2 / 26
二章
オペラ座の幽霊は闇から語る
しおりを挟む
「ちがうと言っているでしょう!」
テオドラの罵声と一〇本の指がピアノの鍵盤を乱暴に叩く音。ふたつの非音楽的な音が稽古場のなかに響き渡りました。テオドラの弾くピアノの音楽に合わせてクリス嬢が唄い、踊る。マンツーマンの稽古をしている最中のことでありました。
「いつもいつも勝手な唄い方ばかりして! わたしの教えを無視するなんてどういうつもり⁉」
「でも、先生……」
一七歳の少女はオペラ座ノワールの陰のボスとも言うべき主任講師の言葉に堂々と口答えしました。その光景を他の歌姫たちが見ていればたちまち卒倒したことでしょう。よりによってこの、『厳格な女教師』という題名の絵に額縁を付け、金と銀で飾り立てたような人物を前に口答えするなんて、オペラ座ノワールでは想像することすら出来ないことでありましたから。いえ、それ以前にそもそも『テオドラの教えを無視する』と言うこと自体、有り得ないことなわけですが。
ところが、クリス嬢はその『有り得ないこと』をやってのけたのです。それこそ、その光景を見ている歌姫がいれば、途方もない勇気に感嘆するか、どうしようもない無謀さに怯えるかのどちらかであったでしょう。
「あたしはこういう唄い方をしたいんです。先生に言われるがままに唄うのではなく。あたしだって舞台に立つれっきとした歌姫なんです。自分の理想とする唄い方を追求する権利があるはずです」
「理想? 権利? ずいぶんと大層な口を効くものね。まだ主演を務めたことすらない半人前の分際で。あなたを田舎の草芝居から見出し、連れてきてあげたのは誰だったかしら?」
「それはもちろん、テオドラ先生です。先生は田舎育ちのあたしを認め、オペラ座ノワールの一員にしてくださいました。そのことには感謝しています。ありがとうございます。でも、それとこれとは話が別です。あたしにはあたしの望む姿があるんです。先生のコピーになるのじゃなくて……」
「わたしのコピー? まさか、自分にわたしと同じ唄い方ができるとでも思っているの?」
「先生のご指導はそうさせようとしているようにしか思えません」
はああ、と、テオドラは深いふかい溜め息をつきました。
「いいこと、クリス? わたしはあなたの五倍からの人生を生きてきた。歌の練習に費やした時間も桁違い。あなたはそのわたしよりも自分の方が正しいと言っているのよ? そんなことがあり得るなんて本気で思っているの?」
もし、そう言われたのが他の歌姫であったなら、たちまち体の芯まで怯えきり、平身低頭して謝っていたことでしょう。いえ、繰り返しになりますが、そもそもオペラ座ノワールにおいてテオドラに逆らう歌姫などいないわけなのですが。
それでも、クリス嬢は一歩も引くことなく言い返しました。
「正しいとかそう言うことじゃありません。あたしの望む姿と先生の望む姿はちがうと言うことです。あたしは人魚姫になりたいんです。誰かに一人前にしてもらうんじゃない。苦労しても、長い時間がかかっても、自分自身の努力で一人前になる、そんな人魚姫に」
ぴくり、と、テオドラの眉がつり上がりました。
「……時間がかかっても?」
「そうです。もし、先生がどうしてもあたしを先生ご自身のコピーにしたいと言うなら、あたしはオペラ座ノワールを辞めます。実績のないあたしでも雇ってくれる劇場を見つけて、そこで歌姫を目指します」
「オペラ座ノワールを辞める? 歌姫になるためにここ以上の場所があると思っているの?」
「もちろん、歌姫を目指すものにとってオペラ座ノワールこそが最高の環境であることは分かっています。設備も、講師陣のレベルも、サポート体制に至るまですべて、他の劇場とは桁違いだと言うことも。それでもあたしは誰かのコピーになるぐらいならよその劇場に行って自分自身の望む姿を追求します。どんなに時間がかかっても必ず、自分自身で一人前の歌姫になってみせます」
「どんなに時間がかかっても……?」
テオドラはクリス嬢の言葉を繰り返しました。その言葉の何がそこまでテオドラの感情を刺激したというのでしょう。これまでいくら厳格で無慈悲であっても、あくまで『女教師』であったテオドラが突然、憎しみを吐き出して生きる鬼になってしまったようでした。クリス嬢を睨む両の目に宿るものは紛れもなく憎悪の炎。人間がこれほどまでに何かを憎むことが出来るのか。そう思わせるほどに激しい憎しみが両の瞳のなかに浮いておりました。
「……どんなに時間がかかっても? 老いることの惨めさを知らない小娘が」
「せ、先生……?」
テオドラのその異様な姿に、さしものクリスも恐怖を感じました。恐怖と不安のない混ざった表情を浮かべながら後ずさりしました。
その後を追うかのようにテオドラが立ちあがりました。クリス嬢に一歩、近づきました。両の目にぎらぎらした妄執をたぎらせクリス嬢に近づくその姿はまさに、そう。少女を食らって永遠の若さを手に入れようとする浅ましき鬼女。それそのものだったのでございます。
「……エイリーク」
「えっ?」
テオドラの発した呟きにクリス嬢は声をあげました。
「エイリーク。しょせん、器に過ぎない人形によくもこんなよけいな……」
「器? 人形? どういう意味です? それに、エイリークって。どうして、ここに舞台装置の総監督の名前が出てくるんですか」
勇気を振り絞ったと言うより、意味不明の言葉の羅列に恐怖を忘れた、と言った方が正しいでしょう。クリス嬢は思わずそう尋ねておりました。ですが、むろんと言うべきか、テオドラはもはやクリス嬢の言葉を聞くような状態にはなかったのです。
「人形の分際でどうあっても逆らうというのなら……」
テオドラはクリス嬢に詰め寄りました。さしものクリス嬢が悲鳴をあげるところでした。ですが、その寸前――。
コトン。
小さな、本当に小さな、それでいてどんな大音量のなかでも決して聞き逃すことのない、そんな音がしました。
ハッ、と、テオドラはなにかに気付いたような様子になりました。それから首を二、三度、横に振りました。そのときにはもう、あさましい鬼女のような雰囲気は消え、厳格な女教師に戻っておりました。
――な、なんだったの、いったい?
クリス嬢が思わずそう混乱するほどの変貌振り。まるで、憑き物が落ちて人間に戻ったかのような変わりようでありました。
テオドラは何事もなかったかのようにクリス嬢に言いました。
「……今日はもういいわ。すぐに帰って休みなさい」
「えっ……?」
「返事は?」
「あ、はい、分かりました……」
そして、テオドラは無言のまま稽古室を出て行きました。ヤナギの木を思わせる、しなやかだけど一本ピシッと芯の通ったその後ろ姿はやはり、どう見ても八〇過ぎの老嬢のものには見えないのでした。
クリス嬢はしばらくその場に佇んでおりました。『帰るように』とは言われたものの、つい先ほどの怪異に圧倒されてとっさには何もできずにいたのです。すると――。
――クリス。
小さな、けれど、決して聞き逃すことのない声がしたのです。
今度はクリス嬢がハッとした表情を浮かべる番でした。
――クリス。
声はそう繰り返しました。
その声は稽古室の片隅、部屋のなかでただ一カ所、束になったカーテンの陰に隠れているせいで深い闇がたゆたっている、そのわずかな場所から聞こえてきたようでした。
「……エリック? エリックなのね!」
クリス嬢は闇のたゆたうその場所に向かって駆け出そうとしました。ですが、
――来てはいけない。
小さな声はそうクリス嬢を押しとどめました。
――君は僕を見てはいけない。
「でも……」
――いいかい、クリス。君は何があっても他人の言いなりになっては駄目だ。あくまでも君自身を貫き通すんだ。そうすれば君はきっと歌姫になれる。君自身の望む人魚姫に。
「……ええ、エリック。あたしはあくまであたしよ。必ず、あたし自身の力で人魚姫になってみせる」
――それでこそ君だ。未来の歌姫クリスだ。僕はずっと君を応援しているよ。
「まって、エリック! 今日こそ答えて。あなたはいったい、何者なの? どうして、いつもあたしを励ましてくれるの? どうして、あたしの前に姿を現わしてはくれないの?」
返事はありませんでした。闇に潜み何者かはじっと沈黙を保っておりました。その沈黙に耐えきれず、クリス嬢はとうとう口にしました。これまでずっとためらってきた質問を。
「エリック。あなたはもしかして、ドリアン……」
クリス嬢がそこまで言ったそのときです。闇の向こうの気配がふっと消えたのは。
闇に潜む何者かが消えたあと、クリス嬢はただひとり、稽古室に立ち尽くしておりました。
結局、クリス嬢が家路についたのは夜もすっかり更けてからのことでありました。稽古室の一件に気を取られ、すっかり帰るのが遅くなってしまったのでした。
蜂の巣状の巨大なドームに全体を覆われ、外界から隔絶された実験封鎖都市・霧と怪奇の都。ただひとつのゲートを除いて誰ひとりとして入ることも、出ることも許されないその都市のなか。蜂の巣状のドームから差し込む月明かりに照らされて、クリス嬢はただひとり、自分のアパートへの道を歩いておりました。
そんな夜遅くに一七歳の少女がひとりきりで?
そう思うことでしょう。外の世界の方でしたなら。
ですが、霧と怪奇の都は死刑権解放同盟の都市。死刑権が万人に解放され、人が人を殺すことが正当なる権利として認められている都市。そのために、誰もが銃で武装し、小学校においては罪人を使った射殺訓練が義務教育として行われている場所。そんな都市にあってはいついかなる場合も単独で行動するのがもっとも安全なのでございます。
静かな夜でした。
まわりには人影ひとつありません。
蜂の巣状のドームから空見えるものは満天の星空。
クリス嬢はふと星空を見上げました。耳にはとさらさらと流れる水の音。ふと、クリス嬢は駆け出しました。そして、そのまま――。
川面目がけて身を投げたのでございます。
テオドラの罵声と一〇本の指がピアノの鍵盤を乱暴に叩く音。ふたつの非音楽的な音が稽古場のなかに響き渡りました。テオドラの弾くピアノの音楽に合わせてクリス嬢が唄い、踊る。マンツーマンの稽古をしている最中のことでありました。
「いつもいつも勝手な唄い方ばかりして! わたしの教えを無視するなんてどういうつもり⁉」
「でも、先生……」
一七歳の少女はオペラ座ノワールの陰のボスとも言うべき主任講師の言葉に堂々と口答えしました。その光景を他の歌姫たちが見ていればたちまち卒倒したことでしょう。よりによってこの、『厳格な女教師』という題名の絵に額縁を付け、金と銀で飾り立てたような人物を前に口答えするなんて、オペラ座ノワールでは想像することすら出来ないことでありましたから。いえ、それ以前にそもそも『テオドラの教えを無視する』と言うこと自体、有り得ないことなわけですが。
ところが、クリス嬢はその『有り得ないこと』をやってのけたのです。それこそ、その光景を見ている歌姫がいれば、途方もない勇気に感嘆するか、どうしようもない無謀さに怯えるかのどちらかであったでしょう。
「あたしはこういう唄い方をしたいんです。先生に言われるがままに唄うのではなく。あたしだって舞台に立つれっきとした歌姫なんです。自分の理想とする唄い方を追求する権利があるはずです」
「理想? 権利? ずいぶんと大層な口を効くものね。まだ主演を務めたことすらない半人前の分際で。あなたを田舎の草芝居から見出し、連れてきてあげたのは誰だったかしら?」
「それはもちろん、テオドラ先生です。先生は田舎育ちのあたしを認め、オペラ座ノワールの一員にしてくださいました。そのことには感謝しています。ありがとうございます。でも、それとこれとは話が別です。あたしにはあたしの望む姿があるんです。先生のコピーになるのじゃなくて……」
「わたしのコピー? まさか、自分にわたしと同じ唄い方ができるとでも思っているの?」
「先生のご指導はそうさせようとしているようにしか思えません」
はああ、と、テオドラは深いふかい溜め息をつきました。
「いいこと、クリス? わたしはあなたの五倍からの人生を生きてきた。歌の練習に費やした時間も桁違い。あなたはそのわたしよりも自分の方が正しいと言っているのよ? そんなことがあり得るなんて本気で思っているの?」
もし、そう言われたのが他の歌姫であったなら、たちまち体の芯まで怯えきり、平身低頭して謝っていたことでしょう。いえ、繰り返しになりますが、そもそもオペラ座ノワールにおいてテオドラに逆らう歌姫などいないわけなのですが。
それでも、クリス嬢は一歩も引くことなく言い返しました。
「正しいとかそう言うことじゃありません。あたしの望む姿と先生の望む姿はちがうと言うことです。あたしは人魚姫になりたいんです。誰かに一人前にしてもらうんじゃない。苦労しても、長い時間がかかっても、自分自身の努力で一人前になる、そんな人魚姫に」
ぴくり、と、テオドラの眉がつり上がりました。
「……時間がかかっても?」
「そうです。もし、先生がどうしてもあたしを先生ご自身のコピーにしたいと言うなら、あたしはオペラ座ノワールを辞めます。実績のないあたしでも雇ってくれる劇場を見つけて、そこで歌姫を目指します」
「オペラ座ノワールを辞める? 歌姫になるためにここ以上の場所があると思っているの?」
「もちろん、歌姫を目指すものにとってオペラ座ノワールこそが最高の環境であることは分かっています。設備も、講師陣のレベルも、サポート体制に至るまですべて、他の劇場とは桁違いだと言うことも。それでもあたしは誰かのコピーになるぐらいならよその劇場に行って自分自身の望む姿を追求します。どんなに時間がかかっても必ず、自分自身で一人前の歌姫になってみせます」
「どんなに時間がかかっても……?」
テオドラはクリス嬢の言葉を繰り返しました。その言葉の何がそこまでテオドラの感情を刺激したというのでしょう。これまでいくら厳格で無慈悲であっても、あくまで『女教師』であったテオドラが突然、憎しみを吐き出して生きる鬼になってしまったようでした。クリス嬢を睨む両の目に宿るものは紛れもなく憎悪の炎。人間がこれほどまでに何かを憎むことが出来るのか。そう思わせるほどに激しい憎しみが両の瞳のなかに浮いておりました。
「……どんなに時間がかかっても? 老いることの惨めさを知らない小娘が」
「せ、先生……?」
テオドラのその異様な姿に、さしものクリスも恐怖を感じました。恐怖と不安のない混ざった表情を浮かべながら後ずさりしました。
その後を追うかのようにテオドラが立ちあがりました。クリス嬢に一歩、近づきました。両の目にぎらぎらした妄執をたぎらせクリス嬢に近づくその姿はまさに、そう。少女を食らって永遠の若さを手に入れようとする浅ましき鬼女。それそのものだったのでございます。
「……エイリーク」
「えっ?」
テオドラの発した呟きにクリス嬢は声をあげました。
「エイリーク。しょせん、器に過ぎない人形によくもこんなよけいな……」
「器? 人形? どういう意味です? それに、エイリークって。どうして、ここに舞台装置の総監督の名前が出てくるんですか」
勇気を振り絞ったと言うより、意味不明の言葉の羅列に恐怖を忘れた、と言った方が正しいでしょう。クリス嬢は思わずそう尋ねておりました。ですが、むろんと言うべきか、テオドラはもはやクリス嬢の言葉を聞くような状態にはなかったのです。
「人形の分際でどうあっても逆らうというのなら……」
テオドラはクリス嬢に詰め寄りました。さしものクリス嬢が悲鳴をあげるところでした。ですが、その寸前――。
コトン。
小さな、本当に小さな、それでいてどんな大音量のなかでも決して聞き逃すことのない、そんな音がしました。
ハッ、と、テオドラはなにかに気付いたような様子になりました。それから首を二、三度、横に振りました。そのときにはもう、あさましい鬼女のような雰囲気は消え、厳格な女教師に戻っておりました。
――な、なんだったの、いったい?
クリス嬢が思わずそう混乱するほどの変貌振り。まるで、憑き物が落ちて人間に戻ったかのような変わりようでありました。
テオドラは何事もなかったかのようにクリス嬢に言いました。
「……今日はもういいわ。すぐに帰って休みなさい」
「えっ……?」
「返事は?」
「あ、はい、分かりました……」
そして、テオドラは無言のまま稽古室を出て行きました。ヤナギの木を思わせる、しなやかだけど一本ピシッと芯の通ったその後ろ姿はやはり、どう見ても八〇過ぎの老嬢のものには見えないのでした。
クリス嬢はしばらくその場に佇んでおりました。『帰るように』とは言われたものの、つい先ほどの怪異に圧倒されてとっさには何もできずにいたのです。すると――。
――クリス。
小さな、けれど、決して聞き逃すことのない声がしたのです。
今度はクリス嬢がハッとした表情を浮かべる番でした。
――クリス。
声はそう繰り返しました。
その声は稽古室の片隅、部屋のなかでただ一カ所、束になったカーテンの陰に隠れているせいで深い闇がたゆたっている、そのわずかな場所から聞こえてきたようでした。
「……エリック? エリックなのね!」
クリス嬢は闇のたゆたうその場所に向かって駆け出そうとしました。ですが、
――来てはいけない。
小さな声はそうクリス嬢を押しとどめました。
――君は僕を見てはいけない。
「でも……」
――いいかい、クリス。君は何があっても他人の言いなりになっては駄目だ。あくまでも君自身を貫き通すんだ。そうすれば君はきっと歌姫になれる。君自身の望む人魚姫に。
「……ええ、エリック。あたしはあくまであたしよ。必ず、あたし自身の力で人魚姫になってみせる」
――それでこそ君だ。未来の歌姫クリスだ。僕はずっと君を応援しているよ。
「まって、エリック! 今日こそ答えて。あなたはいったい、何者なの? どうして、いつもあたしを励ましてくれるの? どうして、あたしの前に姿を現わしてはくれないの?」
返事はありませんでした。闇に潜み何者かはじっと沈黙を保っておりました。その沈黙に耐えきれず、クリス嬢はとうとう口にしました。これまでずっとためらってきた質問を。
「エリック。あなたはもしかして、ドリアン……」
クリス嬢がそこまで言ったそのときです。闇の向こうの気配がふっと消えたのは。
闇に潜む何者かが消えたあと、クリス嬢はただひとり、稽古室に立ち尽くしておりました。
結局、クリス嬢が家路についたのは夜もすっかり更けてからのことでありました。稽古室の一件に気を取られ、すっかり帰るのが遅くなってしまったのでした。
蜂の巣状の巨大なドームに全体を覆われ、外界から隔絶された実験封鎖都市・霧と怪奇の都。ただひとつのゲートを除いて誰ひとりとして入ることも、出ることも許されないその都市のなか。蜂の巣状のドームから差し込む月明かりに照らされて、クリス嬢はただひとり、自分のアパートへの道を歩いておりました。
そんな夜遅くに一七歳の少女がひとりきりで?
そう思うことでしょう。外の世界の方でしたなら。
ですが、霧と怪奇の都は死刑権解放同盟の都市。死刑権が万人に解放され、人が人を殺すことが正当なる権利として認められている都市。そのために、誰もが銃で武装し、小学校においては罪人を使った射殺訓練が義務教育として行われている場所。そんな都市にあってはいついかなる場合も単独で行動するのがもっとも安全なのでございます。
静かな夜でした。
まわりには人影ひとつありません。
蜂の巣状のドームから空見えるものは満天の星空。
クリス嬢はふと星空を見上げました。耳にはとさらさらと流れる水の音。ふと、クリス嬢は駆け出しました。そして、そのまま――。
川面目がけて身を投げたのでございます。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夜通しアンアン
戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。
冥恋アプリ
真霜ナオ
ホラー
大学一年生の樹(いつき)は、親友の幸司(こうじ)に誘われて「May恋(めいこい)」というマッチングアプリに登録させられた。
どうしても恋人を作りたい幸司の頼みで、友人紹介のポイントをゲットするためだった。
しかし、世間ではアプリ利用者の不審死が相次いでいる、というニュースが報道されている。
そんな中で、幸司と連絡が取れなくなってしまった樹は、彼の安否を確かめに自宅を訪れた。
そこで目にしたのは、明らかに異常な姿で亡くなっている幸司の姿だった。
アプリが関係していると踏んだ樹は、親友の死の真相を突き止めるために、事件についてを探り始める。
そんな中で、幼馴染みで想い人の柚梨(ゆずり)までもを、恐怖の渦中へと巻き込んでしまうこととなるのだった。
「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」特別賞を受賞しました!
他サイト様にも投稿しています。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
禁踏区
nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。
そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという……
隠された道の先に聳える巨大な廃屋。
そこで様々な怪異に遭遇する凛達。
しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた──
都市伝説と呪いの田舎ホラー
平成最後の夏
神崎文尾
ホラー
なんで、なんで、あの子がここにいるの。
だって、あの子はあのときに。
死んだはずなのに。
平和な村は平成最後の夏に幽霊騒ぎに巻き込まれる。
神崎文尾が送るラストサマーホラー。ここに開幕。
君の屍が視える
紫音
ホラー
七日以内に死ぬ人間の、死んだときの姿が視えてしまう男子大学生・守部 結人(もりべ ゆうと)は、ある日飛び込み自殺を図ろうとしていた見ず知らずの女子大生・橘 逢生(たちばな あい)を助ける。奇妙な縁を持った二人はその後も何度となく再会し、その度に結人は逢生の自殺を止めようとする。しかし彼女の意思は一向に変わらない。そのため結人の目には常に彼女の死体――屍の様子が視えてしまうのだった。
※第7回ホラー・ミステリー小説大賞奨励賞受賞作です。
あのクローゼットはどこに繋がっていたのか?
あろえみかん
ホラー
あらすじ:昼下がりのマンション管理会社に同じ空き部屋起因の騒音と水漏れに関して電話が入る。駅近の人気物件で1年も空き部屋、同日に2件の連絡。気持ち悪さを覚えた安倍は現地へと向かった。同日に他県で発見された白骨体、騒音、水漏れ、空き部屋。そして木の葉の香りがじっとりとクローゼット裏から溢れ出す。
*表紙はCanvaにて作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる