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第1部1章 もうすぐ死ぬキャラに転生しました
02 俺にしか見せない顔
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「ふぅ、やはり鍛錬の後は風呂に限るな」
「こんなに広いのに、男二人っていうのは相変わらず笑える」
「寮では、風呂が共有だろ。いまさらだ」
石造りで大理石張りの大浴場。これほどの大きさの風呂は、前世の記憶からすれば温泉。だが、皇族だしこれくらいの大きさはあり得るだろう……と、何度も入ったことのある風呂を見て、関心のような、あたりまえのような感覚に陥った。
セシルの銀色の髪はすでに濡れて、水滴が滴っており、色気が増していた。少し白い肌に、俺よりもついた筋肉、胸筋や、肩から腕にかけての筋肉はそれはもう見事なつき具合だった。セシルよりも剣の鍛錬に勤しんでいるはずの俺よりも見事なのは、純粋に凄い。
「何だ、先ほどからじろじろと見て。恥ずかしいだろ」
「セシルに、恥ずかしいっていう感情があるのが驚きかも」
「あ、ある! 年頃の男はそうだろ……筋肉量を比べてしまう」
「セシルがいう? というか、男同士だし。てか、そっち?」
「……か」
「何?」
「いや、何でもない。その通りだと思っただけだ」
ちょっと見ていたら、顔を赤らめてそんなことをいうのだから、俺まで顔が熱くなる。
BLゲームの世界だから少しからかってやろうと思ったらこうだ。まるで、こっちが視姦したみたいに睨まれて。
筋肉量とセシルに言われたが、どう考えてもセシルのほうが体格がいい。俺も負けてはいないが、細身で、がっしりとしているセシルとは違うタイプの細マッチョだと思う。
まあ、それはいいとして。
(セシル・プログレス皇太子……攻略難易度、バカ高皇子)
ゲームの知識から考えると、セシルは人を寄せ付けない冷徹皇子で、とにかくパーソナルスペースが広く、親しい関係の人間でもほぼ寄せ付けない。ニル以外は。眉目秀麗、文武両道、剣の腕も魔法の才もあって、非の打ち所のないイケメン。ビジュアルもダントツで力が入っており、ゲームを始めたてのユーザーが一番最初に攻略しようとして失敗するキャラナンバーワンだ。俺も攻略に失敗したことがある。
そもそも、俺がこのゲームにはまったのはストーリーやビジュの良さも理由にはあるのだが、失恋した相手にセシルの声が似ていたからだ。俺は、ずっと一緒に育ってきた幼馴染に恋をしてしまった。高校生時代にそれに気づき、そのころにはその幼馴染であり親友が、異性愛者であることが分かってしまった。恋愛相談も乗って、晴れて親友は好きな女子と結ばれた。俺は上っ面だけの祝福をして泣いた。しかも、卒業式にコクって成功するとかいう稀に見ない成功パターンで。大学は離れるけど、親友としてこれからもよろしくなと屈託のない笑顔で言われたことを今でも忘れない。三日三晩泣いて、男を好きになってしまう自分を、かなわない親友への恋を嘆いた。そんなのが一か月続いて、大学生になる直前に妹にこのゲームを勧められた。最初は、嫌がらせかと思ったが、セシルのビジュに惚れて初めて、沼って、それからはイラストは描けないが、小説を書いた。そのせいもあって、大学では最初友達を作るのに苦労したが、何とか作れて。でも、男が好きなのも、BLゲームをやっていることも言わなかった。
そして、画面の向こうのセシルに、親友を重ねた。その後、ニルという親友が出てきて、自分の境遇と重なっているところもあり、さらに古傷をえぐられた。
セシル×ニルのイラストと小説は、某サイトにて、セシル×主人公をはるかに上回る投稿数に数日のうちでなってしまったのだ。それほどまでに、セシルとニルのカップリングを推すものは多かったし、俺もその一人だった。親友であり、主従であり、そして死別。どう考えても、本編ストーリーでも、セシルがニルを好きだったというエピソードやセリフがあり、主人公をニルに重ねている場面も多くあった。セシルは、ニルのことが恋愛的だったのか、親愛的だったのかわからないが、大きな愛を向けていたのだ。
ニルは、死んでみんなの心の傷になった死にキャラ。本編での扱いは、主人公とセシルの恋を成就させるための一つの難関。扱いが雑なわけではないものの、いってしまえば都合よく殺されたキャラでもある。本編だけ見れば。
(そして今は、その推しであり、ガチ恋に足を突っ込んじゃったセシルが目の前にいるんだよな……)
しかも裸で。
スチルでは何度も見た裸が目の前にある。ついさっきまでは、気にならなかったのに、こんなにも魅力的に見えるのは前世の記憶のせいだと心の中で喚く。いや、もしかしたら、ニルもそういう目で見ていたのかもしれない。真相は明らかにならないが、少なくとも、この鼓動の高鳴りは、そうなんじゃないかと思ってしまう。
「本当に先ほどは、怪我していないんだな?」
「だ、から、いってるだろ? 怪我してないし、大丈夫だし、過保護すぎ」
「あんな、後頭部を強打してよく言う。石頭か」
先ほどは見るなといったくせに、お湯をかき分けて、こちらに来たかと思うと、グッと腕を掴まれた。
つばぜり合いになり、俺が押され、かかとに小石が当たったことにより注意がそれ、その隙をとセシルが攻撃を仕掛けた。俺は体勢を立て直し受け止めようとした。だが、セシルの力と、石に躓いてバランスが崩れたことで、そのまま木剣を手放して後頭部を強打してしまったのだ。だから、セシルの攻撃が直接当たったとかではなかった。
過保護に、俺の顔を撫で、後頭部を撫でようとその手をすっとスライドさせた。その指先が耳を掠めて、俺は思わず身じろぎしてしまう。
「……っ、悪い」
「いきなり触るの禁止。セシルが体見られるの恥ずかしいっていうように、触れられるのは恥ずかしいし、くすぐったい」
触れられたところが沸騰しそうだった。
推しに触れられているという興奮と、単純なくすぐったさに、俺は触れられたほうの耳を触る。
セシルは一瞬ドキッとしたような顔をした後、フッと意地悪気に笑った。
「ニルの弱点か。覚えておこう」
「いや、覚えないでよ……もう、セシルにはかなわないなあ」
口癖のように出る言葉。
別に自分を卑下しているわけでも、本当にかなわないと思っているわけでもない。けれど、セシルにはかなわないものが多くある。
「それと、今日の勝負、俺の負けだし。勝敗はこれでセシルのほうが二回多いってことになるね」
「今日のは途中で棄権だっただろう。だが、お前がそれでいいなら、俺は三百二勝、お前は三百勝になるが」
まんざらでもない顔だった。
剣の勝負は、セシルが二回多く勝っている。だが、俺が弱いわけでもなく、引き分けだって多かった。ニルの……俺の父親が、帝国騎士団の団長であるため、俺もその才能を引き継いでいる。だが、セシルの天性の才能と、努力によって、そんな遺伝子を注ぐ俺でさえも、ごぶごぶ……毎回、押され気味の試合になるのだ。
セシルもセシルで、負けず嫌いのところがあるから、今日の試合もカウントするようだった。
そして、この勝負はこれからもずっと続くだろうと予想できる。
「今度は勝つよ。負けっぱなしじゃいられないからね」
「ああ、いつでもかかってこい。それに、休みが過ぎればまた学園に戻ることになる。今年の大会も優勝を目指すからな」
「セシルに勝てる人がほかにいればの話だけど」
セシルは、この休みの後のことを考えていた。学園での生活をそれなりに満喫していて、早く戻りたいという気持ちが伝わってくる。俺とセシルは、モントフォーゼンカレッジの三年生になり、騎士科に所属している。そのほかに、魔法科や、商業科といった学科があり、優れた生徒が集まっている。セシルがいった大会というのは、年に一度開催される学科別実技大会のことだろう。去年も、おととしもセシルが騎士科で勝利を収めている。
(まあ、そこまで俺が生きていればの話だけど……)
お湯でぬれた前髪をかき上げて、思わずため息が漏れる。それを見逃さないように、セシルの夜を閉じ込めた瞳がじっと俺を見つめてきた。
「な、なに?」
「ニルがため息なんて珍しいな」
「いや、ため息をつくことくらいあるでしょ。それとも、ついちゃダメ?」
「いや……悩みがあれば何でも相談してほしい。将来のことでも、近いことでも。俺とお前は親友だからな」
と、セシルは俺の手を握ってそういう。その力強い言葉に、俺は押されるように笑みがこぼれた。
セシルらしい。決まって俺を親友だということも、それを強調することも。俺の知っているセシルだ。
「そうだね。ありがとう、セシル。心強いよ」
「先ほどは少し変だと思っていたが、いつも通りのニルだな。こちらも安心する。お前のことはよく知っているはずなのにな。先ほどは、別人に見えた」
「え……いやあ、頭うってちょっと気がおかしくなってたのかも。今は全然」
前世の記憶を取り戻したから、なんてことは言えなかった。
俺は慌てて首を横に振って否定するが、セシルは「やっぱり、頭を打ったのが原因か!」と声を上げる。その過保護で、俺の前ではちょっと抜けているその性格をどうにかしてほしい、なんてまた苦笑いが浮かぶ。
俺は大丈夫だといったうえで、セシルの手を握り返した。俺と同じように剣だこのある堅い掌。そして、俺よりも少し大きくて長くて太い指に、自身の指を絡ませれば、セシルの指先がピクリと動いた。
「ニル?」
「ありがとう、セシル。セシルにそう言ってもらえるだけで、俺は嬉しいよ。これからも親友でいてほしい」
戒めるようにその言葉を吐く。
セシルが抱いている感情が友愛であると自分に刷り込ませ、そしてこれ以上苦しくならないようにとふたをする。どうせあれはゲームの話。現実がそうとは限らないし、拡大解釈をするのも、セシルと前世の記憶があるから妙に気が引ける。だから、俺は親友であり、従者であるとこれまで通り、セシルを見る目はかえずにおこうと思った。
セシル自身は、いつも俺が言っている言葉だとうなずいて一段と俺の手をぎゅっと握る。
「ああ」と嬉しそうに見せたその顔は、俺にしか見せないセシルの優しい笑顔だった。輝いて、眩しい笑顔だった。
「こんなに広いのに、男二人っていうのは相変わらず笑える」
「寮では、風呂が共有だろ。いまさらだ」
石造りで大理石張りの大浴場。これほどの大きさの風呂は、前世の記憶からすれば温泉。だが、皇族だしこれくらいの大きさはあり得るだろう……と、何度も入ったことのある風呂を見て、関心のような、あたりまえのような感覚に陥った。
セシルの銀色の髪はすでに濡れて、水滴が滴っており、色気が増していた。少し白い肌に、俺よりもついた筋肉、胸筋や、肩から腕にかけての筋肉はそれはもう見事なつき具合だった。セシルよりも剣の鍛錬に勤しんでいるはずの俺よりも見事なのは、純粋に凄い。
「何だ、先ほどからじろじろと見て。恥ずかしいだろ」
「セシルに、恥ずかしいっていう感情があるのが驚きかも」
「あ、ある! 年頃の男はそうだろ……筋肉量を比べてしまう」
「セシルがいう? というか、男同士だし。てか、そっち?」
「……か」
「何?」
「いや、何でもない。その通りだと思っただけだ」
ちょっと見ていたら、顔を赤らめてそんなことをいうのだから、俺まで顔が熱くなる。
BLゲームの世界だから少しからかってやろうと思ったらこうだ。まるで、こっちが視姦したみたいに睨まれて。
筋肉量とセシルに言われたが、どう考えてもセシルのほうが体格がいい。俺も負けてはいないが、細身で、がっしりとしているセシルとは違うタイプの細マッチョだと思う。
まあ、それはいいとして。
(セシル・プログレス皇太子……攻略難易度、バカ高皇子)
ゲームの知識から考えると、セシルは人を寄せ付けない冷徹皇子で、とにかくパーソナルスペースが広く、親しい関係の人間でもほぼ寄せ付けない。ニル以外は。眉目秀麗、文武両道、剣の腕も魔法の才もあって、非の打ち所のないイケメン。ビジュアルもダントツで力が入っており、ゲームを始めたてのユーザーが一番最初に攻略しようとして失敗するキャラナンバーワンだ。俺も攻略に失敗したことがある。
そもそも、俺がこのゲームにはまったのはストーリーやビジュの良さも理由にはあるのだが、失恋した相手にセシルの声が似ていたからだ。俺は、ずっと一緒に育ってきた幼馴染に恋をしてしまった。高校生時代にそれに気づき、そのころにはその幼馴染であり親友が、異性愛者であることが分かってしまった。恋愛相談も乗って、晴れて親友は好きな女子と結ばれた。俺は上っ面だけの祝福をして泣いた。しかも、卒業式にコクって成功するとかいう稀に見ない成功パターンで。大学は離れるけど、親友としてこれからもよろしくなと屈託のない笑顔で言われたことを今でも忘れない。三日三晩泣いて、男を好きになってしまう自分を、かなわない親友への恋を嘆いた。そんなのが一か月続いて、大学生になる直前に妹にこのゲームを勧められた。最初は、嫌がらせかと思ったが、セシルのビジュに惚れて初めて、沼って、それからはイラストは描けないが、小説を書いた。そのせいもあって、大学では最初友達を作るのに苦労したが、何とか作れて。でも、男が好きなのも、BLゲームをやっていることも言わなかった。
そして、画面の向こうのセシルに、親友を重ねた。その後、ニルという親友が出てきて、自分の境遇と重なっているところもあり、さらに古傷をえぐられた。
セシル×ニルのイラストと小説は、某サイトにて、セシル×主人公をはるかに上回る投稿数に数日のうちでなってしまったのだ。それほどまでに、セシルとニルのカップリングを推すものは多かったし、俺もその一人だった。親友であり、主従であり、そして死別。どう考えても、本編ストーリーでも、セシルがニルを好きだったというエピソードやセリフがあり、主人公をニルに重ねている場面も多くあった。セシルは、ニルのことが恋愛的だったのか、親愛的だったのかわからないが、大きな愛を向けていたのだ。
ニルは、死んでみんなの心の傷になった死にキャラ。本編での扱いは、主人公とセシルの恋を成就させるための一つの難関。扱いが雑なわけではないものの、いってしまえば都合よく殺されたキャラでもある。本編だけ見れば。
(そして今は、その推しであり、ガチ恋に足を突っ込んじゃったセシルが目の前にいるんだよな……)
しかも裸で。
スチルでは何度も見た裸が目の前にある。ついさっきまでは、気にならなかったのに、こんなにも魅力的に見えるのは前世の記憶のせいだと心の中で喚く。いや、もしかしたら、ニルもそういう目で見ていたのかもしれない。真相は明らかにならないが、少なくとも、この鼓動の高鳴りは、そうなんじゃないかと思ってしまう。
「本当に先ほどは、怪我していないんだな?」
「だ、から、いってるだろ? 怪我してないし、大丈夫だし、過保護すぎ」
「あんな、後頭部を強打してよく言う。石頭か」
先ほどは見るなといったくせに、お湯をかき分けて、こちらに来たかと思うと、グッと腕を掴まれた。
つばぜり合いになり、俺が押され、かかとに小石が当たったことにより注意がそれ、その隙をとセシルが攻撃を仕掛けた。俺は体勢を立て直し受け止めようとした。だが、セシルの力と、石に躓いてバランスが崩れたことで、そのまま木剣を手放して後頭部を強打してしまったのだ。だから、セシルの攻撃が直接当たったとかではなかった。
過保護に、俺の顔を撫で、後頭部を撫でようとその手をすっとスライドさせた。その指先が耳を掠めて、俺は思わず身じろぎしてしまう。
「……っ、悪い」
「いきなり触るの禁止。セシルが体見られるの恥ずかしいっていうように、触れられるのは恥ずかしいし、くすぐったい」
触れられたところが沸騰しそうだった。
推しに触れられているという興奮と、単純なくすぐったさに、俺は触れられたほうの耳を触る。
セシルは一瞬ドキッとしたような顔をした後、フッと意地悪気に笑った。
「ニルの弱点か。覚えておこう」
「いや、覚えないでよ……もう、セシルにはかなわないなあ」
口癖のように出る言葉。
別に自分を卑下しているわけでも、本当にかなわないと思っているわけでもない。けれど、セシルにはかなわないものが多くある。
「それと、今日の勝負、俺の負けだし。勝敗はこれでセシルのほうが二回多いってことになるね」
「今日のは途中で棄権だっただろう。だが、お前がそれでいいなら、俺は三百二勝、お前は三百勝になるが」
まんざらでもない顔だった。
剣の勝負は、セシルが二回多く勝っている。だが、俺が弱いわけでもなく、引き分けだって多かった。ニルの……俺の父親が、帝国騎士団の団長であるため、俺もその才能を引き継いでいる。だが、セシルの天性の才能と、努力によって、そんな遺伝子を注ぐ俺でさえも、ごぶごぶ……毎回、押され気味の試合になるのだ。
セシルもセシルで、負けず嫌いのところがあるから、今日の試合もカウントするようだった。
そして、この勝負はこれからもずっと続くだろうと予想できる。
「今度は勝つよ。負けっぱなしじゃいられないからね」
「ああ、いつでもかかってこい。それに、休みが過ぎればまた学園に戻ることになる。今年の大会も優勝を目指すからな」
「セシルに勝てる人がほかにいればの話だけど」
セシルは、この休みの後のことを考えていた。学園での生活をそれなりに満喫していて、早く戻りたいという気持ちが伝わってくる。俺とセシルは、モントフォーゼンカレッジの三年生になり、騎士科に所属している。そのほかに、魔法科や、商業科といった学科があり、優れた生徒が集まっている。セシルがいった大会というのは、年に一度開催される学科別実技大会のことだろう。去年も、おととしもセシルが騎士科で勝利を収めている。
(まあ、そこまで俺が生きていればの話だけど……)
お湯でぬれた前髪をかき上げて、思わずため息が漏れる。それを見逃さないように、セシルの夜を閉じ込めた瞳がじっと俺を見つめてきた。
「な、なに?」
「ニルがため息なんて珍しいな」
「いや、ため息をつくことくらいあるでしょ。それとも、ついちゃダメ?」
「いや……悩みがあれば何でも相談してほしい。将来のことでも、近いことでも。俺とお前は親友だからな」
と、セシルは俺の手を握ってそういう。その力強い言葉に、俺は押されるように笑みがこぼれた。
セシルらしい。決まって俺を親友だということも、それを強調することも。俺の知っているセシルだ。
「そうだね。ありがとう、セシル。心強いよ」
「先ほどは少し変だと思っていたが、いつも通りのニルだな。こちらも安心する。お前のことはよく知っているはずなのにな。先ほどは、別人に見えた」
「え……いやあ、頭うってちょっと気がおかしくなってたのかも。今は全然」
前世の記憶を取り戻したから、なんてことは言えなかった。
俺は慌てて首を横に振って否定するが、セシルは「やっぱり、頭を打ったのが原因か!」と声を上げる。その過保護で、俺の前ではちょっと抜けているその性格をどうにかしてほしい、なんてまた苦笑いが浮かぶ。
俺は大丈夫だといったうえで、セシルの手を握り返した。俺と同じように剣だこのある堅い掌。そして、俺よりも少し大きくて長くて太い指に、自身の指を絡ませれば、セシルの指先がピクリと動いた。
「ニル?」
「ありがとう、セシル。セシルにそう言ってもらえるだけで、俺は嬉しいよ。これからも親友でいてほしい」
戒めるようにその言葉を吐く。
セシルが抱いている感情が友愛であると自分に刷り込ませ、そしてこれ以上苦しくならないようにとふたをする。どうせあれはゲームの話。現実がそうとは限らないし、拡大解釈をするのも、セシルと前世の記憶があるから妙に気が引ける。だから、俺は親友であり、従者であるとこれまで通り、セシルを見る目はかえずにおこうと思った。
セシル自身は、いつも俺が言っている言葉だとうなずいて一段と俺の手をぎゅっと握る。
「ああ」と嬉しそうに見せたその顔は、俺にしか見せないセシルの優しい笑顔だった。輝いて、眩しい笑顔だった。
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