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第二部 絆ぐ伝説
第五話一九章 再出発
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〝鬼〟の襲撃に遭い、サラフディンの港に逃げ込んだ自由の国の船団は、その場で再編成を行った。
ガレノアとボウというふたりの大きな柱を失い、何隻もの大型船を沈められ、多くの船員を失った。それでも、そのガレノアとボウが盾となってくれたおかげで『致命的』と言うほどの被害は受けずにすんだ。
とは言え、大きな被害を受けたことにはちがいない。いまは、残された戦力を束ね、効率的に運用出来るよう編成しなおすことが急務だった。
ガレノアのあとの提督には、当人の言葉通り、〝ブレスト〟・ザイナブが就任した。ガレノアが指揮するはずだった中枢船団も〝ブレスト〟の指揮下に入り、もともとの配下であった船団と合わせて自由の国の主力船団を構成する。
〝ブレスト〟が提督に就任することに関しては、同じ副将格であったプリンスから異議が出るのではないかと船員たちの間で噂され、仲間割れが起きるのではないかと心配する声もあがっていた。
しかし、それはまったくの杞憂だった。プリンスは異議を唱えるどころかむしろ、積極的に〝ブレスト〟の提督就任を支持した。
「〝ブレスト〟の提督就任に反対するものは、おれが相手になる」
と、宣言までしたほどだ。
その態度には船員たちの間からも、
「潔い」
「清々しい」
「漢だねえ」
と、賛辞の声が次々にあがった。
プリンスは、ガレノアのことを海賊として尊敬していた。指揮官として認めてもいた。そしてまた、奴隷の身であった自分を解放してくれた恩人でもある。そのガレノアの決めたことに逆らうなど、プリンスにしてみればあり得ないことだった。そして、なにより――。
プリンスには、対ローラシア戦において提督として後方から指揮するのではなく、ひとりの将として前線で戦いたい理由があった。そのためには、〝ブレスト〟が提督に就任してくれた方が都合がいい。言ってみれば、自分の都合のために〝ブレスト〟に提督の座を『押しつけた』のだ。
そのプリンスは、もともとの配下だった船団を引きつづき指揮することになったが、立場がかわった。以前はガレノアを中央として〝ブレスト〟とプリンスが両翼を固める、という構図だったが、そのガレノアが死に、〝ブレスト〟が提督になった。そのために『左右両翼』という構図そのものが失われた。
〝ブレスト〟が主力船団を一手に握ることになったので、プリンスは言わば遊撃隊とも言うべき立場になったのだ。この船団にはかなりの裁量権が与えられており、あらゆる海を自由に行き交い、必要と判断した戦いを行うことが出来る。クロヒョウのように剽悍なプリンスにはふさわしい役目と言えるだろう。
ただ、問題は参謀長だった。
ボウ以外、単純で大酒飲みの海賊ぞろいとあって事務仕事をこなし、計画を立案し、全体に監視の目を光らせるのに適任な人物はなかなかいない。とりあえず、その役は料理長のミッキーが兼任することになった。
「おれなんかで、いいのかねえ」
自分でも『柄じゃない』とばかりに首をひねるミッキーに向かい、ロウワンは言った。
「とりあえず、あなたしかいないんだ。あなたはずっとガレノアの側にいて、ガレノアを支えてきただろう。その経験を生かして〝ブレスト〟を支えてやってくれ」
「〝ブレスト〟を支える、か。それはいいんだが……」
「なんだ? なにか気になることでもあるのか?」
「……いや。相手が〝ブレスト〟じゃあ、おれさまの決め台詞、『提督に女を名乗られると、夢と浪漫を壊される男がわんさといるからやめてくれ!』が言えないなあと思って」
そう言って、さびしそうに溜め息をつくミッキーだった。
常にガレノアの側にいた、という点ではミッキー以上なのがいつも肩にとまっていた鸚鵡である。この鸚鵡は、すでに〝ブレスト〟の肩を自分の新しい居場所と定め、その場にとまって羽繕いをしている。
――だからって、長年の相棒のことを忘れたわけじゃねえぞ。
とは、同じ動物として鸚鵡と会話したビーブがロウワンに伝えたところである。
――ガレノアの代理として、〝ブレスト〟を見守るつもりでいるんだ。
「立派だな」
ロウワンは深くうなずいたがふと、あることに気がついた。
「そう言えば、あの鸚鵡、名前はなんて言うんだ?」
ミッキーなどにも聞いてみたが全員『鸚鵡』としか認識しておらず、名前を知るものはひとりもいなかった。
――聞いてみたらこう言ってたぜ。『我輩はオウムである。名前は鸚鵡』だってよ。
「『鸚鵡』が名前だったのか……」
ともかく、再編成を早急に終えて、ロウワンは当初の予定通り、レムリア伯爵領に向かうことになった。自由の国、ゴンドワナ商王国、レムリア伯爵領による三国同盟を締結するためである。
とは言え、大きな被害を受けた自由の国に外交のために船団を派遣する余裕はなかった。〝ブレスト〟率いる主力船団はサラフディンの守りのためにこの場に留まらなければならず、プリンスの指揮する遊撃隊は、広く海全体を行き来してあらゆる事態に対処しなくてはならない。どちらも、レムリア伯爵領までロウワンを護衛している余裕はない。
そこで、『輝きは消えず』号ただ一隻で向かうことになった。
「おいおい、さすがに一隻だけってのは無茶すぎるだろう」
「そうだ。少なくとも、何隻かは護衛をつけた方がいい」
心配したミッキーやプリンスが口々にそう言ったが、ロウワンは首を横に振った。
「いや。『輝きは消えず』号なら〝鬼〟以外の誰に狙われても逃げることが出来る。〝鬼〟に狙われたなら、どんな大船団を率いていても無意味だ。一隻だけでいい」
そう言われては、ミッキーにしても、プリンスにしても、返す言葉がない。〝鬼〟相手にまったくの無力だったことはどう言い訳しようもない事実である。
それに、ロウワンと共に『輝きは消えず』号に乗り込むのはビーブ、野伏、行者、メリッサ、それに、ロスタム。人の世で最強と言える力と知恵が乗り込むのだ。対処出来ない人の世の脅威などあるはずがなかった。
唯一、心配なのは、そんな少人数で乗り込むことでレムリア伯爵領側から侮られないか、という点だったが、その点に関しては評議会議長の名代たるロスタムが請け負った。
「ご心配なく。その点は、私がゴンドワナ代表として格式を保ちます」
というわけで、ロウワンたちはあとのことを〝ブレスト〟とプリンスに任せ、レムリア伯爵領に向かうことになった。出発前、ロウワンは〝ブレスト〟と会い、直々に伝えた。
「サラフディンの守りは任せる。〝ブレスト〟」
「承知している」
「あなたの任務は自由の国の信頼を左右する大切なものだ。あなたが任務を全うすれば自由の国の評価と信頼はあがるし、失敗すれば転落する。もし、勝ち目のない戦いとなってもサラフディンの人々より先に逃げ出すことは許さない。戦って死ね。いいな。これは、自由の国の主催としての命令だ。違反すれば、この手で首を刎ねる」
「……わかった」
そのやりとりを聞いたサラフディンの警護責任者、ボーラ傭兵団の頭、ボーラが『ヒュ~』と、口笛を吹いた。
「いやはや、驚いたね。まさか、あんたが堂々と『死ね』と命じるなんてね」
その言葉には、感心するだけではなく揶揄するような響きもあったが、ロウワンは一切、動じることはなかった。
「おれの目的のために死んだ人間がいる。おれはその死に報いるために、なんとしても目的を達成しなくてはいけないんだ」
その言葉に――。
ボーラも今度こそ揶揄する様子もなく真顔でうなずいたのだった。
そして、出発当日。ミッキーやプリンスたちが見送りに来ているなかにロウワンの父、ムスタファの姿もあった。
「大仕事だな。しっかり、やってこい」
「ああ」
ロウワンは答えたが、辺りをキョロキョロ見回した。
「母さんは?」
「……ああ」
と、ムスタファは辟易した表情を浮かべた。
「家に置いてきた。お前に会ったら、また大騒ぎだろうからな」
「……ああ」
と、ロウワンも父に劣らず辟易した様子になった。
なにしろ、ロウワンが〝鬼〟に襲撃されて逃げ込んだと聞いて駆けつけた母のアーミナは、ロウワン一行の姿を見るなり叫んだのだ。
「トウナちゃんはどうしたの⁉ かわりに、あんなおとなの女性を連れているなんて……母さんは、あなたをそんないい加減な子に育てた覚えはないわよ!」
そう言って激昂するアーミナを、ロウワンとムスタファのふたりがかりでなだめるのにたっぷり二時間はかかったのだ。
ロウワンは『やれやれ』とばかりに、首を左右に振った。
「……まったく。トウナにしても、メリッサ師にしても、そんな相手じゃないっていうのに」
「まったくだ。ロウワンも年頃なんだから女のふたりや三人いてなにが悪い。それを騒ぐとは、これだから母親は……」
「だから、ちがうって!」
顔を真っ赤にして叫ぶ、お子ちゃんロウワンであった。
ともかく、出発の時は近づいた。
自分の仕事のためにムスタファが去っていくと、今度はブージが近づいてきた。自由の国一番、いや、ひょっとしたら人の世で一番の嫌われものかも知れない男は、警戒心むき出しの表情でロウワンに耳打ちした。
「……おい、ロウワン。やっぱ、気になる。あのロスタムってやつは絶対、なにか企んでるぞ」
「ブージ。心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫だ。ゴンドワナ商人は理にあわないことはしない。こちらに力がある限り、裏切ったりはしない」
「その力が問題なんだろうがよ」
と、ブージは言った。
「〝鬼〟に襲撃されて、なにも出来ずに逃げ出してきたんだぜ。その姿を見て、ゴンドワナの連中がいままで通りとは思えねえ」
「大丈夫だって。相手が〝鬼〟では仕方がない。ゴンドワナ商人だって、そう納得してる」
「だけどなあ……」
なおも言いつのろうとするブージの前に、メリッサが姿を現わした。
「ロウワン。準備が出来たわ。すぐに出発するって」
「ありがとう、メリッサ師。それじゃ、ブージ。情報収集と人材集め、よろしく頼む」
「……おう。ただ、出すもんは出してくれよ」
「わかっている」
そう答え、ロウワンは出発していった。
波を蹴立てて出航していく『輝きは消えず』号を見送りながら、ブージはなおも呟いた。
「あいつ、親父がゴンドワナ商人のせいか、ゴンドワナ相手だと妙に甘いんだよなあ。無事に生きて帰ってこれるかなあ。あ~、心配だ、心配だ」
ブージはかの人のなかのありったけの愛情をそそいで、不安の声をあげた。
「あいつが死んでもおれの給料、支払われるかなあ……」
ガレノアとボウというふたりの大きな柱を失い、何隻もの大型船を沈められ、多くの船員を失った。それでも、そのガレノアとボウが盾となってくれたおかげで『致命的』と言うほどの被害は受けずにすんだ。
とは言え、大きな被害を受けたことにはちがいない。いまは、残された戦力を束ね、効率的に運用出来るよう編成しなおすことが急務だった。
ガレノアのあとの提督には、当人の言葉通り、〝ブレスト〟・ザイナブが就任した。ガレノアが指揮するはずだった中枢船団も〝ブレスト〟の指揮下に入り、もともとの配下であった船団と合わせて自由の国の主力船団を構成する。
〝ブレスト〟が提督に就任することに関しては、同じ副将格であったプリンスから異議が出るのではないかと船員たちの間で噂され、仲間割れが起きるのではないかと心配する声もあがっていた。
しかし、それはまったくの杞憂だった。プリンスは異議を唱えるどころかむしろ、積極的に〝ブレスト〟の提督就任を支持した。
「〝ブレスト〟の提督就任に反対するものは、おれが相手になる」
と、宣言までしたほどだ。
その態度には船員たちの間からも、
「潔い」
「清々しい」
「漢だねえ」
と、賛辞の声が次々にあがった。
プリンスは、ガレノアのことを海賊として尊敬していた。指揮官として認めてもいた。そしてまた、奴隷の身であった自分を解放してくれた恩人でもある。そのガレノアの決めたことに逆らうなど、プリンスにしてみればあり得ないことだった。そして、なにより――。
プリンスには、対ローラシア戦において提督として後方から指揮するのではなく、ひとりの将として前線で戦いたい理由があった。そのためには、〝ブレスト〟が提督に就任してくれた方が都合がいい。言ってみれば、自分の都合のために〝ブレスト〟に提督の座を『押しつけた』のだ。
そのプリンスは、もともとの配下だった船団を引きつづき指揮することになったが、立場がかわった。以前はガレノアを中央として〝ブレスト〟とプリンスが両翼を固める、という構図だったが、そのガレノアが死に、〝ブレスト〟が提督になった。そのために『左右両翼』という構図そのものが失われた。
〝ブレスト〟が主力船団を一手に握ることになったので、プリンスは言わば遊撃隊とも言うべき立場になったのだ。この船団にはかなりの裁量権が与えられており、あらゆる海を自由に行き交い、必要と判断した戦いを行うことが出来る。クロヒョウのように剽悍なプリンスにはふさわしい役目と言えるだろう。
ただ、問題は参謀長だった。
ボウ以外、単純で大酒飲みの海賊ぞろいとあって事務仕事をこなし、計画を立案し、全体に監視の目を光らせるのに適任な人物はなかなかいない。とりあえず、その役は料理長のミッキーが兼任することになった。
「おれなんかで、いいのかねえ」
自分でも『柄じゃない』とばかりに首をひねるミッキーに向かい、ロウワンは言った。
「とりあえず、あなたしかいないんだ。あなたはずっとガレノアの側にいて、ガレノアを支えてきただろう。その経験を生かして〝ブレスト〟を支えてやってくれ」
「〝ブレスト〟を支える、か。それはいいんだが……」
「なんだ? なにか気になることでもあるのか?」
「……いや。相手が〝ブレスト〟じゃあ、おれさまの決め台詞、『提督に女を名乗られると、夢と浪漫を壊される男がわんさといるからやめてくれ!』が言えないなあと思って」
そう言って、さびしそうに溜め息をつくミッキーだった。
常にガレノアの側にいた、という点ではミッキー以上なのがいつも肩にとまっていた鸚鵡である。この鸚鵡は、すでに〝ブレスト〟の肩を自分の新しい居場所と定め、その場にとまって羽繕いをしている。
――だからって、長年の相棒のことを忘れたわけじゃねえぞ。
とは、同じ動物として鸚鵡と会話したビーブがロウワンに伝えたところである。
――ガレノアの代理として、〝ブレスト〟を見守るつもりでいるんだ。
「立派だな」
ロウワンは深くうなずいたがふと、あることに気がついた。
「そう言えば、あの鸚鵡、名前はなんて言うんだ?」
ミッキーなどにも聞いてみたが全員『鸚鵡』としか認識しておらず、名前を知るものはひとりもいなかった。
――聞いてみたらこう言ってたぜ。『我輩はオウムである。名前は鸚鵡』だってよ。
「『鸚鵡』が名前だったのか……」
ともかく、再編成を早急に終えて、ロウワンは当初の予定通り、レムリア伯爵領に向かうことになった。自由の国、ゴンドワナ商王国、レムリア伯爵領による三国同盟を締結するためである。
とは言え、大きな被害を受けた自由の国に外交のために船団を派遣する余裕はなかった。〝ブレスト〟率いる主力船団はサラフディンの守りのためにこの場に留まらなければならず、プリンスの指揮する遊撃隊は、広く海全体を行き来してあらゆる事態に対処しなくてはならない。どちらも、レムリア伯爵領までロウワンを護衛している余裕はない。
そこで、『輝きは消えず』号ただ一隻で向かうことになった。
「おいおい、さすがに一隻だけってのは無茶すぎるだろう」
「そうだ。少なくとも、何隻かは護衛をつけた方がいい」
心配したミッキーやプリンスが口々にそう言ったが、ロウワンは首を横に振った。
「いや。『輝きは消えず』号なら〝鬼〟以外の誰に狙われても逃げることが出来る。〝鬼〟に狙われたなら、どんな大船団を率いていても無意味だ。一隻だけでいい」
そう言われては、ミッキーにしても、プリンスにしても、返す言葉がない。〝鬼〟相手にまったくの無力だったことはどう言い訳しようもない事実である。
それに、ロウワンと共に『輝きは消えず』号に乗り込むのはビーブ、野伏、行者、メリッサ、それに、ロスタム。人の世で最強と言える力と知恵が乗り込むのだ。対処出来ない人の世の脅威などあるはずがなかった。
唯一、心配なのは、そんな少人数で乗り込むことでレムリア伯爵領側から侮られないか、という点だったが、その点に関しては評議会議長の名代たるロスタムが請け負った。
「ご心配なく。その点は、私がゴンドワナ代表として格式を保ちます」
というわけで、ロウワンたちはあとのことを〝ブレスト〟とプリンスに任せ、レムリア伯爵領に向かうことになった。出発前、ロウワンは〝ブレスト〟と会い、直々に伝えた。
「サラフディンの守りは任せる。〝ブレスト〟」
「承知している」
「あなたの任務は自由の国の信頼を左右する大切なものだ。あなたが任務を全うすれば自由の国の評価と信頼はあがるし、失敗すれば転落する。もし、勝ち目のない戦いとなってもサラフディンの人々より先に逃げ出すことは許さない。戦って死ね。いいな。これは、自由の国の主催としての命令だ。違反すれば、この手で首を刎ねる」
「……わかった」
そのやりとりを聞いたサラフディンの警護責任者、ボーラ傭兵団の頭、ボーラが『ヒュ~』と、口笛を吹いた。
「いやはや、驚いたね。まさか、あんたが堂々と『死ね』と命じるなんてね」
その言葉には、感心するだけではなく揶揄するような響きもあったが、ロウワンは一切、動じることはなかった。
「おれの目的のために死んだ人間がいる。おれはその死に報いるために、なんとしても目的を達成しなくてはいけないんだ」
その言葉に――。
ボーラも今度こそ揶揄する様子もなく真顔でうなずいたのだった。
そして、出発当日。ミッキーやプリンスたちが見送りに来ているなかにロウワンの父、ムスタファの姿もあった。
「大仕事だな。しっかり、やってこい」
「ああ」
ロウワンは答えたが、辺りをキョロキョロ見回した。
「母さんは?」
「……ああ」
と、ムスタファは辟易した表情を浮かべた。
「家に置いてきた。お前に会ったら、また大騒ぎだろうからな」
「……ああ」
と、ロウワンも父に劣らず辟易した様子になった。
なにしろ、ロウワンが〝鬼〟に襲撃されて逃げ込んだと聞いて駆けつけた母のアーミナは、ロウワン一行の姿を見るなり叫んだのだ。
「トウナちゃんはどうしたの⁉ かわりに、あんなおとなの女性を連れているなんて……母さんは、あなたをそんないい加減な子に育てた覚えはないわよ!」
そう言って激昂するアーミナを、ロウワンとムスタファのふたりがかりでなだめるのにたっぷり二時間はかかったのだ。
ロウワンは『やれやれ』とばかりに、首を左右に振った。
「……まったく。トウナにしても、メリッサ師にしても、そんな相手じゃないっていうのに」
「まったくだ。ロウワンも年頃なんだから女のふたりや三人いてなにが悪い。それを騒ぐとは、これだから母親は……」
「だから、ちがうって!」
顔を真っ赤にして叫ぶ、お子ちゃんロウワンであった。
ともかく、出発の時は近づいた。
自分の仕事のためにムスタファが去っていくと、今度はブージが近づいてきた。自由の国一番、いや、ひょっとしたら人の世で一番の嫌われものかも知れない男は、警戒心むき出しの表情でロウワンに耳打ちした。
「……おい、ロウワン。やっぱ、気になる。あのロスタムってやつは絶対、なにか企んでるぞ」
「ブージ。心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫だ。ゴンドワナ商人は理にあわないことはしない。こちらに力がある限り、裏切ったりはしない」
「その力が問題なんだろうがよ」
と、ブージは言った。
「〝鬼〟に襲撃されて、なにも出来ずに逃げ出してきたんだぜ。その姿を見て、ゴンドワナの連中がいままで通りとは思えねえ」
「大丈夫だって。相手が〝鬼〟では仕方がない。ゴンドワナ商人だって、そう納得してる」
「だけどなあ……」
なおも言いつのろうとするブージの前に、メリッサが姿を現わした。
「ロウワン。準備が出来たわ。すぐに出発するって」
「ありがとう、メリッサ師。それじゃ、ブージ。情報収集と人材集め、よろしく頼む」
「……おう。ただ、出すもんは出してくれよ」
「わかっている」
そう答え、ロウワンは出発していった。
波を蹴立てて出航していく『輝きは消えず』号を見送りながら、ブージはなおも呟いた。
「あいつ、親父がゴンドワナ商人のせいか、ゴンドワナ相手だと妙に甘いんだよなあ。無事に生きて帰ってこれるかなあ。あ~、心配だ、心配だ」
ブージはかの人のなかのありったけの愛情をそそいで、不安の声をあげた。
「あいつが死んでもおれの給料、支払われるかなあ……」
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