったのか、座標まで指定しきれていなかったのか、皇宮の青い薔薇が咲き乱れる庭園の真ん中に俺たちは飛ばされた。
もっと遠くに飛ばされていたらと思うと恐ろしいが、これらならまだ、すぐに騎士団が駆け付けてくれるだろう。
「気が付いたか、ニル」
「まあ……気絶していなかったと思うんだけど」
距離が短かったためか、一瞬酔ったような感覚になっただけで、意識ははっきりとしていた。先に気が付いていたらしいセシルは俺に手を差し伸べており、俺はその手を取って立ち上がった。先ほどはその手を掴もうと思わなかったのに、これは無意識だ。それに、早急に立ち上がらなければいけない状況だったから。
「先ほどより、持ちこたえられるかわからなくなってきたな」
「セシルがそれいったら、大概終わりだよ。やるしかないでしょ、こうなったら。黙ってやられるわけにはいかない」
「ああ、そうだな。お前がいれば」
剣を握る手に力が入る。やるしかないのだと、気持ちを切り替える。
俺たちがいるのは、庭の中心、噴水のある広場のような場所。真っ白な石畳に、背の高い青い薔薇が咲き乱れている。
そんな薔薇の庭園から、ぞろぞろと黒服の男たちが恐ろしいナイフをちらつかせながらこちらへとやってくる。その数はこの間よりも多い。二人で相手するには、少し多いと感じるし、この間の刺客よりも明らかに手練れ感を出している。数で攻めるだけじゃなく、先ほど結界を一発で破った魔導士たちも混ざっているのだろう。そう思うと、遠距離射撃も気をつけなければならない。
「多すぎでしょ、これ」
「ビビっているのか、ニル」
「いや。また勝負する? そしたら、やる気出るかも」
と、俺は自分自身を奮い立たせるためにセシルに吹っ掛ける。すると、セシルは名案だ、と嬉しそうに声を弾ませた。まあ、そんな余裕はないが、心の持ちようで少しは剣を軽く振るうことができるだろう。
運命を変えるなら――
俺たちは目配せし、剣を構える。どこからでもかかってこいと、挑発気味に見れば、ある男が手を上げ指示を出したと同時に一斉に切りかかってきた。多勢に無勢……数で押せばいけると思われているのだろうか。それは甘い。
俺は低く体制をとって、彼らに切りかかるように見せかけぼそりと詠唱を唱える。すると、目の前に空色の魔法陣が浮かび上がり、そこから突風が彼らに向かって吹きあがる。
「うわあ!」
「なんだ!?」
突風は、石畳の石を巻き込みながら彼らに向かって吹き付けられる。目くらまし目的にしてみたが、上手くいっただろうか。魔法をこのためではないが、練習したかいがあった。とはいっても、まだまだ威力は低く、攻撃魔法とは言えない程度の威力しか出ないが。
だが、彼らは態勢を崩したようで、俺はそのまま彼らの懐へと潜り込み、剣を一閃する。「ぐあっ」と一人を斬りつければ、また一人と俺の剣によって倒れていく。だが、この人数ではすぐに体制を整えられてしまうだろう。その前に数を減らす。セシルは先ほど指示を出した男の背後をとり、そのまま一振りで男をしとめる。さすがはセシル。しかし、その後ろをとった刺客たちが二人同時でセシルに向かっていく。
「『風よ――』!」
俺は、片手で剣を握りながら、簡易的に風を吹かせ、彼らの足止めをすると、セシルは待っていたといわんばかりにその二人も片した。
「いいタイミングだったな」
「もう、俺が魔法を発動しなかったらどうするつもりだったのさ」
「それでも、いけただろう。何せ、俺をしとめることしか脳のないやつらだ。まあ、油断はできないが」
と、また背後にいた男を一人、剣で斬り捨てる。
そうはいっても、油断はできないのは本当のこと。確実に数を減らしていくしかないだろう。俺たちが勝利するにはそれが一番だ。そのためには、手が多い方がいいが……これだけの人数を相手するのは骨が折れる。だがしかし……やるしかないのだ。
「ニル! 後ろ!」
と、セシルが叫ぶ。俺はその声に反応してすぐに後ろを振り返るが、その隙を狙っていたように俺の背後からナイフを持った刺客が切りかかる。それを間一髪かわして、その刺客がもつナイフをはじき飛ばし、俺はすぐにそいつの腹に剣を突きさす。しかし、相手は死にもの狂いだったようで、俺が剣を腹に刺したと同時に俺めがけて血濡れのナイフを振り下ろす。
「……っ!」
よけるにはもう遅く、俺は目をつぶって痛みに耐えようと構えるが……ぐあッ! と、俺の耳に飛び込んできたのは男の悲鳴で、俺はゆっくりと目を開ける。そこには、メンシス副団長がおり、気づけば騎士団が駆け付けていた。
「まったく……あの戦闘狂の騎士団長の息子とは思えませんな。エヴィヘット公爵子息」
「は、はは……ありがとうございます。メンシス副団長」
スッと、剣をその男から引き抜いて血を払う。まるで、針に糸を通すかのような隙間から攻撃を仕掛けたな、と俺は感心した。メンシス副団長は、相変わらずというか厭味ったらしくそういって、「剣をもって次の攻撃に備えなさい」と俺に命令をする。
父は本日担当外なのか、姿が見当たらず、騎士団の指揮はメンシス副団長が執っているようだった。しかしまあ、これだけ人数がいれば、相手も退散するだろうと思った。だが、よほど大金を積まれたんか、忠誠心が強いのか、男たちは騎士団を前に一歩も引こうとしなかった。
片目を負傷しようが、そのナイフを手放す様子はなく、殺意のこもった目でこちらを見ている。
「メンシス副団長。あの、結界を破った魔導士がどこかにいるはずなんですが」
「ああ、そのことなら、他のものを向かわせている。どうやら、皇宮の屋根から攻撃を仕掛けたらしいな。道理で見当たらないわけだ」
「へ、へえ……」
「そんなことも我々が把握していないと思ったのか。まったく、騎士団を舐めすぎだ。貴様は」
と、メンシス副団長はピシッと俺に指をさした。
一々癪に障ることを言う人だ。父は、この人の小言を気にしないのだろうか。まあ、父のことだし、笑い飛ばしているかもしれないが、俺はどうもこの人と会わないと思った。俺が騎士団を甘く見て侮っている……と。そんなわけがない。だって、父が統率する騎士団の副団長なのだから。
俺は、メンシス副団長に指示された通り剣を握り直し、応戦する。先ほどよりも心強い味方が増えたことで、一気に片づけることはできた。屋根の上でも魔導士同士の攻防戦が繰り広げられているのか、破裂音と眩い閃光が見える。あっちは、救援に行かなくても大丈夫だろう。魔法に不慣れな俺がいったところで、足を引っ張ることしかできない。
そうしているうちに、あっという間に刺客たちは片づけられ、一人を残してその場は血の海となった。青い薔薇には赤い血が飛び、それは変色して紫になっていた。
メンシス副団長はあたりを見渡し、他にいないか数人の騎士に見回りに行くよう指示を出し、とらえた刺客の男に近づいた。
「いったい誰に指示されて、皇太子殿下を狙ったんだ」
騎士たちに取り囲まれても刺客の男は答えなかった。よっぽど口が堅いらしい。メンシス副団長は眉間にしわを寄せて騎士たちにそいつを牢へ連れて行くように指示した。騎士たちは男の肩を両側から掴み立ち上がらせようとしたが、刺客の男はいきなり血を吐いて倒れてしまった。どうやら、口の中に毒を仕込んでいたらしい。どこまでも、情報を漏らさないという意思が伝わり、恐ろしかった。バッグにどんな人間がいるか、気になるところだが。
「チッ……毒を仕込んでいたか。まあ、いい。片付けられたからな。皇太子殿下、そしてエヴィヘット公爵子息は部屋に戻るように、すでに殿下の部屋は修復してありますが、きになるようでしたら、他の部屋を用意させましょう」
「ああ、助かる。ニル、いこう」
「うん……」
差し出された手を、俺は再びとる。
本当に終わったんだよな、と俺はまだドクンドクンと脈打つ心臓に手を当てて、そう呟いた。生きている、運命を変えた?
「ニル、大丈夫か?」
そんな俺の様子を見て、セシルは心配そうに俺の顔を覗き込む。俺はそんなセシルに笑って大丈夫だというと、彼は少し安心したように笑った。しかし、まだ刺客が潜んでいるかもしれないから、気を抜くのはまだ早いだろう。
「エヴィヘット公爵子息もご苦労だった」
「いえ……」
メンシス副団長は俺にねぎらいの言葉をかける。だが……その目は俺を敵視している目だ。まあ、セシルよりも動けていないようにメンシス副団長の目には映ったのかもしれない。俺たちは、メンシス副団長が指名した甲冑を被った騎士に案内してもらうことにして、庭園を後にしようとする。
今すぐにベッドに倒れ込みたい、そんなヘロヘロな身体を引きずりながら一歩踏み出したときだった。また、ピリリと何かを知らせるようにうなじあたりが痛む。俺たちを案内し前を歩いている護衛、ではなく、その後ろから突いてきた護衛がなぜか剣を引き抜いたのだ。ギラリと白い刀身が見え、俺はまずいと、セシルに向かって走る。そこまで距離はなかったためすぐに彼のもとにたどり着いたが、後ろからの殺意は消えることなく、またメンシス副団長の声も響いた。
(ああ、これだ……見たことある)
セシルをかばうように敵に背中を向け、後ろから一突き刺されるという、あのゲームの中の最悪なスチル。セシルの絶望顔が次にアップされて、下にニルのセリフが出るやつだ。
ズブ、と肉を貫く音が背後に響く。一瞬にして熱が体を駆け巡り、その熱さは痛みに変わる。俺は、セシルを強く押して、少しでもと刺客から遠ざけようとした。口から鉄の味がする赤い液体を吐き出して、俺は力なく前に倒れていく。それがバカみたいにスローモーションだったのだ。
「ニル……ッ!!」
押したはずなのに、すぐに戻ってきて、俺の身体を支えるセシル。意味ないじゃないか、と俺は苦笑いするが、どうも頬が上がらない。後ろから、ぐあああっ! という悲鳴と、血の匂いが広がって、俺の背中にさらに血が付着した。メンシス副団長だろうか、俺を刺した騎士を倒してくれたのは。
「ニル、ニル……ッ!」
セシルの悲痛な声が耳元で聞こえる。だが、それはくぐもってよく聞こえなかった。
定まらない視界と、震える手でセシルの頬を撫でる。それくらいは動いたようだった。あと一言、何か言えればいいのに。
結局物語通りになってしまったと、俺は心の中で嘲笑する。けれども、たった一人の親友を今、守れたことはよかったかもしれない。これからの彼を、彼の心を守れないのは、かなり苦しいけれど、きっと彼には、セシルには支えてくれる人が現れるだろう。例えば、主人公とか。
セシルが俺の手に触れる。きれいだった手は、俺の血で赤く染まってしまっていた。泣きそうな顔、絶望の表情……それを最後に見たかったわけじゃないんだけどな、と俺は震える唇を動かした。
「……よかった、君が、無事で」
それも、ニルが最後セシルにかけた言葉だった。でも、これは、本当に心の底から出た言葉だったんだ。
重い瞼がとじていく。意識は闇の中へ引きずり込まれるようにして、俺はパタリと意識を失った。
冷たい石の上で寝ているという感覚があり、俺はすぐに体を起こして、そこが外であることに気が付いた。空間転移……転移魔法の魔法陣によって、俺たちはどうやら外に放り出されてしまったらしい。そこまで計画していなかったのか、座標まで指定しきれていなかったのか、皇宮の青い薔薇が咲き乱れる庭園の真ん中に俺たちは飛ばされた。
もっと遠くに飛ばされていたらと思うと恐ろしいが、これらならまだ、すぐに騎士団が駆け付けてくれるだろう。
「気が付いたか、ニル」
「まあ……気絶していなかったと思うんだけど」
距離が短かったためか、一瞬酔ったような感覚になっただけで、意識ははっきりとしていた。先に気が付いていたらしいセシルは俺に手を差し伸べており、俺はその手を取って立ち上がった。先ほどはその手を掴もうと思わなかったのに、これは無意識だ。それに、早急に立ち上がらなければいけない状況だったから。
「先ほどより、持ちこたえられるかわからなくなってきたな」
「セシルがそれいったら、大概終わりだよ。やるしかないでしょ、こうなったら。黙ってやられるわけにはいかない」
「ああ、そうだな。お前がいれば」
剣を握る手に力が入る。やるしかないのだと、気持ちを切り替える。
俺たちがいるのは、庭の中心、噴水のある広場のような場所。真っ白な石畳に、背の高い青い薔薇が咲き乱れている。
そんな薔薇の庭園から、ぞろぞろと黒服の男たちが恐ろしいナイフをちらつかせながらこちらへとやってくる。その数はこの間よりも多い。二人で相手するには、少し多いと感じるし、この間の刺客よりも明らかに手練れ感を出している。数で攻めるだけじゃなく、先ほど結界を一発で破った魔導士たちも混ざっているのだろう。そう思うと、遠距離射撃も気をつけなければならない。
「多すぎでしょ、これ」
「ビビっているのか、ニル」
「いや。また勝負する? そしたら、やる気出るかも」
と、俺は自分自身を奮い立たせるためにセシルに吹っ掛ける。すると、セシルは名案だ、と嬉しそうに声を弾ませた。まあ、そんな余裕はないが、心の持ちようで少しは剣を軽く振るうことができるだろう。
運命を変えるなら――
俺たちは目配せし、剣を構える。どこからでもかかってこいと、挑発気味に見れば、ある男が手を上げ指示を出したと同時に一斉に切りかかってきた。多勢に無勢……数で押せばいけると思われているのだろうか。それは甘い。
俺は低く体制をとって、彼らに切りかかるように見せかけぼそりと詠唱を唱える。すると、目の前に空色の魔法陣が浮かび上がり、そこから突風が彼らに向かって吹きあがる。
「うわあ!」
「なんだ!?」
突風は、石畳の石を巻き込みながら彼らに向かって吹き付けられる。目くらまし目的にしてみたが、上手くいっただろうか。魔法をこのためではないが、練習したかいがあった。とはいっても、まだまだ威力は低く、攻撃魔法とは言えない程度の威力しか出ないが。
だが、彼らは態勢を崩したようで、俺はそのまま彼らの懐へと潜り込み、剣を一閃する。「ぐあっ」と一人を斬りつければ、また一人と俺の剣によって倒れていく。だが、この人数ではすぐに体制を整えられてしまうだろう。その前に数を減らす。セシルは先ほど指示を出した男の背後をとり、そのまま一振りで男をしとめる。さすがはセシル。しかし、その後ろをとった刺客たちが二人同時でセシルに向かっていく。
「『風よ――』!」
俺は、片手で剣を握りながら、簡易的に風を吹かせ、彼らの足止めをすると、セシルは待っていたといわんばかりにその二人も片した。
「いいタイミングだったな」
「もう、俺が魔法を発動しなかったらどうするつもりだったのさ」
「それでも、いけただろう。何せ、俺をしとめることしか脳のないやつらだ。まあ、油断はできないが」
と、また背後にいた男を一人、剣で斬り捨てる。
そうはいっても、油断はできないのは本当のこと。確実に数を減らしていくしかないだろう。俺たちが勝利するにはそれが一番だ。そのためには、手が多い方がいいが……これだけの人数を相手するのは骨が折れる。だがしかし……やるしかないのだ。
「ニル! 後ろ!」
と、セシルが叫ぶ。俺はその声に反応してすぐに後ろを振り返るが、その隙を狙っていたように俺の背後からナイフを持った刺客が切りかかる。それを間一髪かわして、その刺客がもつナイフをはじき飛ばし、俺はすぐにそいつの腹に剣を突きさす。しかし、相手は死にもの狂いだったようで、俺が剣を腹に刺したと同時に俺めがけて血濡れのナイフを振り下ろす。
「……っ!」
よけるにはもう遅く、俺は目をつぶって痛みに耐えようと構えるが……ぐあッ! と、俺の耳に飛び込んできたのは男の悲鳴で、俺はゆっくりと目を開ける。そこには、メンシス副団長がおり、気づけば騎士団が駆け付けていた。
「まったく……あの戦闘狂の騎士団長の息子とは思えませんな。エヴィヘット公爵子息」
「は、はは……ありがとうございます。メンシス副団長」
スッと、剣をその男から引き抜いて血を払う。まるで、針に糸を通すかのような隙間から攻撃を仕掛けたな、と俺は感心した。メンシス副団長は、相変わらずというか厭味ったらしくそういって、「剣をもって次の攻撃に備えなさい」と俺に命令をする。
父は本日担当外なのか、姿が見当たらず、騎士団の指揮はメンシス副団長が執っているようだった。しかしまあ、これだけ人数がいれば、相手も退散するだろうと思った。だが、よほど大金を積まれたんか、忠誠心が強いのか、男たちは騎士団を前に一歩も引こうとしなかった。
片目を負傷しようが、そのナイフを手放す様子はなく、殺意のこもった目でこちらを見ている。
「メンシス副団長。あの、結界を破った魔導士がどこかにいるはずなんですが」
「ああ、そのことなら、他のものを向かわせている。どうやら、皇宮の屋根から攻撃を仕掛けたらしいな。道理で見当たらないわけだ」
「へ、へえ……」
「そんなことも我々が把握していないと思ったのか。まったく、騎士団を舐めすぎだ。貴様は」
と、メンシス副団長はピシッと俺に指をさした。
一々癪に障ることを言う人だ。父は、この人の小言を気にしないのだろうか。まあ、父のことだし、笑い飛ばしているかもしれないが、俺はどうもこの人と会わないと思った。俺が騎士団を甘く見て侮っている……と。そんなわけがない。だって、父が統率する騎士団の副団長なのだから。
俺は、メンシス副団長に指示された通り剣を握り直し、応戦する。先ほどよりも心強い味方が増えたことで、一気に片づけることはできた。屋根の上でも魔導士同士の攻防戦が繰り広げられているのか、破裂音と眩い閃光が見える。あっちは、救援に行かなくても大丈夫だろう。魔法に不慣れな俺がいったところで、足を引っ張ることしかできない。
そうしているうちに、あっという間に刺客たちは片づけられ、一人を残してその場は血の海となった。青い薔薇には赤い血が飛び、それは変色して紫になっていた。
メンシス副団長はあたりを見渡し、他にいないか数人の騎士に見回りに行くよう指示を出し、とらえた刺客の男に近づいた。
「いったい誰に指示されて、皇太子殿下を狙ったんだ」
騎士たちに取り囲まれても刺客の男は答えなかった。よっぽど口が堅いらしい。メンシス副団長は眉間にしわを寄せて騎士たちにそいつを牢へ連れて行くように指示した。騎士たちは男の肩を両側から掴み立ち上がらせようとしたが、刺客の男はいきなり血を吐いて倒れてしまった。どうやら、口の中に毒を仕込んでいたらしい。どこまでも、情報を漏らさないという意思が伝わり、恐ろしかった。バッグにどんな人間がいるか、気になるところだが。
「チッ……毒を仕込んでいたか。まあ、いい。片付けられたからな。皇太子殿下、そしてエヴィヘット公爵子息は部屋に戻るように、すでに殿下の部屋は修復してありますが、きになるようでしたら、他の部屋を用意させましょう」
「ああ、助かる。ニル、いこう」
「うん……」
差し出された手を、俺は再びとる。
本当に終わったんだよな、と俺はまだドクンドクンと脈打つ心臓に手を当てて、そう呟いた。生きている、運命を変えた?
「ニル、大丈夫か?」
そんな俺の様子を見て、セシルは心配そうに俺の顔を覗き込む。俺はそんなセシルに笑って大丈夫だというと、彼は少し安心したように笑った。しかし、まだ刺客が潜んでいるかもしれないから、気を抜くのはまだ早いだろう。
「エヴィヘット公爵子息もご苦労だった」
「いえ……」
メンシス副団長は俺にねぎらいの言葉をかける。だが……その目は俺を敵視している目だ。まあ、セシルよりも動けていないようにメンシス副団長の目には映ったのかもしれない。俺たちは、メンシス副団長が指名した甲冑を被った騎士に案内してもらうことにして、庭園を後にしようとする。
今すぐにベッドに倒れ込みたい、そんなヘロヘロな身体を引きずりながら一歩踏み出したときだった。また、ピリリと何かを知らせるようにうなじあたりが痛む。俺たちを案内し前を歩いている護衛、ではなく、その後ろから突いてきた護衛がなぜか剣を引き抜いたのだ。ギラリと白い刀身が見え、俺はまずいと、セシルに向かって走る。そこまで距離はなかったためすぐに彼のもとにたどり着いたが、後ろからの殺意は消えることなく、またメンシス副団長の声も響いた。
(ああ、これだ……見たことある)
セシルをかばうように敵に背中を向け、後ろから一突き刺されるという、あのゲームの中の最悪なスチル。セシルの絶望顔が次にアップされて、下にニルのセリフが出るやつだ。
ズブ、と肉を貫く音が背後に響く。一瞬にして熱が体を駆け巡り、その熱さは痛みに変わる。俺は、セシルを強く押して、少しでもと刺客から遠ざけようとした。口から鉄の味がする赤い液体を吐き出して、俺は力なく前に倒れていく。それがバカみたいにスローモーションだったのだ。
「ニル……ッ!!」
押したはずなのに、すぐに戻ってきて、俺の身体を支えるセシル。意味ないじゃないか、と俺は苦笑いするが、どうも頬が上がらない。後ろから、ぐあああっ! という悲鳴と、血の匂いが広がって、俺の背中にさらに血が付着した。メンシス副団長だろうか、俺を刺した騎士を倒してくれたのは。
「ニル、ニル……ッ!」
セシルの悲痛な声が耳元で聞こえる。だが、それはくぐもってよく聞こえなかった。
定まらない視界と、震える手でセシルの頬を撫でる。それくらいは動いたようだった。あと一言、何か言えればいいのに。
結局物語通りになってしまったと、俺は心の中で嘲笑する。けれども、たった一人の親友を今、守れたことはよかったかもしれない。これからの彼を、彼の心を守れないのは、かなり苦しいけれど、きっと彼には、セシルには支えてくれる人が現れるだろう。例えば、主人公とか。
セシルが俺の手に触れる。きれいだった手は、俺の血で赤く染まってしまっていた。泣きそうな顔、絶望の表情……それを最後に見たかったわけじゃないんだけどな、と俺は震える唇を動かした。
「……よかった、君が、無事で」
それも、ニルが最後セシルにかけた言葉だった。でも、これは、本当に心の底から出た言葉だったんだ。
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