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最終話

そして、帰る

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 そして、舞楽は帰ってきた。自分の時代へと。辺りをキョロキョロ見回す。見覚えのある光景が広がっていた。そして、目の前には自分をあの世界へと送り込んだ老婆がいた。いったいいくつになっているのかわからないほど年寄りで、恐ろしく醜い老婆。でも、不思議なことにあの世界に向かう前よりほんのわずかだけだけど醜くなくなっているような気がした。
 「こんにちは」
 舞楽はとりあえず、そう言った。
 「どうかね? 自分の本当の気持ちに気付くことは出来たかね?」
 「ええ。あなたにはお礼を言わなくちゃね。とても楽しい時間を過ごさせてもらったわ。それ以上に有意義な時間をね。あなたのおかげでやっと、自分の抱えていた苛立ちがなんなのか、はっきりわかった。人生の目的も出来た。ありがとう、感謝するわ。おばあさん」
 「ほっほっ。いい経験になってくれたのならなによりじゃよ。何しろ、お前さんはあの世界を実現出来るかどうかの重要な因子じゃからな」
 「やっぱり、わたしが歌姫マイラなわけ?」
 とは、舞楽は尋ねなかった。『あの世界って現実なの? それともただの夢?』とさえ、聞かない。どちらでもいいことだからだ。
 ――わたしが歌姫マイラではないというのならその役割を奪い取る。あの世界がただの夢だというならわたしの手で実現させる。
 そう決めている。何しろ、自分は実際にあの世界を学び、あの世界の作り方を学んできたのだ。そうである以上、木花舞楽に出来ないはずがなかった。
 「ところで、おばあさん」
 「何じゃ?」
 「おばあさんは何者なわけ?」
 「わしか。わしは『歴史』じゃよ」
 「歴史?」
 「そう。人の世の歴史。人間たちが紡いできた悠久の歴史、その化身。そして、そのもの。それがわしよ」
 「人の歴史ね。どうりでムチャクチャ年寄りなうえに醜いわけだわ」
 「……お前さん、友だちはおるか?」
 別にいらない、とは、舞楽は言わず、肩をすくめた。
 「そうね。これからは口の利き方も勉強することにするわ」
 その態度に老婆は意外なものを見るような目で舞楽を見た。そして、一言ひとことかみしめるように口にした。
 「……わしという人格を人の世の歴史から引っ張り出し、生み出したのはあの男、生森遠見よ。生森遠見はわしに取り引きをもちかけたのじゃ」
 「取り引き?」
 「美しくなりたくはないか? 人間の歴史をより美しいものにして、そんな醜い老婆ではない、美しく上品な貴婦人になりたいとは思わないか? そう言ってきたのよ。わしも女よ。こんな醜く、老いさらばえた姿でいたくはない。人の世が美しくかわれば、わしもまた美しい姿となれる。じゃからこそ、わしは生森遠見との取り引きに応じ、重大な要素となり得る者たちをあの世界に送り込み、体験させる役割を引き受けたのよ」
 「それじゃ、わたし以外にもあの世界を体験している人がいるの?」
 「おお、そういうことじゃ」
 「それは頼もしいわね」
 舞楽はそう言った。
 「頼もしい?」
 「ええ。あの世界を見れば誰だって実現させたいと思うにちがいないもの。すでに同じ目的をもつ同志がいるってことでしょう。同志が多ければその分、実現させやすくなるわ」
 まあ、わたしが仲間を作れるようになればの話だけどね。
 と、舞楽は肩をすくめながら付け加えた。
 「まあ、とにかく期待していて。わたしがあなたを美しく高貴な貴婦人にかえてあげるから」
 「……なるほど。確かにお前さんは特別なようじゃな。いままでにお前さんほど強靱な意志とわけのわからない自信をもっておる人間はいなかった。それで? どうやって実現させるのかね?」
 「そうね。まずは生森遠見を探さないとね。いったい、どんな人なのか。わたしより年上なのか、年下なのか。それから、他の仲間も集めて……そうそう、歌の勉強も本気ではじめないとね。でも、とりあえず――」
 家に帰るわ。
 舞楽はそう言った。
 「まずはママに会わないと。会って聞かなきゃいけないことが出来たから。すべてはそれからよ」
 舞楽は老婆と、いや、未来の貴婦人と別れ、駆け出した。

  世界を滅ぼしたい人 この指とまれ
  欲しい世界創っちゃおう
  気に入らないもの全部捨てて
  欲しいものだけ詰め込もう
  世間の非難や抗議は無視して
  やりたい放題やっちゃおう
  自分が幸せならいいのです
  わがままに

  世界を憎む心があるのなら
  それは欲しい世界があると言うこと
  みんなの望み出し合って夢の世を だから
  世界を滅ぼしたい人この指とまれ

 その日、その町にいた人たちはひとつの伝説を語ることになる。何しろ、会社で仕事に追われていた人たちや、家で食事の準備をしていた人たちがそのすべての作業を忘れ、外に飛び出して歌声の主を探すという、前代未聞の歌声が町中を駆け抜けたのだ。
 やがて、アパ―トの前についた。部屋に明かりが付いていた。舞楽の顔に笑みが浮かんだ。
 「へえ。ママ、帰ってるんだ」
 舞楽は部屋に飛び込んだ。そして、言った。
 「ただいまぁっ―!」

                                                                              終
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