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第1部1章 もうすぐ死ぬキャラに転生しました
04 身分の隔たりもないただの親友
しおりを挟むお城が少し遠くに見える。
馬車と人が活発に行きかう、帝都は、平民だけではなく商人も、貴族も、様々な人が行き交っている。馬車は大通りを進み、やがて貴族街へと入っていった。
「勝手に抜け出して、怒られるよ。セシル」
「大丈夫だ。誰にも見つからないだろう。それに、ニルも一緒に抜けてきているんだ。同罪だ」
と、平民を装った変装をしているセシルは、皇太子とは思えないほど楽そうに頭の後ろで手を組みながら歩いていた。変装魔法で髪色を茶髪に染めているが、その不思議な色の瞳までは代えられないようで、茶髪の瞳があまりにも美しい美青年に仕上がってしまった。平民風なのだが、明らかに、平民ではなく貴族以上のオーラを放っている。
そんなセシルの後ろを、俺も髪型を変え眼鏡をかけて歩く。
俺たちは、お忍びで、城を抜け出して帝都まで来た。基本的には、外出許可を取り、俺のほかにも何人か手の空いている騎士を連れて、周りに配置させるのが決まりなのだが、それが堅苦しいとセシルは黙って塀を越えて街まで来ていた。もちろん、一人でいかせるわけにもいかず、俺はセシルを追うようについてきたのだが……
「ニルは心配しすぎだ。それに、怒られたくらいでやめるつもりはない」
「いや、やめなよ……君は、皇太子なんだから」
「それが堅苦しいといっているんだ。監視されている、息の詰まるような生活は嫌だ。早く、学園に戻りたい」
「あっちも、あっちで監視の目はあると思うけど。寮生活だし」
セシルにとって、皇宮とは皇太子であるセシルを守り、いずれ皇帝となるセシルを監視するための施設だと思っているようだ。間違ってはいないのだが、セシルの考えは特殊で、皇太子という自覚はありつつも、自由でいたいというのが彼の中に一番にある。それは、本編でも時折感じられ、けれど、ニルが死ぬ前よりかは緩和された。それはなぜか。皇太子として威厳ある姿であること、そして、刺客に襲われるような、自らを守ってくれた護衛を死なせるような弱い皇子ではあってはならないと彼が心を入れ替えたからである。だからこそ、今のセシルはこの生活を窮屈に感じ、年相応の姿でいられる学園に戻りたいと思っているのだ。
そんなセシルの愚痴を聞きながら、俺は珍しい露店を見つけ指をさす。
「あっ、セシル! あれ食べない?」
「切り替えが早いな……露店か。確かに、おいしそうだな」
「でしょ? もうお昼時だし」
と、俺は適当にごまかしてセシルを連れて露店の並ぶ通りまで歩いて行く。そこでは様々な人が食べ物を売っており、食欲を誘う匂いがあちこちからしていた。俺が指さしたその露店はどうやら串に肉や野菜を刺して焼いたものを売っていた。
俺は、串に肉や野菜を刺した露店の店主に声をかける。
「おじさん、これ二つちょうだい」
「あいよ! 一つ銅貨五枚だ!」
「じゃあ、これで」
俺は懐からお金を出して、店番をしているおじさんに渡す。すると、セシルが横から口を挟んできた。
「俺が出す」
「いや、いいって。というか、セシルに出させるのって……」
「ここにきて、従者かんを出すな! 俺たちは、親友だろ?」
「う……なんか、親友を魔法の言葉かなにかと勘違いしてない? まあ、セシルがいうなら、割り勘で」
出しかけていたお金を半分引っ込めて、俺たちは自分の分を自分で払うことになった。
さきほど、セシルに皇太子として……と苦言を言ったばかりだが、セシルのいう通り親友、ただの友人として露店に来て食べ物を買うということは俺の感覚からしておかしくないなと納得してしまった。それこそ、仲のいい男子高校生のようなノリだった。
学校をさぼって遊びに行くノリで、外出許可を取らずに外にでて遊ぶ。背徳感に襲われて食べる肉は格別だった。ベンチで、長い串に刺さった肉と野菜を交互に食べて、感想を言い合う。いつもは、テーブルマナーがどうとか言われるが、それも気にする必要はなかった。そして、無礼講。
ただの親友として、俺たちはここにきているのだと、俺はそれに適応する。それに、これがはじめてじゃなかったとおもいだした。
「前に城を抜け出したのはいつだっけ?」
「帝国設立記念パーティーの日だな。夜会が面白くなくて、抜け出して、外で花火を見た」
「そうだった。露店に行きたかったけど、その前に見つかって怒られたんだよね。懐かしいな」
何年前だったか。毎年、帝国設立記念パーティー、パレードは行われるのだが、十歳くらいだっただろうか。もう十歳になったのだから、何でもできる! 魔法も使えるようになった! と、いきがっていた時期だった。だから、調子に乗って二人なら外に出ても大丈夫だと城を抜け出した。
そして、街が一望できる丘の上で花火を見た。赤や、黄色、オレンジと夜空を彩る花火を二人で並んでみた。町のほうで流れていた陽気な音楽につられていってみようとしたときに従者たちに見つかって城に戻された。俺は父に殴られこっぴどく叱られ、セシルも同様に皇帝に怒られていた。その後は、セシルは一か月ほど謹慎を言い渡されていた。
それでも、懲りなかった俺たちはたびたび外出許可なしに外に出て、見つからないよう帰ってきた。学園にいたときはそうでもなかったが、長い休みになると、皇宮でセシルは皇太子になるための勉強を、俺は鍛錬と公爵家を継ぐための勉強をさせられ、学園にいるときよりも長いこと勉強に拘束された。ただ幸いというべきなのか、俺とセシルは隣同士の部屋で勉強しており、窓から体をのぞかせては、進捗状況を話し合ったりもした。
セシルは、最後の肉を平らげて「もう一本買ってもよかったな」といいながら、俺のほうを見た。俺の肉はまだ三つほど残っており、どうやらそれを狙っているようだった。
「食べる?」
「い、いいのか? しかし、割り勘したものだ。食べたら……」
「いいって。セシルのほうが、よく食べるし。俺はこれくらいでも十分だよ。それに、セシルがおいしそうに食べるから、なんか嬉しくなっちゃうんだよね」
食べっぷりがいいし、見ているだけで気持ちがいい。
俺がそう伝えると、セシルは、目に星を輝かせて、じゃあ、と俺の手を掴んで、串から肉を引き抜いた。油の程よく乗った肉がセシルの口の中に吸い込まれていく。ぺろりと平らげ、口の周りについた油を舌で拭う。それでも取り切れなかった食べかすは、親指でぐっと拭った。
「おいしいな。またあったら買おう」
「食べることしか頭にないの? セシルらしいけど。でも、おいしかったね」
と、俺は最後の一口を口の中に放り込み、串を近くにあったゴミ箱に捨てる。そして、俺たちは再び帝都の街へ繰り出したのだった。
露店での食事を終えた俺とセシルはまた街の中を歩き回っていた。ただ歩くだけというのもつまらないので、露店の商品を見たり、セシルはまた買い食いをしたりした。
無断で抜け出してきたという背徳感に、二人で何気ない時間を過ごしているという多幸感に。俺はそれだけでお腹がいっぱいになる。
俺の隣で、あれはどうだ、とか、これは興味深い、と独り言のような声をかけてくるセシルに笑わずにはいられなかった。
「このブローチの宝石、ニルの瞳に似ているな」
「そういうのは、ご令嬢にプレゼントするものでしょ。それを言うなら、このネックレスの宝石は、セシルの瞳に似ている」
露店に並んでいた商品をたがいにかざして、似ている、と言っては笑った。俺たちには不必要なもので、そういったものは、きっとかわいいご令嬢にプレゼントするものだと思う。そうして喜ばれて、そこから恋に発展するとか……考えてみたが、ここがBLゲームな世界上、やはりメインは男性同士の恋なのだろうか。
街を見ていると、多様性と言わんばかりに、いろんなカップルがいた。それが悪いわけでもないが、目立つのは男性の二人組。明らかに、出ているオーラが違うというか、少し恥ずかしくなるような歩き方をしている。腰をぐっと抱いたり、肩をぐっと抱いたり。身長差があって、背が大きいほうが低いほうの耳とで何かしゃべるとか、髪にキスをするとか。そんな甘ったるい空気が流れ込んでくる。なんだかうらやましい。
俺は見ないようにと視線を逸らすと、視線の先にセシルがいたものだから、彼と目が合ってしまった。
「どうした?」
「え、いや。日中はカップルだらけだねと思って」
「そういわれれば、そうだな」
と、セシルはそれまで気にしていなかったというように、あたりを見渡して、おお、と感慨深そうに声を上げていた。セシルの目にはそれが普通であるように映っているのだろう。気にする必要もないというか。それは性別云々ではなくて、日中からイチャイチャするということで。
(セシルは、入学してきた主人公のアタックによって落ちる……はずなんだよね)
どうなのだろうか。主人公が、セシルルートを選ぶとはわからないし、こういう場合、主人公が転生者……とかもあり得ないわけでもない。考えすぎかもしれないが、最近の小説ではよく見るパターンだ。
だが、主人公がハーレムエンドに突入する可能性も捨てきれない。どうなるかは、この春からの一年度で決まる。
セシルが幸せになってくれるのであれば、俺は親友の座で甘んじるけれど。
(――って、強欲だな。セシルは俺のこと親友だって言ってくれているのに)
俺のこれが、恋心とは限らない。推しに対する、元幼馴染の初恋の人と重ねているから思ってしまう薄れた恋慕であって、セシルをそういう目で見たことはない。それに、護衛と主人、さらには皇太子という身分であるセシルと俺は釣り合わないだろう。俺は、セシルを守る。セシルは、立派な皇帝になる。そんなセシルを近くで守っていけたらいい。
俺が、死ななければ。
「ニル、もう少し歩いてみよう。今度は武器屋にいって、武器を新調しないか?」
「それはいいかも。父上に言われて、ちょうど新しい武器をと思っていたところなんだよね。わかってるう、セシル」
「当然だろ。俺は、お前の親友だからな」
そういってセシルは誇らしそうに胸を張る。
親友と言われるたびに、心が温かくなって、それからトゲが刺さる。複雑な感情だなと思いながら、先を歩くセシルの背中を俺は追いかけ歩き出した。
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