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第二部 北の王国篇
一九の扉 国王逃亡
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ザクセンスク辺境伯、叛逆!
その報は王宮の廷臣たちを文字通り、震えあがらせた。貴族の生まれとあって栄養たっぷりの食べ物には事欠かず、他はどうあれ肌の色艶だけは良かったかの人たちが、その頬を赤や青、白と言った色に染めて国王アルフレッドに詰め寄った。
――いったい、どうするのか、と。
誰ひとりとして建設的な答えが得られるなどと思っていたわけではない。生まれついての遊興の徒であり、政に関してはいささかの関心もないこの遊び人に、かかる事態に対処する能力などあるはずがない。
誰もがそのことを知っていた。
わきまえていた。
それでも、国王は国王であり、最終的に事態を収拾する責任をもっているものはアルフレッド以外にいないのだ。震えあがった廷臣たちにしてみれば国王に向かって『何とかしろ!』と泣きつく以外、どうしようもなかった。
「なにを騒いでいる。ただの叛逆ではないか。さっさと軍を派遣して鎮圧すればよかろう」
いまだ事態の深刻さを理解していない国王アルフレッドは面倒くさそうにそう答えた。
驚き、呆れたのは廷臣たちである。最初から解決してくれるなどという期待をもってはいなかったが、ここまで呑気な返答が返ってくるとはさすがに予想していなかった。
「馬鹿を申されるな、陛下」
――そんなこともわからないのか、この馬鹿王!
いっそ、そう叫んでやりたいほどである。
さすがに、国王相手にそんな罵声を浴びせれば、自分がどんな目に遭うかはわかっていたので、誰も口にはしなかったが。それでも、国王のもとに詰め寄る廷臣全員が同じ思いでいたことはまちがいない。
「はっきり申しあげますぞ、陛下。ザクセンスク辺境伯は代々、王国の北にあって、巨人族の侵攻を防ぐ役割を果たしてきた一族。伯は屈強の武人であり、配下の軍は王国最強の精鋭。王都の守備兵ではまちがっても勝つことなどできません」
「勝てんのか?」
「さよう。絶対に、勝てません」
絶対に、と、やけに強調しながら言う。胸をそびやかしながらそう言う態度がやけに自信満々である。
実際、廷臣たちには絶対的な自信があった。
――王都の軍はザクセンスク辺境伯の軍には勝てない。戦えば必ず負ける。
という自信が。
何しろ、王都の軍を骨抜きにし、飾り物にしてきたのはかの人たち自身なのだ。
北の辺境伯たちが巨人族との戦いを引き受けてくれることをいいことに王都の軍を私物化し、人事を操作してきた。小金稼ぎのために、自身や息子の箔付けのために軍での地位を欲しがる貴族たちに官位を金で売り、いざというときのために金で言うことを聞くゴロツキどもを入隊させた。へたをしたら叛逆を起こし、自分たちに敵対しかねない真摯で国を憂えるような型の人物はことごとく罪をかぶせて処刑するか、遙か北の地に追放するかしてきた。遙か北の地、つまり、ザクセンスク領である。
実戦経験ひとつなく、まともな武器ももたない民間人をいたぶるぐらいしかしてこなかった王都の軍が、巨人族相手の実戦で鍛えられ、王宮に対する恨みと敵意をもつ北の精兵相手に勝てるはずがなかった。
そのことを重々、承知の上でしかし、廷臣たちは結局、戦いの準備を進めるしかなかった。何しろ、向こうの方が勝手に――こなくていいのに――攻め寄せてくるのだから他にどうしようもなかったのだ。
各地の諸侯や領主のもとに伝令が送られ、兵を出すよう命令が下された。従った領主はただのひとりもいなかった。返答を送ってよこした誰もが同じことを言っていた。
――領内の治安が急速に悪化しており、兵を割いている余裕がない。
その一言である。
とりあえずは様子見に徹し、勝ちそうな方に付く。そう目論んでいることは明らかだった。アルフレッドとしてはいつ襲いかかってくるかも知れない、潜在的な敵に囲まれたと言うことになる。
もっとも『余裕がない』というのは嘘ではない。王都を中心に発生した民衆の抗議や暴動はすでに王国全土に広がっており、どこの諸侯も領主たちもその対応に苦慮していたからである。
その意味では、助けも来ないが攻め込まれる危険も少ない、と言うことになる。王国最強の北の精兵に狙われているいまの状況ではなんの慰めにもならないことだったが。
とにかく、各地の領主たちが動かないのでは致し方ない。一喝して従わせるだけの迫力などアルフレッドにはなかったし、軍を派遣して叩きのめし、従わせるだけの実力もなかったのだから。
「各地の領主どもが動かんだと? ならば、金で動かせ。金で動かせん人間はいない」
アルフレッドはいかにも遊興の徒らしい言を述べた。
国王たる身が言うにはあからさますぎるし、下品な言葉だが、その発言自体は正しいと言っていいだろう。たしかに、金で動かない人間はほとんどいない。しかし――。
「それができないのは誰のせいだ!」
廷臣たちとしてはそう叫び倒してやりたいところだった。
何しろ、国王アルフレッドその人が湯水のように、いや、それ以上に軽い気持ちで大量の資金を賭け事やその他の遊興に注ぎ込んできたせいで、国の財産はすでに底をついていたのだから。
そうこうしている間にもザクセンスク辺境伯の軍は南下をつづけている。
放っておくわけにはいかないのでとにかく王都の兵士たちをかき集め、臨時に討伐軍を編成し、送り込んだ。
指揮を執るのはファウカス公爵。
国内最大の騎兵戦力を抱える国内有数の大貴族である。しかし――。
騎兵戦力をそろえているのはただ単に勇壮な馬の姿を眺めているのが好き、というだけのこと。見た目ばかりで実用性皆無の華美な鎧をまとわせた騎兵集団を庭先に並べてその勇士を眺め、悦に入るのが趣味という人物だった。当然、配下の騎兵集団はただの一度も実戦を経験してはいなかったし――戦わせるなどとんでもない! 鎧に傷がつくではないか――ファウカス公爵自身、一兵たりと指揮した経験はなかった……。
ともあれ、両軍は王都の北で激突した。というより、命令されたから嫌々、進んでいるだけの王国軍に、稲妻の勢いで南下してきた北の精兵たちが突撃した。
勝負は一瞬。
見た目ばかりは立派でも練度は低く、士気にいたってはゼロにも等しい王国軍は一撃のもとに北の精兵たちに粉砕された。それも、最初の突撃で全体の三割近くが殺されるという、用兵学の常識では考えられないような惨憺たるありさまだった。
ろくに訓練もせず、酒ばかり飲んでの体力不足。そこに、見た目重視で実用性の低い重々しい鎧をまとっていたのが原因だった。反撃など考えることも出来ず、逃げようにも鎧が重くて走れない。鎧を脱ぎすてようとしても重すぎる鎧は脱ぐにも時間がかかりすぎる。
そこへ、巨人族の強靱な肉体を貫くための長槍を突き込まれたのだからたまらない。訓練不足と不摂生でぶよぶよの肉体は水をつめた風船のように破裂し、単なる肉片となって飛び散った。逃げようとして鎧の重さに転び、そのまま踏みつぶされた。降伏し、命乞いするものもいたが、何しろ、北の精兵たちの多くが王都から追放された恨みをもつ身。降伏など認められるわけもなく、目を覆うばかりの殺戮の嵐が吹き荒れただけだった。
ちなみにその間、指揮官であるファウカス公爵閣下はどうしていたかと言うと……まんまと軍から離脱し、隣国に亡命を果たしていた。自分のお気に入りの馬たちだけはしっかり連れて行ったのはいっそ、あっぱれだったかも知れない。
王国軍惨敗。
その報はすぐさま王都に届けられた。
その報と共に送りつけられた何百という首、そして、そこに添え付けられたザクセンスク辺境伯自らがしたためた一文、
――次はきさまだ。
を見れば、いかに脳天気なアルフレッドでも事態の剣呑さに気が付く。別に気が付きたくなどないが、気付かされてしまう。
「ど、どうする、どうすればいい……⁉」
顔中を青くしたり、赤くしたりしながら、廷臣たちに聞いてまわる。
「どうするもなにも、それを決めるのは国王自身だろう」
いまさらそんな叱咤をする忠臣などいるはずもなく、アルフレッドはひとり、オロオロするばかりだった。もし、このとき、ラベルナが側にいれば、年下の母親のごとく叱咤激励して体勢を立て直させていたかも知れないのだが……。
廷臣たちの間にも不穏な空気が生まれはじめていた。
もはや、勝ち目などないのは子供でもわかる。王国軍が北の精兵たちに粉砕されたのを見て、日和見を決め込んでいた領主たちも続々とザクセンスク辺境伯に味方する姿勢を示しはじめている。いまや、王都は敵に囲まれた陸の孤島だった。
「このままでは、我々もあの馬鹿王もろとも殺されてしまうぞ」
「そうなる前に辺境伯に与するべきでは?」
「しかし、そう申し出たところで認めてもらえるか? 北の連中は我々を恨んでいるぞ」
「手ぶらでは無理だろうな。しかし、手土産があれば……」
「手土産?」
「国王の首……」
国王の首。
その一言が出ると誰もが自分の首が落とされるような表情を浮かべ、黙り込むのだ。
結局、それが実行されることはなかった。そんな行為を恥だと感じる程度の羞恥心だけはまだ残っていたし、そもそも、生粋の武人であるザクセンスク辺境伯が『手土産』を受け取ってくれるかどうかなどかなり怪しい。
国王の首を差し出した途端、『この不忠者!』の一声で自分の首をたたき落とされるかも知れない。
結局、国王を見捨てたいが見捨てることも出来ず、逃げ出したいが逃げ出す先もなく、ズルズルと王都に残っているしかない。
廷臣たちのほとんどがそんな状況だった。
そんなある日、廷臣のひとりがアルフレッドに進言した。
「いかがでしょう。いったん、南部のコーラル領に待避なされ、そこで体勢を立て直されては」
「むっ、エセルバード叔父のところへか」
どれだけ振りだろう。アルフレッドの目に希望の光らしきものが宿った。
エセルバードはアルフレッドの父、つまり、先代国王の弟であり、王国南部に広大な領地を有している。政に興味をもたず、遊び好きの趣味人と言うことでアルフレッドと気が合ったのだろう。昔から、父以上に親しくしていた。アルフレッドとのちがいは政には興味を示さなかったが文化の育成には熱心で、様々な文化事業に投資してきたという点である。
そのエセルバードのもとであればたしかに、匿ってもらえるだろう。北の精兵たちも気候風土のまったく異なる南部までは侵攻してはこられまい。
「うむ。それがよかろう。すぐに叔父貴どのに伝令を出せ」
「はっ!」
転がるように走り出していく廷臣の姿を見ながら、国王アルフレッドは思った。
――叔父貴は死んだ親父とちがって話がわかる。叔父貴のもとであれば思う存分、賭け事に没頭できるだろう。いままで通りの暮らしさえ出来ればどこにいようと同じこと。こんな面倒ばかりの都など誰にでもくれてやるわ。
その報は王宮の廷臣たちを文字通り、震えあがらせた。貴族の生まれとあって栄養たっぷりの食べ物には事欠かず、他はどうあれ肌の色艶だけは良かったかの人たちが、その頬を赤や青、白と言った色に染めて国王アルフレッドに詰め寄った。
――いったい、どうするのか、と。
誰ひとりとして建設的な答えが得られるなどと思っていたわけではない。生まれついての遊興の徒であり、政に関してはいささかの関心もないこの遊び人に、かかる事態に対処する能力などあるはずがない。
誰もがそのことを知っていた。
わきまえていた。
それでも、国王は国王であり、最終的に事態を収拾する責任をもっているものはアルフレッド以外にいないのだ。震えあがった廷臣たちにしてみれば国王に向かって『何とかしろ!』と泣きつく以外、どうしようもなかった。
「なにを騒いでいる。ただの叛逆ではないか。さっさと軍を派遣して鎮圧すればよかろう」
いまだ事態の深刻さを理解していない国王アルフレッドは面倒くさそうにそう答えた。
驚き、呆れたのは廷臣たちである。最初から解決してくれるなどという期待をもってはいなかったが、ここまで呑気な返答が返ってくるとはさすがに予想していなかった。
「馬鹿を申されるな、陛下」
――そんなこともわからないのか、この馬鹿王!
いっそ、そう叫んでやりたいほどである。
さすがに、国王相手にそんな罵声を浴びせれば、自分がどんな目に遭うかはわかっていたので、誰も口にはしなかったが。それでも、国王のもとに詰め寄る廷臣全員が同じ思いでいたことはまちがいない。
「はっきり申しあげますぞ、陛下。ザクセンスク辺境伯は代々、王国の北にあって、巨人族の侵攻を防ぐ役割を果たしてきた一族。伯は屈強の武人であり、配下の軍は王国最強の精鋭。王都の守備兵ではまちがっても勝つことなどできません」
「勝てんのか?」
「さよう。絶対に、勝てません」
絶対に、と、やけに強調しながら言う。胸をそびやかしながらそう言う態度がやけに自信満々である。
実際、廷臣たちには絶対的な自信があった。
――王都の軍はザクセンスク辺境伯の軍には勝てない。戦えば必ず負ける。
という自信が。
何しろ、王都の軍を骨抜きにし、飾り物にしてきたのはかの人たち自身なのだ。
北の辺境伯たちが巨人族との戦いを引き受けてくれることをいいことに王都の軍を私物化し、人事を操作してきた。小金稼ぎのために、自身や息子の箔付けのために軍での地位を欲しがる貴族たちに官位を金で売り、いざというときのために金で言うことを聞くゴロツキどもを入隊させた。へたをしたら叛逆を起こし、自分たちに敵対しかねない真摯で国を憂えるような型の人物はことごとく罪をかぶせて処刑するか、遙か北の地に追放するかしてきた。遙か北の地、つまり、ザクセンスク領である。
実戦経験ひとつなく、まともな武器ももたない民間人をいたぶるぐらいしかしてこなかった王都の軍が、巨人族相手の実戦で鍛えられ、王宮に対する恨みと敵意をもつ北の精兵相手に勝てるはずがなかった。
そのことを重々、承知の上でしかし、廷臣たちは結局、戦いの準備を進めるしかなかった。何しろ、向こうの方が勝手に――こなくていいのに――攻め寄せてくるのだから他にどうしようもなかったのだ。
各地の諸侯や領主のもとに伝令が送られ、兵を出すよう命令が下された。従った領主はただのひとりもいなかった。返答を送ってよこした誰もが同じことを言っていた。
――領内の治安が急速に悪化しており、兵を割いている余裕がない。
その一言である。
とりあえずは様子見に徹し、勝ちそうな方に付く。そう目論んでいることは明らかだった。アルフレッドとしてはいつ襲いかかってくるかも知れない、潜在的な敵に囲まれたと言うことになる。
もっとも『余裕がない』というのは嘘ではない。王都を中心に発生した民衆の抗議や暴動はすでに王国全土に広がっており、どこの諸侯も領主たちもその対応に苦慮していたからである。
その意味では、助けも来ないが攻め込まれる危険も少ない、と言うことになる。王国最強の北の精兵に狙われているいまの状況ではなんの慰めにもならないことだったが。
とにかく、各地の領主たちが動かないのでは致し方ない。一喝して従わせるだけの迫力などアルフレッドにはなかったし、軍を派遣して叩きのめし、従わせるだけの実力もなかったのだから。
「各地の領主どもが動かんだと? ならば、金で動かせ。金で動かせん人間はいない」
アルフレッドはいかにも遊興の徒らしい言を述べた。
国王たる身が言うにはあからさますぎるし、下品な言葉だが、その発言自体は正しいと言っていいだろう。たしかに、金で動かない人間はほとんどいない。しかし――。
「それができないのは誰のせいだ!」
廷臣たちとしてはそう叫び倒してやりたいところだった。
何しろ、国王アルフレッドその人が湯水のように、いや、それ以上に軽い気持ちで大量の資金を賭け事やその他の遊興に注ぎ込んできたせいで、国の財産はすでに底をついていたのだから。
そうこうしている間にもザクセンスク辺境伯の軍は南下をつづけている。
放っておくわけにはいかないのでとにかく王都の兵士たちをかき集め、臨時に討伐軍を編成し、送り込んだ。
指揮を執るのはファウカス公爵。
国内最大の騎兵戦力を抱える国内有数の大貴族である。しかし――。
騎兵戦力をそろえているのはただ単に勇壮な馬の姿を眺めているのが好き、というだけのこと。見た目ばかりで実用性皆無の華美な鎧をまとわせた騎兵集団を庭先に並べてその勇士を眺め、悦に入るのが趣味という人物だった。当然、配下の騎兵集団はただの一度も実戦を経験してはいなかったし――戦わせるなどとんでもない! 鎧に傷がつくではないか――ファウカス公爵自身、一兵たりと指揮した経験はなかった……。
ともあれ、両軍は王都の北で激突した。というより、命令されたから嫌々、進んでいるだけの王国軍に、稲妻の勢いで南下してきた北の精兵たちが突撃した。
勝負は一瞬。
見た目ばかりは立派でも練度は低く、士気にいたってはゼロにも等しい王国軍は一撃のもとに北の精兵たちに粉砕された。それも、最初の突撃で全体の三割近くが殺されるという、用兵学の常識では考えられないような惨憺たるありさまだった。
ろくに訓練もせず、酒ばかり飲んでの体力不足。そこに、見た目重視で実用性の低い重々しい鎧をまとっていたのが原因だった。反撃など考えることも出来ず、逃げようにも鎧が重くて走れない。鎧を脱ぎすてようとしても重すぎる鎧は脱ぐにも時間がかかりすぎる。
そこへ、巨人族の強靱な肉体を貫くための長槍を突き込まれたのだからたまらない。訓練不足と不摂生でぶよぶよの肉体は水をつめた風船のように破裂し、単なる肉片となって飛び散った。逃げようとして鎧の重さに転び、そのまま踏みつぶされた。降伏し、命乞いするものもいたが、何しろ、北の精兵たちの多くが王都から追放された恨みをもつ身。降伏など認められるわけもなく、目を覆うばかりの殺戮の嵐が吹き荒れただけだった。
ちなみにその間、指揮官であるファウカス公爵閣下はどうしていたかと言うと……まんまと軍から離脱し、隣国に亡命を果たしていた。自分のお気に入りの馬たちだけはしっかり連れて行ったのはいっそ、あっぱれだったかも知れない。
王国軍惨敗。
その報はすぐさま王都に届けられた。
その報と共に送りつけられた何百という首、そして、そこに添え付けられたザクセンスク辺境伯自らがしたためた一文、
――次はきさまだ。
を見れば、いかに脳天気なアルフレッドでも事態の剣呑さに気が付く。別に気が付きたくなどないが、気付かされてしまう。
「ど、どうする、どうすればいい……⁉」
顔中を青くしたり、赤くしたりしながら、廷臣たちに聞いてまわる。
「どうするもなにも、それを決めるのは国王自身だろう」
いまさらそんな叱咤をする忠臣などいるはずもなく、アルフレッドはひとり、オロオロするばかりだった。もし、このとき、ラベルナが側にいれば、年下の母親のごとく叱咤激励して体勢を立て直させていたかも知れないのだが……。
廷臣たちの間にも不穏な空気が生まれはじめていた。
もはや、勝ち目などないのは子供でもわかる。王国軍が北の精兵たちに粉砕されたのを見て、日和見を決め込んでいた領主たちも続々とザクセンスク辺境伯に味方する姿勢を示しはじめている。いまや、王都は敵に囲まれた陸の孤島だった。
「このままでは、我々もあの馬鹿王もろとも殺されてしまうぞ」
「そうなる前に辺境伯に与するべきでは?」
「しかし、そう申し出たところで認めてもらえるか? 北の連中は我々を恨んでいるぞ」
「手ぶらでは無理だろうな。しかし、手土産があれば……」
「手土産?」
「国王の首……」
国王の首。
その一言が出ると誰もが自分の首が落とされるような表情を浮かべ、黙り込むのだ。
結局、それが実行されることはなかった。そんな行為を恥だと感じる程度の羞恥心だけはまだ残っていたし、そもそも、生粋の武人であるザクセンスク辺境伯が『手土産』を受け取ってくれるかどうかなどかなり怪しい。
国王の首を差し出した途端、『この不忠者!』の一声で自分の首をたたき落とされるかも知れない。
結局、国王を見捨てたいが見捨てることも出来ず、逃げ出したいが逃げ出す先もなく、ズルズルと王都に残っているしかない。
廷臣たちのほとんどがそんな状況だった。
そんなある日、廷臣のひとりがアルフレッドに進言した。
「いかがでしょう。いったん、南部のコーラル領に待避なされ、そこで体勢を立て直されては」
「むっ、エセルバード叔父のところへか」
どれだけ振りだろう。アルフレッドの目に希望の光らしきものが宿った。
エセルバードはアルフレッドの父、つまり、先代国王の弟であり、王国南部に広大な領地を有している。政に興味をもたず、遊び好きの趣味人と言うことでアルフレッドと気が合ったのだろう。昔から、父以上に親しくしていた。アルフレッドとのちがいは政には興味を示さなかったが文化の育成には熱心で、様々な文化事業に投資してきたという点である。
そのエセルバードのもとであればたしかに、匿ってもらえるだろう。北の精兵たちも気候風土のまったく異なる南部までは侵攻してはこられまい。
「うむ。それがよかろう。すぐに叔父貴どのに伝令を出せ」
「はっ!」
転がるように走り出していく廷臣の姿を見ながら、国王アルフレッドは思った。
――叔父貴は死んだ親父とちがって話がわかる。叔父貴のもとであれば思う存分、賭け事に没頭できるだろう。いままで通りの暮らしさえ出来ればどこにいようと同じこと。こんな面倒ばかりの都など誰にでもくれてやるわ。
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