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第二部 絆ぐ伝説
第八話二一章 弔いのあと
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パチパチと音を立てて炎が燃えている。
プリンスが送ってくれる補給隊が届けてくれた燃料。そのすべてをぶち込んで燃えあがらせた弔いの火。刻一刻と形をかえて踊り狂う炎が、巨大なヘビの舌のように天に向かって伸びては縮みを繰り返し、白い煙が空高く昇っていく。
そのなかで、アルテミシアの遺体が炎に焼かれていた。一度は亡道によって侵食された身。浄化するためにも、弔うためにも、こうして炎で焼く以外にはなかった。
そのまわりをビーブ、野伏、行者、ハーミド、レディ・アホウタが囲み、唇を閉ざしたまま遺体が燃えていくさまを見つめている。
かつては若く、美しい女性であったその身が炎に焼かれ、見るはしから灰となってくずれていく。焼かれた肉体は煙となって立ちのぼり、天に還る。天帰教の楽園である天国があるという空の果てへと。しかし――。
――いったい、炎に清められた魂は煙に乗って天まで届くことができるのか?
敬虔な天帰教教徒であればそう疑わずにはいられなかっただろう。なにしろ、いまのパンゲアは亡道に冒された閉ざされた地。巨大なボウルをひっくり返したかのようなミルク色の靄に包まれ、空を見ることもできはしないのだから。
「できることなら、空の見える場所で弔ってやりたかったが……」
野伏がそう言ったのは、人間として自然な感情というものだったろう。しかし、パンゲア領を抜け、靄の外に出るまでには時間がかかる。とてもその間、遺体を保存し、運べるものではない。アルテミシアの遺体を腐らせ、その尊厳をこれ以上、汚さないためにはいま、この場で焼くしかなかった。
アルテミシアの遺体の最後の部分が炎に焼かれ灰となって、くずれ落ちた。燃えさかる炎を通してその光景を見たレディ・アホウタが呟いた。
「アルテミシアさま。安心してお眠りくださいっス。パンゲアはきっと、自分が取り戻してみせるっス」
一〇〇万の司祭たちの祈りの言葉にも勝るその一言を最後に、弔いは終わった。炎が消えたあと残された灰は風に乗せて、あたり一面に散らばらせた。
祖国パンゲアを愛していたアルテミシア。そのアルテミシアの意を汲むにはこうするのが一番だと思われたからだ。アルテミシアの思いが込められたその灰はきっと、風に乗ってパンゲア全土に飛び散り、亡道に冒されたこの世界をわずかなりとも守る力となってくれることだろう。
弔いのあと、ビーブ、野伏、行者、ハーミド、レディ・アホウタの五人は地面の上に直接、車座になって座っていた。時が凍り、全面が透明な結晶と化した大地の上に。
誰も、一言も喋らない。目を合わせようともしない。座り込んだまま、ひたすらに時間だけが過ぎていく。
意外なことに、と言うべきか、沈黙を破ったのはハーミドだった。
「ロウワン卿はどうされている?」
――相変わらずだ。家にこもって泣きっぱなしだ。
ビーブが答えた。
アルテミシアが亡道の怪物に成り果てようとするのをとめるため、〝鬼〟の大刀をもってアルテミシアを斬った。人間として殺した。そのあと、地面に手を突いていたロウワンだったが、さすがにみんなの前でそれ以上、泣き顔をさらすのは気が引けたのだろう。手近にあった家に飛び込み、そのまま泣きつづけている。あとを追ったのはメリッサただひとりだった。
――正直、驚いてる。あいつがあんなに泣きじゃくるなんて、タラの島ではじめて人を殺したとき以来だからな。
ビーブはそう付け加えた。あのときはトウナが一晩中、泣きじゃくるロウワンを抱きしめていた。そしていまは、メリッサが側にいる。
「とりあえず、メリッサに任せておくしかないね。こんなときに、同性ではなんの役にも立てないよ」
行者のその言葉に――。
ビーブ、野伏、ハーミドはそろってうなずいた。
「でも、自分も意外だったっス」
レディ・アホウタが言った。ところどころ肉が腐り、歯や骨が露出している『生ける死体』としての体で喋っているので、声はくぐもっている。
「大賢者さまが、アルテミシアさまのためにあんなに泣いてくれるとは思わなかったっス」
大賢者さま。
レディ・アホウタはロウワンのことをそう呼ぶ。その理由を知っているのはこの場ではビーブと野伏のふたりだけなのだが、行者とハーミドもなんとなく受け入れてしまっている。というより、尋ねる機を逃してしまったのでそのままにしている。
レディ・アホウタの言葉に答えたのは野伏だった。
「ヴァルハラでアルヴィルダと会見したあと、ロウワンは言っていたからな。『アルヴィルダも人と人の争いをなくしたいと思っているのは同じ。だったらきっと、手を取り合える』と。同じことを望んでいたはずの相手が、まさにその思いを叶えるためにこんな事態を引き起こしてしまった。そのことが衝撃だったんだろう」
「で、でも、亡道の司をヴァルハラに連れ帰ったのは先代の教皇猊下で、アルヴィルダ猊下がしたことでは……」
レディ・アホウタがそうアルヴィルダをかばったのは、パンゲア人としては自然なことだったろう。しかし、行者はそんな言い訳を許さなかった。いつもの、あるかなしかのかすかな笑みさえ浮かべない手厳しい表情で言った。
「それは関係ないね。実際に、亡道の司の力を利用して力ずくで世界を統一しようとしたのはアルヴィルダなんだ。その罪と責任を無視することはできないよ」
「うっ……」
そう言われてしまえば、レディ・アホウタとしてもなにも言い返すことはできない。
亡道の司を利用して世界を統一する。
そんなことを考えず、亡道の司が自らの要素をパンゲア中に広める前に倒しておこうと思えば、まだなんとかなった可能性はあるのだ。アルヴィルダの思いが取り返しのつかない事態を招いた。その事実はかわりようがなかった。
「その点なんだが……」
ハーミドがレディ・アホウタにまっすぐに視線を向けながら言った。死体色の皮膚。ところどころ腐り落ちた肉体。むき出しになった歯と骨。ゴッソリと抜け落ちた髪。いまのレディ・アホウタはどこからどう見ても死体そのもの。
生ける死体。
そう言う以外にない姿。はっきりとした腐臭も漂わせている。普通であれば、そのおぞましさと匂いに目をそらし、鼻をつまんでいるところだ。ところが、あまりにも多くのことが一斉に起きたせいで麻痺しているのか、外見に関する違和感も感じていない。その間もなく慣れてしまったらしい。ハーミドはレディ・アホウタの見た目や匂いなど気にすることなく尋ねた。
「あんた、レディ・アホウタだったよな。パンゲアの諜報員の。そして、ロウワン卿からアルヴィルダ……猊下がなにを企んでいるのかを探るように頼まれた」
「そうっス」
「なら、知っているはずだ。この一〇年、いや、その前からパンゲアがなにを企み、なにをしてきたのか。それを教えてくれ。どんなことでも細大漏らさず。おれは新聞記者だ。このパンゲアの地でなにが起きているのか、なぜ、そんなことになったのか。そのすべてを記事にして世界中に伝える責任がおれにはある」
全人類を鼓舞し、来る戦いに備えさせるために。
ハーミドは真剣そのものの視線でレディ・アホウタを見つめながら、そう言った。その言葉に、レディ・アホウタはうなずいた。
「わかったっス。祖国の恥になることっスけど、犯した罪を隠すような真似をしたら恥の上塗りっス。パンゲアには自らの罪を、自ら正すだけの意思があり、能力がある。そのことを証明するためにも自分が知ることすべて、お話しするっス」
プリンスが送ってくれる補給隊が届けてくれた燃料。そのすべてをぶち込んで燃えあがらせた弔いの火。刻一刻と形をかえて踊り狂う炎が、巨大なヘビの舌のように天に向かって伸びては縮みを繰り返し、白い煙が空高く昇っていく。
そのなかで、アルテミシアの遺体が炎に焼かれていた。一度は亡道によって侵食された身。浄化するためにも、弔うためにも、こうして炎で焼く以外にはなかった。
そのまわりをビーブ、野伏、行者、ハーミド、レディ・アホウタが囲み、唇を閉ざしたまま遺体が燃えていくさまを見つめている。
かつては若く、美しい女性であったその身が炎に焼かれ、見るはしから灰となってくずれていく。焼かれた肉体は煙となって立ちのぼり、天に還る。天帰教の楽園である天国があるという空の果てへと。しかし――。
――いったい、炎に清められた魂は煙に乗って天まで届くことができるのか?
敬虔な天帰教教徒であればそう疑わずにはいられなかっただろう。なにしろ、いまのパンゲアは亡道に冒された閉ざされた地。巨大なボウルをひっくり返したかのようなミルク色の靄に包まれ、空を見ることもできはしないのだから。
「できることなら、空の見える場所で弔ってやりたかったが……」
野伏がそう言ったのは、人間として自然な感情というものだったろう。しかし、パンゲア領を抜け、靄の外に出るまでには時間がかかる。とてもその間、遺体を保存し、運べるものではない。アルテミシアの遺体を腐らせ、その尊厳をこれ以上、汚さないためにはいま、この場で焼くしかなかった。
アルテミシアの遺体の最後の部分が炎に焼かれ灰となって、くずれ落ちた。燃えさかる炎を通してその光景を見たレディ・アホウタが呟いた。
「アルテミシアさま。安心してお眠りくださいっス。パンゲアはきっと、自分が取り戻してみせるっス」
一〇〇万の司祭たちの祈りの言葉にも勝るその一言を最後に、弔いは終わった。炎が消えたあと残された灰は風に乗せて、あたり一面に散らばらせた。
祖国パンゲアを愛していたアルテミシア。そのアルテミシアの意を汲むにはこうするのが一番だと思われたからだ。アルテミシアの思いが込められたその灰はきっと、風に乗ってパンゲア全土に飛び散り、亡道に冒されたこの世界をわずかなりとも守る力となってくれることだろう。
弔いのあと、ビーブ、野伏、行者、ハーミド、レディ・アホウタの五人は地面の上に直接、車座になって座っていた。時が凍り、全面が透明な結晶と化した大地の上に。
誰も、一言も喋らない。目を合わせようともしない。座り込んだまま、ひたすらに時間だけが過ぎていく。
意外なことに、と言うべきか、沈黙を破ったのはハーミドだった。
「ロウワン卿はどうされている?」
――相変わらずだ。家にこもって泣きっぱなしだ。
ビーブが答えた。
アルテミシアが亡道の怪物に成り果てようとするのをとめるため、〝鬼〟の大刀をもってアルテミシアを斬った。人間として殺した。そのあと、地面に手を突いていたロウワンだったが、さすがにみんなの前でそれ以上、泣き顔をさらすのは気が引けたのだろう。手近にあった家に飛び込み、そのまま泣きつづけている。あとを追ったのはメリッサただひとりだった。
――正直、驚いてる。あいつがあんなに泣きじゃくるなんて、タラの島ではじめて人を殺したとき以来だからな。
ビーブはそう付け加えた。あのときはトウナが一晩中、泣きじゃくるロウワンを抱きしめていた。そしていまは、メリッサが側にいる。
「とりあえず、メリッサに任せておくしかないね。こんなときに、同性ではなんの役にも立てないよ」
行者のその言葉に――。
ビーブ、野伏、ハーミドはそろってうなずいた。
「でも、自分も意外だったっス」
レディ・アホウタが言った。ところどころ肉が腐り、歯や骨が露出している『生ける死体』としての体で喋っているので、声はくぐもっている。
「大賢者さまが、アルテミシアさまのためにあんなに泣いてくれるとは思わなかったっス」
大賢者さま。
レディ・アホウタはロウワンのことをそう呼ぶ。その理由を知っているのはこの場ではビーブと野伏のふたりだけなのだが、行者とハーミドもなんとなく受け入れてしまっている。というより、尋ねる機を逃してしまったのでそのままにしている。
レディ・アホウタの言葉に答えたのは野伏だった。
「ヴァルハラでアルヴィルダと会見したあと、ロウワンは言っていたからな。『アルヴィルダも人と人の争いをなくしたいと思っているのは同じ。だったらきっと、手を取り合える』と。同じことを望んでいたはずの相手が、まさにその思いを叶えるためにこんな事態を引き起こしてしまった。そのことが衝撃だったんだろう」
「で、でも、亡道の司をヴァルハラに連れ帰ったのは先代の教皇猊下で、アルヴィルダ猊下がしたことでは……」
レディ・アホウタがそうアルヴィルダをかばったのは、パンゲア人としては自然なことだったろう。しかし、行者はそんな言い訳を許さなかった。いつもの、あるかなしかのかすかな笑みさえ浮かべない手厳しい表情で言った。
「それは関係ないね。実際に、亡道の司の力を利用して力ずくで世界を統一しようとしたのはアルヴィルダなんだ。その罪と責任を無視することはできないよ」
「うっ……」
そう言われてしまえば、レディ・アホウタとしてもなにも言い返すことはできない。
亡道の司を利用して世界を統一する。
そんなことを考えず、亡道の司が自らの要素をパンゲア中に広める前に倒しておこうと思えば、まだなんとかなった可能性はあるのだ。アルヴィルダの思いが取り返しのつかない事態を招いた。その事実はかわりようがなかった。
「その点なんだが……」
ハーミドがレディ・アホウタにまっすぐに視線を向けながら言った。死体色の皮膚。ところどころ腐り落ちた肉体。むき出しになった歯と骨。ゴッソリと抜け落ちた髪。いまのレディ・アホウタはどこからどう見ても死体そのもの。
生ける死体。
そう言う以外にない姿。はっきりとした腐臭も漂わせている。普通であれば、そのおぞましさと匂いに目をそらし、鼻をつまんでいるところだ。ところが、あまりにも多くのことが一斉に起きたせいで麻痺しているのか、外見に関する違和感も感じていない。その間もなく慣れてしまったらしい。ハーミドはレディ・アホウタの見た目や匂いなど気にすることなく尋ねた。
「あんた、レディ・アホウタだったよな。パンゲアの諜報員の。そして、ロウワン卿からアルヴィルダ……猊下がなにを企んでいるのかを探るように頼まれた」
「そうっス」
「なら、知っているはずだ。この一〇年、いや、その前からパンゲアがなにを企み、なにをしてきたのか。それを教えてくれ。どんなことでも細大漏らさず。おれは新聞記者だ。このパンゲアの地でなにが起きているのか、なぜ、そんなことになったのか。そのすべてを記事にして世界中に伝える責任がおれにはある」
全人類を鼓舞し、来る戦いに備えさせるために。
ハーミドは真剣そのものの視線でレディ・アホウタを見つめながら、そう言った。その言葉に、レディ・アホウタはうなずいた。
「わかったっス。祖国の恥になることっスけど、犯した罪を隠すような真似をしたら恥の上塗りっス。パンゲアには自らの罪を、自ら正すだけの意思があり、能力がある。そのことを証明するためにも自分が知ることすべて、お話しするっス」
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