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第二部 絆ぐ伝説
第二話二二章 王の戦い
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「頭は誰かな、老いぼれ」
ロウワンのその一言に――。
その場の空気が一変した。
戦いの喧噪と興奮は潮騒のように消え去り、あとには静謐なまでの静かさだけが場を支配した。まるで、ロウワンとハルベルト、そのふたりだけが世界から切りはなされて存在しているかのようだった。
すっ、と、音もなくボウがハルベルトの前から身を引いた。
部下として上官を守る。
そのつもりだった。
しかし、相手の首領から直接、頭の座を懸けての決闘を申し込まれたとなれば話がちがう。当人以外の何人たりと、その場に介在する余地はない。いかなる忠臣であれ、当人をかばうことは許されない。
――頭は誰かな、老いぼれ。
ロウワンがその一言を発したとき、世界の掟がそう決まったのだ。
たしかに、海賊たちの世界では頭は船員たち自らが選ぶ。船長の権限は厳しく制限され、その権限を越えて行動しようとすれば船員たちによって追い払われる。どこかの無人島に投げ捨てられるか、首をかき斬られる場合もある。
陸の世界のガチガチに決められた権力に痛めつけられてきた人間たちは海の世界に逃れたとき、二度と同じ扱いを受けずにすむよう、『権力を制限』できるように慎重に海の掟を決めたのだ。しかし、だからこそ――。
海の世界では人の上に立つもつは常にその資格を証明しなければならない。勇猛且つ有能であり、部下である船員たちに対して襲撃の機会を与え、充分に稼げるよう事態を動かす能力が求められる。
その能力がないか、あるいは、証明することを怠れば、たちまちのうちに部下から見捨てられ、立場を失うことになる。ローラシアの貴族たちのように、単に『貴族に生まれた』からといって生涯、人の上に立てる身分が保障される世界とはちがうのだ。
そして、ハルベルトはロウワンから挑戦を受けたとき、自らその資格を証明しなければならなくなった。決闘に勝利し、自分が充分に勇猛で有能であり、多くの部下を率いるにふさわしい存在であることを示さなければならなくなったのだ。
誰にもかわってもらうわけにはいかない。
他人の背中に隠れることは許されない。
勇猛な部下に、自分のかわりに戦わせることは出来ない。
あくまでも、自分自身で戦い、勝利することで証明しなければならない。
それが、海の掟。
だからこそ、ボウはハルベルトの前から退いたのだ。
もちろん、条件はロウワンも同じ。自ら頭の座を懸けて挑んだ以上、自らの力で勝利をつかみ、自分の力を証明しなくてはならない。
ガレノア海賊団はそのことを知り尽くしている。
だからこそ、戦いをやめ、遠巻きに見つめている。
ロウワンがその力を示すことをまっている。
勝てば従うが、負ければ見捨てる。
それが、海賊にとって当然の掟だった。
――だが。
ボウは思った。
――ハルベルトは死ぬな。
そう確信した。
ガレノアの表情を見たからだ。
その場を見守るガレノアの表情。そこには、余裕の笑みが浮いていた。
勝者の笑みだ。
自分たちの勝ちを確信しているときだけに浮かべることの出来る笑みだ。
そして、ガレノアほどの猛者がロウワンの勝ちを確信している以上、それはまちがいなく正しいことのはずだった。
――あのガレノアがそこまで信頼するとはな。まだ、年端もいかない少年だというのに。
ボウはガレノアの右腕に目をやった。右腕に巻き付けられた血に染まった包帯を。
――あの傷……あの傷をつけたのがこの少年だというなら納得もいく。ガレノアにあれほどの傷をつけることが出来るならハルベルトなど相手ではない。
ボウはハルベルトの確実な死を予感していた。予感した上で一切の手出しも、口出しさえもしなかった。なぜなら、それが海の掟だから。ハルベルトは自ら望んで海の世界にやってきた。ならば、その掟に従う義務がある。『権力者のパパ』に守っていてもらいたいなら、それが通用する陸の世界にとどまっていればよかったのだ。
「頭は誰かな、だと?」
ハルベルトは引きつった笑みを浮かべながら言った。
虚勢であれなんであれ、この場で笑みを浮かべることが出来る精神力はなかなかに大したものだった。もっとも、挑んできた相手が学芸会に出てくる少年――に見える――ことも大きかっただろう。挑んできたのがガレノアだったら口も利けたかどうか。
金ピカ芝居の主人公はあえて胸を張った。せいぜい、見下すように言った。
「お前みたいなガキが、おれに喧嘩を売ろうってのか?」
「もう、売った」
ロウワンは静かに答えた。
ロウワンの落ち着き振りはハルベルトの一〇〇倍も貫禄のあるものだった。それを見れば誰もが『あ、これはダメだ』と、両者の格のちがいを感じたことだろう。
木鶏のごとし。
まさに、その言葉を具現化したようなロウワンの態度だった。
「だが……」
と、ロウワンは口にした。
「その前にまずは聞いておこうか。ハルベルト。お前はなぜ、人を殺す?」
「なに?」
「お前は三つの居留地を焼き払い、そこにいる人々を皆殺しにしたと聞いた。なぜ、そんな真似をした? 賢い海賊ならそんなことはしない。相手に危害を加えないことと引き替えに財貨を得る。その方が簡単だし、危険がない。なにより、何度でも重ねて奪うことが出来る。皆殺しにしてしまえばその場限りだ。わざわざ、金の生る木を刈り取るような真似は、まともな海賊ならするものじゃない。なのになぜ、わざわざ皆殺しにした?」
「はあ? なに言ってやがる。敵を殺せば英雄になれる。金も女も思いのままだ。それ以外、どんな理由が必要だって言うんだ」
ハルベルトは迷いなく答えた。ハルベルトにとってはまったく自明のことであって、わざわざ尋ねたりする方がおかしいことだった。
「敵を殺せば英雄、か。たしかにその通りだな」
ロウワンはうなずいた。
「お前は正しい。お前の言うとおりだ。この世界は人を殺せばころすほど英雄としてもてはやされる。だからこそおれは、そんな世界をかえることにした」
「なんだと?」
「人を殺して英雄になれるのは、人と人の争いがあるからだ。おれは、人と人の争いを終わらせる。そのために、誰もが自分の望む暮らしを得られる世界を作る。そうすることで、人が人を殺す理由も必要もない世界にかえる。そうなれば、人殺しが英雄と呼ばれることはなくなる」
「世界をかえるだと?」
ハルベルトは嘲笑った。あまりにも言葉の意味が大きすぎて、逆に度胸がすわったらしい。
「ずいぶんとデカいことを言うじゃねえか。だが、結局のところ、人を殺してのしあがるってことだろう。お前だって、人を殺して英雄になりたがってるんじゃねえか」
「そうだな」
と、ロウワンはうなずいた。
「人と人の争いを終わらせるために人と争い、人を殺す。たしかに、矛盾もいいところだ。だからこそ、おれがやる。人と争い、人を殺すことを望むものはすべて、おれが地獄に連れて行く。次の世代にはやらせない。本当の意味で新しい世界を作るのは、人を殺す必要のなくなった次の世代だ」
「次の世代だと? そんなもんを信じようってのか」
「そうだ」
迷うことなく、ロウワンはうなずいた。
「人の想いは受け継がれるものだ。おれがすでに何人もの人の想いを受け継いでいるように。おれの思いを受け継ぎ、実現させてくれる人間は必ずいる。おれは――」
ロウワンは息を吸い込んだ。
その一言を口にした。
「あとにつづくを信ず」
「しゃらくせえっ!」
ハルベルトが叫んだ。サーベルを引き抜いた。走った。一気に間合いをつめた。手にしたサーベルを振りあげ、振りおろした。
ハルベルトは決して弱くはなかった。無抵抗のもの相手とは言え幼い頃から剣を振るってきたし、一〇を過ぎる頃にはいっぱしの侠客気取りでゴロツキどもをはべらせ、荒事を重ねてきたのだ。まっとうな剣術を学ぶ殊勝さこそなかったものの、実戦で鍛えられた喧嘩剣術は見せかけではなかった。その『なんでもあり』の奔放な剣術は、『きれいな』剣術しか知らない士官学校の生徒たちなど相手にならなかっただろう。実際、ロウワンに斬りつける踏み込みの速さも、振りおろされる斬撃の威力も、決してあなどれるものではなかった。
だが、もちろん、ガレノアの獣染みた疾さと勢いには遠く及ばない。そのガレノアを圧倒したロウワンにとって脅威になるものではなかった。
まさに一瞬。
ロウワンは右足を引いて、体を開いた。ハルベルトに対し、左側面を向ける格好となった。その体勢のまま後ろに跳んだ。足の力で跳んだのではない。重心を後ろにずらし、その勢いでごく自然に体を跳ばしたのだ。
ロウワンの体はハルベルトが振りおろした剣の軌道の外側に出ていた。
ロウワンが眉ひとつ動かさずに見つめる前をハルベルトのサーベルが通過していく。
ロウワンの右腕が満月を描いて振るわれた。右手に握られたカトラスがハルベルトのサーベルの峰を打った。その衝撃と、剣を振りおろした自分自身の勢いとで、ハルベルトは体勢を崩した。体が前に流れ、前のめりになった。
ロウワンの左腕がふたつ目の満月を描いた。弧を描いて振りおろされたカトラスがハルベルトの右腕を途中から両断していた。
噴水のように血が噴き出し、ハルベルトの口から絶叫が響いた。ロウワンはためらわなかった。眉ひとつ動かすことなく左腕を返し、水平になぎ払った。その一撃で――。
ハルベルトの首は刎ね飛ばされていた。
血を吹き出す花火のように、悲鳴をあげたままの表情の生首が宙を飛んだ。放物線を描いて甲板に落ちた。何度か跳ね、動きをとめた。あたり一面を、流れる血が真っ赤に染めあげた。
曲がりなりにも『海の王』たらんと志した男は、もうひとりの海の王によって生命もろともその野心を断たれたのだった。
ガレノア海賊団が納得と、歓喜の声をあげた。
ハルベルトの部下たちは息を呑んで固まった。誰ひとり動けないそのなかでただひとり、ボウだけが動いた。髪も、髭も、肌さえも灰色に染まった灰色の男は無言のまま『かつての上司』の首に近づいた。いまだに血を吹き出しつづける生首を両手にもち、高々と掲げた。宣言した。
「総員、武器をすてよ! 決着はついた! すべてのものは新たなる頭に従え!」
ロウワンのその一言に――。
その場の空気が一変した。
戦いの喧噪と興奮は潮騒のように消え去り、あとには静謐なまでの静かさだけが場を支配した。まるで、ロウワンとハルベルト、そのふたりだけが世界から切りはなされて存在しているかのようだった。
すっ、と、音もなくボウがハルベルトの前から身を引いた。
部下として上官を守る。
そのつもりだった。
しかし、相手の首領から直接、頭の座を懸けての決闘を申し込まれたとなれば話がちがう。当人以外の何人たりと、その場に介在する余地はない。いかなる忠臣であれ、当人をかばうことは許されない。
――頭は誰かな、老いぼれ。
ロウワンがその一言を発したとき、世界の掟がそう決まったのだ。
たしかに、海賊たちの世界では頭は船員たち自らが選ぶ。船長の権限は厳しく制限され、その権限を越えて行動しようとすれば船員たちによって追い払われる。どこかの無人島に投げ捨てられるか、首をかき斬られる場合もある。
陸の世界のガチガチに決められた権力に痛めつけられてきた人間たちは海の世界に逃れたとき、二度と同じ扱いを受けずにすむよう、『権力を制限』できるように慎重に海の掟を決めたのだ。しかし、だからこそ――。
海の世界では人の上に立つもつは常にその資格を証明しなければならない。勇猛且つ有能であり、部下である船員たちに対して襲撃の機会を与え、充分に稼げるよう事態を動かす能力が求められる。
その能力がないか、あるいは、証明することを怠れば、たちまちのうちに部下から見捨てられ、立場を失うことになる。ローラシアの貴族たちのように、単に『貴族に生まれた』からといって生涯、人の上に立てる身分が保障される世界とはちがうのだ。
そして、ハルベルトはロウワンから挑戦を受けたとき、自らその資格を証明しなければならなくなった。決闘に勝利し、自分が充分に勇猛で有能であり、多くの部下を率いるにふさわしい存在であることを示さなければならなくなったのだ。
誰にもかわってもらうわけにはいかない。
他人の背中に隠れることは許されない。
勇猛な部下に、自分のかわりに戦わせることは出来ない。
あくまでも、自分自身で戦い、勝利することで証明しなければならない。
それが、海の掟。
だからこそ、ボウはハルベルトの前から退いたのだ。
もちろん、条件はロウワンも同じ。自ら頭の座を懸けて挑んだ以上、自らの力で勝利をつかみ、自分の力を証明しなくてはならない。
ガレノア海賊団はそのことを知り尽くしている。
だからこそ、戦いをやめ、遠巻きに見つめている。
ロウワンがその力を示すことをまっている。
勝てば従うが、負ければ見捨てる。
それが、海賊にとって当然の掟だった。
――だが。
ボウは思った。
――ハルベルトは死ぬな。
そう確信した。
ガレノアの表情を見たからだ。
その場を見守るガレノアの表情。そこには、余裕の笑みが浮いていた。
勝者の笑みだ。
自分たちの勝ちを確信しているときだけに浮かべることの出来る笑みだ。
そして、ガレノアほどの猛者がロウワンの勝ちを確信している以上、それはまちがいなく正しいことのはずだった。
――あのガレノアがそこまで信頼するとはな。まだ、年端もいかない少年だというのに。
ボウはガレノアの右腕に目をやった。右腕に巻き付けられた血に染まった包帯を。
――あの傷……あの傷をつけたのがこの少年だというなら納得もいく。ガレノアにあれほどの傷をつけることが出来るならハルベルトなど相手ではない。
ボウはハルベルトの確実な死を予感していた。予感した上で一切の手出しも、口出しさえもしなかった。なぜなら、それが海の掟だから。ハルベルトは自ら望んで海の世界にやってきた。ならば、その掟に従う義務がある。『権力者のパパ』に守っていてもらいたいなら、それが通用する陸の世界にとどまっていればよかったのだ。
「頭は誰かな、だと?」
ハルベルトは引きつった笑みを浮かべながら言った。
虚勢であれなんであれ、この場で笑みを浮かべることが出来る精神力はなかなかに大したものだった。もっとも、挑んできた相手が学芸会に出てくる少年――に見える――ことも大きかっただろう。挑んできたのがガレノアだったら口も利けたかどうか。
金ピカ芝居の主人公はあえて胸を張った。せいぜい、見下すように言った。
「お前みたいなガキが、おれに喧嘩を売ろうってのか?」
「もう、売った」
ロウワンは静かに答えた。
ロウワンの落ち着き振りはハルベルトの一〇〇倍も貫禄のあるものだった。それを見れば誰もが『あ、これはダメだ』と、両者の格のちがいを感じたことだろう。
木鶏のごとし。
まさに、その言葉を具現化したようなロウワンの態度だった。
「だが……」
と、ロウワンは口にした。
「その前にまずは聞いておこうか。ハルベルト。お前はなぜ、人を殺す?」
「なに?」
「お前は三つの居留地を焼き払い、そこにいる人々を皆殺しにしたと聞いた。なぜ、そんな真似をした? 賢い海賊ならそんなことはしない。相手に危害を加えないことと引き替えに財貨を得る。その方が簡単だし、危険がない。なにより、何度でも重ねて奪うことが出来る。皆殺しにしてしまえばその場限りだ。わざわざ、金の生る木を刈り取るような真似は、まともな海賊ならするものじゃない。なのになぜ、わざわざ皆殺しにした?」
「はあ? なに言ってやがる。敵を殺せば英雄になれる。金も女も思いのままだ。それ以外、どんな理由が必要だって言うんだ」
ハルベルトは迷いなく答えた。ハルベルトにとってはまったく自明のことであって、わざわざ尋ねたりする方がおかしいことだった。
「敵を殺せば英雄、か。たしかにその通りだな」
ロウワンはうなずいた。
「お前は正しい。お前の言うとおりだ。この世界は人を殺せばころすほど英雄としてもてはやされる。だからこそおれは、そんな世界をかえることにした」
「なんだと?」
「人を殺して英雄になれるのは、人と人の争いがあるからだ。おれは、人と人の争いを終わらせる。そのために、誰もが自分の望む暮らしを得られる世界を作る。そうすることで、人が人を殺す理由も必要もない世界にかえる。そうなれば、人殺しが英雄と呼ばれることはなくなる」
「世界をかえるだと?」
ハルベルトは嘲笑った。あまりにも言葉の意味が大きすぎて、逆に度胸がすわったらしい。
「ずいぶんとデカいことを言うじゃねえか。だが、結局のところ、人を殺してのしあがるってことだろう。お前だって、人を殺して英雄になりたがってるんじゃねえか」
「そうだな」
と、ロウワンはうなずいた。
「人と人の争いを終わらせるために人と争い、人を殺す。たしかに、矛盾もいいところだ。だからこそ、おれがやる。人と争い、人を殺すことを望むものはすべて、おれが地獄に連れて行く。次の世代にはやらせない。本当の意味で新しい世界を作るのは、人を殺す必要のなくなった次の世代だ」
「次の世代だと? そんなもんを信じようってのか」
「そうだ」
迷うことなく、ロウワンはうなずいた。
「人の想いは受け継がれるものだ。おれがすでに何人もの人の想いを受け継いでいるように。おれの思いを受け継ぎ、実現させてくれる人間は必ずいる。おれは――」
ロウワンは息を吸い込んだ。
その一言を口にした。
「あとにつづくを信ず」
「しゃらくせえっ!」
ハルベルトが叫んだ。サーベルを引き抜いた。走った。一気に間合いをつめた。手にしたサーベルを振りあげ、振りおろした。
ハルベルトは決して弱くはなかった。無抵抗のもの相手とは言え幼い頃から剣を振るってきたし、一〇を過ぎる頃にはいっぱしの侠客気取りでゴロツキどもをはべらせ、荒事を重ねてきたのだ。まっとうな剣術を学ぶ殊勝さこそなかったものの、実戦で鍛えられた喧嘩剣術は見せかけではなかった。その『なんでもあり』の奔放な剣術は、『きれいな』剣術しか知らない士官学校の生徒たちなど相手にならなかっただろう。実際、ロウワンに斬りつける踏み込みの速さも、振りおろされる斬撃の威力も、決してあなどれるものではなかった。
だが、もちろん、ガレノアの獣染みた疾さと勢いには遠く及ばない。そのガレノアを圧倒したロウワンにとって脅威になるものではなかった。
まさに一瞬。
ロウワンは右足を引いて、体を開いた。ハルベルトに対し、左側面を向ける格好となった。その体勢のまま後ろに跳んだ。足の力で跳んだのではない。重心を後ろにずらし、その勢いでごく自然に体を跳ばしたのだ。
ロウワンの体はハルベルトが振りおろした剣の軌道の外側に出ていた。
ロウワンが眉ひとつ動かさずに見つめる前をハルベルトのサーベルが通過していく。
ロウワンの右腕が満月を描いて振るわれた。右手に握られたカトラスがハルベルトのサーベルの峰を打った。その衝撃と、剣を振りおろした自分自身の勢いとで、ハルベルトは体勢を崩した。体が前に流れ、前のめりになった。
ロウワンの左腕がふたつ目の満月を描いた。弧を描いて振りおろされたカトラスがハルベルトの右腕を途中から両断していた。
噴水のように血が噴き出し、ハルベルトの口から絶叫が響いた。ロウワンはためらわなかった。眉ひとつ動かすことなく左腕を返し、水平になぎ払った。その一撃で――。
ハルベルトの首は刎ね飛ばされていた。
血を吹き出す花火のように、悲鳴をあげたままの表情の生首が宙を飛んだ。放物線を描いて甲板に落ちた。何度か跳ね、動きをとめた。あたり一面を、流れる血が真っ赤に染めあげた。
曲がりなりにも『海の王』たらんと志した男は、もうひとりの海の王によって生命もろともその野心を断たれたのだった。
ガレノア海賊団が納得と、歓喜の声をあげた。
ハルベルトの部下たちは息を呑んで固まった。誰ひとり動けないそのなかでただひとり、ボウだけが動いた。髪も、髭も、肌さえも灰色に染まった灰色の男は無言のまま『かつての上司』の首に近づいた。いまだに血を吹き出しつづける生首を両手にもち、高々と掲げた。宣言した。
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