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第二部 絆ぐ伝説
第三話五章 見つけた!
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「おれはヌーナ共和国行きの馬車を当たって、剣客の情報を集めてみる。トウナはその間に買い付けをすませておいてくれ。ビーブはトウナの護衛を頼む。用がすんだらコーヒーハウスで落ち合おう」
「わかったわ」
「キキキッ」
ロウワンの言葉にトウナとビーブはそろってうなずいた。
大きな港町と言うことで大した危険はあり得ないし、なにかあってもロウワンには自分を守るだけの力は充分にある。一方でトウナには『大きな町だからこそ』の危険がいろいろとつきまとう。都会風の淑女たちにはないその野性的な魅力は、いまも町の男たちの視線を集めてやまないのだ。ビーブをトウナの護衛につけるのは当然と言えた。
――トウナになにかあったらプリンスに顔向けできないしな。
というか、殺されかねない。
もちろん、ロウワンだってトウナに万が一のことがあったら後悔ではすまない。
ともかく、ロウワンたちは二手に分かれて行動を開始した。トウナはビーブとふたり、買い付けのために商店巡りをはじめた。ビーブは相変わらず尻尾で握ったカトラスを高々と掲げ、振りまわしている。
――こいつに手を出すやつはおれが相手だ、ゴラァッ!
と、言わんばかりの勢いである。
「町中だし、抜き身の剣を振りまわすのは危ないからしまっておいて」
トウナはそう言ったのだが、ビーブは頑としてゆずらなかった。護衛役として一時も気は抜けない、と言うわけだ。
もし、ビーブが人間の、それも、強面の大男だったりしたら怖がって誰も近づいてこないだろう。店に入ったりしたら強盗と思い込まれ、警察に通報されるかも知れない。しかし、そこはモフモフのおサル。高々と剣を掲げて歩く姿がやけに女性たちにモテてしまった。通りすがりの女性たちが目をやり、近づき、なでまわしていく。さらには芸人の宣伝とまちがわれ、興業の時と場所はいつか聞かれたり、おひねりを投げられたりしてしまった。
このあたり、トウナに人を近づけないようにしているつもりのビーブにとっては不本意であったろう。逆に人を惹きつけまくってしまっているのだから。
「不機嫌そうね、ビーブ。気にしなくていいわよ。あなたが護衛として頼りになるのはわかってるから」
「キキキッ」
「え、ちがう? なんで、ロウワンのやつはよその戦士なんて誘おうとしてるんだって?」
「キキキィッ、キィ、キキキッ」
「自由の国の顔になる戦士ならおれがいるだろ、ロウワンのやつはおれを信用していないのかって? 逆だと思うわよ。あなたを誰よりも信用して頼りにしているからこそ、他の戦士を探すのよ」
「キキキッ、キィ、キィ」
「つまり、ロウワンはあなたには側にいてほしいの。一番信用し、一番頼りにしている相手だからこそ、側にいて護衛役を務めてほしい。そう思っているのよ。あたしの護衛役を任せたみたいにね。だから、前線で戦う戦士には別の人が必要なのよ」
トウナに言われてビーブは機嫌を直したらしい。ますます自慢げに尻尾のカトラスを掲げ、我が物顔で歩いて行く。
トウナは幾人かの商人のもとをまわり、買い付けを行い、郵送の手続きをすませた。購入予定表と実際に購入した品とを見比べ、確認する。
「ええと。印刷機に時計に医療器具、薬品類に酒類の醸造器具にヤギ……」
印刷機は都市網国家の理念や情報を文書にして広く行き渡らせるためには不可欠だし、幾つもの船が連携をとって動くためには時計は欠かせない。怪我や病気の多い荒くれものたちだけに医療器具や薬品類はいつでも不足している。もとが海賊だけに自由の国の軍人たちはとにかくよく酒を飲む。浴びるように飲む。息をするように飲む。いちいち酒を買っていてはいくら稼いでも酒代だけですべて消えてしまう。大事な資金を自由の国内でまわすためには自分たちで酒を作れるようにならなくてはいけない。
そして、ヤギ。南の海に散らばる小さな島ではウシは飼えない。しかし、ヤギなら飼える。ヤギならウシよりせまい土地、ウシより粗末な飼料でも立派に育てられるのだ。事実、南の島には船が難破して漂着した際の食糧源としてヤギを放し、自然繁殖させている例も多い。ヤギを買い付けて繁殖させれば豊富な肉と乳を得られるようになる。
トウナは買い付けた品々とその金額を見て溜め息をついた。ハルキスの蔵書を読んで商人としての知識と駆け引きは学んできたし、この半年間、タラの島の村長として実際に商人たちとやり合い、経験を積んできてもいる。それらの知識と経験を生かしてなるべく安く買い付けたつもりである。それでもやはり、これだけの品を買うとなると大変な金額になる。
しかし、トウナが溜め息をついたのは多額の出費をする羽目になったからではない。
「……まさか、こんな大金を簡単に払えるようになるなんてね。半年前ならこんな大金『一生かけても払えない!』って思ってたところだわ」
半年前までと現在の財力のちがい。
それが、トウナに溜め息をつかせた原因だった。
わずか半年の間に、タラの島の財政規模は本当に跳ねあがってしまった。それはもう、拡大と言うより増設と言った方がいいちがいだった。
「まさか、自分たちで加工・販売をすることでここまでちがいが出るなんてね。商人相手に原料を、相手の言い値で売っていた頃が本当にバカに見えるわ」
それもこれも自分たちの扱う品の価値を知らなかったため。その無知につけ込まれ、いいように買いたたかれていたのだ。もし、ロウワンがやってきて教えてくれなければ、タラの島はいまも商人にいいように食い物にされ、貧しいままだった。それを思うとゾッとする。
「やっぱり、知識って大切なのね。タラの島の子どもたちにはきちんと知識を身につけてもらわないと」
そのためにはどうしたらいい?
学校でも建てる?
でも、このデーヴァヴァルマンのような大きな町ならいざ知らず、小さな島に少しずつ、バラバラに人が住んでいる南の海では学校も作りづらい。生徒を集めようにもいちいち船で島と島を行き来しなくてはならないのでは手間がかかりすぎるし、危険も多い。
「もっと、簡単に島と島を行き来できる方法があればいいんだけど」
そんな都合のいい方法、あるわけないわよね。
そう思い、再び溜め息をつくトウナだった。
ともかく、買い付けは終わったので待ち合わせ場所であるコーヒーハウスに向かった。
ロウワンはすでにコーヒーハウスにやってきていた。ひとりだけやけにはなれて店のすみっこにいるのは、充満する煙草の煙から少しでも逃れようとしているからである。
ビーブはロウワンを見つけると、さっそく近づいた。胸を張って報告する。
――トウナには指一本ふれさせやしなかったぜ。
ふれられまくっていたのはビーブである。
「ああ、ありがとう、ビーブ。お前がいてくれれば安心だからな」
ロウワンは信頼の証である笑顔で言った。
ビーブはそう言われてますます得意そうにふんぞり返った。
「買い付けは無事にすんだわ。そっちはどう?」
トウナが尋ねるとロウワンはうなずいた。
「ブージの言っていた剣客と特徴の一致する人の話はたしかに聞けた。残念ながら、会うことは出来なかったけどな。ブージの言葉通り、ヌーナ共和国に行くための手段を探しているらしい」
「そのヌーナ共和国って、そんなに行くのが大変なの? 歩いては行けないの?」
「ここからだとかなり遠いからな。しかも、山道がつづくし。もちろん、歩いて行けないわけではないけど時間もかかるし、危険も多い。そもそも、馬車がとまるほどの危険があるなら、ひとりで歩いて行くなんてそれこそ自殺行為だ」
もっとも、それぐらいの危険は余裕で越えられるぐらいの戦士でないと、自由の国の顔として誘う価値はないわけだけど。
ロウワンはそう付け加えた。
「それで、これからどうするの?」
「コーヒーハウスをまわってみる。どうしてもヌーナ共和国に行かなくてはいけないなら、そのための手段を探しているはずだ。そのためには、多くの人が集まるコーヒーハウスをまわるはずだからな」
と言うわけでそれから数日の間、ロウワンたちはコーヒーハウスを巡り歩いた。
遭遇の日は思ったよりも早くやってきた。ビーブが野生の勘でなにかを察知したらしく、しきりに騒ぎ立てた。ビーブの案内で向かった先、そのコーヒーハウスのなかでひとりの長身の男が一〇人以上の男たちに取り囲まれていた。男たちはいずれも町のゴロツキ風で手にてにナイフや山刀を構えていた。店の客や店員たちはみんな、巻き添えにならないよう距離をおいて、それでも、これから起こるであろう活劇に期待して興味津々の体で見物している。
ゴロツキ風の男たちがなにやら怒鳴っている。どうやら、以前にゴロツキたちの仲間が相手の男に痛い目に遭わされたらしい。その仕返し、と言うことのようだった。
「キィ、キィ、キィッ!」
ビーブが怒ったように叫び、跳びはねる。どうやら、助太刀したいらしい。ロウワンはそんなビーブをさがらせた。本当に危なくなったら助太刀もする。しかし、こんなゴロツキ連中、ひとりで倒せないようならロウワンの求める人材とはとうてい言えない……。
ロウワンは男を見た。ブージの言っていたとおり、東方風の服装をしている。妙にくすんだ色合いの、あまり見栄えのよくないその衣装が『袴』と呼ばれる服であることをロウワンはハルキスの書で読んで知っていた。しかし、これもブージの言っていたとおり、顔立ちそのものは西方風。背はゴロツキたちの誰よりも高く、細身で引き締まった、鍛え抜かれたサーベルのような体付きをしていた。それだけで、ただものでないことが知れる。
夜の闇のような漆黒の長髪を滝のようにたなびかせ、腰には太刀を佩いている。一〇人以上の刃物を手にしたゴロツキたちに囲まれているというのに、まるで誰もいないかのような涼やかな表情をしている。普通の人間だったら震えあがって小便のひとつももらしていそうな状況だというのにこの落ち着き、この風格。ハッタリでないなら大したものだ。
――この人がおれの求める『戦士』なのか?
男の態度を見ていればいやがうえにも期待は高まる。
ロウワンはドキドキしながら男がその実力を見せつけてくれるときをまった。
ゴロツキたちが動いた。怒りの声をあげながら突っ込んだ。男の体が動いた。宙に舞う鳥の羽毛のような動きだった。そのなめらかな動きは床の上ではなく、氷の上を滑っているようにしか見えなかった。
男が太刀を抜いた。太刀と言ってもただの太刀ではない。ロウワンの身長ほどもある野太刀である。重く、長大なその太刀を男はナイフのように軽々と扱う。太刀が音もなく振るわれるつど、血しぶきが舞い、悲鳴があがり、ゴロツキたちが倒れていく。戦いと言うにはあまりにも優美なその動きに、見物している店の客たちから感嘆の溜め息が漏れる。
時間にして一分とかからなかっただろう。一〇人を超えるゴロツキたちは全員、店の床に転がり、呻いていた。男は無言のまま、血まみれの太刀を鞘に戻した。そのあまりの強さに観客たちが一斉に拍手した。
「……すごい」
トウナも息を呑んだ。
「一〇人以上の相手を、こんなに簡単に倒してしまうなんて……」
たしかに、それだけでも充分にすごい。しかし、それだけではないことをロウワンは知っていた。ゴロツキたちの受けた傷は見た目は派手だが致命傷はひとつもない。男は死なせないよう充分に手加減した上でなおかつ、ただの一撃で確実に戦闘不能に追い込んだのだ。
異常。
そう言っていい剣の冴えだった。
ゴロツキたちは完全に男を殺す気でいた。殺す気でかかってくる相手を殺さないよう手加減して倒すなど、一対一でも天地ほどの実力差がなければできることではない。それを十数人もの敵相手にやってのけたのだ。いかに、男の強さが人間離れしたものかわかろうというものだ。
「だけど、おかしいな」
ロウワンが呟いた。
「なにが?」と、トウナ。
「あの男、血に濡れたままの太刀をそのまま鞘に戻した。そんな真似をしたら刃が錆付いて斬れなくなるし、血糊で鞘とくっついて抜けなくなる。普通はきちんと血糊を拭いてから鞘に戻すものだ。あれほどの剣の使い手がそんなことを知らないわけがない」
――ただの太刀ではないと言うことか。
ロウワンはそう察した。
「とにかく、試させてもらおうか」
ロウワンは両腰に差したカトラスを抜き放った。その顔には楽しげな笑みが浮いている。
本来、決して戦いを好む質ではないロウワン。そのロウワンにして思わず、相手の強さを確かめることが面白くなってしまうぐらい、男の強さは飛び抜けたものだった。
ロウワンは両手に抜き身のカトラスをもって一歩、男に近づいた。そのとき――。
男の視線がロウワンを貫いた。
「わかったわ」
「キキキッ」
ロウワンの言葉にトウナとビーブはそろってうなずいた。
大きな港町と言うことで大した危険はあり得ないし、なにかあってもロウワンには自分を守るだけの力は充分にある。一方でトウナには『大きな町だからこそ』の危険がいろいろとつきまとう。都会風の淑女たちにはないその野性的な魅力は、いまも町の男たちの視線を集めてやまないのだ。ビーブをトウナの護衛につけるのは当然と言えた。
――トウナになにかあったらプリンスに顔向けできないしな。
というか、殺されかねない。
もちろん、ロウワンだってトウナに万が一のことがあったら後悔ではすまない。
ともかく、ロウワンたちは二手に分かれて行動を開始した。トウナはビーブとふたり、買い付けのために商店巡りをはじめた。ビーブは相変わらず尻尾で握ったカトラスを高々と掲げ、振りまわしている。
――こいつに手を出すやつはおれが相手だ、ゴラァッ!
と、言わんばかりの勢いである。
「町中だし、抜き身の剣を振りまわすのは危ないからしまっておいて」
トウナはそう言ったのだが、ビーブは頑としてゆずらなかった。護衛役として一時も気は抜けない、と言うわけだ。
もし、ビーブが人間の、それも、強面の大男だったりしたら怖がって誰も近づいてこないだろう。店に入ったりしたら強盗と思い込まれ、警察に通報されるかも知れない。しかし、そこはモフモフのおサル。高々と剣を掲げて歩く姿がやけに女性たちにモテてしまった。通りすがりの女性たちが目をやり、近づき、なでまわしていく。さらには芸人の宣伝とまちがわれ、興業の時と場所はいつか聞かれたり、おひねりを投げられたりしてしまった。
このあたり、トウナに人を近づけないようにしているつもりのビーブにとっては不本意であったろう。逆に人を惹きつけまくってしまっているのだから。
「不機嫌そうね、ビーブ。気にしなくていいわよ。あなたが護衛として頼りになるのはわかってるから」
「キキキッ」
「え、ちがう? なんで、ロウワンのやつはよその戦士なんて誘おうとしてるんだって?」
「キキキィッ、キィ、キキキッ」
「自由の国の顔になる戦士ならおれがいるだろ、ロウワンのやつはおれを信用していないのかって? 逆だと思うわよ。あなたを誰よりも信用して頼りにしているからこそ、他の戦士を探すのよ」
「キキキッ、キィ、キィ」
「つまり、ロウワンはあなたには側にいてほしいの。一番信用し、一番頼りにしている相手だからこそ、側にいて護衛役を務めてほしい。そう思っているのよ。あたしの護衛役を任せたみたいにね。だから、前線で戦う戦士には別の人が必要なのよ」
トウナに言われてビーブは機嫌を直したらしい。ますます自慢げに尻尾のカトラスを掲げ、我が物顔で歩いて行く。
トウナは幾人かの商人のもとをまわり、買い付けを行い、郵送の手続きをすませた。購入予定表と実際に購入した品とを見比べ、確認する。
「ええと。印刷機に時計に医療器具、薬品類に酒類の醸造器具にヤギ……」
印刷機は都市網国家の理念や情報を文書にして広く行き渡らせるためには不可欠だし、幾つもの船が連携をとって動くためには時計は欠かせない。怪我や病気の多い荒くれものたちだけに医療器具や薬品類はいつでも不足している。もとが海賊だけに自由の国の軍人たちはとにかくよく酒を飲む。浴びるように飲む。息をするように飲む。いちいち酒を買っていてはいくら稼いでも酒代だけですべて消えてしまう。大事な資金を自由の国内でまわすためには自分たちで酒を作れるようにならなくてはいけない。
そして、ヤギ。南の海に散らばる小さな島ではウシは飼えない。しかし、ヤギなら飼える。ヤギならウシよりせまい土地、ウシより粗末な飼料でも立派に育てられるのだ。事実、南の島には船が難破して漂着した際の食糧源としてヤギを放し、自然繁殖させている例も多い。ヤギを買い付けて繁殖させれば豊富な肉と乳を得られるようになる。
トウナは買い付けた品々とその金額を見て溜め息をついた。ハルキスの蔵書を読んで商人としての知識と駆け引きは学んできたし、この半年間、タラの島の村長として実際に商人たちとやり合い、経験を積んできてもいる。それらの知識と経験を生かしてなるべく安く買い付けたつもりである。それでもやはり、これだけの品を買うとなると大変な金額になる。
しかし、トウナが溜め息をついたのは多額の出費をする羽目になったからではない。
「……まさか、こんな大金を簡単に払えるようになるなんてね。半年前ならこんな大金『一生かけても払えない!』って思ってたところだわ」
半年前までと現在の財力のちがい。
それが、トウナに溜め息をつかせた原因だった。
わずか半年の間に、タラの島の財政規模は本当に跳ねあがってしまった。それはもう、拡大と言うより増設と言った方がいいちがいだった。
「まさか、自分たちで加工・販売をすることでここまでちがいが出るなんてね。商人相手に原料を、相手の言い値で売っていた頃が本当にバカに見えるわ」
それもこれも自分たちの扱う品の価値を知らなかったため。その無知につけ込まれ、いいように買いたたかれていたのだ。もし、ロウワンがやってきて教えてくれなければ、タラの島はいまも商人にいいように食い物にされ、貧しいままだった。それを思うとゾッとする。
「やっぱり、知識って大切なのね。タラの島の子どもたちにはきちんと知識を身につけてもらわないと」
そのためにはどうしたらいい?
学校でも建てる?
でも、このデーヴァヴァルマンのような大きな町ならいざ知らず、小さな島に少しずつ、バラバラに人が住んでいる南の海では学校も作りづらい。生徒を集めようにもいちいち船で島と島を行き来しなくてはならないのでは手間がかかりすぎるし、危険も多い。
「もっと、簡単に島と島を行き来できる方法があればいいんだけど」
そんな都合のいい方法、あるわけないわよね。
そう思い、再び溜め息をつくトウナだった。
ともかく、買い付けは終わったので待ち合わせ場所であるコーヒーハウスに向かった。
ロウワンはすでにコーヒーハウスにやってきていた。ひとりだけやけにはなれて店のすみっこにいるのは、充満する煙草の煙から少しでも逃れようとしているからである。
ビーブはロウワンを見つけると、さっそく近づいた。胸を張って報告する。
――トウナには指一本ふれさせやしなかったぜ。
ふれられまくっていたのはビーブである。
「ああ、ありがとう、ビーブ。お前がいてくれれば安心だからな」
ロウワンは信頼の証である笑顔で言った。
ビーブはそう言われてますます得意そうにふんぞり返った。
「買い付けは無事にすんだわ。そっちはどう?」
トウナが尋ねるとロウワンはうなずいた。
「ブージの言っていた剣客と特徴の一致する人の話はたしかに聞けた。残念ながら、会うことは出来なかったけどな。ブージの言葉通り、ヌーナ共和国に行くための手段を探しているらしい」
「そのヌーナ共和国って、そんなに行くのが大変なの? 歩いては行けないの?」
「ここからだとかなり遠いからな。しかも、山道がつづくし。もちろん、歩いて行けないわけではないけど時間もかかるし、危険も多い。そもそも、馬車がとまるほどの危険があるなら、ひとりで歩いて行くなんてそれこそ自殺行為だ」
もっとも、それぐらいの危険は余裕で越えられるぐらいの戦士でないと、自由の国の顔として誘う価値はないわけだけど。
ロウワンはそう付け加えた。
「それで、これからどうするの?」
「コーヒーハウスをまわってみる。どうしてもヌーナ共和国に行かなくてはいけないなら、そのための手段を探しているはずだ。そのためには、多くの人が集まるコーヒーハウスをまわるはずだからな」
と言うわけでそれから数日の間、ロウワンたちはコーヒーハウスを巡り歩いた。
遭遇の日は思ったよりも早くやってきた。ビーブが野生の勘でなにかを察知したらしく、しきりに騒ぎ立てた。ビーブの案内で向かった先、そのコーヒーハウスのなかでひとりの長身の男が一〇人以上の男たちに取り囲まれていた。男たちはいずれも町のゴロツキ風で手にてにナイフや山刀を構えていた。店の客や店員たちはみんな、巻き添えにならないよう距離をおいて、それでも、これから起こるであろう活劇に期待して興味津々の体で見物している。
ゴロツキ風の男たちがなにやら怒鳴っている。どうやら、以前にゴロツキたちの仲間が相手の男に痛い目に遭わされたらしい。その仕返し、と言うことのようだった。
「キィ、キィ、キィッ!」
ビーブが怒ったように叫び、跳びはねる。どうやら、助太刀したいらしい。ロウワンはそんなビーブをさがらせた。本当に危なくなったら助太刀もする。しかし、こんなゴロツキ連中、ひとりで倒せないようならロウワンの求める人材とはとうてい言えない……。
ロウワンは男を見た。ブージの言っていたとおり、東方風の服装をしている。妙にくすんだ色合いの、あまり見栄えのよくないその衣装が『袴』と呼ばれる服であることをロウワンはハルキスの書で読んで知っていた。しかし、これもブージの言っていたとおり、顔立ちそのものは西方風。背はゴロツキたちの誰よりも高く、細身で引き締まった、鍛え抜かれたサーベルのような体付きをしていた。それだけで、ただものでないことが知れる。
夜の闇のような漆黒の長髪を滝のようにたなびかせ、腰には太刀を佩いている。一〇人以上の刃物を手にしたゴロツキたちに囲まれているというのに、まるで誰もいないかのような涼やかな表情をしている。普通の人間だったら震えあがって小便のひとつももらしていそうな状況だというのにこの落ち着き、この風格。ハッタリでないなら大したものだ。
――この人がおれの求める『戦士』なのか?
男の態度を見ていればいやがうえにも期待は高まる。
ロウワンはドキドキしながら男がその実力を見せつけてくれるときをまった。
ゴロツキたちが動いた。怒りの声をあげながら突っ込んだ。男の体が動いた。宙に舞う鳥の羽毛のような動きだった。そのなめらかな動きは床の上ではなく、氷の上を滑っているようにしか見えなかった。
男が太刀を抜いた。太刀と言ってもただの太刀ではない。ロウワンの身長ほどもある野太刀である。重く、長大なその太刀を男はナイフのように軽々と扱う。太刀が音もなく振るわれるつど、血しぶきが舞い、悲鳴があがり、ゴロツキたちが倒れていく。戦いと言うにはあまりにも優美なその動きに、見物している店の客たちから感嘆の溜め息が漏れる。
時間にして一分とかからなかっただろう。一〇人を超えるゴロツキたちは全員、店の床に転がり、呻いていた。男は無言のまま、血まみれの太刀を鞘に戻した。そのあまりの強さに観客たちが一斉に拍手した。
「……すごい」
トウナも息を呑んだ。
「一〇人以上の相手を、こんなに簡単に倒してしまうなんて……」
たしかに、それだけでも充分にすごい。しかし、それだけではないことをロウワンは知っていた。ゴロツキたちの受けた傷は見た目は派手だが致命傷はひとつもない。男は死なせないよう充分に手加減した上でなおかつ、ただの一撃で確実に戦闘不能に追い込んだのだ。
異常。
そう言っていい剣の冴えだった。
ゴロツキたちは完全に男を殺す気でいた。殺す気でかかってくる相手を殺さないよう手加減して倒すなど、一対一でも天地ほどの実力差がなければできることではない。それを十数人もの敵相手にやってのけたのだ。いかに、男の強さが人間離れしたものかわかろうというものだ。
「だけど、おかしいな」
ロウワンが呟いた。
「なにが?」と、トウナ。
「あの男、血に濡れたままの太刀をそのまま鞘に戻した。そんな真似をしたら刃が錆付いて斬れなくなるし、血糊で鞘とくっついて抜けなくなる。普通はきちんと血糊を拭いてから鞘に戻すものだ。あれほどの剣の使い手がそんなことを知らないわけがない」
――ただの太刀ではないと言うことか。
ロウワンはそう察した。
「とにかく、試させてもらおうか」
ロウワンは両腰に差したカトラスを抜き放った。その顔には楽しげな笑みが浮いている。
本来、決して戦いを好む質ではないロウワン。そのロウワンにして思わず、相手の強さを確かめることが面白くなってしまうぐらい、男の強さは飛び抜けたものだった。
ロウワンは両手に抜き身のカトラスをもって一歩、男に近づいた。そのとき――。
男の視線がロウワンを貫いた。
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