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第三章 魔王編

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 ラウル様が出て行ったことを確認した魔獣、いや、侍女は私に体を向ける。

「イザベル様、お召替えの服はこちらにございます」

 おお、言葉が話せる!?
 魔獣は話せないものだと思っていたけど、そうじゃない子達もいるのね。
 侍女は私をベッド脇の扉まで誘導すると、中はクローゼットになっており無数のドレスが掛けられていた。
 わぁ、たくさんの服。
 でも、なぜドレスがあるのだろうか? 
 ここには魔王と魔獣しかいないのだから、ドレスなんて必要ないはずだけど?
 思考が表情に出ていたのか、侍女はふっと笑った。

「こちらの服はラウル陛下がイザベル様をお迎えするにあたり用意されたものでございます。それと、私は侍女としての教育を受けております故、御用の際はお呼びいただければ何なりと承ります」
「そ、そうでしたか」
「服はそうですね……イザベル様の髪色に合わせたこちらなど如何でしょうか」
「あ、はい。では、そちらでお願いします」
「畏まりました。では、奥に鏡台がございますので、そちらまで移動をお願いたします」

 魔獣とは思えない話し方に身のこなし。
 ずいぶんしっかり教育されているのね。
 そのまま侍女に身支度を手伝って貰うと、侍女はふと思い出したように小物入れを開ける。

「イザベル様、こちらにいらした時に付けていらっしゃった髪留めを保管してありますが、そちらはどういたしますか」

 あっ! ヘンリー殿下からいただいた髪留め!
 侍女から渡されたそれを宝物を扱うようにそっと両手で包み込む。
 絶対に、みんなの元へ帰るんだ。私は最後まで諦めない!
 だから、待っていて……ヘンリー殿下。

「宝飾品でしたら、いくつかご用意がございますのでお持ちいたしましょうか?」
「いいえ、これ以外の宝飾品はいらないわ。これを付けて下さい」
「畏まりました」

 侍女はテキパキと私の身支度をととのえ、私を扉まで促す。

「イザベル様、お支度が終わりました。ラウル陛下は別室にて待機していますので一緒にご移動をお願いいたします」

 言われた通りに侍女の後に続いて歩き出す。
 それにしても立派な城内。
 年季は感じさせるもののしっかり手入れの行き届いた城内は、その古さもアクセントになり独特の雰囲気を醸し出している。
 侍女は重厚な造りの扉前まで行くと、コンコンと叩いて主人の返事を確認してから私を中へと促した。

「ほう。公爵令嬢なだけあってそちらの姿の方が様になっているな」
「ありがとうございます、ラウルさ、ラウル」

 私が呼び方を改めると、ラウルは満足そうな笑みを浮かべた。

「まあ、そんなところに突っ立っていないでそこに座れ。茶の用意もあるぞ」
「は、はぁ」

 ラウルの側で控えていた侍女は、手際良く紅茶と添え菓子を用意すると、スッと扉から出て行った。

 ……紅茶に毒とか入っていないよね?

「お前は疑り深い女だな。我がわざわざ毒など入れたりするものか」

 ま、また思考を読まれた!

「勝手に流れてくるんだから仕方がないだろう。お前なら思考遮断の魔術くらいすぐ使えるはずだ。我が後で教えてやる」
「はぁ」

 ラウルは優雅な手付きで一口紅茶を飲むと、無駄に長い足を組み、ゆったりとソファにもたれ掛かる。

「さて。少しは落ち着いたか?」

 魔王を前にして落ち着ける訳が無いけど、余計な事を考えているとラウルに伝わってしまうから極力無駄なことは考えないように気を付けなければ。

「え、ええ。先程よりは」
「そうか。では、話の続きをしよう」

 聞きたいことは沢山あるけど、まずはラウルの話を聞こう。

「そうだな、まずはこの世界の成り立ちから話すか。お前は、神の存在を知っているか?」
「はい」
「では、世界を造った神はその神は女神だと教えられてこなかったか?」

 「女神」とはこの国の宗教である「テレス教」において、世界を創った神とされている。
 この世界では広く知られた宗教で、女神の話は世界共通の知識だ。
 でも、ラウルはなぜそんな当たり前の話を聞いてくるのだろう?

「実は神と呼ばれる存在は女神だけではなく、もうニ名存在する。しかし、ソイツらは碌でも無い神でな。女神を取り合って争いを起こした。女神は自分が原因で争う二人に心を痛め、二人を鎮めるために己の命を絶とうと毒を飲んだ。二人の神は争いを止め、協力して女神を助け、女神は一命を取り留めることとなった。……だが、女神の体内にある毒は完全に取り切る事が出来ず、毒を宿したままの女神はこの世界を創造した。その時に毒がこの世界に生み出されたとされている」

 神様が他にも存在し、さらには女神様がこの世界に読者を持ち込んだ張本人ですって!? 
 テレス教の教えと全然違うじゃない!

「毒は神々の力を持ってしても消し去ることが出来ず増殖を繰り返した。そこで、苦肉の策として神々は毒吸収する存在を生み出し、それをコントロールするための存在を創造したのだ」
「そんな話聞いた事がないわ。テレス教にはそんな教えはないもの」
「人間界での教えというものは一部の人間にとって都合の良い物に歪められている。事実を話すよりも現在の教えの内容の方が宗教として広めやすかったのだろうな」

確かに、言い伝えや歴史というものは、時に権力者の都合のいいものに歪められることはままある話だ。
とはいえ、この話だけでは本当のことは分からない。

「さて、この毒という存在は魔素というものだ。お前はこの世界に魔素という物質があることは理解しているか?」
「はい」

 魔素とは、魔の森と呼ばれる広大な土地から自然発生しているものであり、魔獣を生み出す元となる存在である。
 魔素は渾々と湧き出る泉のように発生することから、魔素の影響を受ける魔獣も放っておけば増殖する。
 魔獣と人が共存できればそれでも問題ないのだが、魔獣は人や動物を襲う。
 魔獣が増えすぎた土地は人が住めない場所へと変わってしまうため、魔の森に隣接する国は魔獣の侵略を防ぐ為に、強力な結界を張ったり定期的に魔物を討伐したり、各々のやり方で国を守っている。

「魔素とはこの世界の生き物に影響を与える物質だ。人に魔力あるのも、魔獣が生まれるのも、全ては魔素の影響を受けるためだ。しかし、増えすぎた魔素は毒になり、生き物が住めない環境へと変化する。魔獣とは、増え続ける魔素を吸収してくれる存在だ。魔獣が生まれなければ、生物はあっという間に魔素の中毒で全滅することだろう。魔獣は言わば必要悪な存在なのだ」

 な、何ですって!? 
 そんな話、聞いたことも無ければ、どの文献にも記載されていなかったわ!
 想像を超える発言をするラウルに、私はごくりと生唾を飲む。

「濃すぎる魔素を体内に宿す魔獣は、その中毒症状に喘ぎ苦しむ存在だ。その苦しみは飢えや渇きに似た状態と揶揄される。中毒症状を軽減すべく、魔素の薄い生き物……まぁ、主に人や他の動物の事だな。それらを喰らうことで体内の魔素を中和させることが出来る。だから魔獣は人を襲うのだ」

 ただ闇雲に人や動物を襲うだけの存在だと思っていたのに。
 知らなかった魔獣の実態を聞き、思わず言葉を失う。

「さて、魔素を吸収する存在が魔獣だと伝えたが、光と闇の魔力の基本的な力は魔獣に作用するものだ。光の魔力は増え過ぎた魔獣を減らす為に、闇の魔力は魔獣を従え秩序を与える為に。それはつまり、増え過ぎた魔素を減らしたり、魔素が暴走しないように歯止めをかけるということだ」

 確かにラウルやマリア様の力は魔獣に作用するものだ。
 でも、リュカ先生や私の力はそうではないわ。

「えっと……でも、リュカ先生や私が闇の魔力を保持しているのは何故でしょうか」
「それは魔獣の統率者を監視したり、時に力を補完するためだ。統率者は時代毎に変わる故、たまに私利私欲の強い者が混じることがある。そいつらを相互監視をする目的で闇の魔力に限っては時代毎に数名の保有者が現れるとされている」

なるほど。リュカ先生の存在はラウルを監視するためなのか。
じゃあ私の存在は何のため?

「通常、闇の魔力は保有者同士が結託して魔獣を操作しないよう力が反発するように出来ている。そのため、リュカ・エスタは我に対抗する力はあっても、我のように魔獣を操作することは出来ない。対してお前の魔力は我の力を増幅させるもの。その理由は、近年魔獣達の増殖が加速しており、我の力だけでは制御し切れなくなってきているためだと考えられる」

 私の力は魔獣には直接作用しないけど、魔獣の統率者の補佐という点で間接的に魔獣のコントロールに関与するということなの?
 でも、そんな事を言われても信憑性がないわ。

「信憑性か。力の増幅について実践で見せるのが早いだろうが、力の同調はお前も感覚で分かっているだろう? その証拠にお前と我は意図せずとも意思疎通が可能ではないか。ま、我は勝手に心の内を読まれたくないから思考遮断をしているがな」

確かに、魔力の相性は感覚で分かるものだし、私もラウルとの相性の良さには気付いていた。
でも、この話が本当なら……。

「で、では、ラウルがコントロール出来る程度まで魔獣が減らないと、私は帰れないということですか?」
「まぁ、そういうことだな」

 やっぱり、そうゆうこと!?
 じゃあ、マリア様が『浄化』の魔法を発動させるか、何らかの方法で魔獣を大量に退治しない限り帰れないってことじゃない!
 そんなの困るわ、今すぐ帰してよ!!

「帰せ、帰せと煩い女だな。光の魔力が発動されるか、なんらかの方法で劇的に魔獣が減るか、もしくはこの世界の秩序が覆りでもしない限りお前はここから出られないのだ。帰る事は一旦諦めるんだな」

 帰る事を諦めろ、だと……?
 私の都合などお構いなしに結論付けるラウルに、プツンと何かが切れる音がする。
 怒りを抑え切れずにツカツカとラウルの前まで歩み寄るとグイッと胸倉を掴んだ。

「ちょっと貴方! 勝手にこんな場所に連れて来られて、訳のわからない話を聞かされた挙句に帰れないなんて、ふざけるのも大概にしなさいよ!? いいからさっさと元居た場所に帰しなさいっ!!」
「ほう。お前、我に向かって随分な態度だな」
「お前じゃないわ! 私の名前はイザベル・フォン・アルノーよっ!!」

 ……はっ! し、しまった! 
 ついカッとなって色々と口走ってしまった!
 怒りに任せてイザベルの性格が強く出てしまった私は、はっと口を塞ぐも、時既に遅し。
 ラウルはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると大きな手でグイッと私の両頬を掴んだ。
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