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第二部 絆ぐ伝説

第九話一章 ……帰ってきた

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 ロウワンは仲間たちと共にマークスの幽霊船の甲板かんぱんに乗り込んだ。
 ボロボロに破れた。折れたマスト。くずれおちた船縁ふなべり甲板かんぱんは穴だらけで一歩、歩いただけでも全体がくずれ、船底まで落ちていきそう。
 そして、なによりも曲。
 船内から流れつづける竪琴たてごとの音色。
 天命てんめい巫女みこかなでる天命てんめいきょく
 まさに、『幽霊船』と呼ぶしかない荒れ果てた外観と、世界を守るために千年の時を超えてかなでられつづける天命てんめいきょく。どちらもちっともかわっていない。ガレノアのもとではじめてこの船を見、乗り込んだあのときと同じまま。その姿に、
 ――帰ってきた。
 ロウワンの胸いっぱいにその思いが込みあげてきた。
 『なつかしい』ではない。
 『また、やってきた』でもない。
 帰ってきた。
 ロウワンの胸のなかにはいま、その思いだけがあった。その思いに突き動かされるままにふたつの目に涙があふれていた。
 はじめて、この船に乗り込んだあのとき。あのときから本当に色々なことがあった。
 ガレノアに率いられて幽霊船に乗り込み、船内をくまなく探した。操舵そうだしつ舵輪だりんに覆い被さったまま骸骨がいこつと化した騎士マークスを見つけた。そして、竪琴たてごとをかき鳴らし、天命てんめいきょくかなでつづける天命てんめい巫女みこを。
 船に残る騎士マークスの魂に導かれるままに千年前の亡道もうどうつかさとの戦いを見た。
 この世界を守るためにみずからを天命てんめいきょくかなでつづける自動人形へとかえた天命てんめい巫女みこの覚悟を。
 騎士マークスのもと、自らの命をすてて戦った一千万の兵士たちを。
 それだけの兵士たちを死なせながら自分ひとり生き残ってしまったことへの騎士マークスの苦悩。
 天命てんめい巫女みこに対する忘恩ぼうおんの行いに対する怒り。
 マークスと、その婚約者であった王女イライサとの確執かくしつ
 ただひとり、天詠てんよみのしまへと乗り込んだマークス。その前に表れた新たなる亡道もうどうつかさ。はじまりの種族ゼッヴォーカーの導師どうしとの出会い。
 ただひとり、亡道もうどう世界せかいに乗り込み、亡道もうどう世界せかいの一部を持ち帰ったマークスの献身けんしん
 そのすべてを見、感じ、そして、ロウワンは誓った。
 ――騎士マークスの遺志いしは自分が受け継ぐ。そして、天命てんめい巫女みこさまを人間へと戻してみせる。
 マークスの遺志いしを継ぐために、マークスのまとっていた船長服を我が身にかぶせ、天命てんめい巫女みこの前に立ってそう誓った。
 その気持ちだけはあっても実力不足だった、ただの子ども。殺戮さつりくの現場に身がすくみ、なにもできなかった。殺されかけたところを〝鬼〟に救われた。そのまま、〝鬼〟の船で過ごし、〝詩姫うたひめ〟から様々なことを教わった。
 海賊に襲われている客船を救うために〝鬼〟と殴りあい、歴史上ただひとり、〝鬼〟を従わせた人間となった。
 〝鬼〟の船をおりて海に飛び込み、ハルキスの島へと流れついた。そこで、三刀流のサルの群れと出会った。ハルキスと出会い、多くのことを学び、生涯の友となるビーブと出会った。
 ビーブと共にうみ雌牛めうしと戦い、『輝きは消えず』号に乗ってビーブとふたり、おお海原うなばらに乗りだし、タラの島にたどり着いた。トウナと出会い、ブージと戦い、コーヒーハウスを開いた。ガレノアと再会し、かしらの座を懸けて決闘した。
 自由の国リバタリアを立ちあげ、主催となった。そして、世界中を旅した。
 野伏のぶせ行者ぎょうじゃと出会い、メリッサたち『もうひとつの輝き』を見つけて、師たるハルキスの遺言ゆいごんを叶えた。パンゲアでは教皇きょうこうアルヴィルダと会談した。ゴンドワナではパンゲアの〝神兵〟と戦い、家出したあと、はじめて両親のもとに戻った。
 ローラシアでは世界征服を企む〝賢者〟たちを倒した。
 ミルク色のもやに包まれたパンゲアに乗り込み、亡道もうどうつかさに出会った。
 本当に、色々なことがあった。はじめて、自分を導いてくれた存在である女海賊ガレノアもすでに亡い。自分と、未来を守るためのその命を差し出した。そして、自分自身もすっかりかわった。飲めなかったコーヒーを飲めるようになり、そして、恐らく……恋愛を知った。
 いま、思い返してみれば、すべての出来事が一瞬の時のなかに凝縮ぎょうしゅくされて通過していったような気もする。あのときから一〇〇年もの時が過ぎ去っているような気もする。
 いずれにせよ、自分の人生はあのとき、この船に乗り込んだときから、この船からはじまったのだ。この船こそはまさに故郷こきょう。だからこそ、
 ――帰ってきた。
 あふれる涙と共にそう思うのだ。
 ロウワンはグイッととを立てて拳で涙をぬぐった。涙に濡れたままの瞳でまっすぐに前を見た。そのロウワンの後ろにはあのときからはじまった旅のなかで得た仲間たちがいる。
 ビーブ。
 野伏のぶせ
 行者ぎょうじゃ
 プリンス。
 メリッサ。
 ハーミド。
 セシリア。
 レディ・アホウタ。
 それに、〝ブレスト〟・ザイナブと、その肩にとまり、羽ばたきながらしきりに声をあげている鸚鵡おうむ
 最初、マークスの幽霊船を見つけたのは〝ブレスト〟・ザイナブだった。ゴンドワナ最大の港町サラフディンの近くを哨戒しょうかいちゅうのことだった。
 「あのときは本当に驚いた。ボロボロで、どう見てもとっくに沈んでいるはずの船が堂々と海の上を渡っていたのだから」
 〝ブレスト〟・ザイナブはそう語ったものである。
 「怪しいと思った。また、パンゲアあたりがなにか仕掛けてきたのかと思った。砲撃して沈めるか、乗り込んで確かめるか。そのどちらかをすべきだと思った。でも、できなかった。このボロ船が海の上を進んでいる姿を見ると、どうしても攻撃命令を出すことができなかった。萎縮いしゅくしたとか、怯えたとか、そんなことではないと思う。ただ、なにか、手を出してはいけない。そんな気が強くした。まさか、このボロ船が伝説に聞く騎士マークスの幽霊船だったなんて……」
 〝ブレスト〟・ザイナブはそこで口を閉ざし、この件に関しては二度と開くことはなかった。
 騎士マークスの幽霊船だと知ってどう思ったのか。
 手出しできなかったのも無理はない。
 そう納得したのか。それとも……。
 その答えは〝ブレスト〟・ザイナブ以外、誰も知らない。
 「行こう」
 と、ロウワンが振り返ることなく仲間たちに言った。
 「騎士マークスに会うんだ」

 そして、ロウワンと仲間たちはやってきた。騎士マークスと天命てんめい巫女みこのいる操舵そうだしつへと。
 千年の時をた騎士マークスの骸骨がいこつが、その身を舵輪だりんに突きさすようにして覆い被さっている。
 天命てんめい巫女みこが千年の時を超えて竪琴たてごとを鳴らし、天命てんめいきょくかなでつづけている。
 その姿はロウワンがはじめてこの場に乗り込んだときと同じ。なにもかわっていない。唯一のちがいは、あのときはマークスが着ていた船長服がロウワンに身に着られていると言うことだけ。そして、マークスのもっていた亡道もうどう世界せかいの一部を収めた小瓶がメリッサたち『もうひとつの輝き』の手に渡っているということ。
 「……この骸骨がいこつが騎士マークスなのか?」
 プリンスの言葉に、ロウワンがうなずいた。
 「そうだ。千年前、この世界を守るために亡道もうどうつかさと戦った英雄だ」
 この世界を守るために亡道もうどうつかさと戦った英雄。
 その言葉に――。
 仲間たち全員が神妙しんみょう面持おももちで礼をとり、黙祷もくとうを捧げた。ハーミドでさえ頭に乗せたターバンをとって胸に当て、生真面目な表情で祈りの言葉を呟いている。
 記者魂が熱すぎて所構わず『取材させろ!』と要求してくるハーミドではあるが決して、不埒ふらちでもなければ、礼儀知らずでもない。死者の安寧あんねいを乱してはならないことは心得ている。まして、それが千年前の英雄相手となれば。神妙しんみょう面持おももちで祈りの言葉を唱えるのも当然だった。
 いま、この場にいるものたちのなかで、あのときロウワンと共に騎士マークスの骸骨がいこつ相対あいたいしたものは、いまは〝ブレスト〟・ザイナブの肩を自らの居場所と定めている鸚鵡おうむしかいない。プリンスはあのとき、ガレノアの船に乗り込んではいたが操舵そうだちょうとしてかじを握っており、幽霊船に乗り込むことはなかった。それ以外の仲間たちは皆、それからあとに出会った人々である。
 一時いっとき黙祷もくとうを終えたあと、ロウワンは一歩、マークスに近づいた。
 「騎士マークス。あなたの遺志いしを継ぐとの思いはかわっていない。あなたがそのことを認めてくれるならどうか、天詠てんよみのしまへと案内してくれることを」
 ロウワンはそう唱えてから、今度は天命てんめい巫女みこへと向きなおった。千年前からかわることなく、一時いっときも休むことなく天命てんめいきょくかなでつづける巫女みこへと。
 メリッサは天命てんめい巫女みこの姿を見て、
 ――似ている。
 と、かすかな胸の痛みと共に思った。
 話には聞いていた。しかし、たしかによく似ている。うりふたつ、というほどではないがたしかに、面影おもかげがある。まるで、同じ一族の人間であるかのように。
 ロウワンは竪琴たてごとかなでつづける天命てんめい巫女みこに向かって言った。
 「そして、天命てんめい巫女みこさま。あなたを人間に戻すという誓いも忘れたことはない。今度こそ、あなたを人間に戻してみせる」
 ロウワンのその言葉を――。
 メリッサはギュッと拳を握りしめながら聞いていた。
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