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第二部 絆ぐ伝説
第三話一五章 建国伝説の正体
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「ヌーナの建国伝説に出てくる王となった旅人。それは、お前たちの仲間か?」
野伏のその言葉に――。
ロウワンとトウナはハッとなった。ふたりは今のいままでその可能性に気付いていなかった。
メリッサは野伏を見た。その瞳は静かだったが、ある種の決意を込めたものだった。
「……あなたはヌーナの出身だと言っていたわね」
「そうだ」
「そして、ヌーナの元首争いから逃れて鬼の住み処に移った」
「そうだ」
「その代償として生け贄を求められ、あなたのお姉さんもそのひとりとして鬼に食われた」
「そうだ」
野伏は繰り返した。
ロウワンたち四人の生い立ちは最初に話してある。
メリッサはつづけた。
「ヌーナで元首争いが激しいのは建国伝説の影響。それまでの町長を追い出し、たまたま訪れた旅人を新しい町長に据えたところ、ヌーナの町は大きく発展し、ついには独立した国となった。
そのために、ヌーナの人々は『いつか必ず偉大な賢者が現れて魔法の杖を振るい、すべての問題を解決してくれる』という信仰、いえ、幻想をもつようになった。そのために、気に入らない元首はすぐにかえる。元首を巡る争いが後を絶たない。そういうことだったわね」
「そのとおりだ」
野伏の言葉にメリッサはうなずいた。
「……ええ。その旅人はわたしたちの古い一員。そう聞いているわ」
ぴくり、と、野伏の眉が動いた。
「野伏……!」
ロウワンとトウナが同時に低く叫んだ。
野伏の態度に不穏なものを感じたのだ。
――もしかしたら、ここの人たちに襲いかかるかも知れない。
野伏の表情の変化はかすかなものだったが、そんな不安をもたせるには充分なものでもあった。
――もし、そんなことになったらとめなくちゃ……!
ロウワンも、トウナも、そう思った。
『もうひとつの輝き』の一員のせいでヌーナの運命が決められ、巡りめぐって野伏の姉が鬼に食われ、野伏自身も人間であることをやめる結果となった。
その歴史を思えば野伏が『もうひとつの輝き』に対して怒りを覚えるのもわかる。いや、わかる気がする。だからと言って、いま、この場で、ここにいる女性たちを害させるわけにはいかない。
そもそも、王となったその人物だって悪意をもっていたわけではないだろう。町長に祭りあげられたから町長としての役割を全うし、町を発展させた。ただ、それだけのことのはずだ。それがずっと未来にまで影響して争いの絶えない国にしてしまうなんて、予想出来るはずがない。まして、いま、ここにいる女性たちにはなんの責任も関係もないことだ。
――もし、野伏が恨みを晴らそうとするならなんとしてもとめなくちゃ。
ロウワンも、トウナも、そう思う。
もっとも、自分たちがいくら必死になっても本気になった野伏をとめられるはずがないこともわかっている。
――もし、野伏をとめられるとしたらその方法はひとつ……。
ロウワンはそっと、背中に担ぐ〝鬼〟の大刀に手を伸ばそうとした。
それより早く、メリッサが言った。
「それは確かにうかつなことだったわ。わたしたちが受け継いだ知識と技術を使って普通ではあり得ない発展をさせてしまった。そのために、人々の運命を狂わせてしまった。
わたしたちの存在は一国の運命さえかえてしまう。
当時のわたしたちはその一件でそのことを思い知り、自分たちの受け継いだ知識と技術を決して外に出さないことに決めた。わたしたちがこの洞窟にこもって暮らしてきたのもそのため。そんなことを言ってもあなたにとってはなんの慰めにもならいでしょうし、わたしたちを恨む気持ちもわかるけど……」
「いや」
と、野伏はメリッサの言葉に対し、顔をそらした。
「お前たちの仲間がなにをしたにせよ、その体験に溺れ、自分たちでなにかをするのではなく、賢者の訪れをただまちつづけるようになったのはヌーナの民自身の責任だ。そのことでお前たちを責めるのは筋がちがう。まして、恨みなどない」
その言葉に――。
ロウワンとトウナはホッと胸をなでおろした。
「……ありがとう」
メリッサはそう言った。
野伏の言葉からすれば『ありがとう』などと言うのは的外れなことだっただろう。しかし、メリッサとしてはそう言うしかなかった。
そんなメリッサに向かい、ロウワンが声をかけた。
「メリッサ師」
「あなたが、わたしを『師』と呼ぶ理由はないと思うけど?」
「いえ。あなたたちはみな、ハルキス先生の仲間。その末裔です。そうである以上、『師』と呼ばせてもらいます」
ロウワンは頑ななまでの態度でそう言った。
メリッサは軽くうなずくことでその言葉を受け入れた。
「メリッサ師。あなたたち『もうひとつの輝き』に提案があります」
「なにかしら?」
「自由の国にきませんか?」
「自由の国……あなたの国に?」
「そうです。あなたたちの受け継いだ知識と技術。それは、このまま埋もれさせていていいものではないはずです。なにより、こんなところにこもっていては、来たるべき亡道の司との戦いになにもできないでしょう。表舞台に立ち、堂々と行動しなければ」
「それは、そうだけど……」
「だから、お願いします。自由の国に来てください。ハルキス先生や、あなたたちの祖先が隠れ潜まなくてはならなかったのは、国から弾圧されたからだ。自由の国に属してくれれば国として『もうひとつの輝き』を支援出来る。他の国から守ることができる。
それに、ハルキス先生の島にはいまも多くの本や資料が残っています。それは、あなたたちが祖先から受け継いだ知識とはちがうもののはず。それらの知識を得られるだけでもあなたたちにとって価値はあるはずです。ハルキス先生の島ならば大陸の勢力は手が出せない。コソコソ隠れたりせず、堂々と研究出来る。国の一部として将来にわたって責任をもつのなら、他人の運命を狂わせることにはならない。堂々とその知識と技術を世界の未来のために役立てることが出来るはずです。そして、なにより……」
ロウワンは騎士マークスの船長服の懐からあるものを取り出した。黒っぽいモヤモヤしたものが封じ込められた小瓶だった。
「それは……」
メリッサが眉をひそめた。
ロウワンは告げた。その小瓶の、いや、小瓶の中身の正体を。
「千年前、騎士マークスが生命を懸けて持ち帰った亡道の世界の一部です」
「なっ……⁉」
メリッサの表情がこれ以上ないほどの驚きに強張った。
ロウワンはさらにつづけた。
「もともと、『もうひとつの輝き』は騎士マークスによって作られた機関。騎士マークスがよりよい未来の到来を願って作りだした機関です。この小瓶を託す相手として『もうひとつの輝き』以上の存在はありません。
メリッサ師。お願いします。どうか、自由の国に来てください。そして、亡道の世界を解析し、対抗手段を見つけてください。この世界の未来のために」
そう言って――。
ロウワンは頭をさげた。
「わたしからもお願いします」
トウナもそう口をそろえた。
「わたしにもタラの島の村長として、タラの島の住人に対する責任があります。亡道の司との戦いなんかでひとりだって死なせたくない。そうさせないための力があなたたちにあるというのなら、どうか協力してください」
トウナも頭をさげた。
そのやり取りを野伏はじっと見つめている。メリッサに頼みもしなければ、頭をさげもしない。野伏はあくまでも一介の剣客であり、他者に対して責任をもつ立場ではなかったからだ。
ほう、と、メリッサは息をついた。
「立場を逆にしてしまったようね。そんな貴重な資料を見せられたのだもの。わたしたちの方から『研究させてください!』と頼むべきところだったのに、あなたたちに頭をさげさせてしまった」
「それじゃ……!」
ロウワンとトウナは頭をあげた。その顔がパアッと輝いた。メリッサはふたりの若者に向かい、ニッコリと微笑んだ。
「ええ。亡道の司との戦いを前になにもしないでいるわけには行かないもの。ぜひとも、自由の国に参加させてもらうわ」
「やったっ!」
ロウワンが叫んだ。
飛びあがって喜んだ。
そこへ、野伏が冷水をぶっかけた。
「そんな重要なことをお前ひとりで決められるのか? 他のものたちの意見は?」
あっ、と、ロウワンもようやくそのことに気付いた。
「だいじょうぶ。『長』とか言うのとはちがうけど、最終決定権をもっているのはわたしだから。もし、他のものたちが反対するなら、わたしひとりで行けばいいだけの話だしね」
資料や技術を持ち出さない限り、ここから出て行くことは認められている。
メリッサはそう付け加えた。
「でも、ロウワン。あなたはわかっている?」
「なにをです?」
「亡道の司はすでに、この世界に出現しているはずだと言うことを、よ」
「なっ……⁉」
今度はロウワンたちが仰天する番だった。
そんなロウワンたちを見つめるメリッサの瞳は真剣そのもので、若者を脅して楽しんでいる、などという悪趣味でないことは明らかだった。
「わたしたちの住む天命の世界と亡道の世界とは千年に一度、重なりあう。でも、亡道の世界の影響を受けるのはその一瞬だけではないわ。いえ、影響というなら常に、亡道の世界の影響は受けつづけている。ただし、亡道の司が出現するほど色濃く影響を受けるのは、重なりあう瞬間から前後二五年、およそ五〇年の間」
「五〇年……」
「そして、前回の戦いから数えれば、いまはすでにその五〇年に入っているはずなの。すでに亡道の司が出現していなければおかしいのよ」
「でも、亡道の司が現れれば世界そのものがかえられてしまうんでしょう? 出現していればすぐにわかりそうなものだけど」
トウナがそう疑問を口にした。トウナもロウワンから聞いて、亡道の司のことは知っている。
「その通りよ。だから、不思議なの。各地に散っている男たちからも亡道の司が出現したという報告は届いていない。それらしい異変も観測されていない。すでに現れているはずなのに、その痕跡がない……」
「まさか、亡道の世界との接近がなくなったとか?」と、ロウワン。
「いいえ。それはあり得ないわ。亡道の世界との接近は世界の構造から来る自然現象だもの。なくなるはずがない。実際、天詠みの業によって観測をつづけてきたけど、亡道の世界は着実に接近しつつある。それからすれば亡道の司はとうに現れているはずなのよ。それなのに、どこにもその痕跡がない……」
「では、どういうことだ?」
と、野伏。野伏はこのなかでは一番、亡道の世界と亡道の司に対する知識が薄い。それでも、なにか異常なことが起きていることはわかる。
「わからない。もしかしたら、すでに出現しているのに注意深く潜んでいるのかも知れない」
「亡道の司とやらは、千年前に人類との戦いに敗北しているのだったな。その記憶があるのなら、表に出ることなく陰に潜み、暗躍することもあり得るか」
「そうね。あるいは……」
「あるいは?」
「わたしたちの知らないなにかが起きているのかも」
メリッサのその言葉に――。
ロウワン、トウナ、野伏は押し黙った。
「とにかく!」
その雰囲気をかえたくなったのだろう。メリッサはあえて大きく、陽気な声を張りあげた。
「そうであるならなおさら、亡道の司との戦いに備えなくてはならないものね。約束するわ、ロウワン。『もうひとつの輝き』の総力をあげてあなたたちに協力するわ」
「ありがとう、メリッサ師!」
ロウワンの顔が喜びに輝く。
「お礼を言われるようなことではないわ。それこそがわたしたちが受け継いだ、わたしたち自身の役割なのだから。それに……」
「それに?」
「いい加減、洞窟暮らしなんてうんざりだもの。そろそろ、広い世界で暴れたかったのよね」
メリッサはそう言って、茶目っ気たっぷりに笑って見せた。
「とにかく、よろしくね。ロウワン。いえ、自由の国の国主さま」
メリッサはそう言って右手を伸ばした。
「は、はい……!」
ロウワンは頬を紅潮させてその手を握り、握手を交わした。
はじめて握る年上の女性の手。
その感触に――。
ロウワンは少年らしく、胸をときめかせていた。
野伏のその言葉に――。
ロウワンとトウナはハッとなった。ふたりは今のいままでその可能性に気付いていなかった。
メリッサは野伏を見た。その瞳は静かだったが、ある種の決意を込めたものだった。
「……あなたはヌーナの出身だと言っていたわね」
「そうだ」
「そして、ヌーナの元首争いから逃れて鬼の住み処に移った」
「そうだ」
「その代償として生け贄を求められ、あなたのお姉さんもそのひとりとして鬼に食われた」
「そうだ」
野伏は繰り返した。
ロウワンたち四人の生い立ちは最初に話してある。
メリッサはつづけた。
「ヌーナで元首争いが激しいのは建国伝説の影響。それまでの町長を追い出し、たまたま訪れた旅人を新しい町長に据えたところ、ヌーナの町は大きく発展し、ついには独立した国となった。
そのために、ヌーナの人々は『いつか必ず偉大な賢者が現れて魔法の杖を振るい、すべての問題を解決してくれる』という信仰、いえ、幻想をもつようになった。そのために、気に入らない元首はすぐにかえる。元首を巡る争いが後を絶たない。そういうことだったわね」
「そのとおりだ」
野伏の言葉にメリッサはうなずいた。
「……ええ。その旅人はわたしたちの古い一員。そう聞いているわ」
ぴくり、と、野伏の眉が動いた。
「野伏……!」
ロウワンとトウナが同時に低く叫んだ。
野伏の態度に不穏なものを感じたのだ。
――もしかしたら、ここの人たちに襲いかかるかも知れない。
野伏の表情の変化はかすかなものだったが、そんな不安をもたせるには充分なものでもあった。
――もし、そんなことになったらとめなくちゃ……!
ロウワンも、トウナも、そう思った。
『もうひとつの輝き』の一員のせいでヌーナの運命が決められ、巡りめぐって野伏の姉が鬼に食われ、野伏自身も人間であることをやめる結果となった。
その歴史を思えば野伏が『もうひとつの輝き』に対して怒りを覚えるのもわかる。いや、わかる気がする。だからと言って、いま、この場で、ここにいる女性たちを害させるわけにはいかない。
そもそも、王となったその人物だって悪意をもっていたわけではないだろう。町長に祭りあげられたから町長としての役割を全うし、町を発展させた。ただ、それだけのことのはずだ。それがずっと未来にまで影響して争いの絶えない国にしてしまうなんて、予想出来るはずがない。まして、いま、ここにいる女性たちにはなんの責任も関係もないことだ。
――もし、野伏が恨みを晴らそうとするならなんとしてもとめなくちゃ。
ロウワンも、トウナも、そう思う。
もっとも、自分たちがいくら必死になっても本気になった野伏をとめられるはずがないこともわかっている。
――もし、野伏をとめられるとしたらその方法はひとつ……。
ロウワンはそっと、背中に担ぐ〝鬼〟の大刀に手を伸ばそうとした。
それより早く、メリッサが言った。
「それは確かにうかつなことだったわ。わたしたちが受け継いだ知識と技術を使って普通ではあり得ない発展をさせてしまった。そのために、人々の運命を狂わせてしまった。
わたしたちの存在は一国の運命さえかえてしまう。
当時のわたしたちはその一件でそのことを思い知り、自分たちの受け継いだ知識と技術を決して外に出さないことに決めた。わたしたちがこの洞窟にこもって暮らしてきたのもそのため。そんなことを言ってもあなたにとってはなんの慰めにもならいでしょうし、わたしたちを恨む気持ちもわかるけど……」
「いや」
と、野伏はメリッサの言葉に対し、顔をそらした。
「お前たちの仲間がなにをしたにせよ、その体験に溺れ、自分たちでなにかをするのではなく、賢者の訪れをただまちつづけるようになったのはヌーナの民自身の責任だ。そのことでお前たちを責めるのは筋がちがう。まして、恨みなどない」
その言葉に――。
ロウワンとトウナはホッと胸をなでおろした。
「……ありがとう」
メリッサはそう言った。
野伏の言葉からすれば『ありがとう』などと言うのは的外れなことだっただろう。しかし、メリッサとしてはそう言うしかなかった。
そんなメリッサに向かい、ロウワンが声をかけた。
「メリッサ師」
「あなたが、わたしを『師』と呼ぶ理由はないと思うけど?」
「いえ。あなたたちはみな、ハルキス先生の仲間。その末裔です。そうである以上、『師』と呼ばせてもらいます」
ロウワンは頑ななまでの態度でそう言った。
メリッサは軽くうなずくことでその言葉を受け入れた。
「メリッサ師。あなたたち『もうひとつの輝き』に提案があります」
「なにかしら?」
「自由の国にきませんか?」
「自由の国……あなたの国に?」
「そうです。あなたたちの受け継いだ知識と技術。それは、このまま埋もれさせていていいものではないはずです。なにより、こんなところにこもっていては、来たるべき亡道の司との戦いになにもできないでしょう。表舞台に立ち、堂々と行動しなければ」
「それは、そうだけど……」
「だから、お願いします。自由の国に来てください。ハルキス先生や、あなたたちの祖先が隠れ潜まなくてはならなかったのは、国から弾圧されたからだ。自由の国に属してくれれば国として『もうひとつの輝き』を支援出来る。他の国から守ることができる。
それに、ハルキス先生の島にはいまも多くの本や資料が残っています。それは、あなたたちが祖先から受け継いだ知識とはちがうもののはず。それらの知識を得られるだけでもあなたたちにとって価値はあるはずです。ハルキス先生の島ならば大陸の勢力は手が出せない。コソコソ隠れたりせず、堂々と研究出来る。国の一部として将来にわたって責任をもつのなら、他人の運命を狂わせることにはならない。堂々とその知識と技術を世界の未来のために役立てることが出来るはずです。そして、なにより……」
ロウワンは騎士マークスの船長服の懐からあるものを取り出した。黒っぽいモヤモヤしたものが封じ込められた小瓶だった。
「それは……」
メリッサが眉をひそめた。
ロウワンは告げた。その小瓶の、いや、小瓶の中身の正体を。
「千年前、騎士マークスが生命を懸けて持ち帰った亡道の世界の一部です」
「なっ……⁉」
メリッサの表情がこれ以上ないほどの驚きに強張った。
ロウワンはさらにつづけた。
「もともと、『もうひとつの輝き』は騎士マークスによって作られた機関。騎士マークスがよりよい未来の到来を願って作りだした機関です。この小瓶を託す相手として『もうひとつの輝き』以上の存在はありません。
メリッサ師。お願いします。どうか、自由の国に来てください。そして、亡道の世界を解析し、対抗手段を見つけてください。この世界の未来のために」
そう言って――。
ロウワンは頭をさげた。
「わたしからもお願いします」
トウナもそう口をそろえた。
「わたしにもタラの島の村長として、タラの島の住人に対する責任があります。亡道の司との戦いなんかでひとりだって死なせたくない。そうさせないための力があなたたちにあるというのなら、どうか協力してください」
トウナも頭をさげた。
そのやり取りを野伏はじっと見つめている。メリッサに頼みもしなければ、頭をさげもしない。野伏はあくまでも一介の剣客であり、他者に対して責任をもつ立場ではなかったからだ。
ほう、と、メリッサは息をついた。
「立場を逆にしてしまったようね。そんな貴重な資料を見せられたのだもの。わたしたちの方から『研究させてください!』と頼むべきところだったのに、あなたたちに頭をさげさせてしまった」
「それじゃ……!」
ロウワンとトウナは頭をあげた。その顔がパアッと輝いた。メリッサはふたりの若者に向かい、ニッコリと微笑んだ。
「ええ。亡道の司との戦いを前になにもしないでいるわけには行かないもの。ぜひとも、自由の国に参加させてもらうわ」
「やったっ!」
ロウワンが叫んだ。
飛びあがって喜んだ。
そこへ、野伏が冷水をぶっかけた。
「そんな重要なことをお前ひとりで決められるのか? 他のものたちの意見は?」
あっ、と、ロウワンもようやくそのことに気付いた。
「だいじょうぶ。『長』とか言うのとはちがうけど、最終決定権をもっているのはわたしだから。もし、他のものたちが反対するなら、わたしひとりで行けばいいだけの話だしね」
資料や技術を持ち出さない限り、ここから出て行くことは認められている。
メリッサはそう付け加えた。
「でも、ロウワン。あなたはわかっている?」
「なにをです?」
「亡道の司はすでに、この世界に出現しているはずだと言うことを、よ」
「なっ……⁉」
今度はロウワンたちが仰天する番だった。
そんなロウワンたちを見つめるメリッサの瞳は真剣そのもので、若者を脅して楽しんでいる、などという悪趣味でないことは明らかだった。
「わたしたちの住む天命の世界と亡道の世界とは千年に一度、重なりあう。でも、亡道の世界の影響を受けるのはその一瞬だけではないわ。いえ、影響というなら常に、亡道の世界の影響は受けつづけている。ただし、亡道の司が出現するほど色濃く影響を受けるのは、重なりあう瞬間から前後二五年、およそ五〇年の間」
「五〇年……」
「そして、前回の戦いから数えれば、いまはすでにその五〇年に入っているはずなの。すでに亡道の司が出現していなければおかしいのよ」
「でも、亡道の司が現れれば世界そのものがかえられてしまうんでしょう? 出現していればすぐにわかりそうなものだけど」
トウナがそう疑問を口にした。トウナもロウワンから聞いて、亡道の司のことは知っている。
「その通りよ。だから、不思議なの。各地に散っている男たちからも亡道の司が出現したという報告は届いていない。それらしい異変も観測されていない。すでに現れているはずなのに、その痕跡がない……」
「まさか、亡道の世界との接近がなくなったとか?」と、ロウワン。
「いいえ。それはあり得ないわ。亡道の世界との接近は世界の構造から来る自然現象だもの。なくなるはずがない。実際、天詠みの業によって観測をつづけてきたけど、亡道の世界は着実に接近しつつある。それからすれば亡道の司はとうに現れているはずなのよ。それなのに、どこにもその痕跡がない……」
「では、どういうことだ?」
と、野伏。野伏はこのなかでは一番、亡道の世界と亡道の司に対する知識が薄い。それでも、なにか異常なことが起きていることはわかる。
「わからない。もしかしたら、すでに出現しているのに注意深く潜んでいるのかも知れない」
「亡道の司とやらは、千年前に人類との戦いに敗北しているのだったな。その記憶があるのなら、表に出ることなく陰に潜み、暗躍することもあり得るか」
「そうね。あるいは……」
「あるいは?」
「わたしたちの知らないなにかが起きているのかも」
メリッサのその言葉に――。
ロウワン、トウナ、野伏は押し黙った。
「とにかく!」
その雰囲気をかえたくなったのだろう。メリッサはあえて大きく、陽気な声を張りあげた。
「そうであるならなおさら、亡道の司との戦いに備えなくてはならないものね。約束するわ、ロウワン。『もうひとつの輝き』の総力をあげてあなたたちに協力するわ」
「ありがとう、メリッサ師!」
ロウワンの顔が喜びに輝く。
「お礼を言われるようなことではないわ。それこそがわたしたちが受け継いだ、わたしたち自身の役割なのだから。それに……」
「それに?」
「いい加減、洞窟暮らしなんてうんざりだもの。そろそろ、広い世界で暴れたかったのよね」
メリッサはそう言って、茶目っ気たっぷりに笑って見せた。
「とにかく、よろしくね。ロウワン。いえ、自由の国の国主さま」
メリッサはそう言って右手を伸ばした。
「は、はい……!」
ロウワンは頬を紅潮させてその手を握り、握手を交わした。
はじめて握る年上の女性の手。
その感触に――。
ロウワンは少年らしく、胸をときめかせていた。
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