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第二部 絆ぐ伝説

第四話二三章 誇りに思おう

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 「敵襲だ! パンゲアの騎士どもが襲ってきたぞ!」
 世界三大港町のひとつサラフディンにその叫びが轟き、敵襲を知らせる激しい鐘の音が鳴り響く。しかし、それは断じて恐怖に駆られた悲鳴ではなかった。警戒を呼びかけるための声であり、応戦を告げる叫びだった。
 海のなかから腕が伸び、桟橋さんばしをつかむ。頭が現れ、ぬっと全身を乗り出してくる。全身金属のその身を海水に濡らし、日の光を浴びてきらめかせながら、全身鎧の騎士たちが港へとあがってくる。
 そのあまりにも非現実的な光景を前に、戦士たちが重騎士たちの前に立ちはだかる。
 サラフディンを守るボーラ傭兵団。
 世界三大港町のひとつであり、ゴンドワナの主要な財源、そして、事実上の首都。そんな重要拠点の守りを任せられるだけあってボーラ傭兵団は規模も大きく、精強で、充分に有能な傭兵団だった。かしらを務めるボーラは、あのガレノアと並び『女海賊の双璧』と呼ばれる傑物。実力においても、経験においても、ボーラを上回る海賊など歴史的に見てもめったにいるものではない。
 そしてなにより、アッバス港でのことを知っていた。
 いつ襲われもいいようにと防衛のための準備は進めてきたし、『全身鎧の騎士たちが海を泳いで襲ってきた』という、生き残りたちのちょっと信じられないような証言にも真摯しんしに耳を傾けてきた。その結果、哨戒船による索敵だけではなく、定期的に人員を海に潜らせ、海中の警戒もしてきた。そこに加えてボーラ傭兵団の実戦経験と実力。たとえ、どれほどの大軍が襲ってこようとも敗北する恐れなどないはずだった。
 「港と町の間に防壁を築かせろ!」
 女海賊ボーラの指示が飛んだ。
 「アッバスの町のことは聞いているだろう! やつらは港だけじゃない、町まで完全に破壊する! ボーラ傭兵団の名にかけて、やつらを町に入れるな!」
 おおおっ! と、団員たちが団長の叫びに呼応する。
 下っ端の団員が町に走り込み、敵襲を告げる。防壁作りのために貴重な戦闘員を割くわけにはいかない。そのために、事前に希望者を募って自警団を結成し、防壁作りの準備を進めてきた。
 自警団は突然のことにも戸惑うことなく、まったく訓練通りに防壁作りをやってのけた。
 古い船の残骸やら、使い古しの家具やら、とにかく重くて大きいものはなんでももちより町と港の境界に積みあげ、たちまちのうちに堅牢な防壁を築きあげたのだ。たとえ、大砲を備えた城攻め専用の部隊であつても、この防壁を打ち破るのは簡単なことではないはずだった。
 とっさにそれだけの防壁を築いてのける手際の良さは、自警団に訓練を徹底させたボーラの教官としての能力の高さを証明するものだった。
 その一方で、傭兵団の団員たちは海からやってくる重騎士たち相手の応戦準備を整えていた。
 「網を投げつけろ! 海原うなばらを撃ち込め! 大砲の弾をご馳走してやれ!」
 ボーラの指示が次々と放たれる。
 ボーラ傭兵団は迅速に、そして、正確に、迷いも、ためらいも、一切の失策すらないままにその指示を実行した。
 海水に濡れた体を日の光に照らし、物言わずに海のなかからあがってくる奇怪なる重騎士の群れ。その群れめがけて十重とえ二十重はたえに網が投げられ、動きを封じる。
 そこに、海原うなばらが撃ち込まれる。『消火不能』と言われる禁断の炎が燃えあがり、世界三大港のひとつを真っ赤に染める。そして――。
 「撃てえっ!」
 ボーラの命令とともに轟音が鳴り響き、港に用意された何十という大砲が一斉に放たれた。
 人の頭ほどもある鉄製の砲丸が、火薬の爆発に乗って宙を飛び、人力では到底不可能な勢いでもって重騎士の群れに撃ち込まれる。
 その様が目に見えるわけではない。港はすでに海原うなばらの燃え盛る炎に飲み込まれ、炎の赤以外はなにも見えない状況だった。
 そこに、次々と砲丸が打ち込まれる。もはや、その炎のなかでは桟橋さんばしという桟橋さんばしは焼け落ち、粉砕され、使い物にならなくなっていることだろう。
 そんなことは百も承知。
 港に対する被害よりもとにかく町を守る。
 そのことを最優先して構築した防衛体勢。
 実のところ、この体勢に対して評議会は当初、いい顔をしなかった。港を破壊するなど、長期にわたって商売が出来なくなるという意味であり、商人であるかのたちにとっては到底、受け入れられるものではなかった。
 しかし、ボーラは渋る評議会議員たちに向かって尋ねた。
 「死んだら、命の買い付けのあてはあるのかい?」
 その一言でさしもの議員たちも承諾しょうだくした。
 たとえ、破産しようとも命さえあればやり直せる。金儲けできる。それこそ、ゴンドワナ商人の不屈の精神というものだった。
 その不屈の精神の向かうところ、港を破壊してでも謎の重騎士たちを撃退し、町を守る。
 その覚悟あっての徹底した防衛網だった。しかし――。
 ――さすがに、これだけやれば全滅しただろう。
 これだけの距離があっても皮膚があぶられ、汗が噴き出し、火傷しそうなほどに熱い。それほどまてに燃えさかる炎を見ながらボーラ傭兵団の誰もがそう思った。安堵していた。
 その思いを打ち砕く光景はすぐに現れた。天を突くような炎のなかから無傷と言っていい重騎士の群れが姿を現わしたのだ。その身を縛る網を素手で引きちぎり、鎧のあちこちに燃えさかる炎を貼りつけたまま。
 大砲によって撃たれた跡など欠片もないようだった。通常の騎士であれば大砲の弾など食らえば四散して即死するというのに。
 それなのに、謎の重騎士たちは向かってくる。なにも言わず、なにもかわらず、ただ淡々と迫ってくる。
 その鎧兜から感じられる意思や感情などなにひとつない。
 ただ、あらかじめ決められた動作を繰り返すだけの人形のよう。
 それがいっそう不気味さを増し、恐ろしさを感じさせた。
 あり得ない光景にさしものボーラ傭兵団の猛者もさたちが表情で悲鳴をあげ、息を呑んだ。
 その様を見たボーラは鋭く舌打ちした。
 「チッ! やっぱり、この程度じゃ無理だったか」
 投網。海原うなばら。大砲。
 その一斉攻撃で倒せるような相手ならアッバス港が陥ちるはずがない。
 ボーラはアッバス港を守るヴォウジェのことをよく知っていたし、その才覚と手腕を信頼していた。ヴォウジェなら襲撃に対して必ず同じ対応をとったはず。実際、アッバスの生き残りからはそうしたと聞いている。
 それでも、倒せなかった。
 とどめることすら出来なかった。
 そんな相手に同じ手を使ったところで効果などあるはずがない。
 しかし、それを承知でこうするしかなかった。海原うなばらと大砲。このふたつに勝る攻撃手段など人の世にはないのだから。
 「一〇〇発、二〇〇発で効かないなら千発、二千発と撃ち込むまでだ! 海原うなばらも、大砲も、ありったけ撃ち込めっ! どうせ、他人の金、出し惜しみなしだあっ!」
 ボーラはいかにも海賊らしい発破はっぱのかけ方をした。
 ボーラ傭兵団はかしらに忠実だった。ボーラの叫びに応じ、ありったけの海原うなばらと大砲の弾を撃ち込んだ。しかし――。
 それでも、謎の重騎士たちはやってくる。
 近づいていくる。
 炎の照り返しを受けて黄金色に輝く鎧のあちこちに、消えることのない炎を張りつかせて。
 人間の騎士であれば、たとえ鎧は無事でもなかの人間が蒸し焼きにされ、とっくの昔に死んでいるはず。『死』どころか、この世のことわりそのものを無視するかのようなその姿に、さしもの勇猛なボーラ傭兵団の団員たちもおののいた。
 重騎士たちの腕が伸びた。
 その腕が自分の身に迫ったとき、さしもの勇猛なボーラ傭兵団の勇気も――。
 くじけた。
 悲鳴をあげ、武器を捨てて逃げ出した。
 誰がそれを責められよう。人外の、不死身の化け物と戦える人間などこの世のどこにいるというのか。だが――。
 悲鳴をあげて逃げ出した傭兵団のなかを一陣の風が吹き抜けた。風は重騎士の群れに斬りかかると手にした太刀たちの一振りで重騎士を真っ二つに両断した。
 「なっ……!」
 傭兵たちは驚愕きょうがくした。
 炎に焼かれようと、大砲の弾を撃ち込まれようとビクともしなかった不死身の怪物。その怪物が太刀たちの一刀で両断されたのだ。しかも――。
 真っ二つにされた重騎士は虚空こくうに溶け込むようにして、その姿を消し去ったではないか。
まるで、大気中に浮かんだ蜃気しんきろうのように。
 それをやってのけたのは、夜の闇のように黒い髪を滝のようにたなびかせたひとりの男。袴姿はかますがた太刀たちという東方風の出で立ちをした剣客けんかくだった。
 その剣客けんかくはそのまま重騎士の群れに飛び込むと風車のように太刀たちを振るい、次々と重騎士たちを両断していく。不死身の怪物――であったはず――の重騎士たちは斬られるはしから消滅し、その姿を消していく。
 「な、なんだ、なにが起こってるんだ……」
 あまりのことに逃げることも、戦うことも忘れ、呆然ぼうぜんと呟く傭兵たち。その後ろから、
 「ひるむな!」
 りんとした声が響いた。
 思わず声の方向を見た傭兵たちの前、そこにはどう見ても身の丈に合わない巨大な大刀たいとうを構えた、まだ一〇代半ばとしか見えない若者が立っていた。
 若者もまた重騎士の群れに飛び込んだ。両手に握った大刀たいとうを真っ向から振りおろした。その剣筋はあやまたず、重騎士の頭頂から股間までをまっすぐに両断した。そして――。
 両断された重騎士はやはり、虚空こくうに溶け込むようにしてその姿を消した。
 息を呑む傭兵たち。
 その前で若者は叫んだ。
 「おれは自由の国リバタリアのロウワン! おれの大刀たいとうと、この野伏のぶせ太刀たちならこの怪物どもを斬れる、倒すことができる! 怯むな、怖れるな、おれたちがやつらを倒しきるまで壁となってやつらの前進を押しとどめろ! この町を守護するものの誇りに懸けて、やつらを一体たりとも町に入れるな!」
 「キキキィッ!」
 その叫びに真っ先に応えたのは傭兵たちではなかった。一頭のサルだった。
 その小さな体で、尻尾に握ったただ一振りのカトラスのみを武器に不死身の怪物に挑みかかる。飛びつき、殴りつけ、引っかき、足元をすくい、倒せないまでも動きをとめようと奮闘する。その姿に――。
 傭兵たちの胸のなかで一度は失われていた闘志がむくむくと頭をもたげてきた。海の向こうから立ちのぼる雷雲のように沸き起こってきた。
 「よおしっ! あんな若造やサルに負けるわけにはいかねえっ! ボーラ傭兵団の底力、見せてやろうぜっ!」
 「おおっ!」
 叫びが唱和し、傭兵たちが重騎士たちの前に立ちはだかった。
 武器はもっていない。この怪物どもに自分たちの武器は役に立たない。動きをとめる手段はただひとつ。
 相手の腕に、足に、胴にしがみつき、力任せに動きを封じることだけ。
 重騎士たちの鎧についた炎に身を焼かれてもかまわず、傭兵たちは重騎士たちにしがみつき、動きを封じた。ロウワンと野伏のぶせがやってきて仕留めるまでの時間を稼ぐ、そのために。
 ロウワンと野伏のぶせはその覚悟に応えた。
 〝鬼〟の大刀たいとうが、野伏のぶせ太刀たちが、風車のように回転し、次々と無敵であったはずの重騎士たちを倒していく。消していく。その姿はまるで、地獄から現れた悪魔たちを退治する神の使いのようだった。
 「やるじゃないか。あんたがロウワンかい。あのガレノアが気に入るだけのことはあるね」
 いつの間にか――。
 ロウワンの隣にひとりの女海賊が現れ、ともに戦っていた。
 「あなたは?」
 「あたしはボーラ。この港を守るボーラ傭兵団のかしらさ」
 「あなたがボーラ。ガレノアから聞いていますよ。海の上でも、酒の席でも、自分と渡りあえる女はあなたぐらいだってね」
 「はっはっ。言ってくれるねえ。まあ、あたしの方がずっといい女だけどね」
 「それは、否定できませんね」
 ロウワンは苦笑した。
 『女を名乗られると、男たちの夢と希望が打ち砕かれる』とまで言われるガレノアに比べれば、ボーラは立派に『女』に見える。まあ、あくまでも『ガレノアに比べれば』の話であって、ボーラにしても筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうの『女のなかのおとこ』であることはちがいないのだが。
 この状況にあって笑みを浮かべる余裕さえ見せながら、ロウワンは謎の重騎士たちを両断していく。駆逐くちくしていく。そんなロウワンの姿を町中の高所こうしょから見守っている三人の男女がいた。
 ムスタファとアーミナ、そして、トウナである。
 トウナは戦闘には参加しなかった。ロウワンはトウナに呼びかけることはしなかったし、トウナも戦場に出ようとはしなかった。トウナには重騎士たちを相手にできるだけの力も、倒せる武器もなかったからだ。いまはただ拳を握りしめながらロウワンたちの戦いを見守っているしかなかった。
 そんなトウナの横で、寄り添うようにしてムスタファとアーミナの夫妻は自分たちの息子、かつて家出した息子の姿を見守っていた。
 「あの子が……あんなに小さかったあの子が、あんなにも勇敢に戦っているなんて」
 妻のアーミナが涙をこぼしながらそう呟くと、夫のムスタファも感極まったように声を絞り出した。
 「なにを言っているの。成功したなら帰ってくる必要などありません。行った先で幸せにおなりなさい。成功できなかったときだけ帰ってくればいいのです」
 昔を懐かしむようにそう言った。
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 認めよう。あの子はもう、おれたちの息子じゃない。自由の国リバタリアの主催ロウワンなんだ」
 「……そうね」
 「喜ぼう。おれたちの息子があんなにも立派に育ったことを。そのことを誇りに思おうじゃないか」
 「……ええ」
 涙に暮れるふたりを――。
 トウナはじっと見つめていた。
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