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第二部 絆ぐ伝説
第一話二二章 闘争? いや、逃走だ
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あまりにも激しい光が、灼熱の熱気が、ロウワンの視界を奪い、肌を焼く。
洞窟のなかのぼんやりとした明るさと、ひんやりとした空気に慣れた身には南洋の太陽の光と熱は激しすぎた。思わず両手で目をふさぎ、身をすくめた。一瞬、固まってからようやく『ふう……』と、一息入れた。
――うかつだったな。いきなり、洞窟のなかから日の下に出るなんて。まあ、場合が場合だから仕方なかったんだけど。でも、僕でさえこうなんだ。いつも海のなかや洞窟で過ごしている海の雌牛にはもっとつらいはず。これなら……。
太陽の光と熱を嫌って追いかけてこないかも知れない。
そんな淡い期待を抱いて後ろを見た。思わず、吹き出すところだった。
太陽の熱と光をきらうとか、そんな問題ではなかった。この洞窟の出口、これはとてもではないが海の雌牛が出てこられるような大きさではないではないか。
「はは。うっかりしてた。あのデカブツが出てくるにはこの三倍は大きな穴が必要だよな。これなら、わざわざ砂浜まで逃げなくても……」
ロウワンはそう思った。が――。
ピシッ、
ピシピシッ、
ビギッ!
なにかがひしゃげるような音とともに岩壁に無数のヒビが入った。そして――。
轟ッ!
轟音とともに岩壁が吹き飛んだ。何百という大砲が一斉に火を吹いたかのように無数の岩塊が襲ってきた。
「うわっ!」
ロウワンは叫んだ。両腕で顔面をかばい、身をすくめた。
吹き飛んだ岩壁の奥。そこから、海の雌牛の巨大な姿が現れた。
絡みあった長い体毛の奥に隠れた目がロウワンを睨みつけている。憎悪に燃えたぎっている。子を殺された親の思いの前には太陽の光と熱も、岩穴の大きさも、まるで関係なかったのだ。
「化け物!」
ロウワンはわかりきったことを叫ぶと砂浜めがけて走り出した。
そのあとを海の雌牛が追う。
クジラに勝る巨体が陸の上を走る、
走る、
走る!
そのあり得ない事態に地面は波のごとくに揺れ、木々はざわめき、梢の音が連鎖する。
木の枝に座り込み、のんびりとあたりの木の実やら昆虫やらを食べていた三刀流のサルたちが一斉に気色ばむ。
「キキィッ!」
怒りの声をあげた。
跳びはねた。
両足と尻尾に愛用のカトラスを握りしめ、自分たちの楽しい一時を邪魔した狼藉者に対する怒りを込めて襲いかかる。だが――。
――ダメだって!
ロウワンは走りながら心に叫んだ。
サルたちの振るうカトラスは、海の雌牛の子どもにすらまったく歯が立たなかったのだ。まして、親に通用するはずがない。
実際、サルたちの振るうカトラスは海の雌牛の皮膚にすら届かない。それどころか絡みあった体毛一本、斬れはしない。
――殺されないうちに逃げてくれ!
自分が海の雌牛をここまで連れてきてしまったことへの罪悪感を感じながら、ロウワンは必死に祈った。幸い、と言うべきか海の雌牛はロウワン以外は目に入っていないようだった。カトラスを振りまわして襲いかかるサルたちなどすべて無視して一心にロウワンを追ってくる。迫ってくる。
地面が揺れる。
グラグラ揺れる。
陸地が、その上を走れる水面と化したかのよう。その揺れる地面をロウワンは必死に走る。走って逃げる。砂浜を、島の海岸を目指して。
――ビーブはきっと来てくれている、『輝きは消えず』号を連れて海辺でまってくれている!
その思いだけでとっくに体力の限界を超えた体を動かす。突然――。
目の前の視界が開けた。
森が途絶え、目の前を白い砂浜とエメラルドグリーンの海が埋めつくした。
――やった!
ロウワンは歓喜した。砂浜に躍り出た。『輝きは消えず』号を探してあちこちをキョロキョロ見回した。『輝きは消えず』号は――。
どこにもいなかった。
「……はあ、はあ」
さすがに息を切らしながらロウワンは砂浜の上に立ちどまった。足元を波が揺らしては去って行く。目の前には無限の海が広がっている。後ろからは海の雌牛が迫ってくる。もう逃げる場所はない。
振り向いた。
〝鬼〟の大刀を構えた。
自分に言い聞かせた。
――大丈夫、だいじょうぶ。やつを倒す必要なんてないんだ。ただ、時間を稼げばそれでいい。そうすれば、ビーブが来てくれる。必ず、『輝きは消えず』号をこの海辺まで連れてきてくれる。
ロウワンはそのことを疑ってはいなかった。
――あいつはたしかにデカい。子どもとは比較にならない力をもっている。でも、だからこその弱点もある。
ロウワンは努めて冷静に状況を分析した。
――なんと言ってもあの大きさと重さだ。この柔らかい砂浜でまともに動けるはずがない。
現に見るがいい。
伝説の海の怪物の四肢は砂浜のなかにしっかりとめり込んでいるではないか。
いくら、海の雌牛が生物の常識を越えた怪物だとは言っても、この状況ではろくに動けないはずだ。そもそも、本来が陸の存在ではないはずなのだ。ただでさえ不慣れな陸地。その上、柔らかい砂に足が埋もれている。その状況でまともに動けるはずがなかった。
――なにより、人間を襲うには大きすぎる。あの巨体で小回りが効くはずはない。陸の上でちょこまか動く人間は捉えきれないはずだ。海の上で船に乗っているときならこいつの方が遙かに脅威だけど……陸の上で戦う分には子どもの方がずっと危険だ。
ロウワンはすぅっと息を吸った。大刀を構えたまま走った。海の雌牛めがけて。
いま、この場で一番、安全な場所。それは、海の雌牛の目が届かない場所。すなわち――。
海の雌牛の腹の下!
ロウワンはその安全地帯を目指して走った。
ビュッ! と、空気を裂く音がして海の雌牛の絡まりあった体毛が鞭のごとく振るわれた。しかし――。
ロウワンが海の雌牛めがけて走っていた分、狙いが外れた。鋼鉄よりも硬いその巨大な鞭は、空しく砂浜を撃っただけだった。
その間にロウワンはまんまと海の雌牛の腹に潜り込んでいた。ここなら海の雌牛の目は絶対に届かない。このままここで時間を稼ぎ、ビーブがやってきてくれるのをまてば……。
ぞわっ。
不気味な音を立てて海の雌牛の腹の下の体毛がうごめいた。絡まりあった長い体毛が鋼鉄よりも硬い鞭と化して腹の下で振りまわされた。目の届かない場所に逃げられ、当てずっぽうの攻撃をはじめたのだ。しかし――。
――なんだ、こんなめくらめっぽうの攻撃。
ロウワンは振りまわされる体毛を余裕でかわした。
頭上からの攻撃には慣れている。なにしろ、木の枝から枝へと移りながら両足と尻尾に握った三本の剣で攻撃してくるサルたちを相手に足捌きを練習したのだ。サルたちの変幻自在の攻撃をかわすことを思えば、標的がどこにいるかもわからずに振りまわされる体毛を避けるなど簡単なことだった。
例え、足場が固い地面ではなく柔らかい砂浜であろうとも、一年に及ぶ修行の成果はいささかも損なわれなかった。
「う~しさん、こ~ちら、手~の鳴る方へ!」
そんな下手くそな歌を唄う余裕さえ見せながら、ロウワンは体毛による攻撃をかわしつづける。が――。
――えっ?
それを見ることが出来たのはまさに僥倖、まったくの幸運だった。たまたま視線を向けた先。そこで、海の雌牛の膝がガクッと折れるのが見えた。
「わあっ!」
叫んだ。
逃げた。
死に物狂いで海の雌牛の腹の下から飛び出した。
ズウゥゥゥゥ……ゥンッ!
轟音を立て、砂煙を巻きあげて、海の雌牛の腹が砂浜に叩きつけられた。ロウワンを捉えることができないとみるやいきなり、足をたたんで座り込んだのだ。
その巨体で小賢しい人間を叩きつぶすべく。
――お、驚いた……。いまのは本当に驚いた。
間一髪、海の雌牛の腹に押しつぶされることから逃れたロウワンは、尻餅をついた格好で、砂浜に座り込む怪物を見ていた。
ゾッとした。
――侮っていたかも。
そう思った。
相手が目の届かない腹の下に潜りこんだとみるや、座り込んで押しつぶそうとする。
本能だけで動く怪物のすることではない。
――もしかしたらこいつ、人間並の知能があるんじゃ……。
海の雌牛には天命砲が効かなかった。それはつまり、海の雌牛自身が天命の理によって作られた存在だと言うこと。ならば、もしや――。
――人間の知能を植え付けているのか⁉
その発想にロウワンは恐怖した。
どうしようもない薄気味の悪さを感じた。
ギロリ、と、海の雌牛が視線を向けた。
ぞわっ、と、ロウワンの背中の毛が逆立った。
海の雌牛が立ちあがった。絡みあった長い体毛の奥に隠された目は、あくまでもロウワンに対する怒りと憎悪と、そして、なによりも執念の炎を燃やしていた。
ゆっくりと、執念に燃える目でロウワンを睨みながら近づいてくる。
――今度はどうする?
もう腹の下に潜りこむ戦法は使えない。
さっきはたまたま膝の折れる瞬間を見ることが出来たから逃れることが出来た。しかし、二度も三度もうまく行くとは限らない。と言うより、体毛を振るって足の間をふさぎ、その間に座り込まれたら逃げようがない。いくら、柔らかい砂浜の上とはいえペシャンコにされてしまう。
――でも、それなら、どうすればいい? どうすれば逃れられる?
このまま追いかけっこをつづけていればいずれ体力が尽きて動けなくなり、押しつぶされるのは目に見えている。実際、すでに本来の体力は使い果たしている。体を犠牲にして無理やり動かしているような状態なのだ。
――これ以上はさすがにキツい……。
ロウワンがそう思ったそのときだ。
幾筋もの光の奔流がきらめき、海の雌牛を直撃した。
「天命砲⁉」
ロウワンは光の飛んできた先を見た。
そこにいた。
『輝きは消えず』号が。
エメラルドグリーンの海の上にその姿を現わしていた。
「キィ、キキィ、キィッ!」
甲板の上ではビーブが尻尾に握ったカトラスを振りまわしながら跳びはねている。
「ビーブ!」
ロウワンは歓喜の叫びをあげた。
洞窟のなかのぼんやりとした明るさと、ひんやりとした空気に慣れた身には南洋の太陽の光と熱は激しすぎた。思わず両手で目をふさぎ、身をすくめた。一瞬、固まってからようやく『ふう……』と、一息入れた。
――うかつだったな。いきなり、洞窟のなかから日の下に出るなんて。まあ、場合が場合だから仕方なかったんだけど。でも、僕でさえこうなんだ。いつも海のなかや洞窟で過ごしている海の雌牛にはもっとつらいはず。これなら……。
太陽の光と熱を嫌って追いかけてこないかも知れない。
そんな淡い期待を抱いて後ろを見た。思わず、吹き出すところだった。
太陽の熱と光をきらうとか、そんな問題ではなかった。この洞窟の出口、これはとてもではないが海の雌牛が出てこられるような大きさではないではないか。
「はは。うっかりしてた。あのデカブツが出てくるにはこの三倍は大きな穴が必要だよな。これなら、わざわざ砂浜まで逃げなくても……」
ロウワンはそう思った。が――。
ピシッ、
ピシピシッ、
ビギッ!
なにかがひしゃげるような音とともに岩壁に無数のヒビが入った。そして――。
轟ッ!
轟音とともに岩壁が吹き飛んだ。何百という大砲が一斉に火を吹いたかのように無数の岩塊が襲ってきた。
「うわっ!」
ロウワンは叫んだ。両腕で顔面をかばい、身をすくめた。
吹き飛んだ岩壁の奥。そこから、海の雌牛の巨大な姿が現れた。
絡みあった長い体毛の奥に隠れた目がロウワンを睨みつけている。憎悪に燃えたぎっている。子を殺された親の思いの前には太陽の光と熱も、岩穴の大きさも、まるで関係なかったのだ。
「化け物!」
ロウワンはわかりきったことを叫ぶと砂浜めがけて走り出した。
そのあとを海の雌牛が追う。
クジラに勝る巨体が陸の上を走る、
走る、
走る!
そのあり得ない事態に地面は波のごとくに揺れ、木々はざわめき、梢の音が連鎖する。
木の枝に座り込み、のんびりとあたりの木の実やら昆虫やらを食べていた三刀流のサルたちが一斉に気色ばむ。
「キキィッ!」
怒りの声をあげた。
跳びはねた。
両足と尻尾に愛用のカトラスを握りしめ、自分たちの楽しい一時を邪魔した狼藉者に対する怒りを込めて襲いかかる。だが――。
――ダメだって!
ロウワンは走りながら心に叫んだ。
サルたちの振るうカトラスは、海の雌牛の子どもにすらまったく歯が立たなかったのだ。まして、親に通用するはずがない。
実際、サルたちの振るうカトラスは海の雌牛の皮膚にすら届かない。それどころか絡みあった体毛一本、斬れはしない。
――殺されないうちに逃げてくれ!
自分が海の雌牛をここまで連れてきてしまったことへの罪悪感を感じながら、ロウワンは必死に祈った。幸い、と言うべきか海の雌牛はロウワン以外は目に入っていないようだった。カトラスを振りまわして襲いかかるサルたちなどすべて無視して一心にロウワンを追ってくる。迫ってくる。
地面が揺れる。
グラグラ揺れる。
陸地が、その上を走れる水面と化したかのよう。その揺れる地面をロウワンは必死に走る。走って逃げる。砂浜を、島の海岸を目指して。
――ビーブはきっと来てくれている、『輝きは消えず』号を連れて海辺でまってくれている!
その思いだけでとっくに体力の限界を超えた体を動かす。突然――。
目の前の視界が開けた。
森が途絶え、目の前を白い砂浜とエメラルドグリーンの海が埋めつくした。
――やった!
ロウワンは歓喜した。砂浜に躍り出た。『輝きは消えず』号を探してあちこちをキョロキョロ見回した。『輝きは消えず』号は――。
どこにもいなかった。
「……はあ、はあ」
さすがに息を切らしながらロウワンは砂浜の上に立ちどまった。足元を波が揺らしては去って行く。目の前には無限の海が広がっている。後ろからは海の雌牛が迫ってくる。もう逃げる場所はない。
振り向いた。
〝鬼〟の大刀を構えた。
自分に言い聞かせた。
――大丈夫、だいじょうぶ。やつを倒す必要なんてないんだ。ただ、時間を稼げばそれでいい。そうすれば、ビーブが来てくれる。必ず、『輝きは消えず』号をこの海辺まで連れてきてくれる。
ロウワンはそのことを疑ってはいなかった。
――あいつはたしかにデカい。子どもとは比較にならない力をもっている。でも、だからこその弱点もある。
ロウワンは努めて冷静に状況を分析した。
――なんと言ってもあの大きさと重さだ。この柔らかい砂浜でまともに動けるはずがない。
現に見るがいい。
伝説の海の怪物の四肢は砂浜のなかにしっかりとめり込んでいるではないか。
いくら、海の雌牛が生物の常識を越えた怪物だとは言っても、この状況ではろくに動けないはずだ。そもそも、本来が陸の存在ではないはずなのだ。ただでさえ不慣れな陸地。その上、柔らかい砂に足が埋もれている。その状況でまともに動けるはずがなかった。
――なにより、人間を襲うには大きすぎる。あの巨体で小回りが効くはずはない。陸の上でちょこまか動く人間は捉えきれないはずだ。海の上で船に乗っているときならこいつの方が遙かに脅威だけど……陸の上で戦う分には子どもの方がずっと危険だ。
ロウワンはすぅっと息を吸った。大刀を構えたまま走った。海の雌牛めがけて。
いま、この場で一番、安全な場所。それは、海の雌牛の目が届かない場所。すなわち――。
海の雌牛の腹の下!
ロウワンはその安全地帯を目指して走った。
ビュッ! と、空気を裂く音がして海の雌牛の絡まりあった体毛が鞭のごとく振るわれた。しかし――。
ロウワンが海の雌牛めがけて走っていた分、狙いが外れた。鋼鉄よりも硬いその巨大な鞭は、空しく砂浜を撃っただけだった。
その間にロウワンはまんまと海の雌牛の腹に潜り込んでいた。ここなら海の雌牛の目は絶対に届かない。このままここで時間を稼ぎ、ビーブがやってきてくれるのをまてば……。
ぞわっ。
不気味な音を立てて海の雌牛の腹の下の体毛がうごめいた。絡まりあった長い体毛が鋼鉄よりも硬い鞭と化して腹の下で振りまわされた。目の届かない場所に逃げられ、当てずっぽうの攻撃をはじめたのだ。しかし――。
――なんだ、こんなめくらめっぽうの攻撃。
ロウワンは振りまわされる体毛を余裕でかわした。
頭上からの攻撃には慣れている。なにしろ、木の枝から枝へと移りながら両足と尻尾に握った三本の剣で攻撃してくるサルたちを相手に足捌きを練習したのだ。サルたちの変幻自在の攻撃をかわすことを思えば、標的がどこにいるかもわからずに振りまわされる体毛を避けるなど簡単なことだった。
例え、足場が固い地面ではなく柔らかい砂浜であろうとも、一年に及ぶ修行の成果はいささかも損なわれなかった。
「う~しさん、こ~ちら、手~の鳴る方へ!」
そんな下手くそな歌を唄う余裕さえ見せながら、ロウワンは体毛による攻撃をかわしつづける。が――。
――えっ?
それを見ることが出来たのはまさに僥倖、まったくの幸運だった。たまたま視線を向けた先。そこで、海の雌牛の膝がガクッと折れるのが見えた。
「わあっ!」
叫んだ。
逃げた。
死に物狂いで海の雌牛の腹の下から飛び出した。
ズウゥゥゥゥ……ゥンッ!
轟音を立て、砂煙を巻きあげて、海の雌牛の腹が砂浜に叩きつけられた。ロウワンを捉えることができないとみるやいきなり、足をたたんで座り込んだのだ。
その巨体で小賢しい人間を叩きつぶすべく。
――お、驚いた……。いまのは本当に驚いた。
間一髪、海の雌牛の腹に押しつぶされることから逃れたロウワンは、尻餅をついた格好で、砂浜に座り込む怪物を見ていた。
ゾッとした。
――侮っていたかも。
そう思った。
相手が目の届かない腹の下に潜りこんだとみるや、座り込んで押しつぶそうとする。
本能だけで動く怪物のすることではない。
――もしかしたらこいつ、人間並の知能があるんじゃ……。
海の雌牛には天命砲が効かなかった。それはつまり、海の雌牛自身が天命の理によって作られた存在だと言うこと。ならば、もしや――。
――人間の知能を植え付けているのか⁉
その発想にロウワンは恐怖した。
どうしようもない薄気味の悪さを感じた。
ギロリ、と、海の雌牛が視線を向けた。
ぞわっ、と、ロウワンの背中の毛が逆立った。
海の雌牛が立ちあがった。絡みあった長い体毛の奥に隠された目は、あくまでもロウワンに対する怒りと憎悪と、そして、なによりも執念の炎を燃やしていた。
ゆっくりと、執念に燃える目でロウワンを睨みながら近づいてくる。
――今度はどうする?
もう腹の下に潜りこむ戦法は使えない。
さっきはたまたま膝の折れる瞬間を見ることが出来たから逃れることが出来た。しかし、二度も三度もうまく行くとは限らない。と言うより、体毛を振るって足の間をふさぎ、その間に座り込まれたら逃げようがない。いくら、柔らかい砂浜の上とはいえペシャンコにされてしまう。
――でも、それなら、どうすればいい? どうすれば逃れられる?
このまま追いかけっこをつづけていればいずれ体力が尽きて動けなくなり、押しつぶされるのは目に見えている。実際、すでに本来の体力は使い果たしている。体を犠牲にして無理やり動かしているような状態なのだ。
――これ以上はさすがにキツい……。
ロウワンがそう思ったそのときだ。
幾筋もの光の奔流がきらめき、海の雌牛を直撃した。
「天命砲⁉」
ロウワンは光の飛んできた先を見た。
そこにいた。
『輝きは消えず』号が。
エメラルドグリーンの海の上にその姿を現わしていた。
「キィ、キキィ、キィッ!」
甲板の上ではビーブが尻尾に握ったカトラスを振りまわしながら跳びはねている。
「ビーブ!」
ロウワンは歓喜の叫びをあげた。
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