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第二部 絆ぐ伝説

第四話二二章 アーミナとトウナ

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 ロウワンたち四人は迎えの馬車から降りた。
 目の前には評議会の議事堂が建っている。ゴンドワナの建物らしく平屋建てで、決して大きくはない。小さめの建物のなかに必要な機能だけを詰め込んだ実用一点張りの建物で、無駄な装飾や余分な施設はひとつもない。生の骨のようになめらかな光沢を放つ象牙色の石材で作られている。
 素っ気ないほど単純な作りのその建物を前にして、『これぞ、粋』とばかりに満足そうにうなずいたのは野伏のぶせである。
 「見事な建物だ。一切の虚飾を排し、単純な機能美に徹した造形。最高級の石材を用いていながらもあえて研磨を押さえ、くすんだ色合いにとどめている奥ゆかしさ。作り手の趣味の良さがよくわかる」
 「キキキッ、キイ、キイ」
 「ふっ。この良さがわかるか。さすがだな」
 野伏のぶせは目を閉じて小さく微笑んだ。
 そんな野伏のぶせとビーブのやりとりを見て、トウナがロウワンに尋ねた。
 「あのふたり、なにを言ってるの?」
 「さあ。あのふたりと行者ぎょうじゃを含めた三人の言うことは、おれにはわからない」
 と、しょせん『粋』のわからない無粋ぶすいものであるロウワンはそう答えるしかなかった。
 ともかく、ロウワンは議事堂に第一歩を踏み入れた。自由の国リバタリアの主催として、ゴンドワナと協力関係を結ぶために。
 当然、議事堂への武器の持ち込みは禁止されている。野伏のぶせは例によって太刀たちを手放す気などないのでなかに入れず、外でまつことになった。ロウワンは〝鬼〟の大刀たいとう野伏のぶせに、その他の武器は議事堂の係官に預けて、丸腰になって議事堂に入った。
 トウナとビーブは議事堂のなかには入ったものの、なぜか、会議室にまで同行しようとはせず、その外でまっていると言った。ロウワンはひとりで会議室に入り、評議会と相対することになった。
 ゴンドワナの評議会は一五人で構成されている。
 任期制であり、一任期四年。三任期まで延長が認められる。最大一二年間が評議会議員としての任期、と言うわけだ。基本的には他の評議会議院の推薦によって選ばれる。欠員が出た時点で議員たちが新しい候補を推薦し、評議会に属する商人たちの投票によって決められる。
 と言っても、この投票は立場をあきらかにするための儀式のようなもので、実際には推薦を勝ち得た時点で評議会入りは決まっている。ほとんどの場合、投票においては満場一致で賛成されるのだ。その分、推薦を勝ちとるための駆け引きは熾烈なものであり、ときによらなくても様々な謀略やら怪しげな金が動きまわることになる。
 しかし、そこは商人の国。駆け引きや裏取り引きも商人の仕事。その程度のことも満足に出来ないようでは評議会の一員たる資格などない、と言うことで、半ば公然と賄賂わいろも接待も認められている。
 一応、評議会に属する商人たちには評議会議員を罷免ひめんする権利もある。毎年、行われる不信任投票において過半数の商人が投票すれば、議員を辞めさせることが出来る。だが、いままでにこの制度によって罷免ひめんされた議員はいない。やはり、裏取り引きがものを言う国なのだ。
 議長は一五人の議員のなかから投票で選ばれる。一任期四年で再選は許されない。また、議長を務めた議員は任期が空けると議長職とともに議員も辞める決まりである。二度と議員に復帰することは許されない。
 『身分の平等』、『商売の自由』を重んじる商人の国として、絶対的な権力者が誕生しないようにと定められた、鉄の掟である。
 「議長になったら、たった四年で議員まで辞めなければならない。それぐらいなら、議長になどならずに議員でありつづけた方がいい」
 と言うことで、あえて議長にならずに議員として居座りつづける例もある。どのみち、議長になったからと言って国王のような特権を得られるわけではないし、贅沢ぜいたくが出来るわけでもない。報酬も他の議員とかわらないのだ。そのくせ、議長としての責任と仕事は増えることになる。と言うわけで、意外と人気がないのがゴンドワナ評議会議長と言う職なのだった。
 そして、現在、その不人気職についているのがヘイダール。六〇代の、ロウワンから見れば祖父の年代と言っていい人物である。ゴンドワナ男性らしく彫りの深い顔立ち、日に焼けた赤黒い肌、豊かな顎髭あごひげを生やした人物で、なにものも見逃すまいとするかのような用心深い目の光が、いかにも海千山千の商人を感じさせる。
 ロウワンはそんな人物とただひとり、堂々と相対した。
 その落ち着き払った態度はとてもではないが一〇代半ばの若者のものではなかった。見守る議員たちの間から感嘆の息がもれたほどである。
 「まことに、不躾ぶしつけですが……」
 ロウワンは席に着くなり、そう切り出した。
 「若輩じゃくはいものですので、ゴンドワナ流の挨拶には慣れておりません。さっそく本題に入らせていただきます」
 ロウワンにしてみればゴンドワナ流の、くどいほどに美辞びじ麗句れいくを並べて相手をめちぎってから本題に入る……などと言うやりとりを重ねて時間を無駄にしてはいられないのである。一刻も早く交渉をまとめなくてはならない。
 「まず、あなた方のご懸念けねんは不要と言うことをお伝えします」
 「我々の懸念けねん、ですか。いかなる意味ですかな?」
 評議会議長ヘイダールが表面ばかりは穏やかな口調でそう尋ねた。
 もちろん、その言葉の奥には相手の真意を探ろうとの油断ない注意が潜んでいる。それでも、孫の世代のロウワンをあなどろうとはせず、対等の相手として礼儀を払っているのはさすが、商人の国のかしらだった。
 「自由の国リバタリアはローラシアよりも強いのか。その点です」
 ロウワンはそう前置きして、話しはじめた。
 「ゴンドワナは商人の国。商取り引きによって成り立っている国です。そして、一般的には戦争になれば物価があがり、商人にとっては絶好の儲けの機会。そう思われています。
 ですが、それはまったくのまちがい。戦争になれば襲撃される危険も増える。せっかくの荷も、稼ぎも、すべて奪われるか、灰にされるかの可能性が格段に跳ねあがる。国境が封鎖ふうさされれば行き来が出来なくなりその分、商売出来る範囲と相手がせまくなる。
 各地の街道も検閲けんえつされ、通過するためにはいちいち調べられ、許可してもらわなければならない。手間暇がかかるうえに、手続きはろくに進まない。迅速に進めてもらおうと思えば多額の賄賂わいろが必要。商人にとってはたまったものではない」
 ロウワンが流れるようにそう話すと、議員たちの間から再び感嘆の声がもれた。
 もちろん、そんなことはゴンドワナ商人であれば常識以前の常識。誰だって知っている。しかし、こんな一〇代半ばの若者がこれだけのことを言ってのけたのはやはり、尋常ではないと言うべきだった。
 「そこで、ゴンドワナとしては世界には平穏を保ってほしい。平和な世界で安全に、確実に商売に励みたい。そう思う。せめて、信頼できる護衛がほしい。
 そこで、自由の国リバタリアの出番となる。海賊を束ね、精強な海軍をようする自由の国リバタリア。その自由の国リバタリアの海軍に通商船の護衛を頼めれば、最大限の安全が保証される。それは、ゴンドワナにとって大きな魅力。しかし、そこで、問題になることがひとつ」
 ロウワンはそこでいったん言葉を切ると、息を吸い込んだ。そして、言った。
 「ローラシアの存在です」
 その言葉に――。
 議員たちの間にざわめきがもれた。
 「ゴンドワナは長年にわたり、ローラシアと同盟を組んできました。失礼ながら、軍事力が傭兵任せのゴンドワナでは独力ではパンゲアの侵略に対抗出来ない。そこで、ローラシアと組んで対抗する必要があった。自由の国リバタリアと同盟を組んだとして、ローラシアとの同盟はどうなるか。不興ふきょうを買い、同盟が揺らぐのではないか。
 その点はローラシア側が同盟を破棄し、宣戦布告してきたことにより、解消しました。しかし――」
 ロウワンは息を整えてからつづけた。
 「問題は、自由の国リバタリアが信用できるのか否か。自由の国リバタリアと組んでローラシアやパンゲアに対抗出来るのか。
 その点です。
 もし、自由の国リバタリアが頼りにならないとなれば、表面的にはローラシアに服従する振りをして同盟をつづける、もしくは、外交方針を大転換してパンゲアと組む。そうお考えのことでしょう。
 ですが、自由の国リバタリアの主催として断言します。そのような不安は一切、必要ありません。自由の国リバタリアはまちがいなくあなた方の望んでいるものを提供できます。ゴンドワナの独立を守るための力を」
 「なぜ、そう断言できるのです?」
 ヘイダールの問いに、ロウワンは迷いなく答えた。
 「その証拠は、すぐにお目にかけることができます」
 「なんですと?」
 「ローラシアは自由の国リバタリアにも宣戦を布告し、すでに船団を出撃させたとか。幸いに、などというわけにはいきませんが、このことが自由の国リバタリアの力を証明する証拠となります。
 この戦い、自由の国リバタリアは必ず勝ちます。自由の国リバタリアの船団はローラシア船団を壊滅させます。その報は遠からず伝えられることでしょう。その報を聞けば、自由の国リバタリアの力を疑う理由はないはずです」
 「海戦に関しては確かにそのとおりですが……」
 ヘイダールは油断ならないその目に興味深そうな色を浮かべながら言った。
 「あいにくと、我々は海に囲まれた島国に暮らしているわけではありません。パンゲアはともかく、ローラシアとは陸路を通じて国境を接しているのです。海戦でいくら役に立っても、陸戦で役に立たなければ信用するわけにはいきませんな」
 「海賊の戦いは海の上だけにあらず。港町への襲撃も日常茶飯事。陸戦、とくに市街戦における実戦経験という点で海賊に勝る人種はいません。その海賊たちこそが自由の国リバタリアの軍隊。そして、なによりも……」
 ロウワンは目に力を込めてヘイダールを見た。自分の祖父ほどの年代の海千山千の商人を真正面から見据えたのだ。
 「自由の国リバタリアの軍隊にはローラシアで奴隷身分として使役され、その境遇から逃げ出した人間が大勢います。対ローラシアとなれば、かのたちにとっては自らの復讐戦。士気は大いにあがり、自ら望んで戦いに向かいます。
 それに対し、ローラシア軍の主力となるのはその奴隷身分の人々。自分たちを虐げる国のために命を懸けて戦うことを強いられている人々です。士気が高いはずもなく、不利となればすぐに逃げ出す。いえ、その前に同じ奴隷身分であった自由の国リバタリアの兵が呼びかければ自ら投降し、ほこさかしまにしてローラシアへの恨みを晴らそうとすることでしょう。
 指揮、練度、経験。すべてにおいて自由の国リバタリアの軍隊はローラシア軍を圧倒します。そのことに疑いの余地はありません。そして、その実例は先ほども申しあげましたとおり、今回の海戦によって証明されます」
 「ふむ……」
 と、ヘイダールは自慢の顎髭あごひげをなでつけながら呟いた。ロウワンを見る瞳はますます興味深そうに輝いている。
 その他の一四人の議員たちもそれぞれに感嘆の目でロウワンを見ている。自由の国リバタリアの主催とはいえ、一〇代半ばの若者がこうも見事な論陣を張るとは誰も予想していなかったのだ。
 そのなかでもロウワンの父、ムスタファは涙をこらえるのに精一杯だった。
 わずか一二歳で家出した息子。『騎士マークスの宝、『壊れたオルゴール』を見つける!』などと、商人の息子とも思えない夢のようなことばかり言っていた息子。その息子がいま、こうして、海千山千の辣腕家として知られるゴンドワナ議長ヘイダールを相手に堂々と渡り合っている。
 家出息子がこれほどまでに成長して、自分の前に現れた。
 それは、もちろん嬉しい。しかし、それだけではない。自分の子どもが、自分の知らないところで『子ども』とは言えない存在にまで成長していた。そのことに対するさびしさ。自分の手で育てることの出来なかった、誰か他の人間によってこれほどまでに育てられたことへの悔しさ。
 それらが渾然こんぜん一体いったいになった思い。
 父として、ムスタファの思いは単純なものにはなり得なかった。
 「ふむ。それでは……」
 ヘイダールが口にした。
 「自由の国リバタリアと正式に同盟を組むかどうか。それを決めるのは海戦の結果を聞いてからでいい。そう言うことですかな?」
 「もちろんです」
 ロウワンはきっぱりと言い切った。
 「名にしおうゴンドワナ商人相手に、現物も見せずに取り引きが出来るとは思っていません。そして、ひとたび『この相手は役に立つ』と判断すれば、ゴンドワナ商人がいかに誠実に、献身的になるかも知っているつもりです」
 「ほっほっ。その若さで立派なものよ。では、もし、自由の国リバタリアが敗れたならどうなされるのです?」
 「そのときは、私を捕えてローラシアにつきだして歓心を引くなり、ご自由に」
 「ほっほっ。そこまで仲間を信頼できるとは大したものですな」
 「私は、自由の国リバタリアの人々を知っていますので」
 「けっこう。では、同盟云々は海戦の結果待ちとしてまずは、自由の国リバタリアに関してくわしく話していただきましょうか。相手のことを知らなければ、友人にはなれませんからな」
 「はい」
 ロウワンはうなずき、自由の国リバタリアの理念について話しはじめた。その頃――。
 会議室の外でもひとつの出会いが生まれていた。
 会議室の外でギュッと両手を握りしめ、心配でたまらないという表情で会議室の壁を見つめる女性。その女性のもとにひとりの若い女性と一頭のサルが近づいたのだ。
 「アーミナさん」
 と、その若い女性――トウナは声をかけた。
 突然、声をかけらてアーミナは驚いた。それでも、そんなそぶりは見せなかったのはさすが、ゴンドワナ商人の妻である。
 「あなたは?」
 と、アーミナは尋ねた。
 「わたしはトウナ。こちらはビーブ。ロウワン――あなたの息子さんの友人です」
 「あの子の……?」
 アーミナの目が途端に胡散臭いものを見る目付きとなった。相手をうかがうように目を細める。
 いかにも躍動的な引きしまった肢体。南国の日差しと潮風とに鍛えられた淡い赤銅しゃくどういろの肌。野性的な風貌ふうぼうがひときわ目を引く若く、美しい女性。
 そんな美しい、それも、息子とさほど年のかわらない娘が『息子の友人』を名乗って現れたのだ。母親としては『そういう関係』だと思うのが自然である。
 「ロウワン――あなたの息子さんとは……」
 トウナが言いかけたそのときだ。
 ひとりの兵士が議事堂の扉を蹴り破らんばかりの勢いで開けて、飛び込んできた。
 声の限りに叫んだ。
 「敵襲、敵襲だ! パンゲアの騎士たちが襲ってきたぞおっ!」
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