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第二部 絆ぐ伝説

第三話三章 ブージ再び

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 ロウワンはトウナ、ビーブと共に漁港ぎょこうに出た。
 海の向こうではプリンスの指揮する『黒の誇り』号に監視されながら、降伏の白旗をかかげたガレー船が近づいてくるところだった。そのガレー船、そして、白旗の他にもう一枚、かかげている旗にははっきりと見覚えがあった。
 ロウワンは呻くように言った。
 「まちがいない。あれはたしかにブージの船だ」
 「なんで、あいつがこの島に来るのよ⁉」
 トウナが怒りをむき出しに叫んだ。
 ブージはかつてタラの島を襲った海賊。トウナ自身、襲われ、さらわれるところだった。それを阻むためにロウワンはブージの部下を殺さなければならなかった。わずか一三歳にして『人殺し』の重荷を背負うことになったのだ。トウナにしてみれば怒りをあらわにするのが自然であり、当然だった。
 その横ではビーブも全身の毛を逆立て、カトラスを握った尻尾をピン! と、立てて臨戦りんせん態勢たいせいである。唸りをあげる口元からは白い牙が見えている。
 「……とにかく、会ってみよう」
 「正気なの、ロウワン⁉ あいつはこの島を襲ったのよ⁉」
 「わかってる。だけど、白旗をかかげている以上、戦闘の意思はないはずだ。それに、プリンスがすでに牽制けんせいしている。好きに行動させはしないさ」
 ロウワンの言うとおり、プリンスの指揮する『黒の誇り』号はブージのガレー船にぴったりと寄り添い、砲門を向けている。遠目には船と船が重なって見えるぐらいの至近距離だ。
 『黒の誇り』号はもともとはローラシア海軍の三級艦。搭載された大砲の数は八〇門以上。その半数以上が肌もふれよと言わんばかりの至近距離から向けられている。これだけの大砲がこの距離で撃ち込まれればガレー船などひとたまりもない。木っ端微塵に打ち砕かれ、沈むことになる。たしかに、正気な人間なら戦おうなどとは思いもしない状況だ。
 それだけではなく、『黒の誇り』号の甲板かんぱんじょうには切り込み隊がズラリと並び、小銃を構えている。いつでも、一斉射撃が出来る状況だ。それに対し、ブージの船ではかしらであるブージを筆頭に船員たちが甲板かんぱんじょうに集まり、両手を頭上にあげて恭順きょうじゅんの意を示している。いくら相手が油断ならない老獪ろうかいな海賊とは言え、脅威となることは考えられない。
 プリンスはさすがに一〇代の頃から海賊として生きてきただけあって細心さいしんだった。ブージの船を漁港ぎょこうに入れさせるような真似はせず、沖合に停泊させた。切り込み隊の精鋭数人を引き連れ、自ら小舟に乗って近づいた。その間も『黒の誇り』号の甲板かんぱんじょうでは小銃をもった切り込み隊が虎視こし眈々たんたんとブージ海賊団を狙っている。
 小舟がブージの船に着けられた。甲板かんぱんから縄ばしごが降ろされ、ブージただひとりが降りてくる。ブージが小舟に降り立った。プリンスは自ら身体検査をし、武器をもっていないことを確認する。それからようやく、小舟で漁港ぎょこうに入り、タラの島に上陸した。
 真っ先に上陸したのはブージだった。丸腰とは思えない堂々とした態度とふてぶてしい笑顔でやってくる。その後ろにプリンスと数人の切り込み隊がつづいている。
 ちょっと見にはブージこそが配下を引き連れて上陸したように見える。もちろん、実体はちがう。ブージを先頭にしているのは怪しい動きをしたらいつでも後ろから斬り捨てられるようにするためだ。特にプリンスはすでに右手に抜き身のカトラスをもっており、わずかでも危険性を示せば即座に斬り殺してやろうと構えている。
 ブージがかつてトウナを襲い、さらって行こうとしたことはプリンスも聞いている。そうである以上、いますぐにでも斬り捨ててやりたい気分なのだ。
 一方、ロウワンとトウナの前にはビーブが立ちはだかっている。全身の毛を逆立て、唸りをあげ、尻尾に握ったカトラスを高々とかかげて決して砕けぬ壁として立ちはだかっている。ロウワンの『兄貴分』として、弟分を守り抜く覚悟なのだ。
 ブージが歩をとめた。それ以上、近づけば『襲うつもりだ!』と判断したビーブが斬りかかってくる。その危険性を察知し、その直前ギリギリの距離で歩をとめたのはさすが、多くの修羅しゅらをくぐってきたプロの海賊だった。
 「よう、小僧」
 と、ブージは『愛想あいそが良い』とさえ言えるほどの笑みを浮かべながら話しかけた。
 眼前にはビーブ、すぐ後ろにはプリンス。二本の抜き身の刃にはさまれながらもこうもふてぶてしい笑みを浮かべることが出来る肝の据わり方は、たしかに大したものだった。
 「いや、いまは自由の国リバタリア国主こくしゅさまだったな。前に会ったときにはこんな出世をするとは思わなかったぜ。やっぱ、人間、紳士を貫いておくもんだな。おかげで、おれにも運が向いてきたってもんだ」
 「なにしにきたのよ、この海賊野郎」
 ひとりで納得したように話しているブージの態度に苛立ったのだろう。トウナが淑女しゅくじょというにははしたない言葉遣いで詰問きつもんした。
 ブージは悪びれなかった。胸をそびやかして堂々と答えた。
 「船の白旗を見りゃあわかるだろう。降伏しに来たのさ」
 「降伏?」と、ロウワン。
 「そうさ。おれも自由の国リバタリアに参加させてもらう」
 「なんですって⁉」
 叫ぶトウナに向かい、ブージはパチリと片目をつぶり、ウインクなどしてみせる。
 「前に言ったろ? おれの船にゃあ、『働きもしない貴族や領主にピンハネされるのはごめんだ!』って理由で海に逃げてきたやつらが大勢いるんだ。そいつらのために、いずれは陸のやつらに一泡吹かせてやりたいと思っていたのさ。そうしたらどうだい。旧知の小僧っ子が自由の国リバタリアを打ち立て、陸の世界に挑もうとしていると来た。こりゃあもう、おれも参加するっきゃねえ! そう思ったわけさ。どうだい、立派な志だろう? いくらでもめてくれていいんだぜ」
 「なに言ってるのよ、この島を襲ったやつが!」
 ブージの言い草にトウナが叫ぶ。機会さえあればビーブやプリンスに任せることなく自分自身で飛びかかってやる。そう思っている勢いである。
 ブージはニヤニヤと笑って見せた。
 「おいおい、つれねえなあ、お嬢ちゃん。恩人さまにはもっと丁寧ていねいに相手するもんだぜ」
 「あんたのなにが恩人なのよ⁉」
 「恩人だろうが。おれはあのとき、殺そうと思えばその小僧を殺せたんだぜ? それなのに、紳士のおれが、紳士らしく手を引いたから、その小僧は生き残れた。そして、自由の国リバタリア国主こくしゅにまで出世できた。恩人以外のなんだってんだ?」
 グッ、と、トウナは言葉に詰まった。
 「厚かましいやつだな」
 ロウワンはあきれたように言ったが、不思議と腹は立たなかった。
 ブージの言うことはたしかに一理ある。ブージは殺そうと思えば殺せたロウワンを見逃した。ブージとの出会いによってロウワンは『人殺し』という、いずれは越えなくてはならなかった壁を越えることが出来た。もし、ブージとの出会いがなければ、人を殺す覚悟をもたないまま生死を懸けた戦いに巻き込まれ、あっさりと殺されていたかも知れない。それを思えばブージはたしかに恩人だと言える。
 そのことを認めた、という点もあるにはある。しかし、なによりもこうも堂々と悪びれることなく主張されると、もうなにも言えない。
 ――憎めないやつ。
 そんな風に思ってしまう。
 「おれは役に立つぜ、国主こくしゅさまよ」
 『国主こくしゅさま』と、さりげなくロウワンをもちあげておいてからブージはつづけた。
 「おれはプロの海賊だ。顔の広さじゃあちょっとしたもんだ。特に、裏世界とのつながりにかけちゃあガレノアだろうと、ボウだろうと及ばねえ。ヤバめの仕事は全部、引き受けてやれる。
 なにより、おれはプロとして一番、強いやつと組む主義だ。つまり、おれがあんたたちにくみしている限り、あんたたちが最強勢力だってことだ。それに、おれはいつだってより強え同盟相手を探している。おれの動向どうこうを監視さえしていりゃあ、どの勢力がどのくらい強いか一目でわかるってわけだ。いい話だろう?」
 「なによ、それ。『いつでも裏切る』って言っているのと同じじゃない」
 「そうツンツンするなって、お嬢ちゃん。おれとあんたの仲じゃねえか」
 「どんな仲よ⁉ ただの他人でしょ」
 「いやいや。あのとき、その小僧っ子が邪魔さえしなけりゃあ、あんたはおれのものになっていた。今頃、しっぽりお近づきに……」
 ブージの言葉がそこでとまった。首筋にひんやりした感触が突きつけられたからだ。
 プリンスが怒りの形相で右手にもったカトラスをブージの首筋に突きつけていた。すでに刃は首に食い込み、皮膚はへこんでいる。このままカトラスを引けばブージの首はばされることになる。
 さすがに、これ以上、ちゃかすのはヤバい。
 それがわからないブージではない。だから、押し黙った。そんなブージを救う結果になったのはロウワンの一言だった。
 「たしかに、いい話だ」
 「ロウワン!」
 叫ぶトウナは置いておいて、ロウワンはブージに語りかけた。
 「たしかに、お前ひとりを監視していればいいというのは楽だ。それに、自由の国リバタリアの当面の目的はすべての海賊をまとめあげ、北の諸国家に対抗できる勢力になること。そのためには、誰であれ参加は歓迎だ。過去の行いは問わないというのも告知している。ただし――」
 ロウワンは厳しい目でブージを見た。ブージと会ったばかりの、まだ人を殺した経験はおろか、人を殺す覚悟をもたなかった頃のロウワンには決して出来ない目付き。
 裏切りものは殺す。
 ためらいなく、それができる人間に特有の目付きだった。
 「自由の国リバタリアに参加して以降は自由の国リバタリアの法に従ってもらう。それができなければ縛り首。そのことは承知しているか?」
 「もちろん。もらうものさえもらえりゃあ、どんな法にも喜んで従うぜ。なあに、贅沢ぜいたくは言わねえ。たっぷりのうまい飯にありあまる酒、尻を振る女たち、全身を飾る金銀財宝、それに、安楽な老後の保証。それだけをくれりゃあ裏表なく忠勤に励むってものよ」
 相当に贅沢ぜいたくなことをぬけぬけと口にする。その厚かましさにロウワンだけではなくプリンスも毒気を抜かれたのだろう。首筋に当てていたカトラスを降ろしてしまった。
 ロウワンは溜め息をついた。ある意味、ロウワンの方が降参したのだった。
 「どうする、トウナ? おれとしてはブージを拒否する理由はない。だが、ブージはこの島を襲った。タラの島の村長としてブージを受け入れられるか?」
 言われてトウナは苦虫を噛み潰した。
 正面切ってそう問われると実は困るのである。ブージ自身は島を襲ったといっても大した被害を与えたわけではない。ブージの手下は独断で島を襲い、村に火をつけ、島民を殺した。手下を制御できなかった、という点ではブージの罪ではある。しかし、すでに、ブージ自身がその手下を斬り殺し、詫びを入れている。
 ブージ自身が島に与えた被害と言えば、幾ばくかの金品をもっていったことぐらい。正直、根にもつほどの額ではない。気に入らないやつなのはたしかだが、恨んだり、憎んだりする理由は特にないのである。
 今度はトウナが溜め息をついた。ある意味、こちらも降参の吐息である。
 「もういいわ。こいつと関わってるとこっちがバカに思えてくる。あなたの好きにして、ロウワン」
 「わかった」
 と、ロウワンはうなずいた。
 「では、ブージ。あなたの参加を受け入れる。自由の国リバタリアの法を守る限りにおいては歓迎し、尊重する」
 「おう、さすがは国主こくしゅさま。話がわかる。じゃあ、その法にのっとって給料ははずんでくれよ。その分の働きはするからよ」
 「給料の支払いは二ヶ月目からだ」
 「お、おいおい、そりゃあねえだろう、国主こくしゅさまよ。一ヶ月もタダ働きさせるなんざあ奴隷並の扱いじゃねえか。そいつは、自由の国リバタリアの信条に反するってもんだぜ」
 「この島の金品をもっていったままだろう。あれが、最初の一月分だ」
 そう言われ――。
 ブージは思いきりおそって見せたのだった。
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