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第三部 終わりの伝説
八章 我らの守るもの
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亡道の島。
いや、天詠みの島。
過去、二回にわたり、亡道の世界との戦いの舞台となり、そして、いま、最後の戦いの舞台となる――いや、舞台とする――島は、かつてといささかもかわってはいなかった。
――二千年前。そして、千年前。それほどの時が立ちながらこの島だけはなにもかわりませんな。
わしは隣に控えるゼッヴォーカーの導師にそう言った。
我ながら感慨深い声だったと思う。なにしろ、わしの最も重要な時を過ごした場所。もはや、故郷同然と言ってもよい。
――説明しよう、マークスⅡ。天詠みの島は亡道の世界の進入路をひとつにしぼるべく我らが作りあげた空間。本来であれば全世界に均等に染み込んでくる亡道の世界をひとつに束ね、ただ一カ所からあふれ出すようにした場所。天命の世界にあって天命の世界に非ず。亡道の影響を色濃く受けた場所。
――亡道の世界に過去・現在・未来の区別はなく、時の流れもない。故にこの島もまた時の流れから切り放された場所。永遠にかわることのない『楽園』なのだ。
――そうでしたな。千年前のあのときも、あなたからそう教わった。しかし、それも今回で終わる。いや、終わらせる。滅びの定めを覆し、亡道の世界の影響を絶つ。
――説明しよう、マークスⅡ。まさにその通りだ。我々、先行種族の誰もが望み、誰もが為し得なかった悲願。君たち人類がそれを成し遂げるのだ。
――いいえ。それはちがいます、ゼッヴォーカーの導師よ。我々、人類にそれができるだけの力を与えてくれたのはあなた方。あなたたち、先行種族の積み重ねてきた英知と経験を与えていただいたからこそ。人類だけが行うのではない。これまでこの世界に生まれたすべての種族の力をあわせ、天命の世界を守るのです。
――説明しよう、マークスⅡ。そう言ってもらえたこと、私はとても嬉しく思う。
わしとゼッヴォーカーの導師が話している間にも、マークスⅢは指揮官として矢継ぎ早に指示を下していた。船団が展開し、上陸準備を整えようとした。その矢先――。
水面がボコボコと泡だった。ヌメヌメといやらしい光を放つ魚の頭が現れた。ひとつ、十、百、そして、もっと。あたりの海面はたちまちのうちに、下水のぬめりのようにいやらしい魚の頭に埋め尽くされた。
――亡道の魚人か。
わしは呟いた。
魚の頭に人の腕、人の胴体、そして、クラゲのごとき下半身をもち、銛を構えたその姿。
千年前の戦いでも相まみえた亡道の魚人たち。
遙かな深海の魔境に住み、浮かびあがっては人を食らう魔物。
その姿を見て、王女サライサ殿下の思念が響いた。
――水棲には水棲。あのものたちの相手は我が子らに任せてください。
「お頼みします、サライサ殿下」
マークスⅢがそう答えた。
王女サライサ殿下が自らの子たちに指示を下した。
――行きなさい、我が子らよ。亡道の魚人を追い払うのです。
その指令を受けて『雌牛の子ら』がワラワラと海に飛び込んだ。海はたちまちのうちにいたるところ、魚人と雌牛の子らの闘争の場となった。
「ここは雌牛の子らに任せる! 直行して島に接岸せよ!」
マークスⅢが叫んだ。
ダンテである巨大な島は海を割って突き進み、轟音を立てて島に接岸した。それを合図と受け取ったかのように亡道のものたちが姿を現わしはじめた。
亡道の種が、
亡道の獣が、
亡道の騎士が、
あるいは地上から湧き出るように、またあるいは大気が凝縮してその姿を取ったかのように、次々と姿を現わしてくる。その数はまさに無数。数えることも出来ない亡道のものたちが島とその上空を埋め尽くした。
しかし、むろん、その姿を見て怯むものなどひとりもいない。それどころか、自らの出番を前に戦意に沸き立っておる。
マークスⅢが叫んだ。
「遊天飛騎大殺将軍、出陣! 上空に浮かぶ亡道の種どもを駆逐し、制空権を確保せよ!」
マークスⅢの指示に従い、大殺将軍の指揮のもと、翼をもつダンテにまたがった遊天飛騎たちが空を駆ける。手にした槍を振りかざす。それはむろん、単なる金属の槍などではない。世界を覆う光を集め、集約し、打ち放つ光の槍。槍から放たれる光が次々と亡道の種たちを貫いていく。
遊天飛騎たちは相棒であるダンテと共に空を駆け、亡道の種を駆逐し、島の上空に支配権を確立していく。
それを確認してマークスⅢは次の指令を下した。
「『復活の死者』の末裔たちよ! 先行して上陸し、足場を確保せよ!」
ダンテの島と天詠みの島。
ふたつの島の間に橋がかけられ、その橋を渡って屈強な体格と強靱な体力を誇る『復活の死者』の末裔たちが天詠みの島へと上陸していく。
「亡道のものたちを倒す必要はない! その身を張って接近を阻み、後続が上陸するための勢力圏を確保するのだ!」
マークスⅢの指令が響く。
『復活の死者』の末裔たちは始祖と同様、世にも醜い姿をしておる。じゃが、その体力は人間をはるかに凌ぐ。知性においてもむしろ上回り、精神性においても高貴で誠実。そして、忍耐強い。まさに、外見以外のすべてにおいて人間を越える種族。自らを盾として勢力圏を確保するにはたしかにうってつけの存在。
その頃には雌牛の子らが亡道の魚人たちを追いやり、戦場を遠くの海に移していた。
倒せているわけではない。倒せてはいないがしかし、相手を押しやり、遠ざけることで船団が天詠みの島に近づけるようにしておる。それだけで充分じゃった。
「揚陸艇、両翼に展開! 疾地走騎の精鋭たちよ、敵陣を駆け抜け後方に回り込み、亡道のものどもを海に追い落とせ!」
疾地走騎たちはマークスⅢの命令を完璧に実行してのけた。身体能力を極限まで高める鎧の効果によって馬よりも速く走り、熊よりも強力な力を振るう最強の歩兵たち。揚陸艇から上陸するやいなや稲妻の勢いで敵陣を駆け抜け、後方に回り込み、剣を振るって亡道のものたちを海へ、海へと追い落とす。
海に追い落とされた亡道のものたち相手に船の上から次々と矢が放たれる。もちろん、これもただの弓ではない。遊天飛騎たちの振るう光の槍と同様、世界に満ちる光を集め、集約し、撃ち出す光の弓。
光の弓から打ち出された光の矢が光跡を描いて降り注ぎ、辺り一面を閃光で満たす。それはまるで、夜空一面を埋め尽くす大流星群を見ているかのような光景じゃった。
海に追い落とされた亡道のものたちが光の矢に貫かれ、その身を破壊されていく。もちろん、それができるのは『もうひとつの輝き』の学士たちが巨大な音叉を鳴り響かせ、亡道の世界を中和し、亡道のものたちを『死すべき定め』の生き物にかえておるからじゃ。
学士は高らかに笑っておる。
「わははははっ! 見たか、聞いたか、驚いたか! 我らが科学の前に亡道など無力! 怯えよ、震えよ、畏れ入れいっ!」
自信をもつのはいいが……友だちにはなりたくない人間じゃな、やはり。
もうもうと、亡道のものたちの後方で地面が沸き立つように何体もの巨人が姿を現わした。青銅色に輝く金属の肌をもち、両手に湾曲した大刀をもっておる。
「マークスⅢ、亡道の巨人です!」
索敵班のひとりが叫ぶ。その声が緊張しておる。無理もない。亡道の巨人は一体で万の兵にも匹敵する怪物。まともにやり合って勝てる相手ではない。じゃが――。
「うろたえるな!」
マークスⅢは凜とした声で応じた。
その声にいささかの迷いも、不安もない。
「亡道のもののどもの戦力はすでに分析済み。この千年でそのすべてに対処する技術は開発してある。亡道の巨人とて例外ではない! 輸送船を接岸させろ、こちらの巨人を起こして迎え撃たせろ!」
マークスⅢの指示のまま輸送船が天詠みの島に接岸する。甲板が開き、そこから赤銅色の金属の肌をもつ巨人が姿を現わす。両手に巨大な槌をもったその姿。
天命の巨人。
天命の巨人がノシノシと音を立てて戦場を通り、亡道の巨人へと向かっていく。
青銅色の巨人と赤銅色の巨人。
二本の大刀を振りかざす怪物と巨大な槌を振りまわす巨兵。
その両者の争いはまさに神話世界における巨人同士の争い。その壮大な戦い振りには人の身であることの矮小さを感じずにはいられない。むろん、巨人たちの足元ではその『矮小なるもの』たちも激戦を繰り広げているのじゃが。
――マークスⅢよ。
「騎士マークス」
――船である私は島に上陸し、城に向かうことは出来ん。この場の指揮は私に任せて君は城に乗り込み、亡道の司を仕留めろ。この戦いの主役はあくまでも君たち、この時代の人間なのだから。
「……はい! この場はお任せします、騎士マークス」
マークスⅢはそう言うと隣に控える――いまにもウズウズと飛び立ちそうにしている――相棒に声をかけた。
「リョキ、行くぞ! 城に乗り込み、亡道の司の首を取る!」
「へっ、待ちくたびれたぜ。そうこなくっちゃよ」
マークスⅢを背中に乗せたリョキが巨大な翼を力強く羽ばたかせ、空へそらへと舞いあがる。マークスⅢは空から全軍に向けて叫んだ。
「いまこそ亡道との戦いを終わらせるとき! 天命の世界に生まれたすべての種族の知と力をもって滅びの定めを覆すのだ! 我につづけ、決戦兵よ! この日のために鍛え抜いたその力、存分に振るうがいい! その他のものは騎士マークスの指示に従い、戦線を維持せよ!」
マークスⅢはそう叫ぶと自ら先頭に立って城へと向かう。
亡道の司の待ち受ける城へと。
そのあとを精鋭中の精鋭である決戦兵たちが追っていく。
それは文字通り、亡道の司との決戦のために編成された最強部隊。
気力、体力、精神力、そして、戦闘技術。そのすべてにおいて選び抜かれた精鋭たちを、さらに過酷に過ぎるほどの環境のなかにおき、人間を越える次元にまで鍛えあげた亡道の司に対するための切り札たち。
わしもまたゼッヴォーカーの導師たち先行種族と共にマークスⅢの後を追い、城へと向かう。そのさなか、騎士マークスと王女サライサ殿下の声が聞こえた。
――ふふ。まさか、二千年の時を経て再び亡道の世界との戦いで指揮をとることになろうとはな。しかも、今度は我が妻も一緒とは。
――はい、マークス。二千年前の戦いではあなたを送り出すことしか出来なかった。ですが、今回はちがう。こうして共に戦うことが出来る。そのことが嬉しくてなりません。
――サライサ……。
――マークス……。
戦場とはとても思えない甘い会話に――。
わしは思わず苦笑した。
しかし、この思いを守るためにこそ、わしらは戦うのだ。
――そう。亡道の世界にはたしかに死の恐怖はない。不安も心配もない永遠の世界。しかし、そこに万物が混じりあった混沌の世界。個と個が向きあい、愛しあう、そんなことは決してない単一の世界でもある。
わしらは個と個が向きあい、愛しあえる世界を守るために亡道の世界と戦うのじゃ。
いや、天詠みの島。
過去、二回にわたり、亡道の世界との戦いの舞台となり、そして、いま、最後の戦いの舞台となる――いや、舞台とする――島は、かつてといささかもかわってはいなかった。
――二千年前。そして、千年前。それほどの時が立ちながらこの島だけはなにもかわりませんな。
わしは隣に控えるゼッヴォーカーの導師にそう言った。
我ながら感慨深い声だったと思う。なにしろ、わしの最も重要な時を過ごした場所。もはや、故郷同然と言ってもよい。
――説明しよう、マークスⅡ。天詠みの島は亡道の世界の進入路をひとつにしぼるべく我らが作りあげた空間。本来であれば全世界に均等に染み込んでくる亡道の世界をひとつに束ね、ただ一カ所からあふれ出すようにした場所。天命の世界にあって天命の世界に非ず。亡道の影響を色濃く受けた場所。
――亡道の世界に過去・現在・未来の区別はなく、時の流れもない。故にこの島もまた時の流れから切り放された場所。永遠にかわることのない『楽園』なのだ。
――そうでしたな。千年前のあのときも、あなたからそう教わった。しかし、それも今回で終わる。いや、終わらせる。滅びの定めを覆し、亡道の世界の影響を絶つ。
――説明しよう、マークスⅡ。まさにその通りだ。我々、先行種族の誰もが望み、誰もが為し得なかった悲願。君たち人類がそれを成し遂げるのだ。
――いいえ。それはちがいます、ゼッヴォーカーの導師よ。我々、人類にそれができるだけの力を与えてくれたのはあなた方。あなたたち、先行種族の積み重ねてきた英知と経験を与えていただいたからこそ。人類だけが行うのではない。これまでこの世界に生まれたすべての種族の力をあわせ、天命の世界を守るのです。
――説明しよう、マークスⅡ。そう言ってもらえたこと、私はとても嬉しく思う。
わしとゼッヴォーカーの導師が話している間にも、マークスⅢは指揮官として矢継ぎ早に指示を下していた。船団が展開し、上陸準備を整えようとした。その矢先――。
水面がボコボコと泡だった。ヌメヌメといやらしい光を放つ魚の頭が現れた。ひとつ、十、百、そして、もっと。あたりの海面はたちまちのうちに、下水のぬめりのようにいやらしい魚の頭に埋め尽くされた。
――亡道の魚人か。
わしは呟いた。
魚の頭に人の腕、人の胴体、そして、クラゲのごとき下半身をもち、銛を構えたその姿。
千年前の戦いでも相まみえた亡道の魚人たち。
遙かな深海の魔境に住み、浮かびあがっては人を食らう魔物。
その姿を見て、王女サライサ殿下の思念が響いた。
――水棲には水棲。あのものたちの相手は我が子らに任せてください。
「お頼みします、サライサ殿下」
マークスⅢがそう答えた。
王女サライサ殿下が自らの子たちに指示を下した。
――行きなさい、我が子らよ。亡道の魚人を追い払うのです。
その指令を受けて『雌牛の子ら』がワラワラと海に飛び込んだ。海はたちまちのうちにいたるところ、魚人と雌牛の子らの闘争の場となった。
「ここは雌牛の子らに任せる! 直行して島に接岸せよ!」
マークスⅢが叫んだ。
ダンテである巨大な島は海を割って突き進み、轟音を立てて島に接岸した。それを合図と受け取ったかのように亡道のものたちが姿を現わしはじめた。
亡道の種が、
亡道の獣が、
亡道の騎士が、
あるいは地上から湧き出るように、またあるいは大気が凝縮してその姿を取ったかのように、次々と姿を現わしてくる。その数はまさに無数。数えることも出来ない亡道のものたちが島とその上空を埋め尽くした。
しかし、むろん、その姿を見て怯むものなどひとりもいない。それどころか、自らの出番を前に戦意に沸き立っておる。
マークスⅢが叫んだ。
「遊天飛騎大殺将軍、出陣! 上空に浮かぶ亡道の種どもを駆逐し、制空権を確保せよ!」
マークスⅢの指示に従い、大殺将軍の指揮のもと、翼をもつダンテにまたがった遊天飛騎たちが空を駆ける。手にした槍を振りかざす。それはむろん、単なる金属の槍などではない。世界を覆う光を集め、集約し、打ち放つ光の槍。槍から放たれる光が次々と亡道の種たちを貫いていく。
遊天飛騎たちは相棒であるダンテと共に空を駆け、亡道の種を駆逐し、島の上空に支配権を確立していく。
それを確認してマークスⅢは次の指令を下した。
「『復活の死者』の末裔たちよ! 先行して上陸し、足場を確保せよ!」
ダンテの島と天詠みの島。
ふたつの島の間に橋がかけられ、その橋を渡って屈強な体格と強靱な体力を誇る『復活の死者』の末裔たちが天詠みの島へと上陸していく。
「亡道のものたちを倒す必要はない! その身を張って接近を阻み、後続が上陸するための勢力圏を確保するのだ!」
マークスⅢの指令が響く。
『復活の死者』の末裔たちは始祖と同様、世にも醜い姿をしておる。じゃが、その体力は人間をはるかに凌ぐ。知性においてもむしろ上回り、精神性においても高貴で誠実。そして、忍耐強い。まさに、外見以外のすべてにおいて人間を越える種族。自らを盾として勢力圏を確保するにはたしかにうってつけの存在。
その頃には雌牛の子らが亡道の魚人たちを追いやり、戦場を遠くの海に移していた。
倒せているわけではない。倒せてはいないがしかし、相手を押しやり、遠ざけることで船団が天詠みの島に近づけるようにしておる。それだけで充分じゃった。
「揚陸艇、両翼に展開! 疾地走騎の精鋭たちよ、敵陣を駆け抜け後方に回り込み、亡道のものどもを海に追い落とせ!」
疾地走騎たちはマークスⅢの命令を完璧に実行してのけた。身体能力を極限まで高める鎧の効果によって馬よりも速く走り、熊よりも強力な力を振るう最強の歩兵たち。揚陸艇から上陸するやいなや稲妻の勢いで敵陣を駆け抜け、後方に回り込み、剣を振るって亡道のものたちを海へ、海へと追い落とす。
海に追い落とされた亡道のものたち相手に船の上から次々と矢が放たれる。もちろん、これもただの弓ではない。遊天飛騎たちの振るう光の槍と同様、世界に満ちる光を集め、集約し、撃ち出す光の弓。
光の弓から打ち出された光の矢が光跡を描いて降り注ぎ、辺り一面を閃光で満たす。それはまるで、夜空一面を埋め尽くす大流星群を見ているかのような光景じゃった。
海に追い落とされた亡道のものたちが光の矢に貫かれ、その身を破壊されていく。もちろん、それができるのは『もうひとつの輝き』の学士たちが巨大な音叉を鳴り響かせ、亡道の世界を中和し、亡道のものたちを『死すべき定め』の生き物にかえておるからじゃ。
学士は高らかに笑っておる。
「わははははっ! 見たか、聞いたか、驚いたか! 我らが科学の前に亡道など無力! 怯えよ、震えよ、畏れ入れいっ!」
自信をもつのはいいが……友だちにはなりたくない人間じゃな、やはり。
もうもうと、亡道のものたちの後方で地面が沸き立つように何体もの巨人が姿を現わした。青銅色に輝く金属の肌をもち、両手に湾曲した大刀をもっておる。
「マークスⅢ、亡道の巨人です!」
索敵班のひとりが叫ぶ。その声が緊張しておる。無理もない。亡道の巨人は一体で万の兵にも匹敵する怪物。まともにやり合って勝てる相手ではない。じゃが――。
「うろたえるな!」
マークスⅢは凜とした声で応じた。
その声にいささかの迷いも、不安もない。
「亡道のもののどもの戦力はすでに分析済み。この千年でそのすべてに対処する技術は開発してある。亡道の巨人とて例外ではない! 輸送船を接岸させろ、こちらの巨人を起こして迎え撃たせろ!」
マークスⅢの指示のまま輸送船が天詠みの島に接岸する。甲板が開き、そこから赤銅色の金属の肌をもつ巨人が姿を現わす。両手に巨大な槌をもったその姿。
天命の巨人。
天命の巨人がノシノシと音を立てて戦場を通り、亡道の巨人へと向かっていく。
青銅色の巨人と赤銅色の巨人。
二本の大刀を振りかざす怪物と巨大な槌を振りまわす巨兵。
その両者の争いはまさに神話世界における巨人同士の争い。その壮大な戦い振りには人の身であることの矮小さを感じずにはいられない。むろん、巨人たちの足元ではその『矮小なるもの』たちも激戦を繰り広げているのじゃが。
――マークスⅢよ。
「騎士マークス」
――船である私は島に上陸し、城に向かうことは出来ん。この場の指揮は私に任せて君は城に乗り込み、亡道の司を仕留めろ。この戦いの主役はあくまでも君たち、この時代の人間なのだから。
「……はい! この場はお任せします、騎士マークス」
マークスⅢはそう言うと隣に控える――いまにもウズウズと飛び立ちそうにしている――相棒に声をかけた。
「リョキ、行くぞ! 城に乗り込み、亡道の司の首を取る!」
「へっ、待ちくたびれたぜ。そうこなくっちゃよ」
マークスⅢを背中に乗せたリョキが巨大な翼を力強く羽ばたかせ、空へそらへと舞いあがる。マークスⅢは空から全軍に向けて叫んだ。
「いまこそ亡道との戦いを終わらせるとき! 天命の世界に生まれたすべての種族の知と力をもって滅びの定めを覆すのだ! 我につづけ、決戦兵よ! この日のために鍛え抜いたその力、存分に振るうがいい! その他のものは騎士マークスの指示に従い、戦線を維持せよ!」
マークスⅢはそう叫ぶと自ら先頭に立って城へと向かう。
亡道の司の待ち受ける城へと。
そのあとを精鋭中の精鋭である決戦兵たちが追っていく。
それは文字通り、亡道の司との決戦のために編成された最強部隊。
気力、体力、精神力、そして、戦闘技術。そのすべてにおいて選び抜かれた精鋭たちを、さらに過酷に過ぎるほどの環境のなかにおき、人間を越える次元にまで鍛えあげた亡道の司に対するための切り札たち。
わしもまたゼッヴォーカーの導師たち先行種族と共にマークスⅢの後を追い、城へと向かう。そのさなか、騎士マークスと王女サライサ殿下の声が聞こえた。
――ふふ。まさか、二千年の時を経て再び亡道の世界との戦いで指揮をとることになろうとはな。しかも、今度は我が妻も一緒とは。
――はい、マークス。二千年前の戦いではあなたを送り出すことしか出来なかった。ですが、今回はちがう。こうして共に戦うことが出来る。そのことが嬉しくてなりません。
――サライサ……。
――マークス……。
戦場とはとても思えない甘い会話に――。
わしは思わず苦笑した。
しかし、この思いを守るためにこそ、わしらは戦うのだ。
――そう。亡道の世界にはたしかに死の恐怖はない。不安も心配もない永遠の世界。しかし、そこに万物が混じりあった混沌の世界。個と個が向きあい、愛しあう、そんなことは決してない単一の世界でもある。
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