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第二部 絆ぐ伝説

第八話八章 結晶化世界

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 「……これは」
 目の前に広がる光景にロウワンは言葉を失った。
 ロウワン。
 ビーブ。
 トウナ。
 プリンス。
 野伏のぶせ
 行者ぎょうじゃ
 メリッサ。
 セシリア。
 ハーミド。
 その場にいた全員がもやのなかに入り、その光景に見入っていた。そのあまりにも異界すぎる光景を。
 そこは、すべてが混じりあった世界だった。見渡すかぎりすべての場所で動物と別の動物が、植物と別の植物が、動物と植物が、果ては、大地そのものがあまたの生き物たちと溶けあい、混じりあい、ひとつになっている。
 いや、ひとつになる手前、世界のすべてがそれぞれの姿をたもったまま溶けあい、ひとつになろうとしている。まさに、その過程を切りとり、安置したかのような光景。大地どころか大気さえも他のすべてと混じりあい、異質なものに変化しているように思えた。そして――。
 そのすべてが凍っていた。
 結晶化していた。
 あらゆる動物が、植物が、大地が、大気そのものが、他のすべてと溶けあったまま結晶となり、凍っている。すべての色は失われ、ただ透明な輝きだけに満たされている。
 美しい。
 たしかに、そう言っていい光景だった。
 しかし、それは、この世の美しさではなかった。この世にあっていい美しさでもなかった。まさに、異界が入り込んだこの世ならざる美しさ。
 そう言うべき光景だった。
 「すごい! まさか、こんなことが起きているとは。これはなんとしても記事にして、大陸中の人々に伝えなくては……!」
 あまりにも想像を絶する事態に新聞記者としての使命感を刺激されたのだろう。ハーミドが両腕を広げ、感極まった様子で叫んだ。その表情はみはや『恍惚こうこつ』と言ってもいいほどのものだった。
 「これは……これはいったい、なんだ⁉ パンゲアになにが起こったんだ⁉」
 今度はプリンスが叫んだ。その顔には驚きやとまどいを越えて、怒りの表情が浮かんでいる。あまりにも理解できないものを目の当たりにして、感情が振り切れたのだ。
 プリンスの声にロウワンが呻いた。
 「これは……亡道もうどう世界せかい
 「なに⁉」
 「そうだ。これは亡道もうどう世界せかいだ。騎士マークスの記憶のなかでみた千年前の世界。亡道もうどう世界せかい侵食しんしょくされ、すべてがひとつになろうとしていたあの世界そのものだ!」
 ――どういうことだよ⁉ パンゲアが亡道もうどう世界せかいに呑み込まれたってのか⁉
 ビーブがキイキイ鳴きながらそう叫んだ。
 「あり得ない! この世界はいまもまだ天命てんめい巫女みこさまの歌に包まれている。亡道もうどう世界せかいが侵入できるのはこの世に一カ所、天詠てんよみのしまだけのはずだ。そこから遠くはなれたパンゲアが亡道もうどう世界せかい侵食しんしょくを受けるなんて……そんなこと、あるはずがない」
 でも、それでも……。
 「これはたしかに、亡道もうどう世界せかいだ」
 そう認めるしかないロウワンだった。
 「しかし……」
 野伏のぶせが不思議そうに口にした。その場にひざをつき、地面を拳でコツコツ叩いている。
 「これは、なんだ? どういう状況だ? すべてが色を失い、結晶化している。どうしたらこんなことになるんだ?」
 野伏のぶせのその声に答えたのはメリッサだった。美しい顔が結晶化した世界に劣らず蒼白そうはくになっている。その精神に受けている衝撃はあるいは、ロウワン以上だったかも知れない。
 「これは……時が凍っている」
 「なに⁉」
 「時そのものが凍り、結晶化している! 時間的にわたしたちの世界から切りはなされているのよ! だから、わたしたちはこの世界に干渉できないし、この世界もわたしたちに干渉できない。そうでなかったらこの世界に足を踏み入れた瞬間、わたしたちも亡道もうどう世界せかい侵食しんしょくされて、この世界の一部にされていたはずよ」
 「亡道もうどう世界せかい侵食しんしょくをとめるために時を凍らせた。そう言うことか?」
 「だとしても……」
 今度は、行者ぎょうじゃが言った。
 「この世界には濃密な亡道もうどうの気配が満ちている。それなのに、もやの外からはまったく感じなかった。どうやら、このもやはパンゲアの異変から世界を守るためにあるらしいね」
 「『時を凍らせる』っていうこと自体、意味がわからないんだけど」と、トウナ。
 「いったい、誰にそんなことができるって言うの?」
 「そうです! 人間にできることとは思えません」
 セシリアもそう叫んだ。
 セシリアは亡道もうどうつかさや、亡道もうどう世界せかいについてはほとんど知らない。だからこそ、目の前の光景にまっすぐに衝撃を受ける。
 「……アルヴィルダ」
 ロウワンのその呟きに――。
 全員の視線が集中した。
 「アルヴィルダだ。かの以外、こんなことができるはずがない」
 「たしかに……パンゲアの教皇きょうこうは代々の秘儀ひぎを受け継いでいると言われているわ。その教皇きょうこうであるアルヴィルダならやれるかも知れないけど……」
 それでも、やっぱり信じられない。
 そう言いたげな口調でメリッサが呟いた。
 「気をつけろ!」
 野伏のぶせがいきなり叫んだ。
 全員が、野伏のぶせの視線の先を見た。そこでは、ひとつの異変が起きていた。
 ピキ、
 ピキピキピキ、
 そんな音、いや、音に聞こえる『なにか』を立てながら、結晶化から開放されようとしている部分があった。まるで、全体に氷が張りつき白く染まった樹木が、その氷がポタポタと音を立てて溶けて、本来の姿を取り戻すかのように、色を取り戻し、結晶から本来の姿へとかわりつつあった。
 シャアアアッ!
 植物。
 動物。
 大地。
 そのどれもであり、そのどれでもない『それ』が声をあげて飛びあがった。プリンスめがけて襲いかかった。
 「チイッ!」
 考えるのはあと。まずは反撃。
 その戦士の本能に従い、プリンスが剣を抜き放った。振るわれた剣は芸術的なまでになめらかなを描き、『それ』の身を両断した。しかし――。
 「死なない⁉」
 プリンスの驚愕きょうがくの叫びがあがった。『それ』は我が身を両断されながら、死ぬどころか動きをとめることさえなかった。ふたつにされた身がそれぞれに動き、プリンスめがけて襲いかかる。その寸前、
 斬!
 音を立てて野伏のぶせ太刀たちが振るわれ、『それ』を斬り払った。さしもの理解不能の存在も妖怪殺しの野伏のぶせ太刀たちにはかなわず、その場にくずれ落ち、動きをとめた。
 「こいつらは亡道もうどう世界せかい侵食しんしょくされた異界の存在。こいつらを倒すめたには、ローラシアの化け物たちを相手にした武器でも足りない。より強力な、対亡道もうどう世界せかい特化とっかした武器でなければな」
 「とにかく、戻りましょう」
 メリッサが言った。胃のあたりに重いものを感じているような表情で。
 「このまま、ここにいるのは危険よ」
 その言葉に――。
 全員が心からうなずいた。

 もやの外に出たあと、行者ぎょうじゃがロウワンにたずねた。相変わらず、あるかなしかのかすかな微笑びしょうたたえた表情が事態を面白がっているように見える。
 「それで、ロウワン。どうするんだい?」
 「アルヴィルダに会う」
 きっぱりと、迷うことなくロウワンは答えた。
 「なにがあったにせよ、このまま放っておくわけにはいかない。アルヴィルダに会って、事実を確かめないと」
 「キキキ、キイキイキイ」
 ――どうやって、行くんだよ? あれじゃあ、水も食い物も手に入れることはできないぞ。もっていけるだけの分じゃあ、すぐに尽きちまう。
 「補給はおれが引き受ける」
 ビーブの言葉にプリンスが答えた。
 「補給隊を編成して送り届ける」
 「できるか?」と、野伏のぶせ
 「結晶化が溶ければ、補給隊はたちまち亡道もうどう世界せかいに呑み込まれてしまうぞ」
 「『もうひとつの輝き』を甘く見ないで」
 メリッサが言った。
 「わたしたちはずっと、亡道もうどう世界せかいに対抗するための研究をつづけてきたのよ。侵食しんしょくを防ぐ護符ごふは作れる。効果範囲はせまいけど……それでも、身につけた人間を守ることはできる。対亡道もうどう世界せかい用の武器だって用意できるわ」
 「おれも行くぞ!」
 やけに陽気な声でそう叫んだのはハーミドである。
 「こんな特ダネ、逃すわけにはいかないからな! 何がなんでも記事にして、大陸中の人間に届けてやる!」
 結局、ロウワン、ビーブ、野伏のぶせ行者ぎょうじゃ、メリッサ、ハーミドの六人でもやのなかに入り、大聖堂ヴァルハラを目指すことになった。急速に準備が進められ、もてるだけの水と食糧、それに、無線機をもっての出発である。あとあと必要になる水と食糧、その他の物資に関しては対亡道もうどう世界せかい用の護符ごふと武器を装備した補給隊が届けてくれる手はずである。
 「じゃあ、行ってくる。あとのことは任せた」
 「ええ」
 ロウワンたちはトウナたちにあとをたくし、もやのなかに入っていった。ミルク色のもやはあまりにも濃く、ほんの一歩、なかに入っただけてその姿は影も形も見えなくなる。
 ロウワンたちを見送ったあと、トウナはプリンスとセシリアに向き直った。
 「ロウワンたちは千年の未来を手に入れるために戦う。わたしたちの役目は、かのたちの『戦う理由』を守ること。すぐに会議をはじめましょう。千年の時を懸けて人と人の争う必要のない世界を作る。そのいしずえを用意するために」
 トウナのその言葉に――。
 プリンスとセシリアは無言でうなずいた。
 断固たる覚悟を定めた表情で。
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