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第四話
ひとりで映画を撮っていたら、謎の美女が嫁に来た 〜後編〜
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その日の夜一〇時。
真人は客のまばらな店内にひとり、いた。あおいはまだ高校生なので、バイト時間は七時まで。とっくに帰っている。他に店内にいるのはこの時間はレジ係を兼ねている店長の咲だけ。
そのなかで真人はひとり黙々と、店内のステージで自作映画の上映の準備をしていた。
MTMには店内に小さなステージがあって、店員は一組につき一日二時間、このステージを自分の好きなように使っていい。歌や芝居の練習をしてもいいし、寸劇を披露しておひねりをもらってもいい。
これが、『ミニシアターマーケット』と名付けられたもうひとつの理由。
ひとりぼっちでさびしいとき、つらいとき、いつでもやってきて全力で頑張る人間を見て元気をもらえるように。
そのために設けられた制度。
そしてまた、夢を追う人間に職と舞台を与え、夢を叶える手助けをするために。
真人はその二時間を自作の人形映画の上映に当てている。
はじまりは四年前。高校生になってはじめての夏。おとなぶって夜の町をさ迷い、ふと見かけたミニシアターに入った。そこでは、たまたま『ローマの休日』を上映していた。
一目見て恋に落ちた。
『ローマの休日』という映画に。
――自分もあんな恋をしてみたい!
そう思った。しかし、真人はいたって常識的な人間だったので、あんなロマンチックな出来事が現実に起こるはずがないとわかってもいた。
だから、映画を撮ることにした。
映画のなかで自分の理想の恋を描くために。
そのために、誰にも遠慮せずに自分の理想を追える人形映画を選んだ。高校三年間、映画作りに没頭してきた。卒業してすぐ、ここていに就職したのもそのため。
――MTMなら生活費を稼げて、気のすむまで映画を撮れる。上映する場所も得られる。
常識人の真人である。
自分の撮った映画がたちまち大ヒットして世界的な映画監督に……などという夢を見ているわけではない。ただ、自分の理想とする映画を撮って、誰かひとりでもいい。心を動かすことが出来たなら。
そう思っている。
そしていま、そのたったひとりのファンがいる。
――そろそろ、来るはずだけど。
上映の準備をしながら真人は思った。
思った通り、いつも通りの時間にたったひとりのファンがやってきた。
長身でモデル体型、謎めいた雰囲気のすごい美女。歳の頃は真人とそうかわらないだろう。多分、四~五歳上と言ったところ。
――どこかのモデルなんだろうな。
雑誌でもテレビでも見たことはないけど多分、そうなのだろうと思っている。
なんという名前で、どこの誰かなんてなにも知らない。この半年間、毎日、真人の映画を見に来るけどただそれだけ。言葉を交したことなど一度もない。上映している間、真人は『解説、行います』の看板を掲げてその場にいるのだが、声をかけられたことは一度もない。
謎の美女はただ黙って映画を見て、黙って帰って行く。
ただ、それだけ。
それでも――。
真人にとっては、自分の映画のファンと過ごせる貴重な時間だった。
その日も謎の美女はやってきた。
いつもの通り、黙って映画を見つめている。
そんな美女の横顔を真人は眺めるでもなく眺めていた。
やがて、映画か終わった。謎の美女はそのまま帰ろうとした。そのとき――。
「あの……」
真人は声をかけていた。
どうして、そんなことをしたのか、することができたのか、自分でもわからない。
とにかく、なにかの拍子で声をかけた。
そうとしか言えなかった。
謎の美女は振り向いた。特に意外とか、驚いたりとか言った様子はなさそうだ。もっとも、ミステリアスな雰囲気の分、表情が動かず、感情も読みにくいのだが。その点、やたらとオーバーアクションでわかりやすいあおいとは正反対だ。
とにかく、声をかけてしまった以上、そのままというわけにはいかない。真人は勇気を振り絞って話しかけた。
「毎日、見に来てくれてますよね。その……ありがとうございます」
「『ローマの休日』」
「えっ?」
「この映画……『ローマの休日』がもとだろう?」
謎の美女はそう言った。口調はやはり、感情を感じさせない素っ気ないものだったが、声そのものは天上の鐘のように美しかった。
「あ、は、はい、そのとおりです。わかるんですか?」
「ああ。わたしも『ローマの休日』に恋した口だからな」
「えっ?」
「もう一〇年も前だ。古い映画か好きだった父に連れられてミニシアターに出かけ、そこで『ローマの休日』を見た。そして、一目で恋に落ちた。
こんな恋愛に出会いたい。
そう思った。と言って、現実にあんな出来事が起こるはずがない。だから、わたしは映画女優を目指した。映画のなかで理想の恋愛を体験するために」
――おれと同じだ。
謎の美女の告白に――。
真人は胸がドクンと鳴った。
「結局、芽が出ないままあきらめたがな」
「そんな。あなたみたいなきれいな人が映画女優になれないなんて」
「たしかに、容姿についてはどこに行っても褒められた。だが、同時に、どこでもこう言われた。『感情表現が下手すぎる』とな」
「あっ……」
言われてみれば真人にもわかる。
たしかに謎めいた雰囲気のすごい美女だがその分、表情というものがない。感情が感じられない。単なるモデルならまだしも、映画女優としては致命的だろう。
ほう、と、謎の美女は溜め息をついた。
「……まったく。我ながらいやになるぐらい感情を表すのが下手な人間だ。そのことを思い知り、すべてをあきらめ、ブラブラしていた。そんなときにたまたま、君の映画に出会った。わたしと同じ思いが感じられた。そして、君の映画に出てくる人形たちは、わたしよりもずっと感情表現がうまい。表情のかわることのない人形なのにな。だから、毎日、見に来ていた」
「……そうだったんですか」
ふっ、と、謎の美女は真人と視線を合わせた。
真人は思わず真っ赤になった。
「気になっていたがなぜ、いちいち敬語を使うのだ? 歳も同じぐらいだし、そんな必要もないだろう」
「え、でも……」
「君は二十歳ぐらいだろう? わたしは二一歳だ。かしこまる必要はない」
「そ、そうなんですか? 二四、五歳だと思ってました」
その言葉は口にする寸前で、どうにか飲み込んだ。
決して『老けている』という意味ではなく『落ち着きがあって、おとなびている』という意味なのだが、『実年齢より年上に見える』と言われて喜ぶ女性はいないだろう。いくら、あおいに馬鹿にされる童貞キャラでもそのぐらいのことはわかる。
だから、かわりにごく常識的な答え方をした。
「いえ。僕は店員で、あなたはお客さまですから。敬語を使うのは当然です」
「MTMの客は『客』ではなく『ファン』だろう?」
「それは……」
ふっ、と、謎の美女がかすかに微笑んだ。はじめて表情が動いたのだ。そのわずかな変化に――。
真人は心を奪われていた。
「真面目だな、君は」
「い、いえ……」
「黒川夕海」
「えっ?」
「わたしの名だ。良ければ覚えておいてくれ。また聞くことがあるはずだ」
「えっ?」
「君の映画を見ているうちにもう一度、挑戦したくなった。一からやり直しだ」
そう言って――。
謎の美女――黒川夕海は去って行った。
後に残された真人はしばらくの間、呆然としていた。やがて、
「……やった」
そう呟いた。
ほとんど、無意識の呟きだった。
たったひとり、ひとりきり。でも、自分の映画はたしかにそのひとりの心を動かした。もう一度、夢を追う勇気を与えた。そのことがたまらなく嬉しかった。
「おめでとう、真人くん」
「わあっ!」
いきなりすぐ後ろから声をかけられ、真人は跳びあがった。見てみると、店長の咲がすぐ後ろで笑っていた。
「ひとりの人間の心を救ったんだもの。自慢していいわよ」
「て、店長……⁉ 見てたんですか?」
「あら。真人くんのことは毎晩、見ているわよ」
「えっ?」
「夫を事故で亡くしたあと、夜をひとりで過ごす寂しさに耐えかねてここていを開いたの。MTMならきっと、いつでも、一所懸命な人の姿を見ることが出来る。そんな姿を見ていればあたしもきっと……そう思ったから。
そして、真人君。あなたはたしかにあたしに一所懸命な姿を見せてくれた」
「店長……」
「おかげで、いつの間にかさびしさも忘れていたわ。つまり、貴方はふたりの人間を救ったの。黒川さんと、あたしと。自慢できるでしょ?」
「……はい」
咲の言葉に――。
真人は心からうなずいた。
翌日。
開店前のミーティングの席で店長の御厨咲から衝撃の発表があった。
「今日から新しい店員がひとり、入ります」
そう言われ、姿を現わしたのは――。
「黒川さん!」
謎の美女、黒川夕海その人だった。
「黒川さん。なんで、あなたがここに……」
「君の嫁になりに来た」
「なっ……⁉」
「どういうことです、先輩⁉」
真人が絶句し、あおいが叫んだ。
夕海は何事もなかったかのように淡々と説明した。
「君の映画を見て、再挑戦することに決めた。と言っても、いままで通りでは同じことの繰り返しだ。そこで、思った。君と愛しあえば、わたしももっと感情表現がうまくなるのではないかとな。だから、君の嫁になることにした」
「よ、嫁になるって……そんな、お互い、なんにも知らないのに」
「だから、知り合うためにきたのだ。これからは全力で口説かせてもらう」
「なに言ってんです⁉ ダメです、絶対ダメ! 先輩みたいな陰キャボッチの童貞キャラと付き合える女はあたしぐらいなんですから!」
「わたしはまったくかまわない。未経験なのはわたしも同じ。これから、互いに研鑽していけばいい」
「ダメです! 絶対ダメ!」
真人は助けを求めて咲を見た。
「て、店長、これ、良いんですか⁉ 普通、職場恋愛って禁止のはずじゃ……」
「ああら。うちには、そんな決まりないわよ。それに……」
「それに?」
「実はあたしも映画に出てみたかったのよねえ。これだけきれいどころがいれば、人形なんかに頼らなくても映画は撮れるでしょう? これから、ここていは真人くんが映画監督になって、本物のミニシアターになるってわけ」
「そ、そんな……」
「そう言うわけだ。よろしく頼む、未来の夫君よ」
「ダメ! 先輩なんかを相手に出来る女はあたしだけです!」
「うんうん。さっそく、仲良くなっていいことだわ。と言うわけで真人くん。これから、いろいろよろしくね」
「なんで、そうなるんですかあっ⁉」
真人の絶叫は――。
事務所のなかに響いたのだった。
完
真人は客のまばらな店内にひとり、いた。あおいはまだ高校生なので、バイト時間は七時まで。とっくに帰っている。他に店内にいるのはこの時間はレジ係を兼ねている店長の咲だけ。
そのなかで真人はひとり黙々と、店内のステージで自作映画の上映の準備をしていた。
MTMには店内に小さなステージがあって、店員は一組につき一日二時間、このステージを自分の好きなように使っていい。歌や芝居の練習をしてもいいし、寸劇を披露しておひねりをもらってもいい。
これが、『ミニシアターマーケット』と名付けられたもうひとつの理由。
ひとりぼっちでさびしいとき、つらいとき、いつでもやってきて全力で頑張る人間を見て元気をもらえるように。
そのために設けられた制度。
そしてまた、夢を追う人間に職と舞台を与え、夢を叶える手助けをするために。
真人はその二時間を自作の人形映画の上映に当てている。
はじまりは四年前。高校生になってはじめての夏。おとなぶって夜の町をさ迷い、ふと見かけたミニシアターに入った。そこでは、たまたま『ローマの休日』を上映していた。
一目見て恋に落ちた。
『ローマの休日』という映画に。
――自分もあんな恋をしてみたい!
そう思った。しかし、真人はいたって常識的な人間だったので、あんなロマンチックな出来事が現実に起こるはずがないとわかってもいた。
だから、映画を撮ることにした。
映画のなかで自分の理想の恋を描くために。
そのために、誰にも遠慮せずに自分の理想を追える人形映画を選んだ。高校三年間、映画作りに没頭してきた。卒業してすぐ、ここていに就職したのもそのため。
――MTMなら生活費を稼げて、気のすむまで映画を撮れる。上映する場所も得られる。
常識人の真人である。
自分の撮った映画がたちまち大ヒットして世界的な映画監督に……などという夢を見ているわけではない。ただ、自分の理想とする映画を撮って、誰かひとりでもいい。心を動かすことが出来たなら。
そう思っている。
そしていま、そのたったひとりのファンがいる。
――そろそろ、来るはずだけど。
上映の準備をしながら真人は思った。
思った通り、いつも通りの時間にたったひとりのファンがやってきた。
長身でモデル体型、謎めいた雰囲気のすごい美女。歳の頃は真人とそうかわらないだろう。多分、四~五歳上と言ったところ。
――どこかのモデルなんだろうな。
雑誌でもテレビでも見たことはないけど多分、そうなのだろうと思っている。
なんという名前で、どこの誰かなんてなにも知らない。この半年間、毎日、真人の映画を見に来るけどただそれだけ。言葉を交したことなど一度もない。上映している間、真人は『解説、行います』の看板を掲げてその場にいるのだが、声をかけられたことは一度もない。
謎の美女はただ黙って映画を見て、黙って帰って行く。
ただ、それだけ。
それでも――。
真人にとっては、自分の映画のファンと過ごせる貴重な時間だった。
その日も謎の美女はやってきた。
いつもの通り、黙って映画を見つめている。
そんな美女の横顔を真人は眺めるでもなく眺めていた。
やがて、映画か終わった。謎の美女はそのまま帰ろうとした。そのとき――。
「あの……」
真人は声をかけていた。
どうして、そんなことをしたのか、することができたのか、自分でもわからない。
とにかく、なにかの拍子で声をかけた。
そうとしか言えなかった。
謎の美女は振り向いた。特に意外とか、驚いたりとか言った様子はなさそうだ。もっとも、ミステリアスな雰囲気の分、表情が動かず、感情も読みにくいのだが。その点、やたらとオーバーアクションでわかりやすいあおいとは正反対だ。
とにかく、声をかけてしまった以上、そのままというわけにはいかない。真人は勇気を振り絞って話しかけた。
「毎日、見に来てくれてますよね。その……ありがとうございます」
「『ローマの休日』」
「えっ?」
「この映画……『ローマの休日』がもとだろう?」
謎の美女はそう言った。口調はやはり、感情を感じさせない素っ気ないものだったが、声そのものは天上の鐘のように美しかった。
「あ、は、はい、そのとおりです。わかるんですか?」
「ああ。わたしも『ローマの休日』に恋した口だからな」
「えっ?」
「もう一〇年も前だ。古い映画か好きだった父に連れられてミニシアターに出かけ、そこで『ローマの休日』を見た。そして、一目で恋に落ちた。
こんな恋愛に出会いたい。
そう思った。と言って、現実にあんな出来事が起こるはずがない。だから、わたしは映画女優を目指した。映画のなかで理想の恋愛を体験するために」
――おれと同じだ。
謎の美女の告白に――。
真人は胸がドクンと鳴った。
「結局、芽が出ないままあきらめたがな」
「そんな。あなたみたいなきれいな人が映画女優になれないなんて」
「たしかに、容姿についてはどこに行っても褒められた。だが、同時に、どこでもこう言われた。『感情表現が下手すぎる』とな」
「あっ……」
言われてみれば真人にもわかる。
たしかに謎めいた雰囲気のすごい美女だがその分、表情というものがない。感情が感じられない。単なるモデルならまだしも、映画女優としては致命的だろう。
ほう、と、謎の美女は溜め息をついた。
「……まったく。我ながらいやになるぐらい感情を表すのが下手な人間だ。そのことを思い知り、すべてをあきらめ、ブラブラしていた。そんなときにたまたま、君の映画に出会った。わたしと同じ思いが感じられた。そして、君の映画に出てくる人形たちは、わたしよりもずっと感情表現がうまい。表情のかわることのない人形なのにな。だから、毎日、見に来ていた」
「……そうだったんですか」
ふっ、と、謎の美女は真人と視線を合わせた。
真人は思わず真っ赤になった。
「気になっていたがなぜ、いちいち敬語を使うのだ? 歳も同じぐらいだし、そんな必要もないだろう」
「え、でも……」
「君は二十歳ぐらいだろう? わたしは二一歳だ。かしこまる必要はない」
「そ、そうなんですか? 二四、五歳だと思ってました」
その言葉は口にする寸前で、どうにか飲み込んだ。
決して『老けている』という意味ではなく『落ち着きがあって、おとなびている』という意味なのだが、『実年齢より年上に見える』と言われて喜ぶ女性はいないだろう。いくら、あおいに馬鹿にされる童貞キャラでもそのぐらいのことはわかる。
だから、かわりにごく常識的な答え方をした。
「いえ。僕は店員で、あなたはお客さまですから。敬語を使うのは当然です」
「MTMの客は『客』ではなく『ファン』だろう?」
「それは……」
ふっ、と、謎の美女がかすかに微笑んだ。はじめて表情が動いたのだ。そのわずかな変化に――。
真人は心を奪われていた。
「真面目だな、君は」
「い、いえ……」
「黒川夕海」
「えっ?」
「わたしの名だ。良ければ覚えておいてくれ。また聞くことがあるはずだ」
「えっ?」
「君の映画を見ているうちにもう一度、挑戦したくなった。一からやり直しだ」
そう言って――。
謎の美女――黒川夕海は去って行った。
後に残された真人はしばらくの間、呆然としていた。やがて、
「……やった」
そう呟いた。
ほとんど、無意識の呟きだった。
たったひとり、ひとりきり。でも、自分の映画はたしかにそのひとりの心を動かした。もう一度、夢を追う勇気を与えた。そのことがたまらなく嬉しかった。
「おめでとう、真人くん」
「わあっ!」
いきなりすぐ後ろから声をかけられ、真人は跳びあがった。見てみると、店長の咲がすぐ後ろで笑っていた。
「ひとりの人間の心を救ったんだもの。自慢していいわよ」
「て、店長……⁉ 見てたんですか?」
「あら。真人くんのことは毎晩、見ているわよ」
「えっ?」
「夫を事故で亡くしたあと、夜をひとりで過ごす寂しさに耐えかねてここていを開いたの。MTMならきっと、いつでも、一所懸命な人の姿を見ることが出来る。そんな姿を見ていればあたしもきっと……そう思ったから。
そして、真人君。あなたはたしかにあたしに一所懸命な姿を見せてくれた」
「店長……」
「おかげで、いつの間にかさびしさも忘れていたわ。つまり、貴方はふたりの人間を救ったの。黒川さんと、あたしと。自慢できるでしょ?」
「……はい」
咲の言葉に――。
真人は心からうなずいた。
翌日。
開店前のミーティングの席で店長の御厨咲から衝撃の発表があった。
「今日から新しい店員がひとり、入ります」
そう言われ、姿を現わしたのは――。
「黒川さん!」
謎の美女、黒川夕海その人だった。
「黒川さん。なんで、あなたがここに……」
「君の嫁になりに来た」
「なっ……⁉」
「どういうことです、先輩⁉」
真人が絶句し、あおいが叫んだ。
夕海は何事もなかったかのように淡々と説明した。
「君の映画を見て、再挑戦することに決めた。と言っても、いままで通りでは同じことの繰り返しだ。そこで、思った。君と愛しあえば、わたしももっと感情表現がうまくなるのではないかとな。だから、君の嫁になることにした」
「よ、嫁になるって……そんな、お互い、なんにも知らないのに」
「だから、知り合うためにきたのだ。これからは全力で口説かせてもらう」
「なに言ってんです⁉ ダメです、絶対ダメ! 先輩みたいな陰キャボッチの童貞キャラと付き合える女はあたしぐらいなんですから!」
「わたしはまったくかまわない。未経験なのはわたしも同じ。これから、互いに研鑽していけばいい」
「ダメです! 絶対ダメ!」
真人は助けを求めて咲を見た。
「て、店長、これ、良いんですか⁉ 普通、職場恋愛って禁止のはずじゃ……」
「ああら。うちには、そんな決まりないわよ。それに……」
「それに?」
「実はあたしも映画に出てみたかったのよねえ。これだけきれいどころがいれば、人形なんかに頼らなくても映画は撮れるでしょう? これから、ここていは真人くんが映画監督になって、本物のミニシアターになるってわけ」
「そ、そんな……」
「そう言うわけだ。よろしく頼む、未来の夫君よ」
「ダメ! 先輩なんかを相手に出来る女はあたしだけです!」
「うんうん。さっそく、仲良くなっていいことだわ。と言うわけで真人くん。これから、いろいろよろしくね」
「なんで、そうなるんですかあっ⁉」
真人の絶叫は――。
事務所のなかに響いたのだった。
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