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第二部 絆ぐ伝説

第五話九章 あがいてやるさ

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 ロウワンが評議会議長ヘイダールと対話し、トウナが〝ビルダー〟・ヒッグスを招いている頃――。
 野伏のぶせはサラフディンの港において義勇隊の鍛錬を受けもっていた。
 サラフディンを守るボーラ傭兵団は先の戦いで大きな痛手を受けた。団員の半数以上がいまだに復帰しておらず、そのうちの何割かは二度と戦えない体とされていた。その分を補うべく、ポーラがサラフディンの守備責任者としての権限で義勇兵をつのったのである。
 「まあ、あてにはしてないけどね」
 ボーラ自身が首を振り振り、あきらめ半分の溜め息をつきながら言ったように、誰も人が集まるなどとは思っていなかった。なにしろ、ゴンドワナは商人の国。上はあの世での暮らしのために肌身離さず金を身につけている年寄りから、下は生まれた直後に唇にハチミツを塗られた赤ん坊にいたるまで、商人気質が染みついている。
 自分たちはあくまで商人。日々のあきないこそが仕事であり、役割。いくさは専門家である傭兵に任せておけばいい。そのために、傭兵団を雇っているのだから。
 そう思い、戦いとなれば傭兵たちに丸投げして自分たちは高みの見物。
 それが、ゴンドワナ人気質というものだった。
 それだけに、いくら呼びかけたところで大して集まるとは思えなかったのだ。
 「まあ、見張りや伝令の分だけでも集まってくれればいいさ」
 ボーラ自身、その程度にしか思っていなかった。ところが――。
 いざ募集してみると申し込みが殺到した。働き盛りの男たちばかりではなく、女性や年寄り、年端もいかない子どもにいたるまで我もわれもと詰めかけたのだ。
 さしもの戦いには縁遠いゴンドワナ商人たちも、自分たちの町が怪物に襲われるのを目の当たりにしてさすがに、防衛本能に目覚めたらしい。
 「我々の町を守れ!」
 との声が町中で響き渡った。
 なかには、まだ一〇代の寄宿学校の生徒たち全員がゴンドワナ国旗を掲げてやってきた例すらあった。
 ボーラはそのすべてを受け入れた。先の戦いのことを考えれば選り好みしている余裕などなかった。たとえ、年端もいかない子どもや、足腰のすっかり弱った年寄りであっても見張りや、伝令、物資の運搬と言った役には立つとして義勇兵として認めたのだ。
 もちろん、義勇兵として登録してお終い、と言うわけにはいかない。兵士として戦えるよう訓練しなければいけない。幸い、ゴンドワナは傭兵に国の守りを頼っている国であり、傭兵団に支給するために武器弾薬は充分な備蓄がある。体力の劣る女性や年寄りに優先的に銃を渡し、体力のある男たちには弓や槍をもたせた。
 一斉に訓練を行っては日頃の仕事をするものがいなくなり、町の機能が麻痺してしまうので、細かく隊分けして時間をずらしての訓練である。
 野伏のぶせも教官としてその訓練の一翼を担っているのだった。
 午前中いっぱい、弓の使い方を指導して昼休みとなった。
 そこへ、ボーラがやってきた。
 「よう、野伏のぶせ。どうだい、調子は?」
 「ああ」
 と、野伏のぶせはうなずいてから答えた。
 「士気は高い。自分たちの町を守ろうとの戦意は盛んだ。武器弾薬も質の良いものが充分にそろっている。後方支援を中心にうまく指揮してやれば、戦力として役立つだろう。だが……」
 野伏のぶせは歴戦の戦士らしく冷徹な口調で断言した。
 「しょせん、素人。熟練兵のかわりにはならん」
 ボーラも深刻な表情でうなずいた。
 「そうだね。先の戦いで多くの熟練兵が離脱する羽目になったのは痛いね」
 「そもそも、いくら訓練のときに意気盛んでも実戦ではどうかわからん。現実の戦場を見た途端、震えあがり、小便をチビるばかりでなにも出来なくなることもある」
 「確かにね」
 と、ボーラも重々しくうなずいた。
 歴戦の戦士として数多あまたの戦場をくぐり抜けてきたふたりである。訓練のときは自分よりも意気盛んで成績も良かった同僚が、いざ現実の戦場に出た途端、恐怖に震え、なにも出来なくなり、無力のまま殺されていく……などという光景はさんざん見てきたのだ。
 「だけどまあ、あんたが残ることになってくれて良かったよ。野伏のぶせ。あたしらだけじゃあ、またあの怪物どもに襲われたらどうしようもないからね」
 「同盟を組む以上、協力体勢は見せないとな」
 野伏のぶせはそう言ってからつづけた。
 「だが、おれとて、ひとりでどうにか出来るわけではない。先の戦いで怪物どもの町への侵入を防げたのは、あくまでもボーラ傭兵団の団員たちが身を張って侵攻を食い止めてくれたからだ。それがなければ町に侵入され、どれだけの被害が出たか知れん」
 「ああ、その通りだよ」
 ボーラは真剣な面持ちでうなずいた。
 その表情に、限りない誇りがにじんでいる。
 「あいつらは本当によくやってくれたよ。命を懸けてこの町を、自分たちの職務を守ったんだ。あいつらはあたしの誇りだよ」
 ボーラはなんら恥じることなくそう言い切った。
 「しかし、だからこそ、そいつらが深手を負ったのは痛い。今度、同じ規模の襲撃があったら防ぎきれるかどうか……」
 ボーラの表情は暗い。
 サラフディンの守備責任者として、楽観は出来ない状況だった。
 「その点だが……」
 と、野伏のぶせが言った。
 「アドニス回廊においてパンゲアとローラシアの間で戦闘があったらしいな」
 「ああ。なんでも、ローラシア側が見たこともない化け物どもをそろえて攻めかかったそうだよ」
 「見たこともない化け物、か。ローラシアにもそんな隠し球があったわけだ」
 そう言う野伏のぶせの頭のなかに、メルクリウスが反乱の切り札として使った魔物、『とん』の姿が思い出された。
 いくら、国を統べる六公爵のひとりとはいえ、一貴族に過ぎない身が、それも、身内相手の戦いのためにあんな魔物を飼っていたのだ。それを思えば国全体として、戦争用のとっておきを用意していても確かにおかしくはない。
 ボーラはつづけた。
 「報告によれば、その化け物どもの攻勢にさしものルキフェル筆頭将軍も手の打ちようがなかったそうだよ」
 「……ルキフェルか。人間としては例外的に強いのはまちがいないが」
 「ああ。そう聞いているよ。そのルキフェルでさえどうしようもないほど、ローラシアの化け物どもは強かったってことだね。だけど、そこで、パンゲア側も例の怪物どもを投入してね。怪物と化け物のとんでもない戦いになったそうだよ」
 「……怪物対化け物か。芝居のなかでの話なら血湧き肉躍る展開だがな」
 「現実に起きたとなったらそんなことも言ってられないよね。結果がどうなったかまではまだ報告が届いていないけど……でも、いくら化け物だからって、パンゲアの怪物どもに太刀たちちできるのかね? あいつらのしぶとさは半端なものじゃなかったよ」
 「パンゲアの怪物どもは、戦闘能力そのものはさして高くない。力は強いが動きは鈍重どんじゅう。なんらかの戦闘技術をもっているわけでもない。力が強いだけの木偶でく人形にんぎょう。あの不死身性さえなければ、熟練兵にとって倒すことがむずかしい相手ではない」
 「その不死身性が問題なんだけどね」
 ボーラは苦笑した。
 「その不死身性を破壊できる武器さえあれば、怖るにたらんと言うことだ。ローラシアの化け物どもも同じ怪物なら、それができるかも知れん。となれば、互角の戦いも望めるだろう」
 「不死身性を破壊できる武器、か」
 ボーラは野伏のぶせが腰に差した太刀たちに視線を注いだ。
 なにがあろうと決して手放さず、常に手元に置いてあるその太刀たちを。
 「あんたのその太刀たちなら、あの怪物どもを殺せる。そいつはもっと作れないのかい?」
 「この太刀たちは、おれ自身の背骨を削って作り出したもの、この世にただひとつの業物だ。ふたつとは作れん」
 「……そうかい」
 『背骨を削り出して作った』
 その意味がボーラにわかったわけではもちろん、ない。しかし、とにかく、ふたつと作れない代物しろものであることは理解出来た。
 「ただ」と、野伏のぶせ
 「自由の国リバタリアには『もうひとつの輝き』がいる。かのたちなら、あの怪物を倒せる武器を作れるかも知れん」
 「その武器が作れるとしてだよ。充分な数が量産できるまで何ヶ月かかるんだい?」
 「さあな」
 それに関しては、野伏のぶせとしてもそう答えるしかなかった。
 「だが、パンゲアにせよ、ローラシアにせよ、主敵は互いだ。ゴンドワナではない。パンゲアにすれば、ローラシアに自慢の怪物兵と戦える化け物どもがいるとなれば、ゴンドワナに手を出している余裕はないだろう。ローラシアにしても同じ。パンゲアと本格的な戦端を開いた以上、ゴンドワナにかまってはいられまい」
 「自由の国リバタリアに派遣した船団はボロ負けしたそうだしね」
 「らしいな」
 と、ふたりは当然のようにうなずきあった。
 ボーラはガレノアをよく知るものとして、ガレノアが『人間相手の』海戦で負けるなどとはつゆほども思っていなかった。野伏のぶせにしてもロウワン同様、自由の国リバタリアの船団が勝利することは当然、予測していた。
 「人ならざる怪物同士が相争う分には心を痛める必要もない。戦力が拮抗し、泥沼化すれば時間は稼げる。その間に怪物退治の武器がそろえられることを祈るしかないな」
 「祈る、か」
 ボーラは忌々いまいましそうに呟いた。
 「……あんた。日頃、神さまにお祈りすることなんてあるのかい?」
 「ないな」
 「あたしもだよ。それなのに、いざとなったら『祈るしかない』ときたもんだ。情けないねえ。人間ってやつはいつか、自分で自分の運命のすべてを決められるようになるのかねえ」
 「さあな。だが、自分の運命を自分で決めようとあがくことは出来る」
 「ああ、その通りだ。徹底的にあがいてやろうじゃないか」
 「もちろんだ」
 そう言って――。
 ふたりの歴戦の戦士は肩を並べて歩いていった。
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